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【coyoteの質問 #107】
 音楽と匂いには、思い出がつきものですよね。
 人間、沢山の思い出の曲があると思います。
 初めてのデート、別れた彼女、高校時代の試験勉強、旅行に行った事
 ……など。

 みなさんには、どんな曲にどんな思い出が染み込んでいるんでしょうか?

 ぼくです。

 [EW&Fの“September”]
  東京の大学に合格したぼくは、東京に住むことになりました。
  で、学費を稼ぐために、銀座のパブでバイトを始めたんですね。
  1週間ほどして、同じバイト仲間の女の子が、
  そこを辞めて、ニューヨークに行く、というので、送別会と、
  ついでに、ぼくの歓迎会をしてくれたんですね。

  で、送別会が終わって、みんなで六本木のディスコに行って、
  かかっていた曲がこれです(*^_^*)。
  ニューヨークに行ったこの彼女は、田舎暮らしのぼくには、
  新鮮で、美人だった事もあり、ぼくは好きになっていたんですねえ。
  告白しましたが、「よく知らないし、あたしはアメリカに行っちゃうから」
  とあっさりフラれてしまいました。
  
  ですから、この曲を聴くと、今でもこの彼女の事や、当時のバイト先、
  その辺りの風景、時間を思い出します。

 おお、今回はノスタルジックではないですか(*^_^*)。
 ま、たまには(*^_^*)。

A 回答 (51件中21~30件)

>vitamin-power様


あのねのねの清水の嫁さんになったのは、青い三角定規の西口久美子ではなく、同じクーコでも、シュークリームという女の子4人組のリーダー格だった清水クーコ(旧姓覚えてない)の方でしょう。ホーン・ユキとかもいた、セクシー・グループみたいな位置付けでしたが、ゴールデン・ハーフの対抗馬として出てきたような記憶があります。

>泉谷しげる
この曲を忘れてました。「土曜の夜君と帰る」。それもオリジナルの『光石の巨人』収録のヴァージョンではなく、後に『SELF COVERS』に収録された別アレンジの方。もう7、8年前の暮れになりますが、『真夜中の雰囲気一発』というオールナイトイベントがあり、午前3時頃に出てきたボ・ガンボスのステージの途中で泉谷が呼ばれ、彼らのバックでこの「土曜の夜君と帰る」を歌ったのでした。素晴らしかった。亡くなったどんとの事を思い出すと、いつも最初に浮かぶのは、あの夜のこの曲であります。
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この回答へのお礼

benjaminさん、いつもの明快な解説ですね。
ありがとうございます。

「清水クーコ」
ありゃ、違う方なんですか。vitamin-powerさんの記憶違いかな?

“土曜の夜君と帰る”
ブルージーな曲ですよねー。
これを聴いて思い出すのは、対抗曲(?)の“火曜の朝、君とツイスト”をなんです。
全然違う曲調なんですけどね(*^_^*)。
ぼくは、原曲の方しか聴いた事がないんですが、『SELF COVERS』も
聴いてみたいですね(*^_^*)。

お礼日時:2001/09/15 08:08

うひー。


私とほぼ同世代と思われる方の回答が多くて、懐かしすぎて参ってしまいますー。

で、ケチつけシリーズという事でみなさん、お気を悪くなさいませんように。

shino911さん、
井上陽水といえば「能古の島の片思い」でしょう。
僕の胸は君で一杯で溢れそう、なのです。彼女を口説く時のBGMに使わない手はなかったわけであります。カラオケでもイケるかな、と思って挑戦して、音域の広さに撃沈した事はいわずもがな、というやつですな。

拓郎といえば、いろいろあって名作ぞろいで困ってしまいますね。
ただ、私は案外、拓郎らしくない「ガラスの言葉」とか「加川良の手紙」なんかも好きだったりします。「ローリング30」で「拓郎も30かあー」と感慨に耽っていたのに、いつのまにかその世代を通り過ぎてしまったのには驚いてしまいます。

benjaminさん、
いやあ、映画に限らずお詳しいですねー。映画の質問ではいろいろとお世話になり、有り難うございました。coyoteさんの質問への回答でも先輩のようで、ますます頭が上がりません。何卒宜しくお願い致します。
ペニーレインってそうなんですか。知識の豊富さと確かさにはいつもの事ながら驚いてしまいます。しかし、あのくらいの言葉にそんなに神経質にならなくちゃいけないんでしょうかねえ。そのうち、人を形容する昔ながらの言葉は全部差別語にされてしまうのではないでしょうか。LP持ってて良かったなあ、としみじみしてしまいます。
小柳ルミ子はうちの近所の出身で注目してましたが、私は天地真理が天使に見えてました。あんなに綺麗な人が同じ世界に生きているのか、と信じられない思いでした。「時間ですよ」のマリちゃんを愛していたのはマチャアキ以上だったと思います。
それでも、ルミ子の、通り過ぎたらそのあとに、花の香りが残るよな、そんな娘になりたい、という気持ちは私の心を射止めた時期もありました。

