プロが教えるわが家の防犯対策術!

私の職場は10年位前までは年功序列でした。その後成果主義に変わり、過去の実績よりも今年何をやったかで評価される様になりました。
営業は受注。現場は結果。事務系は何だろう?私の今いる部署は自分が一生懸命ろうがやらなかろうが他人の結果で評価されます。ばかばかしいから一生懸命やろうとは思いません。
定時出社の定時退社。勤務中はのんびりコーヒーでも飲んで。だからって給料が上がるわけでも下がるわけでもなく、出世するかどうかなんて運っみたいなもの。
一生懸命働いていた頃が懐かしいです。仕事にも燃えていたし。がんばろう!と思っていました。
成果を評価するのは同じ人間です。必ずしも正しく評価されるわけではありあせん。
今の廻りの人事を見ていると派閥がおおっぴらにっまかりとおっていて、あぶれたらおしまいー
です。出来高なんて私の部署にはありません。どうやって評価するんでしょうか。
もう余計なことで神経すり減らすくらいなら現状維持で平穏にすごせればいいです。
みなさんんの職場はどうですか?

A 回答 (3件)

そうなんです。


管理部門に張り切られると、現場は余計な仕事が増えて困るんです。
現場からみると、管理部門の連中は、自分で汗をかかず、報告だけもらって、経営トップに上手にプレゼンやって・・・
そんなの仕事じゃないでしょう。
ちょっと言い過ぎましたかね。
個人的には成果主義に肯定的ですね。
現場にいましたので、成果が数字として現れますから。
私がいた会社では、昇進・昇給は年功も考慮した成果主義、ボーナスは職位のベース分が7割と成果分3割くらいかな。
私の会社も管理部門は頑張っても頑張らなくても、会社の平均水準だったのかな・・・
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この回答へのお礼

有難うございます。
年功序列は全くないので、査定が上がらないと給与は変わりません。
毎年査定しますが、なんとなく上がる人とそうでない人はすでに色分けされていて十年後の体制も創造つきます。
考えようによってはそのの後を見据えて、仕事より人間関係を良好にしておく
方が自分には得だと思っています。だから仕事はほどほどにしておかないと
あらぬところで恨みを買ったりするので、なんとなくやってればいいのです。

お礼日時:2012/03/10 12:20

質問者様としては、何がどうなればハッピーなのでしょう。



例え事務や総務系の部署でも、成果主義制のもとでは「経費削減」など、具体的な部門目標が設定されると思うのですが、そういうことではないのでしょうか。

頑張っても評価されないなら適当に仕事をやろう、という考えには、どうぞお好きなようにとしか言いようがないですが。
最終的なキャリアの積み重ねとして、数年後、あのときもっとやっておけばよかったと、後悔する結果にならなければいいけど。
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この回答へのお礼

有難うございます。
今までがむしゃらにやってきたのですが、今の部署は頑張ると困る人も出てくるので、それでそこそこにやっておいてあまりやりすぎるなという事のようです。
だからあまりムキにならず、でもそれなりにやって。
だったら余裕のあるときは勉強でも。。。とよく言いますが、そういう時ってなぜかそんな気にならないのだから不思議ですよね。
キャリアを積み重ねるのではなくて具体的成果を一年間でどれだけ上げたかが重要なので、私の部署は成果を上げるものが無いのです。やってもやらなくても成果は関係ないので同じなのです。だったら付き合い残業なんかしてだらだら残ってストレスためる位ならさっさと家に帰って車でどこか行くとか、
子供と話するとか、買い物でもしているほうが人間らしくていいかなと。

40歳まで結構イケイケで昇進も早かったので、将来の事も考えていました。
その頃自分が一番したっていた上司が実は自分とは正反対の生き方をしている私のことを相当ねたんでいた事があとになって判ったのですが、その人が部長という権力を握ったとたんまるで今までの仕返しのようなパワハラにあって潰されたということもありました。でもその人も所詮その程度の人だったわけで失脚して、今の職場は私には関係のない人達のグループでほぼ出来上がっていて、又今から競争するには環境や年齢がもうそんな気にはならなくなってしまいました。もっとやとけばってなにをもっとやればいいのかもはっきりしません。目標もありません。会社からのトップダウンなのだから会社がいう事が目標です。目標達成できなかったら達成できたように表現すればいいんです。

>頑張っても評価されないなら適当に仕事をやろう

適当はほどほどという意味です。

何か工夫しようとかこうしてみようとか考えちゃだめなのです。

廻りからもそう言われてます。

皆嫌がりますよ。何もかも今までがダメという事はないですが、

日本企業にはまだまだ昔ながらのやり方や習慣・慣習を変えるのを嫌がる風習が根強いのです。私はついついそういう事を積極的にやろうとするから廻りから煙たがら

れるのです。今は面倒くさくなってきました。

お礼日時:2012/03/09 00:34

何か殺伐とした状況ですね。


あなたがどういう環境におかれているのかはわかりませんが、その考え方にはちょっと同意できないですね。

私はかつて日本でも有数の成果主義の会社におりました。
私は数字には直接関係ない管理部門でしたが、それでも社内にはしっかり今年の成果は主張していました。
例えば事務の合理化をしたとか、回収率をあげたとか言うべきことはいろいろありました。部下にもそういう成果をいつも求めていました。
賞与や昇給もそれに応じて評価しましたし、がんばる人はそれなりに励ましました。

あなたは誰も評価をしてくれないと思うようですが、長い目で見ると誰かが見ていますよ。
5年先10年先にそういう努力をした人と、漫然と過ごす人は多分歴然とした差が出ると思います

天網恢恢疎にしてもらさずという言葉をご存知ですか。
もし知らなかったらお調べください。

最も毎日を気楽に過ごして給料をもらった方が良いというのは個人の選択で全く自由です。それはあなたの選択なのですから。
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この回答へのお礼

有難うございます。私が管理部門で経費削減するんだったら徹底的にやります。
現場を知らない事務方と違って現実を知っているからいくらでもアイデアが浮かびます。
雑巾の様に絞ればいくらでも利益は出てきますよ。それでもまだ隠れた余禄があるのです。まあ私がいる部署ではないのでそうも行きませんが。でもそれが成果として評価されたら廻りから恨まれますよ、それでも満足するでしょうか。
私の会社ではある程度給与や賞与が社内に公表されて、誰がだいたいどの位もらってるか想像ついてしまうのです。
それからよくお役所的といわれるのですが、何事もトップダウンで本社から本部、担当部・支店・管理職と仕事の指令が流れてきて、それ以外の事を勝手にやるわけにはいかないのです。それなのに成果を上げるとか、古い習慣や慣習を改革しろとか社長は言っております。何か矛盾してると思います。
ですから言われた事をきちんとやっていれば定時出社の定時退社で何も問題ないし、以前は職場で会社の経費で酒を飲んでいたくらいだから、コーヒー位なんの疑問も感じません。サボっているわけでもないので廻りの目も気にならないし、今いる職場は先ほどの管理部門ではないとしても、あんまり頑張ると廻りから嫌がられるので適当(ほどほど)にしておくのが一番いいらしいと思うようになりました。そうは言っても性格的についつい力が入ってしまうのですが、たいていそんな時は、上司からこそっとですがそういった事を忠告されます。
考えようによっては何と良い会社なのだろうと思います。がむしゃらに働いて出世を目指すのも、コツコツとやりながらもそこそこでいいと思うのも全て自己責任。
天網恢恢疎。私悪い事はしておりません。仕事もやってます。

お礼日時:2012/03/08 20:38

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