プロが教えるわが家の防犯対策術!

腸閉塞で入院していた父親が昨日手術を行い、ガンだということが発覚しました。病院にいた母親からのメールで知りました。
その後、色々とあり母親とは連絡取れてないので詳しい詳細はわからないですが腸のガンで
周りにも転移してるそうで今後は抗ガン剤での治療になるみたいです。命に関わるかどうかは
母親も直接医者からは言われてないのですが深刻な状態には違いないみたいでした。ガンの
知らせを聞いて以来ものすごくショックで仕事中にもかかわらず何度も涙が出そうになりました。
昨日以来何もやる気になれません。いつかは家族との別れがくるとはわかっていてもものすごく
急すぎてものすごくショックです。家族が亡くなった方やガンになった家族の方、どうやって気持ちの
整理つけましたか?

A 回答 (9件)

まだ亡くなったわけではないので、


ちゃんと、どのステージかを確認したほうがいいでしょう。

がん治療は薬だけではなく本人の生きたいと言う精神的な強さも必要だと聞いたことがあります、
家族が悲観しているようでは、本人によくないと思います。

また、現在のがん治療は本人告知の方向が多く、
患者と医師との連携が必須とされています。

ちなみに母親が7年ほど前に肝臓がんを発症しています、
現在は元気で、再発¥した様だと昨年聞きましたが、現在は落ち着いてるようです。
定期的に病院には行っています。
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まず、癌の種類と症状(ステージ)についてきちんと医師から説明を受けましょう。



ある程度進んでいても治療法が進んでいて治癒確率の高い種類、あるいは抗ガン剤治療などで進行を遅らせるか現状維持が出来る種類があります。
逆に、ステージ2,3でも非常に治癒率が低く進行も速いものもあります。

どちらにせよ、ベストの方法を医師と相談して選択して取り組む事になります。
人間は歳をとれば死ぬのですから、前者なら癌と悩まないで治療に励み、病気と付き合う位の気持ちが大切でしょう。

後者の場合は、辛い結果になる場合が多いです。知人にも発見時にかなり進行していて、必死の闘病生活の結果、1年後に亡くなられた例がありました。2年以上たったいまでも立ち直ったとはいえない様ですが、家族が助け合い、友人の励ましなどで徐々に改善している様です。
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私の父は5年前、下部咽頭癌の診断を受け食道、声帯、咽の下部を全摘出しました。


また体の右側のリンパ節も併せて切除しています。

 幸い手術は成功し癌の再発も無く、今は元気に生活しています。
声は全く出ませんので、人工音声マイクで補っています。
食道も無いので腸を代用品として使われています。
リンパ節も切除しているので右腕は肩より上に上がらない、と言われたのですが毎日
リハビリに畑仕事をしていたら、右腕は肩より上に楽々上がるようになりました。
病院の先生もびっくりです。

 癌と知った時の我々の対応
精密検査の結果、父の場合病巣を全摘出すれば90%の確立で生命は助かる事が分かりました。
父も当時80歳でしたので、複数回の手術は避け一度の手術で済むように全摘出を選択しました。

 癌の診断を受けた時、頑健な父も涙を見せました。
私はすぐさま、咽頭癌患者の亡くなる確立や術後のリハビリなどを調査し、皆さん元気に暮らしている
のでほっとしました。母も同様です。
また親戚の皆様も沢山励ましていただきました。

一番辛く不安なのは本人です。
母や私が落ち込んでしまっては、本人は尚暗くなり、治るものも治らなくなってしまいます。

父は多くの方から励まされ、これを力にして乗り切りました。

参考になれば幸いです。
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心中お察しします。



ただ、ガンはもはや完全な死病ではなくなり、治癒する人も多いです。
また、むしろ事故死や突然死などに比べると、たとえ末期などであっても、お別れの時間が与えられるので、不幸中の幸いを見出すコトだって出来ますよ。

最初から悲観的にばかりならないで下さいね。

私の経験では、最初は「覚悟」かな?
最悪の場合でも、心残り無く、後悔無くお別れ出来る様、看病も頑張ろう!って言う気持ちです。

ただ、ガン患者より周囲が大変でしたよ。
末期ガンでほぼ全身に転移してて、余命の宣告もされたんですよ。
だから頑張ろう!って思ったんですが。
最近はガン治療が進歩してるし、大正生まれの年寄りだったから、頑健で進行も遅い。
宣告された余命も、ソコソコ長かったんですが、その倍以上にかなり長生きしちゃって・・・。

中盤くらいからは、忍耐や努力ですかね。
入院生活中のほとんどはピンピンしてましたし。
亡くなる直前まで「〇〇が食べたい~」などとわがまま言い放題で・・。
亡くなった時、内心はホッとした気持ちが無かったと言えばウソになります。

身内で治癒した例も経験してるんですが、治癒したって、その後も放射線治療が続いたり大変ですし。

突然のコトでショックなお気持ちは判りますが、突然なのは最初に告知を受けた時だけです。
その後は、普通は短距離走じゃなくマラソンで、最悪の場合でも、少なくとも数カ月に及ぶ中距離走です。
突然に悲しむんじゃなくて、長丁場に対する覚悟とか心の備えが大事だと思いますよ。
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大変ですね。



病気が一番大変です。

一番幸せな死に方は、(本人にとっては)事故などで 一瞬に

死ぬと楽なんですが、、、。

が、こういう死に方をした人は、あの世で、自分が亡くなったこと

を理解できなくて 迷うそうです。

その点、病死は (亡くなるまでの期間)苦しいですが、

覚悟が出来ますから、霊界に逝ったとき、あきらめがついてるので

迷いはないそうです。

人は生まれたそのときから、死に向かってる、、、と思いながら

暮らしてください。

永遠の命は有りません。

その人が、亡くなる時期が、その人の持って生まれた運命です。

貴女が親より先に死ななかったことが せめてもの親孝行です。
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悲しいことですよね。