んで、igmpさん、
麻丘めぐみは、わたしはカップスターのCMが一番好きです。「ハッフッホッ」と可愛いポーズの3連発にはノックアウトされましたです。あと、LPのなかの曲で、「風邪をひいた彼」というのが好きです。これでも私、お料理、うまいの~、なんて、ケナゲで可愛いです。ちなみに私は左利きです。朝モヤの牧場でスカートのすそがひるがえるのも捨て難いのではありますが。
青い三角定規といえばクーコ。あのねのねの清水さんの最初の嫁さんですよね。オールナイトニッポンに連想が繋がってしまいます。私の場合、飛び出せ青春、村野武範、柴田、山本、片桐君という連想もアリです。おれは谷岡だー、まで行きます。
谷村新司と言えばパイ○ット万年筆。ミューとかいうのがあったような。遠くで汽笛を聞きながら思い出します。
で、やまがたすみこ。これは「あの日のことは」でしょう。あの澄んだ歌声。永遠の清純派シンガーであります。顔も綺麗だったし、なんたって色の白さが凄かったっすねー。

ところで、高田渡とか岡林信康、泉谷しげる、などの名前が見当たらないのが不思議です。
泉谷は、あんなキャラクターですが名曲も多かったと思うのですが。私は「春夏秋冬」はもちろん、マイナーな「のら犬」という曲もすばらしいと感激しました。
浜田省吾もでてこないっすねー。遠藤賢司はでてるのに。そういえばカレーライスって、私は彼女が指を切ったのと三島由紀夫の割腹自殺を思い出します。
他にも、三上寛とか、頭脳警察とか、NSPとかチューリップとか聴いてました。
大学生の頃は長渕剛が気に入ってましたです。「化粧」というタイトルだったと思うのですが、人生を感じさせる純愛物語に感動して、もし飲み屋で働いている昔の同級生の女の子に出合ったら是非歌ってやろうと企んでたのを思い出します。
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この回答へのお礼

vitamin-powerさん、ありがとうございまーすm(_ _)m。

“能古島の片思い(訂正しましたよ)”
この曲は、大好きで、昔の彼女とよく聴きました。
能古島って何処にあるのかなーって。
出だしの♪尽きせーぬ……♪が陽水らしくていいですねー。

“ガラスの言葉”
言葉のリズムがいい曲ですね。
選曲を見ると、「元気です」をよく聴いていたんでしょうねー。
「ローリング30」もいいアルバムですよね。
あの中の“冷たい雨が降っている”などは、たまりません。
拓郎の中でも、ぼくのランキング上位に位置するほど好きです。

「天地真理」
ぼくもファンでした。しかし、ぼくは彼女と赤坂に飲みに行った事があるんです。
人気絶頂の時ではなく、デビューして15年くらい経ってですが。
いやあ、イメージが……。

「青い三角定規」
えぇっ!あの女性はクーコだったんですか?西口久美子ですが。
名前は知っていても、「青い三角定規」とは知りませんでした。
今、慌てて、“青春がくれた季節”のジャケットを見て来ました。
ふうむ。面影がないですねー(*^_^*)。
おおっ!洋服のデザインは、三宅一生ですって。へー。

「谷村新司」
ずっと昔、この人はシャーペンのCMに出ていたような気がするんですが、
この万年筆と勘違いしてたのかなー。

「泉谷しげる」
高校2年の野球部の合宿の時によく聴いていたのが、
泉谷の“懐かしい人”でした。この曲を聴くと、野球部時代を
思い出すんですねー。
歌い方は乱暴ですが、メロディーラインは綺麗なんですよねー。

「NSP」
高校3年の時に付き合っていた彼女が、“夕暮れ時はさびしそう”を
よく口ずさんでました。天野滋の大ファンだったみたいで、
よく得々と彼について、語ってくれました。
武道場の前で(*^_^*)。
彼女は剣道部だったので、帰りはここで待ち合わせをしていたんですねー。

