アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

こんにちは。
先日、日本のいいところ、悪いところでは、
たくさんの方から様々なメッセージを受け取ることができ、
本当に感謝します。
この場を借りてと言ってはなんですが、お礼、申し上げます(*^_^*)

さて、本題に入ります。
連日、日本では嫌なニュースがたくさん流れます。
その中でも、一番ひどいのが
「いじめによる自殺」
だと思っています。
私のクラスでは特に目立ったことはないですが、
男子が女子のことを変なあだ名で読んだり、
などということが多々あります。

ですが、こういうところからいじめが発端していくのではないか?
と思います。
そして、こういう経験のある方、または、いじめにあっている方々、
そして、いじめにあっていた方々、
辛いかもしれませんが、お書きください。
あなたの悩みが、少しでも軽くなるように
どうぞ、お書きください。

※ググる、という手段を使っても、生の声を聞くことはできないと独断し、
質問することに決めました。

A 回答 (12件中1~10件)

 少し長くなりますが、回答させていただきます。



 中学生の頃に自分もイジメの対象になっていました。
廊下で突然、初対面の同級生(他のクラス)から蹴られるetc。
記憶は曖昧ですが、最初はもっと些細な事(イタズラ程度)から
はじまっていたと思います。

 No.2様がイジメられる原因があるとすれば声をあげない~~
と書かれていますが、自分の場合は異なっていました。
イタズラや暴力に対して、声をあげても反発しても
お相手はそれを楽しんでいる感じでしたし、肝心の担任の教師も
完全に見て見ぬフリをしていました。
まぁ、今になって思えば学校の問題になりかねないので、
当然と言えば当然ですね。

 イジメる側の目的・・・というか理由は、誰かと仲良くなるには
共通の敵(イジメる対象)を作るのが手っ取り早いからだと思います。
周囲は見ていても助けるなんて事をする人はいません。
助ければ”偽善者扱い”され、今度は自分もイジメの対象となるからです。
 死にたい!とも何度も思いましたが・・・自分が中学3年の時
父が癌の告知を受け他界しました。
辛い思いをしましたが同時に、ここで自分まで死んではいけない!
自分まで死んでは母の苦しみはどうなるんだ?!と自分に言いきかせ
耐える決心をしました。

 その後自分はひたすら耐えていました。イジメに耐え無視を続けました。
何をされても声も出さず、痛いそぶりも見せず、反応すらせず・・・。
極端な話ですがそれまで仲の良かった友達とも関わらず
(誰かと楽しい感じを出せば、今度はそれを原因にイジメが連鎖する)
高校になれば周囲の環境が代わると信じ周囲のすべてに無視を続けました。
3年の後半には、とりあえず暴力的なイジメはなくなりました。
イジメる対象(自分)が無反応のため、おもしろくなくなったのでしょう。

 高校に入学し環境は変わりましたが、自分はもう
誰かとコミュニケーションを取る事が苦手になっていました。
社会人の今でも少し、それをひきずってしまっています。
あの当時(学生時代)と変わらない周囲の風景は
誰かが誰かと仲良くするため、誰かを標的とした行為や悪口ばかり。

 結局のところ、イジメ問題は全ての人のコミュニケーション能力不足だと
実感しています。こんな被害者やイジメの上に出来た仲間は
本当の仲間だとは、自分は全く思いません。
みんなが本当の友達を見つける事が、イジメの無い世の中に近づく
唯一の方法なのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

一文字、一文字、噛みしめながら読ませていただきました。
>声を上げても相手はそれを楽しんでいる。
確かにその通りだと思います。
そんな思いがないのなら、いじめなど起こらない。
本当の友達を見つける・・・。
自分が心から信用できる人を見つける。
何にしてもそうですね。
本当に心にしみる文でした。
日本のいじめの問題は永遠に終わりませんね。
回答、誠にありがとうございました。

お礼日時:2013/05/05 21:40

いじめが何故悪いかと言うと



競争や勉強で強くなるのはいいですが

いじめは優しさとか繊細さ 頭の良さなど良いものを持ってるものを

駄目にしてしまうからです

勿論能力のないものをいじめるのも 人の心を考えれば残酷なことです

人が調和する意味でもいじめは良くないです

大袈裟に言えばいじめられてやけになった人が人を殺すかもしれません

そうなると、いじめが元で掛け替えのない命が失われることもあり得ます

人は育み作る力より いじめ壊す力のほうが強いのです

それをほって置いたら 何時か戦争になって取り返しの付かない事になる事でしょう。
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人は、共通の攻撃対象を持つ事で、所属集団の団結心を


高めるという性質があります。
いじめを行う理由の一つに、かばうと自分もいじめられる側
に回るのでは、という強迫観念があると聞きます。
ただ、学校という「集団」は永続的なものではなく、卒業に
おいてゼロから再出発できるし、社会人になると実力主義
であり、そのような“集団化のための集団主義”は弱くなる
ので、どんなにつらくて先が見えない時も、遠からずその
クビキから解放される時が来る事を信じて、その準備を
しておく事です。
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生物に共通の真実:弱い者の犠牲の上に強いものが繁栄する。



青少年にありがちな誤解:「人間は生まれながらにして平等である」

世界を見るとわかること:いじめで自殺する子供がいる国と、機関銃で殺される子供がいる国がある。
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私は、いじめたこともいじめに遭ったこともありませんが。


