『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

19世紀の欧州を席巻したナポレオン・ボナパルト。
英雄との評価がありますが、私は単なる侵略者だと思っています。
彼を物語にした映画を探していますが、うまく見つかりません。
フランス革命を描いた映画にも強く関心があります。
また、ナポレオンそのものだけでなく、ロシア側からみた・描いた映画も観てみたいです。ロシアが どのようにしてナポレオン軍を破ったのか、興味が尽きません。
調べれば簡単ですが、それでは教科書のようで、やはり面白くありません。感情移入できる映画がいいな、と思います。

ご存知のかた よろしくお願いします!

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A 回答 (4件)

戦争と平和、は、サイレント以外ではハリウッドとソ連で映画化されています。

が、まずハリウッド版をみてから、ソ連版をご覧になるといいとおもいます。ソ連版はお国のメンツをかけて作ったので、原作に忠実すぎて長いです。あと、ロシア・ソ連映画独特のゆったりとした進み方も楽しめないと、しんどいかもしれません。4時間以上あるはずですが、これ以上のナポレオン映画はないでしょう。特に、1812年に彗星がでるシーンでは、ハリウッドとロシア人の感覚がいかにちがうか、よーくわかります。

で、そのソ連版戦争と平和を撮った監督セルゲーイ・ボンダルチュークが、西側の俳優と映画作法で「ワーテルロー」をつくりました。これが今のところ、みた限りでは一番面白いナポレオン映画です。あと、アウステルリッツを扱った映画がありましたが、これは駄作でした。ただ、この作品だけ、当時最新の通信システムだった、フランス式腕木信号機が動いているシーンがあって、おっ、とおもいました。

アベル・ガンス監督の無声映画「ナポレオン」も独特でいいですが、ちょっとナポレオン万歳がすぎる感じがしますね。でも、時代がかっていて、私は好きです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
「戦争と平和」は知ってはいたのですが、早速調べましたら・・恥ずかしながら ロシアの文豪・トルストイ原作で、この時代を描いているとは知りませんで、以前にハリウッド版のほうをTVで観た事があります。あまり印象に残っていないので、私的に面白くなかったんでしょうね(笑
ソ連版のほうを観ることにします! ドキュメンタリー・タッチなら、私にピッタリかと。
「ワーテルロー」にも興味ありますが、今のところ 日本語字幕がでないとのことです。
無声映画「ナポレオン」は・・・うーん、無声だと、難しそうですね。しかも ナポレオン万歳がすぎるんですよね?
ナポレオンくたばれ派の私には、キツイ内容のようです。
ソ連版は7時間の大作ということですが、なにはともあれ 教えていただきありがとうございました。

お礼日時:2008/08/16 02:49

異色作ということで、「王妃デジレ」を。


1950年代のハリウッド映画で、ナポレオンがマーロン・ブランド、ナポレオンの最初の恋人デジレがジーン・シモンズ。
デジレはナポレオンがジョゼフィーヌと結婚する前につきあっていた女性で、ふられてしまうのですが、ナポレオンの副官に救われ、彼と結婚。その後、この副官はスウェーデン国王となり、デジレは王妃になります。そして、ナポレオン戦争のとき、デジレは調停役としてナポレオンの説得に向かう、という内容。史実にもとづいているようです。

また、ナポレオンは出てきませんが、ナポレオン戦争を背景にした映画に「虚栄の市」と「悪女」があります。どちらもサッカレーの小説「虚栄の市」が原作で、前者は戦前のハリウッド映画(世界初の長編カラー映画)、後者は比較的最近の映画で、日本ではDVDのみの公開でした。
「虚栄の市」は「戦争と平和」よりも前に書かれた小説ですが、「戦争と平和」のような壮大な人間模様が描かれています。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
そうそう、そういった「裏の話」が知りたいんですよ、とくに映画で!
しかしデジレという女性、やりますねー。
ナポレオンに捨てられたのに、その後 調停役としてナポレオンの説得に向かう・・・!?
どっかの国の、平和ボケした淑女には とてもできない芸当ですね(笑

