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たとえば、
「夏目漱石の著書を読破した」
「全大陸踏破した」

などという「読破」や「踏破」といった言葉がありますが、
同じような熟語で

「映画スターウォーズシリーズを○○した」

の○○に入る言葉はありますか?

ご存知の方いらっしゃいましたらお願いします。

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A 回答 (6件)

そうらん【総覧】残すところなく見ること。

すべてを通覧すること。
みつくす【見尽くす】十分に見る。残らず見る。見終わる。

スタートレックシリーズならビデオで全巻通覧してるよ。
映画館やレンタルビデオを合わせてだけど007シリーズは総覧してるんだぜ。
スピルバーグ監督作品だったらパーペキに見尽くしたさ。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます!
こんな回答を待っていました!

「総覧」「通覧」こんな言葉があるんですね。
意味合い的には「通覧」が正しそうな気がします。

「見尽くす」は、確かにその通りなんですが、「通覧」みたいな熟語が知りたかったんですよね。

いやー!すっきりしました!ありがとうございました!

お礼日時:2011/02/25 02:32

「制覇した」でいいような気がしますね。


制覇の本来の意味とは違った使い方になりますが、会話では割と耳にするかなと思います。

制覇だったら、対象が本でも映画でも何でも使えるんじゃないでしょうか?

夏目漱石の全作品を制覇した。
全大陸制覇した。
スターウォーズ全作、制覇した。

違和感ない気がしますが、どうでしょう?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

「全大陸制覇した」はなんだかしっくりくるんですけど、本とか映画だとしっくりこないんですよね…なんででしょうか。

制覇≒やりきった、という感じですよね。
とか、「全国制覇」なんかだと「TOP取った」みたいな。
どれも、やはり映画全作品見たってのとは違う気がしまして…。

もちろん、現実的に使うとなれば、こうなるのかもしれないんですが…。

お礼日時:2011/02/25 02:28

全部我がものにしたと言う意味で全巻制覇したと言うのは変ですか。

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

制覇…そうですね。そう、意味は通るんですけど。しっくりこない感じがしてまして…。

お礼日時:2011/02/25 02:23

「映画スターウォーズシリーズを○○した」


一般には存在しないのではないでしょうか。つまり存じません。

「映画スターウォーズシリーズを完賞した」

「映画スターウォーズシリーズを完観した」

「映画スターウォーズシリーズを観破した」

「映画スターウォーズシリーズを賞破した」

「映画スターウォーズシリーズを全観した」

「映画スターウォーズシリーズを完覧した」?
「映画スターウォーズシリーズを通観した」?



「映画スターウォーズシリーズを全部見た」○

ご参考にはならない?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

すばらしい。これだけの造語をパッと作られるとは。
自分は3つ程度でした。

この中では通観、全観あたりがお気に入りです。


そうですよね。「全部見た(観た)」が一番確実な答えですよね。
でも納得できないんです!

もう少し探してみます。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/02/14 23:02

ご存じではないですが、



「網羅」とかどうでしょう?

デジタル大辞泉によると、

「2.残らず取り入れること」

という意味があるみたいです。
…ちょっと違いますね(笑)

参考になれば幸いです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

ん~・・・「網羅」・・・。

No.1さんの「コンプリート」に似た違和感が残りますね・・・。

しかし一案です。意味も伝わりそうです。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/02/14 22:57

「コンプリート」?

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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

なるほど・・・たしかに、意味は通る気はします。

けど・・・なんかしっくりこないのです・・・。

もう少し探してみます。

お礼日時:2011/02/14 21:32

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Q映画を見る?観る?

タイトル通りです。

「映画をみる」は、
「見る」「観る」どちらですか?

