親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

 私は音楽鑑賞が趣味で、クラシック、フォークソング、「アリス」、唱歌、戦前戦後の歌謡曲、戦時歌謡、懐かしいアニメソングなどを聴きます。CDが千枚ちょっとあるのがプチ自慢…。
 まあ、いくら好きでも、しょっちゅう大感動!とはいきませんが(聴き込むと、耳も肥えて厳しくなる)、日々感動的な音楽や演奏を求めて彷徨しています。


 私は、幼稚園の頃から音楽が好きだった様で、「津軽海峡冬景色」(大名曲!)のシングルや、ピンク・レディのファーストアルバムを、自分でプレーヤーにかけて聴いていました。
 それらに感動した記憶はありませんが、覚えているものでは、幼稚園の卒園式で歌った、「思い出のアルバム」が、「感動」を体感した初めてだと思います。
 小学校の卒業式で歌った、「仰げば尊し」にも感動しました。両方とも、シチュエーション込みかもしれませんが…。これらの曲、今はうたわれないそうですね。いい歌なのに…。卒業式には、「仰げば尊し」の格調が似合います。

 また、小学校四年の時に、学校に小さな楽団が来て、クラシックの名曲を演奏していくと言う事がありましたが、その時の「白鳥の湖」にいたく感動、以来、クラシックを聴くのが趣味になりました。あの時の衝撃に身をゆだねて、音楽の道に邁進したかったなあ…(苦笑)。


 皆さんにも、音楽に感動した体験があると思います。特に、音楽が好きな方には必ずあるはず。そのお話をお教えください。
 「初めて」感動したのは、特に衝撃的だと思いますので、「初めての感動体験」と、「その後、最も感動した体験」、それぞれお教えいただければ幸いです。もちろん、どちらか一つでもけっこうです。お願いいたします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (19件中1~10件)

 音楽で感動した体験…、素人ながら、ある機会を得てステージに立てたわたし、その時のことを書いた自分のブログから一部を抜粋してお答えにさせて頂きます。



 (前略)「え~っとね、それでは、Nさんにはこんな歌を歌ってもらいましょうか、Again、皆さまももうよくご存じでしょう、ドリス・デイが歌ってヒットしたこのAgain…、こんな素晴らしい人には生涯で二度とめぐり会えない…といった歌詞で、なかなかしっとりとしたいい曲です」、そんな前置きをしてから先生はピアノに向かった。

 このAgainはメジャー(長調)の曲なのだが、前奏はどこかメランコリックなマイナー(短調)っぽいメロディから始まる、クラブのピアノは厚みのある音色がしてそれがとても美しかった。自然に口が開いた、アゲイン…、最初のひと言が気持ちよく滑り出た、それが嬉しかった。

Again this couldn't happen again
This is that once in a life time
This is the thrill divine…

