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吉田拓郎 小田和正 鈴木康弘 加藤和彦 財津和夫 泉谷しげる 南こうせつ
ほぼ同年代と思います。泉谷、こうせつが少し年下。

吉田拓郎が一番年上で、70年代初頭最もヒットとしていたと思いますが、色々ネットを見て居ると、加藤和彦がプロデュースしたり、加藤和彦を師匠と言ったりしていますね。

小田和正はオフコースとして売れたのはかなり後でしが、
年上の吉田拓郎にタメ口である。しかもこいつとか言ったりしてる。加藤和彦も拓郎とか言ってタメ口。

財津和夫と鈴木康弘に関してはこのメンバーすべてに全く共通点を感じない。

小田和正は財津和夫にもタメ口だが、財津和夫は小田さんと言って敬語である。

小田和正と加藤和彦の対談も関係性もよくわからない。

実際、小田和正が一番先輩ヅラをしているがそうなんでしょうか?

加藤和彦がもし生きていたら小田和正と対談や共演の可能性はありましたか?双方NGなのでしようか?

泉谷とこうせつも小田和正と財津和夫と関わりが無い気がします。

この辺を詳しい方、序列と言うか教えて下さい。

A 回答 (3件)

申し訳ない。

質問の意図がハッキリしません。始めに列記したフォークシンガーで加藤和彦が拓郎より先にフォーク・クルセダーズのメンバーとしてメジャーデビューしてます。こうせつも「酔いどれかぐや姫」で拓郎より前にデビューしてます。こうせつの場合、神田川が出るまで低迷します。井上陽水、松山千春も含め、フォークシンガーとしては第2世代になると思います。第1世代としては岡林信康、高石ともや、フォーク・クルセダーズ、五つの赤い風船等が政治色の強いメッセージソングを唄ってました。
恋愛感情を歌詞にしたのは神田川が最初だと記憶してます。第2世代は第1世代のフォークシンガーの元に集まり、メジャーデビューする前に同じシンガーとして友達意識が強く、拓郎だったかフォークルのメンバーの誰かの提案で上下を無くそうと提案したと記憶してます。その延長で、拓郎が自分達で自由に好きな音楽を作りたいと理由で、フォーライフレコードと言うレーベルを立ち上げます。設立メンバーは確か、拓郎、泉谷、こうせつ、陽水だったと記憶してます。
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この回答へのお礼

そうなんですね。よくわかりました。ありがとうございました。

お礼日時:2024/06/12 18:25

千春を忘れてる。


かなり下だけど全員を呼び捨て。
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この回答へのお礼

千春は下すぎますね。ありがとうございました。

お礼日時:2024/06/12 18:24

その辺りのミュージシャンが名前を呼び捨てにするのは、マウントを取るとか、下に見ているのではなく、互いに音楽仲間として認め合ってるか

らでは?
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この回答へのお礼

なるほど時代が違うのですね。ありがとうございます

お礼日時:2024/06/12 18:24

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