Aベストアンサー

どちらでも良いです。

見る人の意図だったり、映画の性格などで
使い方が違うということです。

単に暇つぶしで見るなら「見る」です。

ワクワクドキドキしながら楽しみ、
娯楽要素が多いのなら「観る」です。

また芸術作品などを『味わう』ということなら
「鑑る」です。

なお、この「鑑る」は学校では教えていないと思います。
一般的にそう書くとそれを読んだ人は書いた人がどんな性格の映画を見たかを想像できるという便利な「ミる」ですので辞書や教科書には載っていないかもしれませんが教養ある人が書くとそう書きます。

さらに言うと
本来教科書や辞書になくともその業界やその世界の人などが使う
漢字はあります。
例えば、鉄工所などで使う「溶接」と言う言葉があります。
学校で教えるところでは「溶接」が正解です。
しかし、その世界の人たちは「熔接」と書きます。
明らかに火を使って鉄をくっつけるという感じがでます。
このほうがどんな作業か想像しやすいです。

まぁ、余計なことかもしれませんが
そのように日頃使わないけど、こういった漢字を手紙などで
さらっと書くと何気に尊敬されたりします。

と言うわけで、
「ミる」には
見る、観る、鑑るの三つあることを覚えておいて下さい。

もちろん他にも、
医者が患者を「診る」もあれば
家族が病気の父親を「看る」もあります。

たくさん「ミる」がありますが今回の映画に関しては
3つです。

どちらでも良いです。

見る人の意図だったり、映画の性格などで
使い方が違うということです。

単に暇つぶしで見るなら「見る」です。

ワクワクドキドキしながら楽しみ、
娯楽要素が多いのなら「観る」です。

また芸術作品などを『味わう』ということなら
「鑑る」です。

なお、この「鑑る」は学校では教えていないと思います。
一般的にそう書くとそれを読んだ人は書いた人がどんな性格の映画を見たかを想像できるという便利な「ミる」ですので辞書や教科書には載っていないかもしれませんが...続きを読む

Q【熟語】作品を既に見たという表現

作品(小説、アニメ、漫画、映画、音楽、画などなんでも)を「既に見た」、「見る」、「見たことがある」みたいに表現するのに適した熟語は無いでしょうか?

「視聴」が近い気がしますが、「音楽を視聴」「小説を視聴」は変な気がします。
正しい日本語ではないかもしれないですが「踏む」を熟語にしたようなものがあればベストなんですが。

もし思いついたものが合ったらお願いいたします。

Aベストアンサー

対象によって使い分ける必要がありますが、
既読(書籍、小説等⇔未読)、既見(絵画、彫刻等⇔未見)、鑑賞済(音楽、映画等)
試聴はレコード店等にあるお試し盤の様の感じがします。(全部を聴いた訳ではない。食品で云う味見をした程度)
尚、書簡等では、拝読、拝見等になります。

「踏」はこの場合鳥渡違う感じですね。「既」でしょうね。

Q「否めない」の使い方

文章中にいつも「否めない」を使い人がいます。おかしいなと思うのですが、どういったときに「否めない」を使うのか、教えてください。

Aベストアンサー

否めない = 否定はできない という意味です。

文例1 : 横綱昇進がかかってる場所ですから、相撲は落ち着いてとっている様に見えます。しかし、表情を見てるとやはり緊張感があるのは否めないですね。

~である。しかし・・・・否めない。

肯定文の後に、持って来るのが「否めない」です。

文例2 : 覚醒剤所持で逮捕された犯人は、外国人から覚醒剤を入手していると自供しています。しかし、その外国人以外から入手した可能性も否めません。捜査本部はそれも視野に入れて、入手ルートを更に厳しく追及しています。

Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Q「づつ」?「ずつ」?