ふたたび・・・いいえ、二度とこんな出会いは巡ってはこないわ
生涯にわずか一度しか訪れることのない不思議な出会い
これこそ神の思し召し…

~~~

For when this doesn't happen again
We'll have this moment forever
But never, never again…

この先、二度とこんなことが起きないのならば
今のこの瞬間を永遠に残しましょう
こんな素晴らしい瞬間は二度と、二度と巡ってはこないのならば…

 そうなのだ、その通り、まさにこのわたしの今の気持ちそのものだわ…と歌いながら思った。胸の鼓動が静かになって、消えてしまったような気持ちに包まれた。大好きなこのAgain、なのに、これほどまでに情感を自然に込められたことはかつてなかった、きっと、これからも二度とないのかもしれない。

 途中のいわゆるサビのところへ戻って二度目に歌いだした時、客席にリサ・マツナガの姿があるのに気がついた。上手に歌ってやろうといった気持ちは起きなかった、ただ淡々と自分の歌い方で通した、自分の歌に酔っていたのかもしれない、こんな素晴らしい瞬間はきっと二度とは巡ってはこないのだもの。

 歌い終わった、ほっとした。マイクを持った手を下げてから深く頭を下げた、その時、拍手が起こった。前の芸人さんの時と同じような、あまり熱のこもらないまばらな拍手だった。もとより最初から盛大な拍手などといったものは期待していなかった。「有難うございます、こんなにまで拍手をいただけてとても嬉しいです…」、それは自然な感謝の気持ちから出た言葉だった。

 続けて次の曲に行こうと先生からサインが送られてきた、曲はThe Way We Were、映画「追憶」の中でバーブラ・ストライサンドが歌っていた曲で、これもわたしの大好きな曲だった。ただ、先生が要求したのはやや難しい歌い方だった。

 この曲には歌詞の前後にハミングの部分がある。先生は、歌い出しのハミングの部分をア・カペラで、つまり無伴奏で、しかもしっかり情感を込めながら、自信を持って、伴奏が無い分だけはっきり歌い出せ…とわたしに要求したのだった。無伴奏で歌い出すのはいい、だがそれで、すぐ後から始まる伴奏のキーとリズムにぴったり合わせるというのは、ほとんどサーカスそのものだった。

 もしキーが合わなかったら、リズムがほんのわずかでもずれていたら、それだけで惨めな失敗に終わってしまう、だから、傍から見ればどうでもいいようなたったこれだけのことに、ずいぶん叱られ涙を流しながらレッスンを繰り返してきていたのだった。

 よし、行くぞ…、目を閉じると、客席のざわめきが耳に届いた。甲高い女性の笑い声にふと集中を妨げられた。ひと息吸って胸の鼓動が落ち着くのを待った、それから歌い始めた。ム~ムム~、ムムムム、ムムム~、ムムムム…。ピアノの音が出たのが聞こえた、三度下がった音ではあったが、それは確かにわたしが歌っているキーとぴったり合っていた。無事に伴奏と合流できた。

Mem'ries light the corners of my mind
Misty watercolor mem'ries of the way we were…

思い出、それは心の片隅にさし込む明かりのようなもの
淡く滲んだ水彩画のような思い出、わたしたちが過ごしてきたあの頃の…

~~~

So it's the laughter we will remember
Whenever we remember the way we were
The way we were…
m, m, m, m, m, m, m, m…

でも、あの頃の楽しそうな笑い声、それさえ思い出せたら
きっと思い出せるわ、わたしたちが歩んできたどんな時のことだって
わたしたちがふたりで過ごしてきたあの頃の…
ム~ムム~、ムムムム、ムムム~、ムムムム…、

 伴奏は先に消えていた、わたしは最後のハミングの部分をゆっくりフェードアウトさせた。歌声が次第に弱まりすっかり消えると拍手が起こった。いつの間にか増えていたお客たちの拍手も加わったのか、それは思いがけず大きな拍手だった。

 やった…、よかった、拍手は続いた、嬉しい、お客様はしっかり聴いていてくださったのだ。わたしの初舞台はこれで終わった、さすがに客席からワインのグラスが届くといったこともなかったし花束が贈られることもなかった、だが、それはしかたがないことだった、今夜のことは主人以外には誰にも話してなかったのだから。

 挨拶の言葉は考えてあった、拍手が消えるのを待ってまたマイクを口元に近づけた。「皆さま、わたくしに与えられておりました時間はもうそろそろ一杯になります。たかが未熟なアマチュアの思い上がった夢でしたが、こうして今夜…」、その時どこからか「まだいいじゃないか…」という大きな声が飛んできた、ついで別の席から「アメイジング・グレイス歌ってよ」という女性の声が聞こえた、それに同意するかのように拍手が起きた。

 どうしていいか分からなくなってしまった。とっさの機転といったものも思いつかなかった、思わずお客様に背を向けてピアノの方に歩み寄ってしまった。アメイジング・グレイス、あのニューヨークの911以来、当時とても愛されて広く歌われていた曲だった。だが、この曲は清らかな賛美歌なのだ、だから、ナイトクラブで歌うこの日のために特訓を受けた曲目の中には含まれていなかった。