「虚栄の市」も面白そうなんですが、調べたら、2作品あるようで、お値段がピンきりなのには驚きました。。。
http://www.amazon.co.jp/s/ref=nb_ss_d?__mk_ja_JP …

お礼日時:2008/08/16 03:14

アベル・ガンスのナポレオンは、カーマイン・コッポラ(フランシス・フォード・コッポラの父親)によって、フィルムを修復・復元し、音楽を付けたバージョンがあります(日本国内でもコッポラ自身指揮のオーケストラを連れて武道館で上演という大イベントでした)。



こちらのDVDは、入手容易かと。、
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
無声映画ということで、洞察力に欠ける私には 不向きのようです。

お礼日時:2008/08/16 02:56

「goo映画サイト」


http://movie.goo.ne.jp/index.html
「variety映画データベース」
http://search.varietyjapan.com/moviedb/
上記2サイトは便利なもので、“あらすじ”や“解説”に含まれるキーワードからも検索できます。
入力枠に「ナポレオン」もしくは「フランス革命」等と入れて検索すると製作年順にタイトルが出ます。
お試し下さい。
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この回答へのお礼

おかげさまで、このような作品を見つけることができました。
フランスのTVドラマを、2巻に編成したもののようです。
ありがとうございました。

http://nttxstore.jp/_II_D110740440?LID=egoodvd&F …

お礼日時:2008/08/16 02:59

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Q15~18世紀ヨーロッパが舞台のおすすめ映画

暮らしと服装史の勉強のため色んな資料を集めてます。
実際に着て生活している様子が知りたいので映像で観たいと思ったのですが、
15~18世紀頃のヨーロッパ(地域は問いません)が舞台で、
貴族ではなく中流階級や平民の服装がわかる作品でおすすめはありますか?

マニアックなものでもいずれは探したいのでよいのですが…
できればレンタルなどで借りやすいものが希望です。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

《ルネサンス》あたりからのものをズラッと
並べました(フランス後半は19世紀にくいこんでいる
作品も含んでいますのでご注意を)が、
貴族と平民ごった煮の作品も
多いので以下適当に列挙します。
詳細は
http://www.allcinema.net/prog/index2.php
http://movie.goo.ne.jp/
でお調べください。

これ以外でも
【ヴィドック(2001)】◎
【レ・ミゼラブル】の
(2000)(1998)(1982)(1957) 版
【モンテ・クリスト伯】の
(1998)(2002)版
【ジェーン・エア】の(1983)
【ジェイン・エア】の(1996)
【真珠の耳飾りの少女(2003)】
【スカーレット・レター(1995)】
等々 様々なジャンルで素材でとりあげられていますので
あげればきりがありません。
また「15~18世紀頃のヨーロッパ(地域は問いません)」
と範囲がかなり広いですからね。
その意味で、記憶の許す限り「平民の衣装関連」
で特にお奨めのものには◎マークをつけておきますね。

《ルネサンス》
【デカメロン(1970/仏伊)】
【カンタベリー物語(1971/伊仏)】
【レオナルド・ダ・ビンチの生涯(1972/伊仏他)】
【華麗なる激情(1964/米・伊)】*ミケランジェロ
【ロミオとジュリエット(1968/米)】
【じゃじゃ馬ならし(1967/米伊)】

《大航海時代》
【1492・コロンブス (1992/米仏スペイン)】◎
【コロンブス(1992/米)】◎

《宗教改革》
【ジョン・ウィクリフ(1984/米)】*14世紀イギリス

【マルチン・ルター(1953/米、西独)】
【カルヴァン&ツヴィングリ (2001?)】*ドキュメンタリー
【キング・フォー・バーニング(1994/独)】◎

《三十年戦争(1618年~1648年)》
~~カトリック教国vs新教国~~
ドイツVSデンマーク、スウェーデン、仏等
【クリスチナ女王(1933/米)】*17世紀スウェーデン
(スウェーデン皇帝グスタフ・アドルフの娘)

