映画のエンドロール観る派?観ない派?

2000年代の前半ぐらいまではネットの掲示板、それ以前はニフティフォーラムなど
皆さん、結構活発に議論をしていたように思います。

下のリンクはある検索をしていたら見つけたものの一つです。
もう17年も前の掲示板の残骸のようです。
http://www.over30.jpn.ne.jp/over30club/bbs/libra …

今はこのような掲示板をあまり見かけません。
古くから開設されているホームページに併設されているものを見かけますが、
放置されているものも多いです。
3年前に私がコメントを書いても何らコメントが帰ってきていません。


質問1
皆さんこのような書込みをしなくなったのはなぜですか?

コミニュケーション能力が低下しているのですか?
文章作成能力が若年層では劣ってきているのでしょうか。

議論(楽しい議論)すら嫌うようになってしまったのでしょうか。


質問2
パソコン隆盛期にはホームページ開設が流行ったが、
皆さんが高齢化(老人という意味でなくかつての20代が40代になった)したか
飽きてしまい放置されている?

質問3
長文を書く暇がない?

質問4
デバイスの退化 
パソコン→スマホ これは長文を書くのに適さず自然と長い文章が嫌われるようになった。

A 回答 (8件)

質問1に対して。


私がサイト上で長文を書かないようになったのは、「読む人の読解力に期待できなくなった」からです。

具体例は思い出せないのですが、きちんと起承転結をまとめて書いても、その「転」の部分だけ面白おかしく取り上げられたりしますからね。

一般的な傾向を言えば、最近では、短文どころかゼロ文字でも「意思表明」ができるようになっていますね。
例えばツイッターでは「いいね」や「リツイート」ボタンをクリックするだけで賛意を表明できるようになっています。

あと、なぜかは知りませんが、略語が好まれています。
例えば、「今北産業」は「今、(このトピックに)来たので、三行で説明してくれ」、「だれうま」は「誰がうまいこと言えと言った」です。

その他、長文が少なくなった理由としては、ツイッターやブログに簡単に写真を添付し閲覧させることができるようになり、文章で説明する必要性が薄くなったことですかね?

このような環境が、長文が避けられ短文が好まれる傾向をつくっていると思います。

私は議論はもともと好きではありませんでした。
賛意や共通の体験を持った人どうしで意見を交換し合うことに、酒を飲むような快楽を感じます。(「このアーティストがいいね」「この曲が好き!」等)
これは個人の問題だと思います。

ちなみに長文のブログは更新が2~3ヶ月に一回に対して、ツイッターは1日数度発言しています。

質問2に対して。
ホームページ開設が流行していた時には、私もいくつかホームページを作りました。
ネットオークションの体験談だとか好きなアーティストのディスコグラフィとか、ジョークをまとめたものです。
これらを再開するつもりはありません。

まずネットオークションの体験談をまとめたホームページは、私よりはるかに優れて実用的なサイトが多数登場したことが理由です。
アーティストのディスコグラフィは、Wikipediaや公式ホームページを見れば済むようになったので、私のサイトを消しました。
ジョークサイトは、「飽きた」のが閉鎖した理由です。

質問3に対して
残業も休日出勤もほとんどない環境にいますので、暇はあります。
でも、意欲と動機がありません。
これは私の個人の意見と体験です。


質問4に対して
「デバイスの退化」は非常に面白い現象です。
1990年ころのパソコン通信では、A4用紙換算で1枚分の発言を表示させるのに数分かかりました。その間、電話代が3分10円と通信料が1分10円くらいかかりました
(なので長文を投稿するときは、「長文注意」と掲題に入れるのが礼儀でした。)

今なら長文でも大した費用もかからず、数秒で表示させることができますよね?

さらに記憶媒体でいえば、昔は手のひらくらいの大きさのデバイス(3.5インチFD、1.44メガバイト)に70万文字くらいしか記憶できなかったのですが、今では小指の爪より小さい記憶媒体(Micro SD 64GB)に360億文字の記録ができます。

また、全盛だったNECのPC-9801規格では、ディスプレイは640x400ドットだったので、16ドット文字で文字表示は1画面で40字x25行の1000文字。
平均的なスマホで見やすい文字の大きさにすると17文字x20行で340文字です。

つまり、記録や通信は劇的に進化しているのに、(一般的に普及している)画面の表示は退化しているんですね。
パソコンでHD画面を表示できる機器なら、1画面で約3000文字以上が表示できますが、それでも1990年代の3倍くらいでしかありません。
(さらにスマホでは画像添付とかがあるので、表示できる文字数はもっと少ない)

刹那的に理解できる文章が好まれているのでは?と思います。

久々に長文を書く機会ができました。質問ありがとうございます。
(この回答約1600文字)
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>議論(楽しい議論)すら嫌うようになってしまったのでしょうか。