思うところをランダムに。

1,いじめられる方にも原因があるのは確か。
 なんで戦わないのだ?
 いじめられて自殺など、情けないの極みだと
 思わないのかしら?
 しかし、責任はいじめる方に100%ある。

2,これは日本だけの問題ではない。
 世界中の問題。
 時々勘違いして、日本だけの問題と思っているひとがいる。
 世界教職員会議でも、毎年問題化されている。

3,ある高校の話だが、相手を呼ぶときに「さん」「君」
 をつけるよう指導しただけで、激減したことがあります。
 礼儀などを躾ければ、減ると思いますよ。
 発生してから犯人捜しをやるより、予防に力を入れるべき。
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>「「悪い戦争をした悪い民族」なんて大々的に教えられて自信が持てましょうか」



・・・勝手に自殺されれば。>「悪い戦争をした悪い民族」
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”いじめ”という定義にもいろいろありましょうが、それに耐えられなくなって自ら死を選び自殺するという行動に行き着くのでしょう。



集団生活をする上で大切なのは連帯感ですが、これから排除されたことで自己の価値を見出せなくなって死を選ぶのではないでしょうか。もちろん個々によって差異や程度はあるのでしょうが。

いじめによる自殺をなくそうとすれば、その集団に依存しなくてもすむ体制、家庭内暴力などもいじめと呼ばれているか存じませんが問題として社会、集団の連帯から取り除かれる行為は一概になくす方法なんてものはないでしょう。その集団の性質により不要とされるものは違うものでしょう。
次に集団における個人として社交性や自己顕示力などいろいろありましょうが自己の確立、独立という概念が著しく弱いことから自殺という結果にいたるのでしょう。自信がない、なんていうのも同じようなものですね。

いじめの原因として様々な要素はあると思いますが、テレビの芸人なんかがいじめのようなことをしてそれを笑いの種としていますね。それを見た子供たちはそれがいじめだという自覚はあったとしても本当にしてはいけない悪いことなんて思いもしないかもしれません。親の躾なんかもあるでしょうね。それに国の歴史、道徳教育。悪い戦争をした悪い民族なんて大々的に教えられて自信が持てましょうか。

お金お金で道徳をないがしろにしたり、他国の現状を見てみぬ振りして自国の防衛をないがしろにしたり、確固たる思想も持たない大人ばかりでいじめが悪いことですといったところで何になりましょう。誇りを失い、自己独立の心、道徳を失ったすえのひとつの結果として”いじめ”の社会問題化があるのでしょうと思います。
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こんばんは




「綽名が付く」というのは、(それなりに)「見られている」、という反面?
正鵠を射ている、のかもしれないと思います。

裏を返して言うと、それだけ図太い「反応」が得られるのは、
それなりに若い時分だけ、というようにも思われます。

「綽名」が付いたら、むしろそれを誇りに思うか、あるいはやはり、反省材料とするか。


「若い時分は、傷付きやすい」で、ファイナルアンサー?
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 あの別に書いても悩みが軽くなりませんが助言はします。

自殺がニュースに成程日本は平和だなとしか感じません。虐めを受けていたので書きますが、相手は教師を含めたクラス全員で二年ほど続きました。それは小学校、三、四年生の時です。でも、そいつ等が事故に遭ったことを高校生の時に皆聞くと大喜び。親たちですら喜びます。警察は喜びませんでしたが、内情を知ると誰も味方をしなくなりました。それが普通の反応ではないでしょうか。それでも中学生の時に自分も虐めに加担していたのでその女生徒に殺されても文句は言いませんし、むしろ殺されて当然だと思っています。でも外人の同僚が付けるあだ名は洒落ていますね。最初は「Fox」で理由を尋ねると「狐のように狡猾に獲物を狩るから」その後にもう一つ「Red eyes(赤目の悪魔)」と付けられて普通に呼ばれています。他には「カミカゼ」とか色々あります。外国は人にあだ名をつける場合は簡単な会議をするぐらい充実しています。ある意味中二病の集団ですが、真剣に人のあだ名を考える事実には感服しました。

 しかし、日本人はそういうことはほとんどしません。思い付きが殆どです。悲しいですね。囲碁の先生で帝国陸軍将校だった人が言っていましたが、最初は一般兵と同じ扱いで1年間訓練をしたその時に訓練終了後、2年生にボコボコニされ、4年生にも殴られた。特に将校になる人間は眼の敵にされていたため、半端ではなかった。けれども、4年生以上は顔を洗って来いぐらいしか言わなかった。そして、1年後将校になった私たちの勤務地は元居た場所には絶対にならなかった。なぜなら、報復で殺人が頻発したためである。今の日本は軟弱だね。対等なら殴られたら木刀で殴り返すぐらいしないと。とはいっていました。

 最後に先生は、「君は明日死ぬと解っている人間をどうにかしたいと思うかい?」と訊ねてきました。虐めには同意もしませんし、駄目だとも言えません。なぜなら、何かをする時に最後に人間は自らの命を賭ける必要があるからです。仲間を護るのも殺すのも全部自分の責任にしてきた偽善者の私の考えですが。
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いじめの陰湿さや閉鎖性が、そのまま学校の、教育現場の閉鎖性と共鳴して、より外にイジメが開示され難くなっているというのは、昨今の報道にあるとおりとおもいます。

イジメがひととして恥ずかしい行為であるという事を教えるのが大事だと考えます。道徳教育の不備ではないでしょうか。
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