昨夜「世界の中心で愛をさけぶ」(劇場版)を観たのですが
最後の方で スボンのポケットから
ビンに入った白い粉(亜紀の骨?)が出てきましたが
ストーリー的にいつ準備したんでしょうか?
 

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A 回答 (4件)

#2です。


見えすぎないと色々と想像できて面白いですよね。

ドラマや原作では、亜紀の両親と朔がオーストラリアに亜紀の死後すぐに行くという設定になっていますから、両親が渡してくれたという可能性もありえそうですね。
なんか、ここで質問しているのはおかしいとは思うのですが、律が「内緒で向かった」というのは確かにそのとおりなのですが、ちょっと不思議ですよね。約束を果たしてもらう為に行くなら何故、一緒に行かなかったのでしょうか?
コッソリ地元に帰り、亜紀の遺骨をもらって東京に帰るつもりだったとか?なんですかね??
私としては、律には結婚する気は既に無かったのではないか?と思ってしまいました。最後に朔太郎から空港で亜紀の話を聞き(ここら辺はウラ覚えですが)オーストラリアに朔太郎と一緒に行こうと決意したのではないでしょうか?

なんて考え出すと限がないですね。でも一人で考えるよりみなさんと意見交換できる方が見解が広がって楽しいです。
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#1です。


自分が観た中での解釈ですので、間違っていたらごめんなさい。

律(柴崎コウの役名ですね、忘れてました)は引越しの際、事故で渡しそびれていたテープを見つけそれを聴いて、朔太郎と亜紀の昔のことを知り、自分を責め朔太郎との結婚の前に亜紀との約束を果してもらう為に、朔太郎の故郷へ内緒に向かったのだと思っています。

遺骨は亜紀の両親も律から渡されたテープを聴いて、渡してくれたんじゃないかと勝手に解釈しております。

見えすぎないストーリーっていうのが劇場版のいいところでもありますよね。
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この回答へのお礼

>遺骨は亜紀の両親も律から渡されたテープを聴いて、
>渡してくれたんじゃないかと勝手に解釈しております。

 ありがとうございます
上記解釈でしたら スマートですね

お礼日時:2005/04/07 22:42

『世界の中心で愛を叫ぶ』


劇場版ではハッキリとした亜紀の死(葬式等)には触れていないところが秀逸な部分だと思います。
ですが、本来、亜紀が骨を撒いてくれとオーストラリアにこだわった部分が表面化していないため最後のシーンがシックリこないのだと思います。
亜紀が死んだ時、朔はおそらく彼女の言葉を受け、遺骨を小瓶に保管したのでしょう。しかし、カセットテープからも分かるように、亜紀を思い出す要因が側にあると辛く、それを封印していました。(ここら辺はドラマで演出していました)おそらく亜紀の遺骨も何処かに封印していたのでしょう。
封印することによって亜紀の死を忘却していたのです。だから、彼女が死んでも彼女の遺言通り彼は骨を撒かなかったんです。
しかし、亜紀の死を地元に帰り受け入れることで、彼はその仕舞い込んでいた亜紀の遺品を封印から解き放ったのでしょう。
というわけで、準備したというよりも、既に用意されており、亜紀の遺言を実行するためにオーストラリアに向かったと考えられます。

この回答への補足

>亜紀が骨を撒いてくれとオーストラリアにこだわった部分が表面化していないため最後のシーンがシックリこないのだと思います。

 そうなんです。
撒いてくれとは、聞いていない最後のテープで言っているので・・・

>おそらく亜紀の遺骨も何処かに封印していたのでしょう。

 親族が 朔に遺骨を渡すとは思えないので
盗み出したと考えるのが妥当でしょうか?
(前科もありますし・・・)

補足日時:2005/04/07 01:45
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私が観た解釈では、柴崎コウが亜紀の最後のテープを聞いてるので、ひそかに彼女が用意していたのではないかと思っています。

この回答への補足

 ありがとうございます

>ひそかに彼女が用意していたのではないかと思っています。

 私もそう思ったのですが 「律」(柴崎コウ)が
墓からパクッタ?と言う事でしょうか?

補足日時:2005/04/07 01:43
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Q世界の中心で愛を叫ぶをTVで見ましたが疑問でいっぱいです。ネタばれです。

詳しい方、教えて下さい。昨日の放送で初めてみました。
TVではカットシーンがあるかもしれず、間違った認識かもしれないので
私の理解があっているかいないか教えて下さい。

1、彼女が行きたかったのは、オーストラリアのエアーズロックだったと思っていますが、その認識はあってますか?

2、オーストラリアでジープに乗せてもらっていたのが、車が変な挙動と共にどうやら修理している模様?というので合っているのでしょうか?

3、最後に彼が遺灰を手にして撒くというか散っていくシーンがあるのですが、彼が立っている場所は、エアーズロックではないと思っています。

4、彼女の遺言はエアーズロックでまいてと言っている。

ここで疑問です。
途中で感動して涙ぐむ程の映画だったんですが、このラストシーンで、
エアーズロックまで行って灰を撒けよ!!!
と思ってしまいました。これじゃあ、遺言を守ってないじゃん。
彼女がかわいそう。。。と思ってしまいました。

それともエアーズロックが映っていなくても、見えていないでも
あの、赤土の土地全体が、彼女の遺言の地なんでしょうか?

ラストに疑問大で最後納得いかずに終わってしまいました。
ご回答お願いいたします。ちなみに原作本も読んでおりません。

詳しい方、教えて下さい。昨日の放送で初めてみました。
TVではカットシーンがあるかもしれず、間違った認識かもしれないので
私の理解があっているかいないか教えて下さい。

1、彼女が行きたかったのは、オーストラリアのエアーズロックだったと思っていますが、その認識はあってますか?