お気持ちはお察しいたします。

誰もが事実を突きつけられればショックを受けない人はいません。私もそうでしたから。
今から20年前、私の父親も肝臓がんが発覚したんです。しかも直径が10センチを超えるかなり大きなもので、しかも肺への転移も認められ、手術不可能、余命3ヶ月との診断でした。

あらゆる救命方法を探りました。時間がない。それでもNHKのきょうの健康という本で投稿されていたある免疫療法を見て、だめもとでやってみることを決意。投稿されていた医師に連絡を至急入れて、遠距離でしたけどそこに入院して治療を開始したのです。
状態をみた医師はさすがにここまでの状態では助かるかどうかは疑問だといいましたが、たまたま運が良かったのでしょう。1ヵ月後に奇跡的に肝臓がんは死滅。肺に散らばっていたがん細胞も消失したのです。肝臓がんは死滅したとはいえ、そのまま残っているためにその後摘出手術を行いました。

その後5年間定期的に通いながら治療は続けていましたが、がんというのは一筋縄ではいかないもので、あるときに再発、あっという間に大きくなり再度の肺転移も認められ、最後は呼吸不全にて亡くなりました。

免疫療法の是非は置いておいて、私たちはやるだけのことはやってきたと思っています。
どんな治療でもがんと戦うのは本人です。その闘いをあらゆる面でサポートしていくのが家族の役目なんです。妹は泣いてばかりいました。その姿を見た母がある時「しっかりしろ!泣きたいのはこっちなんだ!!!」と引っ叩いてしかりつけました。それでも誰も知られないように泣いていた母を私は知っています。

最後の最後まで、お父さまとともに闘ってください。負担が一気にかかってくるお母さまをたすけてあげてください。少しでも落ち着いたら、がんに対して家族全員で闘う気持ちをもってください。
死ぬことだけを頭に置かず、最後まで精一杯生きてもらいたい。そのためにできることを考えるように心を向けてほしいのです。

泣くのは。。。亡くなってしまってからにしましょう。まだ生きているし生きようとしているのですからね。全力で応援してください。

がんばってください。
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はじめまして 二児の母です。



親が死ぬ様な年齢に 自分達がなった って事ですよね。
私自身も 実母を闘病の末に亡くしてます。

気持ちの整理なんて時間は無いのが現実でしょう。
抗がん剤治療が始まれば、副作用があります。
悪い細胞を殺すのですから 当然良い細胞も破壊されます。
意識朦朧とする時もあれば、吐く、吐く、、、ってなるし。
極端に言えば 出歩けるのは 今しか無いと思います。

これは個々の考えもありますが、余命が宣告されるなら 抗がん治療をする必要は無いって思います。
病院に縛られ、自由が無い余命期間だったら 余命期間より短くなったとしても出来る限り家に居て、好きな時間に好きな場所に行き、人を呼べる等が 充実すると思います。

実母の場合は 余命半年でした。
宣告され、即退院しました。
入退院は繰り返しましたが(二週間程度等)、余命宣告から8ヶ月後他界しました。
その間、買い物に行けたり、旅行に行けたり、と充実していた部分はあると思います。
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私の父親がガンです。



大腸ガンになり腸を切除。腎臓と肝臓に転移。肺にも怪しい影が。

抗がん剤を打ってます。
抗がん剤が効いており、転移していたガンが小さくなり、一つ消えました。父親は、抗がん剤をうちながら、趣味に忙しい。父親は、病気になる前から、趣味が多く、沈んでるひまはないようで、 それがかえって家族もかわいそうかわいそうと思わなく、逆に、病人なんだぞ、い~かげんにしろと怒ってます。なので、父親はもって三年じゃないかと話をしてますが、父親の病人とは思えない態度なので、悲しみが正直ないです。落ち込まれてるよりは家族としてはいいですが。

医学も進歩してますから、抗がん剤効果あるといいですね。
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がんではないですが父親を亡くしてます。


介護休業を取って3ヶ月休み父親を見送りました。
仕事も手につかないし、思い切って休んだほうが、私は良かったので。
男性ですか?だとすると、かなり、思い切りが必要ですけど・・・。

あなたよりもっとつらいのはお母さんです。
一度帰省して話を聞いてあげてもいいと思います。
お父さんには宣告してないんですよね?
目の前にいて黙ってるのが一番しんどいんで。泣ける場所もグチる先もないし。

ともあれ何もわからないのに落ち込んでいるだけなのは
仕事も進まないしヘマするし結構むだです。
一度帰省してお母さんと一緒に医者から話をきいたらいいと思います。
イナカの病院って先進的な医療は正直できないので、
(厚生労働省が定める先進医療は特定機関のみしかできません)
もし今は多少でも移動できるなら、早いうちに
セカンドオピニオンとか受けてもいいんじゃないかと思います。
まあ、お母さんの考えが一番優先ですが・・・
家で好きなものを好きなだけ食べてのんびり死なせてやりたいと考えてるなら
それがいいと思います。本人の意思の次に、
一番近くにいる人が納得した方法で向き合うべきです。
病人に直接向き合ってない人がすごく労力のかかることを(本人はよかれと思ってるので
本当にメイワクなんですが)アドバイスしてきたりして負担ばっかかけてきたりするので、
「お母さんは間違ってないよ!」と味方するだけでもかなり負担は軽くなります。

お母さんに命令してやらせるんじゃなく、
「せめて私も何かしたい」とお考えでしたら
例えば食事療法は本当に色々種類がありますのでご検討ください。
(マクロビオティックとかまともに取り組むと宣告なしでは難しいものもあります)
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