《七年戦争(1756年~1763年)》
*オーストリア継承戦争(1740~1748)が原因
オーストリア・露・仏等VSドイツ・イギリス等
【バリー・リンドン(1975/英)】*18世紀イギリス
【アマデウス(1984/米)】*18世紀オーストリア
(神聖ローマ皇帝カール6世の娘)マリア・テレジア女帝の時代。

《16世紀~イギリス》
【ヘンリー八世の私生活(1933/英)】◎*英国国教会
【1000日のアン(1969/米)】
【キング・オブ・ファイヤー(2003/英)】◎
【わが命つきるとも(1966/英)】*トーマス・モアの半生
【レディ・ジェーン(1985/米)】*9日間の女王
 (【愛と運命のふたり~レディ・ジェーン(1985/米)】)
【レジェンド・オブ・サンダー(2004/英)】◎
【エリザベス(1998/米)】
【エリザベス R(1971/英BBC)】
【女王エリザベス(1939/米)】
【エリザベス女王(1912/仏)】
【恋におちたシェイクスピア(1998/米)】
【無敵艦隊(1937/英)】
【クロムウェル(1970/英)】*清教徒革命
【ロブ・ロイ ロマンに生きた男(1995/米)】◎
*アン女王がスコットランドを併合し大ブリテン帝国を
成立(1707年)した頃のスコットランドの実在の英雄“ロブ・ロイ
”を描く。
【英国万歳!(1994/英米)】*ジョージ三世
【ヴィクトリア女王(1937/英)】

《16世紀~フランス》
【ノストラダムス(1994/米英独)】◎*アンリ2世
【三銃士(1993/米)】
【王妃マルゴ(1994/仏)】シャルル9世の妹
*新教徒サン=バルテルミーの虐殺事件
【宮廷料理人ヴァテール(2000/英)】ルイ14世
【女優マルキーズ (1997/仏)】
【仮面の男 (1998/米)】
【危険な関係 (1988/米)】
【マリー・アントワネットの首飾り(2001/米)】
【愛、革命に生きて(1988/仏)】
【ベルサイユのばら (1979/仏日)】
【グレースと公爵(2001/仏)】
【ラ・マルセイエーズ(1938/仏)】◎
*1789年7月のパリ・バスチーユ監獄
【ダントン(1982/仏ポーランド)】◎
【ナポレオン(1926/仏)】
【キング・オブ・キングス(2002/仏他)】◎
【ワーテルロー(1969/仏ソ連)】
【炎の英雄 シャープ(1993/英)】*イギリス陸軍の英雄
【美女ありき(1940/英)】
【征服(1937/米)】
【王妃デジレ(1954/米)】
【戦争と平和(1956/米伊)】
【戦争と平和(1965~1967)】
【会議は踊る(1931/仏)】
【レ・ミゼラブル(1997/米)】
【残虐の掟~フランス革命海賊秘話(1967/伊)】

【デュエリスト(1977/英)】ルイ18世
*ブルボン王朝の復活

【ゾラの生涯(1937/米)】第三共和制期

《ルネサンス》あたりからのものをズラッと
並べました(フランス後半は19世紀にくいこんでいる
作品も含んでいますのでご注意を)が、
貴族と平民ごった煮の作品も
多いので以下適当に列挙します。
詳細は
http://www.allcinema.net/prog/index2.php
http://movie.goo.ne.jp/
でお調べください。

これ以外でも
【ヴィドック(2001)】◎
【レ・ミゼラブル】の
(2000)(1998)(1982)(1957) 版
【モンテ・クリスト伯】の
(1998)(2002)版
【ジェーン・エア】の(1983)
【ジェイン・エア】の(1996)
【真...続きを読む

Q第一次世界大戦を題材にした映画は何かありますか?