今、ワードを使っていて壁にぶつかりました。
恥ずかしながら「~を一つずつ(づつ)あたえる」と入力したいのですが「づつ」と「ずつ」どちらが正解なのでしょうか?
あと「わかる」と言う漢字も、「分かる」「解る」「判る」と色々あってどちらを使って良い物か分からない場合が多いです・・・・社会人としてお恥ずかしい

Aベストアンサー

(1) 「ず」と「づ」は歴史的には発音が違っていましたが、現代では発音上の区別がありません。したがって、『現代仮名遣い』(昭和61年7月1日 内閣告示第1号)では、いくつかの例外を除いて、「づ」を用いないように定めています。ご質問のお答えは、「ずつ」が正解です。

(2) 「分かる」「解る」「判る」は、それぞれ意味が少し違います。
【解る】理解する。ことの筋道がはっきりする。
【判る】判明する。明らかになる。
【分かる】上二つの意味を併せたいい方。
『常用漢字音訓表』(昭和56年10月1日内閣告示)に、「分かる」はあるのですが、「解る」と「判る」は載っていません。「解」も「判」も常用漢字表には含まれていますが、「わかる」という読み方が載っていないのです。新聞やテレビなどのマスコミが「分かる」を優先的に使う理由はそこにあります。
質問者さんが公務員で、公文書を作成されるなら、「分かる」に統一する必要があります。民間の文書や私信なら、「分かる」「解る」「判る」を使い分けて、日本語の奥ゆかしさを味わいたいものです。

Q舌の先などにプツッとした痛いできもの

舌を噛んだり傷つけたわけでないわけではない時に、時々舌の先等に、小さい見えるか見えないか程度のプツッとした凄く痛いできものができます。あれはなんですか?

よく、食べ過ぎたりして胃が悪い時に出来る、と祖父母なんかに聞かされた気がしますが・・・。

実際、出来たときは、疲労時というか、心身どちらか一方でも過度に疲労したかな?少し食べ過ぎ?と思い当たることもあります、が、毎回ではありません。

あれは何で、どんな時に出きやすくなりますか?
また、予防策、出来てからの対処法など教えて下さい。
病院に行くほどひどくならないので、これまでそれで病院に行ったことはなく、だいたい1週間程度で治りますが、出来るととても痛いです。

Aベストアンサー

口内炎が舌にできたものだと思いますよ。私も子供のころからしょっちゅうできます。舌にできるとものすごく痛いんですよね(T_T)

原因はストレス、栄養の偏り(特にビタミンB不足)、睡眠不足、口の中の不衛生、胃の不調や風邪の時などの体調不良時などさまざまだと思います。
私はできてしまったら薬を塗って早めに就寝して睡眠を十分にとること、食事後や口の中が痛いときなどとにかくうがいをして口の中を清潔に保つこと、ビタミンBを取ることを心がけています。

よくできるならひどくないと思ってても一度医者に行ったほうがいいかもしれません。薬をくれるので次にできたときにも便利ですし原因もわかるかもしれませんよ。

Q『フットワークの軽い人』とはどんな人?

同性、異性から「フットワークが軽いところが尊敬できる、好きだ」とよく言われます。自分はよく「そんな性格がお金になれば良いのですけどね~アハハ」と冗談交じりに返答します。

そこでフト思ったのですが、『フットワークの軽い人』とはどういった意味で、そのような人はどのような仕事にむいてると思いますか?そして、フットワークという言葉に連想される職業やイメージはどんな事でしょうか?

Aベストアンサー

「フットワーク」とは。
バスケットボールの練習で足腰を鍛えるために、
足腰に負担がかかるようなトレーニング(ジャンプとかダッシュ)をします。
それがフットワークです。(他にも意味はあると思います)
ここから「フットワークが軽い人」というのは、
つまり、足腰が丈夫で素早く動ける人の意味です。
そこから、「行動力のある人」という意味も生まれたのだと思います。

他人(同性・異性に関係なく)から「フットワークが軽い人」といわれた場合、
(1)行動力がある人。
(2)素早く動ける人。
→a.肉体(体力)的に早く動ける人。
→b.使いっ走り(パシリ)として動ける人。
3つの意味があると思います。

なので、「私のコマ(パシリ)になってよく動いてくれるところが尊敬できる、好きだ」ということではないでしょうか?(推測ですが。

> どのような仕事に向いているか…
私が連想する職業は、新聞記者です。
夜討ち朝駆けという言葉があるように
新聞記者はとにかく動けないことには仕事になりません。

Q拘らず・関わらず??