はっ、いかんいかん。目が遠くなってしまいました。

お礼日時:2001/09/15 07:55

こんにちは、coyoteさん。


「妄想」「ラヂオ」に続き、こちらにもお邪魔させていただきます。

私の思い出の曲。

「心もよう」(井上陽水)
中学一年でした。ラジオから流れるこの曲を初めて聴いた時、何故か、カルチャーショックに近い衝撃を覚えました。
以来、すっかり陽水にハマり、また、私自身が音楽に目覚めるきっかけになった曲でもあります。
陽水のファンサイトで知ったのですが、この曲はなんと、都はるみ・由紀さおり・小柳ルミ子・テレサテン、等々、たくさんの人がカバーを出しているんですね。
いかに多くの人を惹きつけた曲であるかという証拠でしょう。

「Let it grow」(エリック・クラプトン)
高校時代、当時つき合っていた彼女との、淡くせつない青春時代を彷彿させる曲です。
その彼女を含め友人四人でにわかバンドを結成し、文化祭の時、体育館のステージで下手な演奏を披露したのがこれです。
エレキベースの太い弦の感触が今もよみがえります。

「good-by morning 」
庄野真代作詞作曲で、これは最初、サンディという歌手が唱って世界歌謡祭でグランプリを取った曲ですが、それから十数年後、あの近藤房之介と宇徳敬子のデュエットでリバイバルとなり、驚きました。
まさに眠っていた記憶と感性が呼び覚まされ、いかに好きな曲であったかを再認識しました。
今ではカラオケのおハコの一つです。

あ、拓郎も結構好きでよく聴いてました。
「マークII」は、私はアルバム「ライブ73」のA面の最初、「春だったね73」に続くロックバージョンが好きです。
山田パンダもカバーした名曲「落陽」は、私は「ライブ73」でしか聴いたことがないんですが、あの曲は、シングルカットもしくは他のアルバムには入っていないんでしょうか? この曲は、作詞の岡本おさみ氏が北海道を旅行した時に作ったと言われていますが、私はむしろ、同様のシチュエーションで作られた、「落陽」の前に入っている「都万の秋」が、ほのぼのとして好きです。
この2曲は、森進一が唱ってレコード大賞を取った「襟裳岬」と並んで、岡本おさみの「北海道三部作」と言われています(って、ホントかいな?)

最後に蛇足を。
「いつまでもラプソディー」
すみません。これ、私のオリジナルです。
いや、私はホントにただの素人なんですが、3、4年ほど前、行きつけの飲み屋で、飲み仲間と、「何か、オリジナル曲、作りたいねえ」という話になり、詩を書くのを趣味としていたN氏が作詞を引き受け、酔った勢いで私が「じゃあ曲は僕が…」と言ってしまったのであります。
いちおう作曲は趣味(と言ってもホントにお遊び程度です)でチョコチョコやってはいたもので、何とか曲らしいものには仕上がりました(と思っているのは私だけかも…)。
オフ会が実現したら披露させていただきます(って、誰も頼んでないぞ!!)
ハイ、失礼しました(汗)……
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この回答へのお礼

shino911さん、どうもありがとうございます。
えーと、初めてのお礼はここでとなりますかねえ(*^_^*)?

“心もよう”
ぼくの陽水(あー、面倒くさい!単語登録してやりました(*^_^*))との
出会いは、“夢の中へ”なんです。
この曲が知りたくて、レコード屋のレジの前で、店長相手に、
ア・カペラをやったりしてましたf(^^;)。

しかし、カバー曲は、こんなに多くの人が出していたんですね。
知りませんでした。

“Let it grow”
名曲ですよね。この曲が入っていたアルバムってレゲエっぽくなかったですか?
最近、聴いてないんですが……、うーん。記憶が曖昧。

“good-by morning”
うーんと、この曲は知らないんです。すみません<(_ _)>。

“落陽”
お教えいたしましょう(*^_^*)。以下のアルバム、シングルが音源です。
 A)「よしだたくろう LIVE'73」
  「ONE AND ONLY±1」
  「LIKE A ROLLING STONE 1970~1974」
  「THE BEST PENNY LANE」
 B)「TAKURO TOUR 1979」※
  「Best60」 
  「The 吉田拓郎」
  「SONGS」 
 C)「TOUR 1979 Vol.2 落陽」※
 D)「落陽」……新録音(シングル)
 E)「176.5」……新録音
 F)「Best Selection」
 G)「LIFE」……リミックス