パソ通の時は、同じ思考を持った人たちのコミニュティーなので
反対意見も方向性は同じだったと思います。
ただ最近は、誰でもインターネットができる時代なので
まったくバラバラの思考で、議論にならい事が多いです。

それとSNSのように、自分の近況を書いて、その反響を
他人からどう見られているかが、重要なんです。
だから自分を「こう」見て欲しいかではなく、
「どう」見て欲しいかの要求が強いのだと思います。
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議論する能力のある人がいなくなったからではないですか。


落書きみたいなコメントを一言かくだけの小学生くらいの書き込みが多いと思います。
だから、周りも釣られてちゃんとした書き込みをしなくなった。
能力の退化も大きいです。
ちゃんとした書き込みは考えて書かれます。
でも、真面目に書き込む気のない人が何も考えずにいい加減な書き込みをする。
議論することは自分の考えを発信することになります。
自分の考えがない、自分の考えを知られたくないと言う人は議論を避けます。
自分の考えを発信さえしなければ恥をかくことがない。だから議論をしません。
小学生みたいな書き込みをする人は自分の考えを書きません。議論にならない。
適当に批判したり否定したりするだけの書き込みでまともに向き合おうとしない。
これがかっこいいと思っているのでしょう。逆に長文はダサいと言うことです。
ちゃんと利用しようと言う気があればもっと面白い書き込みやシャレのきいた書き込みが出来るはずです。
ネットを面白くしようと言う気が無いのでつまらない書き込みばかりになりました。
議論をしなくなったのは利用者の質の低下です。
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この回答へのお礼

有難うございます。
>落書きみたいなコメントを一言かくだけの小学生くらいの書き込みが多いと思います。
>だから、周りも釣られてちゃんとした書き込みをしなくなった。
> 能力の退化も大きいです。
このサイトの劣化も甚だしくなりましたね。

お礼日時:2017/03/31 15:53

>>質問1


皆さんこのような書込みをしなくなったのはなぜですか?

私は、パソコン通信初期のころから通信していますし、ニフティー開設記念のパーティに参加したこともありました。
たしかにあの当時は、長文書き込みをする方も多かったですね。
ネットは常時接続ではなくて、時間課金だったので、マクロを使って、一気に書き込みを取りこんで、じっくり文章を読み込んだものです。
そして、オフラインで時間をかけて返事の文を作成し、書き込みしていました。
だから、どうしても、長文になりがちだったかもしれませんね。

>>コミニュケーション能力が低下しているのですか?
文章作成能力が若年層では劣ってきているのでしょうか。

それもあると思いますね。

>>議論(楽しい議論)すら嫌うようになってしまったのでしょうか。

それもあると思います。

>>質問2
パソコン隆盛期にはホームページ開設が流行ったが、
皆さんが高齢化(老人という意味でなくかつての20代が40代になった)したか
飽きてしまい放置されている?

パソコンに接続した音響カプラを使って、電話回線を通じて、自宅の自作ホストシステムに接続したときの感動は大きかったですね。
でも、何年も続けていたら、初期の感動は無くなりますし、皆が興味あるネタも、いつしか飽きられてしまうのが普通だと思いますからね。

また、あの当時、パソコンのハード・ソフトの進化はとても早くて、それに関する話題に皆が興味もったわけだし、書店に行けば、パソコン関連の月刊誌が山のように出版されていたものです。
でも、一般の方が要求するレベルのハード・ソフト、つまりはパソコンが十分に満たされるほど進化してしまえば、皆が議論するネタが無くなりました。
(そして、今では、秋葉原のパソコンショップが激減という事態になっていますね)


>>質問3
長文を書く暇がない?

そういう習慣が過去の経験から身についている人は、その気になれば、現在でも時間を作って書くでしょう。
でも、その長文を受け止めて、何らかの返事を書きこむ能力ある誰かが、そのサイトにいないなら、書き込みしなくなるでしょうね。

>>質問4
デバイスの退化 
パソコン→スマホ これは長文を書くのに適さず自然と長い文章が嫌われるようになった。

スマホでもキーボード接続は可能みたいですが、通常はキーボードもマウスもありませんよね。
長文を書くには、スマホは不向きです。

私は、スマホで受信したメールは、PCでも受信可能な設定にしてあるので、急ぎでない限り、メールの返事はPCで書くようにしています。
スマホで長文を書くのは、苦行です!!
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この回答へのお礼

有難うございます。
>パソコンに接続した音響カプラ
さすがに私は使いませんでしたが、懐かしいですね。
その昔は、カード電話 その前は10円硬貨や100円硬貨
その時代のほうがコミュニケーション力があったのか?