すみません。以前から気になっていたので正しい答えを教えていただけないでしょうか。

「かかわらず」という言葉の漢字変換なのですが,
例えば

 雨が降ったにも「かかわらず」,彼は傘を差さずにやってきた。

というような文の場合,正しいのは「関わらず」「拘らず」どちらでしょうか。

国語辞典で調べてみたのですが,よく分からなくて(+_+)
すみませんがよろしくお願いします。

Aベストアンサー

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められているのみです。それも「かかわる」でなく「かかる」です。「人命に係(かか)る問題」「係(かか)り結び」など。前者は、「人命にかかわる問題」のように表記されることもありますが、この場合(常用漢字の基準では)「係わる」でなく「かかわる」です。

結論としては、「それにもかかわらず」などにおける「かかわらず」は仮名書きが無難でしょう。漢字の場合は「拘わらず」が正しいといえます。ただし、パソコンでは「関わらず」と変換されることが多いようですネ。

漢字の場合、「関係」という言葉があるように、「関わる」と「係わる」の用法はほとんど区別がつきません。一般的に言えることは、「関わる」「係わる」は肯定的にも否定的(「関わらない」「係わらない」)にも使いますが、「拘わらず」は、肯定的に用いられる例が少ない、ということです。

ただし、肯定的な「拘わる」が誤りだと言っているのではありません。念のため。

「物書き」のひとりです。

まず、重要なことですが、「関・係・拘」のすべてが常用漢字ではありますが、その音訓表に「かか(わる)」がないことです。常用漢字は、「こうしなくてはいけない」といった性格のもではありませんが、一応、すべての文章を書き表す場合の指針ではあります。音訓表に無いものの代表的なもの(よく使われるもの)として「全(すべ)て」「画(えが)く」「〇〇に依(よ)れば/拠(よ)れば」などが思いつきます。

本件の「関・係・拘」に関して言えば、「係」に「かか」の読みが認められてい...続きを読む

QNIKEでおなじみの【JUST DO IT】とは・・・

NIKEのキャッチフレーズ?でよく聞く、

【JUST DO IT】

とは、和訳すると、どんな意味なのでしょうか?

どうぞ宜しくお願い致します☆

Aベストアンサー

アメリカに36年住んでいる者です。 私なりに書かせてくださいね。

このJust do it!はやらなくてはいけない人に向かって「グツグツいわないでやれ」と言う意味で使われ、フィーリングとしては「やれば俺は黙るから」「愚痴は聞きたくないね」「言い訳は通用しないよ」等が含まれて使われることが多いですね。

それに似て「何を躊躇しているんだよ、早くやれよ」と言うフィーリングでも使いますね。 ちょっと高いところから飛び降りない臆病者なんかに言える表現ですね。

また、準備をあれこれして「そしてやるだけさ」とか「行動に移すだけ」と言う意味合いにも使います。

さてNikeですが、私の知っているコマーシャルは野球場で4人の観衆の表情を見るだけのものと「いわくつきの物」があります。

画面が変わるたびに画面の中央にある小さな年も距離計みたいに変わります。 やるけのことさ、をこのように何年もやってきた、と言いたいのではないかなと思います。

余談が次の「いわくつき」のものです。 1990年になる前に(もうないキーをストップするものはいない」と言う時代ですね。 そのときに、アフリカの土着民に靴を見せているシーンなんですが、(マーケティングとしては、靴を履いていないから売れない、ではなく、靴を履いていないから売れる!!!と言う観念を引っ掛けていたんだと思いますが) その画面で土着民の一人が彼らの言語で何かを言います。 その字幕として、Just do itが使われたんですね。 いくつかのシーンをもちろん撮ったわけですがこのシーン自体が一番よかったのでしょう。 しかし、後になって、その土着民がしゃべってのはJust do itを彼らの言葉で言ったのではなく、これは大きすぎるよ、と言ったと言うのが事実らしかった、と言うことでその時分はかなり話題となりました。 (ネットで検索すればまだその頃のことが残っているんじゃないかな)