ビデオも入れるとまだあるのですが、大体このくらいで、A)~G)の7種類の
バージョンがあるようです。
「※」印は、入手不可といいますか、ヤフオクだとCDが1枚70000円くらいで
取引されていますf(^^;)。

“都万の秋”もいいですね。
ぼくは、アルバム「ともだち」に入っている“やせっぽっちのブルース”が
好きです。70年代を代表する曲だと思っているんですが。

 #「北海道三部作」の話は知りませんでした(*^_^*)。

“いつまでもラプソディー”
おお、オリジナルですか(*^_^*)。いいですね。思い出の曲ですね。
「御深い」の時は是非<(_ _)>。

ぼくも“Hey! Mr. Shadow”なんぞというオリジナル曲があって、
アマチュアコンテストに応募したんですが、西日本大会で脆くも
敗れたという思い出の曲があります(*^_^*)。
恥ずかしい事、山の如しですが。

お礼日時:2001/09/14 20:13

再度登場です。


先ほど以前勤めていた編集社の編集長から連絡があり、思い出がプレイバックしてきたので戻って参りました。

【さらばナカムラ】
オーストラリアに取材旅行に行き、ミニツアーに参加していた帰りです。
アメリカ、韓国、イギリスなどからの観光客が一緒で、ガイド兼運転手さんが気をつかったのか、それぞれの国の音楽テープを用意してかけました。
それぞれその国の有名曲らしくノリノリで、ここまでは良かったのですが我々日本の番でかかったのがコレ。
嬉しそうにコレ有名か?どんな歌詞だ?とみんなが聞くのですが答えられません。それも当然、だってどう聞いても日本の歌じゃない!
曲はハワイアン調、日本語だが外人さんが歌ってる!(絶対日本人じゃない。発音が外人)一番困ったのが歌詞の内容で(正しい歌詞ではありません。著作に引っかかるかもしれないので、イメージです)「さらばナカムラ、この海に眠るお前を忘れない。さらば友よ、お前は勇敢だった。この美しい空はお前の故郷とつながっている。眠れ友よ、俺はお前を忘れない。さらばナカムラ、我が友よ」っていう感じで三番までたどたどしい日本語で歌うのです。
どー聞いても戦没者への追悼歌ですよね?ハワイアンなのも気になる…。
というわけでオーストラリアと聞くとこの歌を思い出してしまいます。1回しか聞いてないのに…。気のいい彼は日本人客がくるたびかけてるんだろーなー、困ってるだろうなー、日本人。

※今日から博多の秋祭り「放生会(ほうじょうや)」です。ジャンクフードで書いた「クジ付スルメ」&「クジ付カルメ焼」に挑戦してきます。
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この回答へのお礼

usa-rxさん、ノッて来ましたねー(*^_^*)。

“さらばナカムラ”
しかーしっ、この曲は知りませんf(^^;)。
突拍子もない曲のようですよね。
その後、耳にした事はあるんでしょうか?

ぼくは、一時期、シドニーで「ガイド兼運転手」をしていた事がありますが、
この曲のプレイバック命令を受けた事はありません(*^_^*)。
やってみたかったなー♪

お礼日時:2001/09/14 19:40

今回は「自信あり」で。

 
でも心配だな~。

coyoteさんに、
>知らない曲です(*^_^*)。
とか
>知りませんf(^^;)。
とか言われるのが怖いのですが、マイナーな思い出の曲を2曲。

これは私が(確か)大学生時代に少ない小遣いを惜しむことなく買ってしまった
LPレコードの中の曲です。

1.リングマイベル(アニタワード)
 いきなり全米No.1!! 懐かしいです。今も活躍しているのでしょうか?
2.ヒカシュー
 「20世紀の終りに」など、一風変わったあの数々の曲、思い出ですね~。
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この回答へのお礼

igmpさん、何だかここのところお世話になっています<(_ _)>。

“リング・マイ・ベル”
知ってます(*^_^*)。ドナサマーの“ホットスタッフ”と並んで、
ディスコではよくかかっていました。
懐かしい曲です(*^_^*)。

“20世紀の終りに”
知ってます(*^_^*)(*^_^*)。
「たま」なんかもカバーしてなかったですか?
いやー、古いというか、懐かしい名前が出てきましたね。

お礼日時:2001/09/14 19:33

>鶴田浩二が「極めて健康」。


>うーん、ぼくのイメージでは、着流しのヤクザなので、
>ピンと来ません(*^_^*)。

これは特攻に行き損ねて生き長らえたという、鶴田浩二の当時の手記というか、家族宛ての手紙を読み上げるといったような設定の台詞でした。最後に日付と名前(本名)を読み上げ、「極めて健康!」と終わるのです。だから結構悲壮感溢れるキメ台詞なんですよ。
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この回答へのお礼

benjaminさん、いつも丁寧な解説をありがとうございます。

そうですか。そういう背景だったんですねえ。
ぼくは、渡辺謙あたりの雰囲気で、
「極めてっ!健康ーっ!リポ○タンDっ!」
なーんていうのを想像してましたf(^^;)。