そういえば・・・彼女の家に電話をするにもお父さんやお母さんに出られたらどのように好感をもたれるようにしようか・・・

このような情緒が失われてしまいましたね。

今の若い人たちはある意味便利になりすぎて不幸せなのかも。

お礼日時:2017/03/31 15:52

SNSが一般的になったからです。



そもそもホームページというのは「自分の興味のあることへの発信」であり「自分の主張」でもありました。
だから、コメント欄に書き込みがあり、議論になっていったわけですが、この議論は1対多(匿名)だったわけです。

広範囲な多(匿名)対多(匿名)の議論については、パソコン通信時代からあった掲示板やチャットなどで議論が盛り上がったこともあります。またこの時代は「なにかをパソコンでしたい人」がパソコンを使ってネットにアクセスしていた時代でもあります。

win95によって、日本にもIT化の波がきて、多くの人がパソコンとネットの世界に入れるようになり、ホームページを作り2chなどの掲示板に参加するようになりました。
 しかし、ホームページは意外にたいへんで、よほど発信力の強い(または主張の強い)人でないと続けられないもので、それが元でブログ形式に重心が移っていきました。この時代でもまだ1対多(匿名)の議論はできたわけです。
いまでも「炎上」するのは主に1対多(匿名)のブログのコメ欄などです。

この辺りの管理に嫌気がさした人やもっと手軽にネットを利用したい人に受けたのが、SNSです。日本では2004年からmixiがスタートしてそちらに大量に人が流れました。ここでSNSは原則として匿名ではなくなったのです。

それからフェイスブックやLINEなどが開発されて現在はSNS主流の時代で、基本的には匿名ではありません。

この匿名ではなくなったことが「議論をしなくなった(正確には議論を吹っ掛けにくくなった)」理由のひとつであり、SNSは議論を嫌う女性の参加も多かったことも一因となっていると思います。


ですから、いまは議論する場そのものがあまり無い、という状態であるといえるでしょう。
というところまでが質問1と質問2に対する回答です。

>質問3 長文を書く暇がない?
書く暇がない、というよりもLINEなどではレスポンスが重要視されます。文化的には非常に女性的であり「仲間意識」「連帯意識」を認識するツールと化している、ということです。

>質問4 デバイスの退化 
これは会社で「新人がPCを使えない」と嘆いているのでそういう部分はあるのだと思いますが、それ以上に質問3の状況が大きいと思います。
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この回答へのお礼

有難うございます
mixiはやりませんでした。(今になって登録してみましたが使い方がわかりません。)
ツイッターもやってみましたが、思いのまま衝動的に書くという 行為が行儀が悪い書込みが多くて
不快になりました。
FACEBOOKは偽名(あだ名)で開設 限られた範囲で 「行儀よく」使っています。
LINEは最低限の連絡ツールにしています。

基本は顔を合わせての会話 通話ではないかと思っております。

「仲間意識」「連帯意識」を認識するツール  
この「軽さ」について行きたくないと感じる私は頭が固いのでしょうか

お礼日時:2017/03/31 15:49

ニフティの頃は顔の見える相手ばかりでしたから、よく議論しましたね


インターネットになってからは、どこのだれか判らない状態になりましたので、書き込みが減りました
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この回答へのお礼

有難うございます。
どこの誰かわからないと議論もできなくなるのでしょうか。

例示したような雰囲気 この場合は顔は見えませんね。
こんなおしゃべりは皆さん面倒になったのでしょうか?

LINEの会話を見ていると嘆かわしいと感じることがあります。

お礼日時:2017/03/31 08:20

インターネットの普及に伴い、書き込め人が増え、


「〇〇さんの投稿への意見」ではなく、「気になった投稿(No.●●)への意見」に変化し、
また、横槍、冷やかしも増え、
集中攻撃されるのを避け匿名投稿するようになり、
議論の体をなさなくなり、議論離れしていった。

ホームページは、ブログへ需要が推移してしまったから。
情報発信はブログでもできますし、開設も簡単ですから。

長文投稿は読むのが疲れるという傾向が強くなってると思います。
故に長文を書かなくなったと思われます。

スマホで、長文全体を見ながら入力には不向きだったり、LINEやTwitter等の普及で、短文や一言でやり取りすることが普通になってしまっている、そんな影響もあるかと。
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この回答へのお礼

有難うございます。
・議論離れ
・長文投稿は読むのが疲れる → 横槍で「今北産業」に驚きました。
・短文や一言でやり取り 

これは「進化」ではなく「退化」ですね。 それとも単なる「変化」ですか?

お礼日時:2017/03/31 08:17

時代の変化。


若者の趣味嗜好の変化。
現代人の他者とのつながり方の変遷。
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この回答へのお礼

有難うございます。
時代の変化なのでしょうが
若者の趣味嗜好の変化。→どう変わったのでしょうか? 
            内向き志向 地元志向 ということですか?
現代人の他者とのつながり方の変遷。
→どう変わったのでしょうか?

お礼日時:2017/03/31 07:37

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