目が合うということ
こんにちは。私は今「目が合う」ということについて調べているのですが、そもそも私たちはどのように「目が合っている」と言うことを認識できるのでしょうか?つまり、相手が自分の目を見ている・・・それをどのように認識できるのかと言うことです。
それと同時に「右と左どちらの目を見ているのか」という疑問も浮かびます。これは心理学の分野だと伺ったのですが、どなたかご存知の方はいらっしゃいませんか??力になっていただけたらとても嬉しいです。よろしくお願いいたします。
回答(6件)
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No.6ベストアンサー10pt
今日は、
実は、私はこれを実践しています。
とは申しましても、ご近所で、こんな事を繰り返すと、変なおやじどころか、
ヘンタイと勘違いされそうで、もっぱら、旅先とかが実験場なのですが。
目が合う場合は、目は直接関係していないような気がします。
少し離れていても、相手が、こちらを意識していれば、目が合ったといえそう
です。
たとえば、車の中から、横断歩道を渡ろうとする歩行者、その逆。
最近、電車の中で実験しました、このネタは、コメント欄にいつか使おうと準
備していたのですが、変更可能になり次第、UPして置きます。もちろん回答
はその後でUPしますが。
この場合は、私の手の動きと、それに対する相手の反応から、(視線を外され
たり、不快な表情を表したりしなかった事)了解の伝達が可能となったようで
す。こちらから、視線を送った場合、相手がこちらを意識した時点で目が合っ
たと言えるような気がします、その時、眼と言うよりは、表情全体が、また、
前提として、身体の動きも関係すると思います。
但し、相手を事前に観察して、実験可能かの判断が必要ですが。
失敗例としては、恒例の正倉院展で、同じようなオペラグラスを持った人と、
焦点距離や明度の違いを、参考にできればと、近づいたとたんに、ササットと
遠ざかって行ってしまった事。
色々有りますが、失敗を恐れずいろいろ試してみるしかないですね。
必ず上手くいくとは限らないから、楽しいのかも。
この回答へのお礼
回答有り難うございました!とてもおもしろいことを実験されているのですね。私も明日から友達を対象に試してみます☆
#4です。
残念ながら検索できなかったのですが,
生後間もない赤ちゃんが母親を見つめる視線をアイカメラで記録する研究が
20年ほど前すでに行われていたはずです。
私の記憶が確かならば,
最初母親の片目に集中していた赤ちゃんの視線は
しだいに両目のあいだを往復するようになり,
さらに鼻,口,眉毛など主だったパーツ間を動くようになって
最終的には輪郭をなぞるようにまでなるというものだったと思います。
参考までに。
この回答へのお礼
わざわざ本当に有り難うございます。やはりコミュニケーションにおいても認識の面でも、目はとても重要な役割を果たしているのですね。
No.4ベストアンサー20pt
蛾の羽の目玉模様(眼状紋)や
ハト除けの目玉風船の例からも推測されるように,
視覚情報に多くを依存する生物は
目玉パターンへの感受性を高める方向で進化を遂げてきたようです。
たとえば
サルの脳の側頭葉に顔のパターンに鋭く反応する「顔細胞」が存在することがわかっていますが,
この細胞は「目のない顔」にはあまり反応しません。
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2005_14453/slides …
近年の研究では
アイコンタクト(見つめ合い)とジョイントアテンション(共同注意=同じものを見つめること)が
ヒトのコミュニケーションの土台を成している考えられています。
発達心理学とロボット工学の境界領域で進められている
下記のような研究も参考にしてください。
http://www2.nict.go.jp/jt/a134/infanoid/developm …
この回答へのお礼
回答有り難うございます!URLもとても興味深いものでした。
かなり昔の記憶なのでちょっとうろおぼえなのですが、心理学の実験で、母親が育児を放棄した赤ちゃんのさるを、あたたかい毛布の人形に哺乳瓶をつけたものと、目だけのサルの人形に哺乳瓶をつけたものと、鼻と口だののサルの人形に哺乳瓶をつけたものがはいったケージにいれたそうです。すると、目だけのサルの人形につかまったそうです。その実験をみて、目というのを本能的に知っているのではないか、という感想をもちました。たしか、ここで哺乳瓶をもっていない目だけのサルの人形とあたたかい毛布の人形に哺乳瓶をもたせたものとにしても、目がついているサルの人形のところへいったそうです。
この回答へのお礼
目にそんな深い本能的イメージがあるとは面白い話ですね。貴重な回答有り難うございました!
私は素人ですからあたっているかどうか分かりませんが、興味があるので考えていることを少し書かせていただきます。眼は心の窓という言い方がありますが、眼が与える印象によってかなりなまでにその人の心的状況が推察されます。眼が合うというのはお互いの心を推察している状態ですが、眼科医の場合と違って知ろうとしているのは相手の心であって目ではないわけです。逆説ですが、眼そのものを見ていたら相手の心は見えないと思います。
この回答へのお礼
なるほど・・・眼が合うということの新しい切り口をいただけました。とても参考になりました!
有り難うございました。
よほど接近していないと相手の目だけに
焦点を合わせ続けている人はいないんじゃないかな。
相手の顔の中で視線を移動させ続けているという
状態ではないかと思います。
この回答へのお礼
なるほど、つまり目の付近をさまよう視線同士がぶつかった状態が「目が合う」ということであると解釈してもよろしいですか?
貴重な回答有り難うございます。
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