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 

アメリカに36年住んでいる者です。 私なりに書かせてくださいね。

このJust do it!はやらなくてはいけない人に向かって「グツグツいわないでやれ」と言う意味で使われ、フィーリングとしては「やれば俺は黙るから」「愚痴は聞きたくないね」「言い訳は通用しないよ」等が含まれて使われることが多いですね。

それに似て「何を躊躇しているんだよ、早くやれよ」と言うフィーリングでも使いますね。 ちょっと高いところから飛び降りない臆病者なんかに言える表現ですね。

また、準備をあれこれして「そし...続きを読む

Qユダヤ人はどうして嫌われているのでしょうか?

映画「ホテル・ニュー・ハンプシャー」で、
「このホテルにユダヤ人がいるんじゃあるまいな」という
発言がありました。
シェイクスピアの「ベニスの商人」もユダヤ人です。
チャップリンの初期の映画にもユダヤ人をばかにする人種差別的ギャグがあるそうです。
ヒットラーにも嫌われました。
どうしてユダヤ人は嫌われるのでしょうか?
イエス・キリストがユダヤ人なのですが、白人はそう思ってないのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様です。気をつけたいものです)。

さらには独自コミュニティを形成してそれを崩そうとせず、あくまで頑なにユダヤであるということを固持してきました。
これは、キリスト教という緩やかなつながりでつながっていた西ヨーロッパ圏では、ユダヤという存在は異端という点がその場に存在しているようなものです。
日本でもそうですが・・・自身たちとは違う風貌、習慣を持つ人は少なからず煙たがられる傾向があります。
さらには、銀行業などの当時「卑しい」とされていた職業で設けていました。余所者に自身たちの金を吸い上げられるのですから、決して面白いわけはありません。

もう一つが、政治的要因。
政治で、国民の不満をそらす方法に、悪役をつくる、というのがあります。
簡単に言えば、こじつけでも「~が悪い」というのをつくれば、そこに国民の不満がいきますから、政府とかそういったお上に攻撃がこなくなります。
で、ユダヤはキリストを十字架送りにしたというのがありますから、非常に悪役に仕立てやすいのです。上に書いた民族的な特徴も仕立てやすい理由です。

大体、嫌われる、あるいは嫌われている人、民族には共通項があります。
1.お金にうるさい(理由はともあれお金をためる人全般)
2.異文化的である。または異文化の性質を強く持っている
3.異郷の地でがっぽり稼ぐ人
4.郷に入らば郷に従えを実践しない人
5.自分たちのほうが偉いと少なからず思っている人
などなど・・・
ただ、こうやって見るとわかるように、どこぞの民族も似たようなことをやっています(車をアメリカで売りまくって、ご当地の車会社から白い目で見られたりする国です。まあ、いまはあまりやらないのかな・・・?)。
結局、嫌われる民族か、そうでないかというのは、ある意味紙一重なところがあります。
ユダヤが嫌われているのは、これらを満たしてしまっているせいと、国を持たなかったという地政学的悲劇のためと考えています。

いくつかありますが・・・
ユダヤ教の中における考え方に「選民思想」があります。簡単に言えば自分たちが優勢人類だ、という代物なのですが・・・
これをもっている民族はたいがい他の民族と仲良く出来ません。
理由は簡単です。本来同等の立場であるにもかかわらず自分たちのほうが上であるという態度を取っているのですから、嫌われるのはある種当然といえましょう(この選民思想に近い思想を持っている民族はすべからく嫌われています。このごろは減りましたがまだそういったのを持っている日本人も同様で...続きを読む


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