2、オーストラリアでジープに乗せてもらっていたのが、車が変な挙動と共にどうやら修理している模様?というので合っているのでしょうか?

3、最後に彼が遺灰を手にして撒くというか散っていくシーンがあるの...続きを読む

Aベストアンサー

#1.2です。
 お気遣い有り難うございます。
 自分も映画版を見たのは初めてでした。(しかも書類を整理しながら、巨人・阪神戦も見ながら・・・感動した方ごめんなさい。)ドラマ版も最終回を再放送で見たくらいで・・・

 確かに、旅行会社のサイトなどで説明を見ていると直接的にはウルル=エアーズロックと記してありますね。映画の流れとしても何枚もある写真の中でエアーズロックの写真が目立ってました。

 前述の通りでよくよく見ていたわけではなかったのですが、夢島で見つけたカメラに入っていたフィルムを重じぃが現像し、その写真を少女時代の律子が受け取りに来たシーン、映画では少女・律子は写真だけを受け取って、そこがオーストラリアだという会話を重じぃと交わしたのみで写真館を出ていったと思ったのですが、間違いなかったでしょうか?
 #1で紹介した『指先の花』では、このときに重じぃは「アボリジニとその大地」に関する写真集を、写真と一緒にアキに見せるようにと少女・律子に渡しています。映画のシーンで省かれていたとしても、アキは、写真を見た当初はともかく、最後のテープを吹き込んだ時点では、アボリジニの文化に関する知識をある程度得ていて、「広い意味でのウルル」を知っていたと考えた方が良さそうです。

 原作では、朔太郎達の学校が修学旅行でオーストラリアへ行くものの、すでに体調を崩し始めていたアキは参加できない、というストーリーになっており、夢島のエピソードはその前で、カメラやフィルムは出てきません。(それ以前に律子は映画オリジナルのキャラクターです。)修学旅行から帰ってきた朔太郎がアキを見舞い、土産として「アボリジニの木彫りの人形」を渡す場面があり、それ以後本を読むなどして知識を得て朔太郎と会話する場面があります。
 ただ、完全に確認したわけではありませんが、原作では「アボリジニの聖地」という文言が出てくるものの「ウルル」や「世界の中心」という文言は出てこなかったと思います。(エアーズロックは観光地みたいな感じで触れられるだけです。原作のタイトルは作者以外の人物が用意したものだそうです。)

 映画でも原作でも遺灰を撒く場所に関して「アキの言う世界の中心」=ウルルであっても=エアーズロックではないという感じですね。

 タイトル以外に「世界の中心」に触れていない原作はさておき、『指先の花』では朔太郎の台詞としてウルルは「オーストラリア大陸の中央を占める砂漠地帯」と説明され、レンタカーを走らせる車内で律子に「どこまで行けばウルルなの?」と尋ねられた際にも「多分、ウルルの大地に境界線なんてないと思う」「とにかく、この大地の中心に向かって走ってみようと思うんだ、何かが見つかるかもしれない。彼女が世界の中心と呼んだ何かが」と答えていて、アキの遺言として特定の地点(エアーズロックなど)を意識しているというふうではなく、とにかくウルルの大地を走るという感じです。(中心に向かうといっても、だだっ広い大陸の砂漠ですから・・・抽象的な感じがしました。)
 映画(一応ノーカット放送ということでしたが)にはそういう過程や心情の説明的な部分が端折られていたので、確かにわかりにくい点だと思いました。

 ここまで来たからには(?)『指先の花』でのオチをネタばらししますと・・・
 朔太郎は、律子と二人でオーストラリアへ渡る時点でも、アキがなぜそこを「世界の中心みたい」と言ったかはわかっていないわけです。そして結局、直接的な答えは明示されたようなされてないようなというところでした。
 ラストに朔太郎が律子に「二人で世界の中心をつくろう」と語り、律子の心情描写として「人を愛するってこと。それはともに世界の中心をつくり上げていくようなことなのかもしれない」と記されています。この言葉をどう味わうか、そしてそれぞれがどう考え・感じるかだと思いました。
 
 確認がてらサイトを見ていましたら、公式ファンサイトがありました。BBSには結構な数の書き込みがありますので、参考にできるかもしれません。あと、原作と映画について詳しく比べたサイトもありましたので、ご参考になさってください。
 #1で映画を見たなら、原作は読まなくていいという旨書き込みましたが、映画は、原作を相当膨らませた感じになっているので、原作→映画よりも、映画を見て原作を読んだ場合の方が違和感が強いかな、と思ってのことです。自分は別個の作品と感じています。別に止めているわけではないので、もし良ければ原作・『指先の花』もご覧になってみてください。
 長くなりましたが、お付き合いいただいて有り難うございました。(自分の書き込み最長記録かも・・・)では。

http://www.alived.com/ai/

参考URL:http://www.cam.hi-ho.ne.jp/la-mer/pro-aiosakebu.html

#1.2です。
 お気遣い有り難うございます。
 自分も映画版を見たのは初めてでした。(しかも書類を整理しながら、巨人・阪神戦も見ながら・・・感動した方ごめんなさい。)ドラマ版も最終回を再放送で見たくらいで・・・

 確かに、旅行会社のサイトなどで説明を見ていると直接的にはウルル=エアーズロックと記してありますね。映画の流れとしても何枚もある写真の中でエアーズロックの写真が目立ってました。

 前述の通りでよくよく見ていたわけではなかったのですが、夢島で見つけたカメラに入...続きを読む


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