WW1に行われた戦いを映画にしたものを見たいです。
できればカラーでTSUTAYAなどで借りられるものをお願いしたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「サイレントマウンテン」 2013年
イタリアがオーストリアに宣戦布告。イタリア軍300人に対し30人で守れるのか。アルプスでの戦いを描いています。まだ準新作です。
https://www.youtube.com/watch?v=BjR1qVpNjPw

 「ザ・トレンチ」 1999年
2日間で6万人が犠牲になったイギリス至上最大の失敗と言われている、ドイツとの戦いを描いています。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=234681

「愛と裏切りの戦場」前後編 2007年
最初のオーストリアとの戦いを、イタリア側から描いた負け戦を描いています。
http://tsutaya.tsite.jp/item/movie/PTA000085MNT

「ロング・エンゲージメント」 2004年
戦場へ行った恋人を待ちわびる女性。そこへ戦死の一報が。仲間に置き去りにされたため死んだと聞かされますが、まだ生きている気がして消息を尋ねまわります。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=320636

「レジェンド・オブ・フォール」 1994年
山奥の牧場でひっそりと暮らす一家。第1次大戦が勃発し3人の子供は出征していきますが、婚約者がいた3男が戦死してしまいます。
http://movie.walkerplus.com/mv10927/

「デス・フロント」 2002年
第1次大戦のヨーロッパ。塹壕の中に向けて銃を構えるドイツ兵を発見。イギリス兵が近づいてもドイツ兵は、銃は塹壕の中に向けたままでした。この塹壕の中には・・・ホラー映画ですが良ければ。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=242058

「ファイブ・デイズ・ウォー」 2001年
77師団にある作戦命令が下りますが、この作戦は見方の犠牲が多すぎる無謀な作戦だと中止を迫ります。しかし作戦は実行に移され600名が派遣されていきます。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=241409

比較的新しくてカラーでレンタル可能で、しかも面白い映画を選んでみました。

「サイレントマウンテン」 2013年
イタリアがオーストリアに宣戦布告。イタリア軍300人に対し30人で守れるのか。アルプスでの戦いを描いています。まだ準新作です。
https://www.youtube.com/watch?v=BjR1qVpNjPw

 「ザ・トレンチ」 1999年
2日間で6万人が犠牲になったイギリス至上最大の失敗と言われている、ドイツとの戦いを描いています。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=234681

「愛と裏切りの戦場」前後編 2007年
最初のオーストリアとの戦いを、イタリア側から描...続きを読む

Qナポレオンが英雄と呼ばれるのは何故?

ナポレオンが英雄と呼ばれるのは何故?

世界史が好きですし、得意です。しかし、一つわからないことがあります。ナポレオンは英雄、英雄と呼ばれていますが、それは果たして何故ですか?ベートーヴェンも彼が皇帝になったことから失望したというし、ナポレオンがスペイン侵略したためにゴヤが「1808年5月3日」を描いて批判しているし、ウィーン会議だってナポレオンが侵略しまくったから、それを元に戻すために行われた会議だし、ナポレオンは英雄というよりはむしろ、悪者のように世界史的には登場するのに、どうして英雄なんでしょうか?フランス人から見て。ってことですか?でも、それを言ったらヒトラーだってドイツの英雄だったんだし、スターリンだってソ連の英雄だったじゃないですか。でも、ヒトラーやスターリンはただの独裁者としてしか論じられず、だけどナポレオンは英雄、英雄と称えられている。この理由がいまいちわかりません。誰か教えて下さい。

Aベストアンサー

英雄たるゆえんは、
(1)思想的に中立
(2)悲劇的な終わり方をしている
(3)人種差別的大量虐殺してない
(4)軍人として現場で実績を積んできた
だからでしょうね。

(1)は、基本的に領土拡大という観点のみで、たとえば民主主義だ共産主義だなどという今でも論争の的になるような主義主張で戦っていないということ。
(2)は、物語になれるということ。
(3)は、(1)に関連しますが、現代の常識での倫理的な批判をされないということ。
(4)は、ようは分かりやすく軍事的に優れていて英雄の階段を上れたということと。スターリンやヒトラーは、分かりやすい実績というようりも政治的な活動で上り詰めていますので、陰湿さがつきまといます。
軍人のように分かりやすく上り詰めると、英雄になれます。