全然違いました。どうもすみません<(_ _)>。
しかし、こういう事でしたら、本当に「悲壮感」が
表れてますよねー。

お礼日時:2001/09/14 19:21

coyoteさん、tipsさんのご回答で思い出しました。


この音楽は小学校のとき、15時ごろ放送部がBGMに流しながら、
「校庭にいる人は、早く帰りましょう」
と言っていました。当時、鍵っ子だった私は、家に帰っても
しょうがないので、友人と体育館の陰に隠れ、放送が終わるのを
待っていると、
「体育館の陰に隠れている人は、早く帰りましょう」
と言われたのを思い出します。
※因みに、この曲名は、その名もずばり『遠き山に日は落ちて』では?

小学校つながりで思い出したのは、『トッカータとフーガ ニ短調』です。
友人に言われ、ショックなことがあると、
「チャラリ~ン、チャラララリ~ラ」
と自分で言って、その場に崩れこみます。
嘉門達夫さんが、その後「ちらり~、鼻から牛乳」
(歌詞は自信無し)と歌っていましたが、私達の学校の方が
早くからこの曲を使っていたと自負しています。
(「どっちが早くたっていいじゃん」と周りの人は思うでしょうが・・・)

参考URL:http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/warabe.h …
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この回答へのお礼

gunmanさん、正確な情報をありがとうございました。
失礼致しました(*^_^*)。お恥ずかしい~。

gunmanさんの仰る通り、tipsさんのご回答の曲は、
“遠き山に日は落ちて”でした。

で、詩が♪響きわたる 鐘の音に♪になってしまうと、
“家路”という訳です。
曲は同じドボルザークの“新世界”(第1か第2楽章かは忘れたんですが(*^_^*))
の中からでしょう。
“遠き山に日は落ちて”と“家路”は、曲が同じで、
作詞家が違うという事ですね。

 ※参考のURLもありがとうございました。こんな便利なサイトがあるんですね。

“トッカータとフーガ ニ短調”
あー、曲名はこれでしたか。
曲も曲名も知っていたのに、両者がずっと繋がりませんでした。
疑問氷解です(*^_^*)。すっきり~♪

これは、gunmanさんの方が嘉門達夫より先です。認めます。
ぼくの学校でも同じ事をやってました(*^_^*)。
何かのドラマからのコピーでしょうか?

お礼日時:2001/09/11 20:12

coyoteさん、こんにちは。



今日は、自分が卒業した小学校に行く機会があり、
なんとなく、その当時のことをおもいだしました。

♪とぉーおきぃー やぁーまにぃー
ひぃーは おちてー♪


そのころは、外で遊んでばかりいました。
まだ世界は狭く、なにもしりませんでした。

いまでは、世界も多少広くなり
あの当時の今日一日がすべてみたいなきもちも
なくなってしまって残念ですが。
あのうたをきくと、ああもうかえらなくっちゃ、
とおもいながらタイヤの上で、運動場をみていたのを
おもいだします。あの時飼っていたうさぎのみみちゃんも
かわいかったなぁ。


歌の題名がわからないので、題名がかけないので
削除されてしまいますでしょうか?
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この回答へのお礼

tipsさん、またまたありがとうございます。

“家路”
この曲はこれでしょう。ドボルザークの曲ですよね。
ぼくの小学校の時も、午後6:00になると、
放送塔からいつも聞こえてきました。

懐かしいですねえ。
現在、職場の近所でも、午後6:00になると聞こえてきます。
そろそろそんな時間ですし(*^_^*)。

うさぎのみみちゃんが、ここには居ないのが残念です(*^_^*)。

お礼日時:2001/09/11 17:23

>>「極めて健康!」


>「鶴田浩二」の曲の中にあったセリフですね、確か。

これって「同期の桜」ですね。
鶴田浩二が歌うのではなく、同曲をバックに延々と台詞を言うやつ。確かLPの中に入っていたのが評判となって、シングルカットされたように記憶しております。先のフレーズは、最後のキメの台詞でありました。
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この回答へのお礼