Q古代~中世ヨーロッパ系のおすすめ映画

こんにちは。

古代~中世ヨーロッパが舞台となっているような映画が好きでちょくちょく見るのですが、
何かおすすめがありましたら教えていただければと思います。
※あまり古いのは個人的に見ないので、2000年以降の作品で上げていただけると助かります。

ちなみに、自分が過去見たので思いつく限りでは、
・アイアンクラッド
・300
・トロイ
・キングダムオブヘブン
・キングアーサー
・ロードオブザリング(?)
・アレキサンダー
・ブレイブハート
・ジャンヌダルク
・グラディエーター
・ベオウルフ
・ニーベルングの指環

こんなところです。
主人公サイドが弱小勢力だけれど一騎当千の戦士が集まっていて大群に立ち向かう 的なのが結構好きで(映画だとやはりそういうのが多いかとは思いますが)、中でも「300」とか「アイアンクラッド」、「キングアーサー」なんかが結構好きでした。

中世史マニアとかそういうのではなく、単純に甲冑と剣や弓や斧でゴリゴリ戦う!みたいな雰囲気が好きなだけなので、戦闘モノでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

最近話題?のTVドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローン」が気になっています。
http://www.youtube.com/watch?v=3umJ02KgGOk

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q19世紀フランス

この時代、フランスの歴史上ではどんなことがあったのでしょうか?うまく調べられませんでした。色々おしえてください!!

Aベストアンサー

19世紀に時代が変わる直前の18世紀末、フランスでは革命があり、それまで王としてフランスを統治していたルイ16世、王妃のマリー・アントワネットが処刑されるという大事件がありました。この頃、ヨーロッパ各国の王家はそれぞれ縁戚関係にあり、互いに戦争をすることはあっても、王族同士は互いを国家の統治者として認め合っていました。その王族(しかもルイ16世はブルボン家、マリー・アントワネットはハプスブルグ家という、ヨーロッパの中でも名家中の名家の出身でした)が市民によって断頭台に送られたというニュースにより、各国の王侯貴族は激怒し、新しく出来たばかりの共和制フランスに敵対します。しかも、その時フランス国内は革命直後からの混乱が収まっておらず、国内は共和派左派、共和派右派、王党派残党などに分裂して、テロの嵐が吹き荒れている状態でした。

そして時代は19世紀を迎えます。19世紀フランス最初の事件は、ナポレオンの台頭です。ヨーロッパ中の国家と戦争を繰り広げた革命後の共和制フランスは、優秀な軍人が立身出世するのに最適な舞台でした。ナポレオンはイタリア、オーストリア相手の戦争で名を上げ、1799年、クーデターでフランスの頭領となり、1804年には皇帝に即位します。ここにフランスの第一共和制は崩壊し、フランス第一帝政が始まります。

最初こそナポレオンの対外戦争は順調に展開し、イギリスとロシア、スエーデンを除くほぼ全ヨーロッパを支配下に収めますが、その後ロシア遠征に失敗、フランス第一帝政は急速に瓦解します。一度退位させられたナポレオンは、その後パリに戻って皇帝復位を宣言しますが、再度の敗戦により囚われの身となり、大西洋の孤島に流刑となりヒ素により毒殺されます。

その後のフランスは、ルイ16世の弟であるルイ18世、およびシャルル10世による王政に戻りますが、そのシャルル10世は1830年の7月革命により王位を追われます。その後に王位についたルイ・フィリップも1848年の2月革命で王位を追われ、フランス第二共和制が成立し、その第二共和制の大統領に選ばれたルイ・ナポレオン(ナポレオン・ボナパルトの甥)がクーデターにより第二共和制に幕を引きナポレオン3世として皇帝に就任します(1852年、第二帝政)。

この頃には、フランスでもイギリスに遅れること数十年、産業革命により市民(ブルジョワジー)が急速に力を付け始めました。この市民達は復古主義貴族による王政復古や、下層労働者による急進的な共和制のどちらにも賛成せず、中庸なナポレオン3世による帝政を支持したため、ナポレオン3世による第二帝政は比較的長続きし、対外戦争にも順調に勝利を収めたフランスは、ヨーロッパの中で確固たる地位を築こうとしていました。

それが一転したのが普仏戦争です。1870年、プロイセンの鉄血宰相ビスマルクの策略により、プロイセンと開戦させられたナポレオン3世は、プロイセンの罠にはまり、セダンで大敗し捕虜となります。一国の皇帝が捕虜になるという最悪の事態に驚愕したフランス国民は、ナポレオン3世を皇帝位から追放、第三共和制を樹立します。第三共和制フランスはプロイセンに降伏しますが、その際、混乱のパリで労働者が放棄し、史上初めての労働者による政府「パリ・コミューン」が成立します(ただし直ちに瓦解)。

普仏戦争後、フランスは共和国として存命を許されますが、その代償として、新生のドイツ帝国(旧プロイセン王国、バイエルン王国などが連合国家である帝国を樹立したもの)に対し、その国境沿いの地域にあるアルザス・ロレーヌ地方を割譲することとなります。また、ドイツ帝国の鉄血宰相ビスマルクによるヨーロッパ外交により孤立化を余儀なくされたフランス共和国は一度は弱体化しますが、普仏戦争による傷も癒える頃、度重なるパリ万博など産業の振興により再び強国への道を歩み始め、20世紀最初の大事件である第一次世界大戦に突入することとなります。

19世紀に時代が変わる直前の18世紀末、フランスでは革命があり、それまで王としてフランスを統治していたルイ16世、王妃のマリー・アントワネットが処刑されるという大事件がありました。この頃、ヨーロッパ各国の王家はそれぞれ縁戚関係にあり、互いに戦争をすることはあっても、王族同士は互いを国家の統治者として認め合っていました。その王族(しかもルイ16世はブルボン家、マリー・アントワネットはハプスブルグ家という、ヨーロッパの中でも名家中の名家の出身でした)が市民によって断頭台に送られたとい...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q会社名の後につくInc.とは?

こんにちは。
会社名の後につく、Inc.とは、どういう意味でしょう?会社の法的な位置付けをあらわしていると思うのですが、実際の所どうなんでしょう?1.日本語でどういう意味か、2.英語の原型はどういうかたちか。教えて下さい。


ちなみに、co.,ltd.はcompany limited か、または、cooperation limitedで、株式会社(有限責任)の意味ですよね??


回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

inc.は
incorporated の略で
「一体化した,法人組織の」の意味だそうです。
「有限責任の」の意味もあります。

映画「モンスターズ・インク」のインクもこれですね。

Qワーテルローの戦いでのフランス軍の敗因とは?

ワーテルローの戦いでナポレオン率いるフランス軍が敗れた最大の
原因は、皆さんはなんだと思いますか?

ナポレオンがド・グルーシーの別働隊に兵力を分割したことでしょうか?

それとも、プロイセン軍への追撃を打ち切って
ワーテルローの戦場に向かわなかったグルーシー自身の判断ミス?

あるいは、ネイ元帥が勝手にイギリス軍への総攻撃を行って騎兵隊を
全滅させたこと?

みなさんはどのようなことが原因だと思いますか?

Aベストアンサー

漫談です。

ワーテルローをあつかったボード・ウォーゲームをいくつかしっていますが、7対3でフランス軍が勝てるようです。もうちょっとフランス軍に目があるかもしれません。

グルーシーは上司のボナパルトから、プロイセン軍を追撃し撃破せよ、と明確な命令を受けているので、判断ミスもなにもないとおもいます。また、本体と合流して英国・オランダ軍と交戦せよ、という伝令がグルーシーにむけて出されはしたのですが、わずか一人で、グルーシーに出会えたのは夜の19時という無意味なオチとなっています(全盛期のナポレオンとその部下なら、伝令を最低でも1ダースはだしたと言われています)。