benjaminさん、いつもありがとうございます。

しかし、よくご存知ですねえ(*^_^*)。
この台詞なんか全く見当もつきませんでした。

鶴田浩二が「極めて健康」。
うーん、ぼくのイメージでは、着流しのヤクザなので、
ピンと来ません(*^_^*)。

お礼日時:2001/09/11 16:01

またまた懲りずに登場のigmpです。



先ずはお詫びと訂正です。
>これは、当時の高倉健のCMネタか何かなんですか?
すみません。映画と歌を混同してしまいました。
「鶴田浩二」の曲の中にあったセリフですね、確か。

と言うことで、今回は「自信なし」でいきます。

>ただ、「igmpさんの発案なんですが」という字句を入れさせて下さい。
>オリジナルのアイデアではないので、よろしくご協力をお願いします。
私の名前を出してもらえるなんて光栄です!!
coyoteさんの人望と知名度があれば盛上がること間違いなし!
もう既に何人かの方は回答を用意して待ってますから(!??)。
「igmpの発案なんですが」が悪影響を及ぼさないことを祈ってます・・・

>「馬」の出だしの「知らない!」
それは知りませんでした。 
ありがとうございます、一つ疑問が解けました(いつも聞き流していたんですが)。
拓郎音源収集家のcoyoteさん、今度拓郎に関する質問をする機会がありましたら
是非ご回答宜しくお願い致します。

>拓郎にしては、唯一のコミックソングでしょうか(*^_^*)?
「たくろうチャン」もコミカルですよね。
楽しそーうに歌っている拓郎がまた最高です。

---------------------
benjaminさん、的確なご指摘&懐かしいご回答ありがとうございます。
あれッ、質問者はcoyoteさんだったですね、すみません。

「アリス」
思い出しました。この頃の作曲は主に都倉俊一が担当していましたよね(多分)。

「ともだち」
これもいいですねー、懐かしいですねー。
実は今日、南沙織の曲を改めて聞いてみました。
これからの季節、お勧めは「色づく街」でしょうか?
私の記憶では、振り付けがほとんど伴わない彼女がこの曲で初めて振りを
付けていたように記憶しているのですが(全く自信なしです)。

「オズモンズ」
そうですよね。思い出しました。
当時カルピスのCMに出演していたかと思います。
今ほど飲み物の品種が豊富でなかった当時はどこへ行ってもカルピスと言う
雰囲気はありましたよね。
---------------------


さて、本題(?)に戻って、またまた当時の懐かしい曲を3つほど。

「かくれんぼ」(石川さゆり)
ご存知「演歌」の彼女がアイドル路線(?)で売出したデビュー曲です。
中学生トリオと比べて存在は地味でしたが、あのベレー帽が懐かしいですね。

「風に吹かれていこう」(やまがたすみこ)
当時では数少ない女性シンガーソングライター。
この曲、好きでしたね~。

「シンシア」(拓郎&かまやつひろし)
3人ともにファンでした。が、まさかシンシアの曲を拓郎が作り、それを
自ら歌ってしまうとは! 今では考えられない前代未聞の曲ですよね。
ちょっと違うパターンではS・ワンダーの「サー・デューク」がありますが・・・
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この回答へのお礼

igmpさん、どうもどうもありがとうございます。

えーと、benjaminさんからのご指摘で、「同期の桜」だったんですね。
ふぅ。納得しました(*^_^*)。

“たくろうチャン”
ああー、そうでしたねー。この曲もそうでした。SFですよね(*^_^*)。

“かくれんぼ”“風に吹かれていこう”
どちらも知らない曲です(*^_^*)。すみません<(_ _)>。

“シンシア”
おお、出ましたねー。“早春の港”のアンサーソングですね。
この後、かまやつひろしは、“水無川”を歌い、そしてその後、
“我が良き友よ”をヒットさせるんですねえ。
いろいろと思いをはせてしまう“シンシア”です。

“サー・デューク”
デューク・エリントンに捧げた歌ですよね。
好きな曲ですよ(*^_^*)。


※えーと、「ラヂオの深夜放送と青春」という事で、
 shibako74さんとigmpさんのIDを書かせていただきました。
 ご回答が楽しみです(*^_^*)。
 ありがとうございました。

お礼日時:2001/09/11 13:25

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