で、ネイの話になるわけですが、ここで重要なのはナポレオンが当日、体調が悪かった、という点です。
ネイが騎兵を突撃させた時、ナポレオンは体調をくずして(実は前の夜からおかしかった)農家の納屋で、軍医にさとされ1時間横になっていました。

このときウェリントンは英国・オランダ連合軍が押され気味で、プロイセン軍の合流なくしては自軍が危ういと判断し、軍に100歩後退を命じています。これに応じて英国軍はアクスブリッジが騎兵に突撃を命じたのですが、経験の浅い英国騎兵は壊滅し、本人も戦死しました。が、フランス軍歩兵予備がこの対応にあたったので、フランス軍予備は老親衛隊だけとなってしまいます。

ネイはフランス軍騎兵を突っ込めば、歩兵が逃げつつあり(100歩後退を逃げると錯覚したのです)騎兵が壊滅した連合軍をつぶせる、と判断したのです。そして彼は騎兵に突撃を命じました。

連合軍の100歩後退は、ネイから見えない尾根の向こうへの移動でした。そこで連合軍歩兵は方陣、つまり四角い枡目に並んで、迫りくるフランス騎兵に対して防御体制をとります。ネイが突っ込んだのはこの方陣に構えた歩兵のまっただなかで、かつ騎兵に続いて歩兵を突っ込ませる判断まではできませんでした。
フランス騎兵は連合軍の方陣の前でがんばりましたがこれを蹂躙できず、また連合軍が放棄した砲の破壊(砲の尾栓に釘をうちこむ)こともできないまま、ついに後退するハメになります。

ナポレオンが休んでいる間にこれだけのことがおきました。ネイが増援をもとめた報告がちょうどきたのですが、兵を作れるとでも思っているのか、と激怒したといいます。

この辺でグルーシーを振り切ったプロイセン軍が戦場に到着しだします。フランス軍の背後から現れたプロイセン軍が戦果をあげるまえに、正面の連合軍を粉砕するべくナポレオンは親衛隊を投入するのですが、ネイが破壊できなかった連合軍歩兵と砲兵に撃たれて、その親衛隊が崩壊し、潰走します。ここでフランス軍はパニックとなり、連合軍の追撃戦がはじまって、ワーテルローの戦いは決したのでした。

しかし、ナポレオンは生き延びます。死にませんでした。捕虜にもなりませんでした。落ち延びることに成功します。

ただ、謎なのは、ここで3万の兵力をもっているグルーシーと合流して、後退しつつ戦うことをナポレオンが選ばなかったことです。もし合流していたら、戦争はフランス国内に移り、ナポレオンに打つ手が生まれた可能性はあります。しかし、しなかった。なぜか?

ナポレオンがマレンゴの時みたいに負ける寸前でやり返した気力をもっていたら? しかし、彼は体調をくずし、おそらくは気力も萎えていたのだと思います。

ナポレオン・ボナパルト個人のカリスマで維持されていた大陸軍です。
そのナポレオン個人がくずれたことが、現代の戦争では考えがたいですが、個人の指揮能力がものをいった当時の、ワーテルローを決した最大要因ではないでしょうか。

個人のカリスマと能力が物をいった戦争は、この50年後のアメリカ南北戦争まで続きます。だから、ナポレオンは負けたから無能、だとは思いません。

前述したボード・ゲームのワーテルローですが、私はナポレオンが勝利した結果も数回みているので、彼にもチャンスはあったとはおもうのです。

漫談です。

ワーテルローをあつかったボード・ウォーゲームをいくつかしっていますが、7対3でフランス軍が勝てるようです。もうちょっとフランス軍に目があるかもしれません。

グルーシーは上司のボナパルトから、プロイセン軍を追撃し撃破せよ、と明確な命令を受けているので、判断ミスもなにもないとおもいます。また、本体と合流して英国・オランダ軍と交戦せよ、という伝令がグルーシーにむけて出されはしたのですが、わずか一人で、グルーシーに出会えたのは夜の19時という無意味なオチとなっています...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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