 「歌えるか…」、「たぶん…」、「多分…じゃ困るな」、「歌詞は大丈夫です」、これまでレッスンで教わったことはなかったが、それでも、大好きな曲だったから、見よう見まねながらカラオケなどでいつも歌っていた。歌う時には半分目をつぶり自分なりのイメージを感じながら歌うのが好きだったから歌詞はしっかり頭の中にあって、それだけは自信があった、きっとうまく歌える、「大丈夫ですよ、行きましょう」、「やるか、よし、やろう、途中で半音上がるから、キーが高いと張りのところでつらくなる、Gぐらいで行くか…」

 ステージの袖の中で、斎藤プロデューサーが時間は心配ないとサインを送ってくれていた。わたしはマイクのところへ戻ると、「大変失礼いたしました、ちょっと伴奏と摺り合せをさせていただきました、それではお言葉に甘えましてAmazing Graceを歌わせていただきます」と口上を述べた。

 リクエストをした声の主はあきらかにお客ではなかった。本当にわたしの声でアメイジング・グレイスを聞きたかったのだろうか、あの声の中に、なにかふと、そうじゃないかもしれないものが感じられた、これは女ならではの巧妙にして痛烈な意地悪だったのではないだろうか。もしそうだとしたら、たとえ何がどうあろうと、歌えない…とは言えないではないか。

Amazing grace how sweet the sound
That saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.

アメイジング・グレース、何と美しい響きだろう
神は私のようなつまらぬ者までもお救いくださった
いちどは道を踏み外したこの私に、今は進むべき道をお示しになり
盲目同然だった私に目を開かせてくださった

~~~

When we've been there ten thousand years,
Bright shining as the sun,
We've no less days to sing God's praise
Than when we'd first begun.

何万年の時を経ようとも
太陽のように明るく光り輝き
神の恵みを讃えて我らは歌い続けることだろう
歌い始めたそのとき以上に…

 歌い出してから、うん、悪くないぞ…と思った。歌い進むにつれて心が洗われるような清々しい気持ちに包まれた。客席からのリクエストを感謝の気持ちとともに受け止めることができず、巧妙にして痛烈な意地悪かもしれないと疑ってしまったこの自分の浅はかな気持ちが恥ずかしくなった。

 そして歌い終わった。そのわずかな瞬間、店内はしんと静まっていた、それから拍手が起きた。(後略)(歌詞和訳 回答者)

この回答への補足

 「感動」がテーマとなれば、いつも以上に力作ぞろいでしたが、今回のベストアンサーは、どうしても文章に情感漂う、Nannetteさんになってしまいます。皆様、どうかご容赦ください。ありがとうございました。

補足日時:2013/06/20 00:15
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 美人のNannette さん、ブログをしておられるのですね。探してみますね。舞台で歌う至福が、余す所なく再現されています。聴くのももちろんいいけど、自分で音楽を再創造する悦びは、他に代え難い体験です。私も、もう少し度胸があったなら…。歌には自信があるんですけどね。お風呂や部屋で一人で歌って、日々再現しています…。

 素敵な文章でした。ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 18:07

>「初めての感動体験」



東京育ちという事情もあり、外国のミュージシャンのコンサートは、若い頃よりそれなりに行っていたのですが、個人的に初の衝撃体験は、「ホテル・カリフォルニア」の世界的ヒットで一躍スーパー・バンドの仲間入りを果したイーグルスの東京公演、時まさに私が大学に入学した1979年の事です。

初期のイーグルスはカントリーのイメージだったのですが、ロック色を強めてに辿り着いたのが「ホテル・カリフォルニア」、今思えば路線の食い違いから人気の頂点で解散する直前のコンサートでしたが、イーグルスのメンバーも概ね20代後半から30代前半で若かった、そして何よりも旬の魅力が今も尚脳裏に焼き付いております。

>「その後、最も感動した体験」

実はこれもイーグルス、一昨年でしたか、彼らの東京ドーム公演に家内と行った際の事です。
全てのメンバーが60歳をとうに越えておりましたが、ちょっと考えられないほどのボーカル能力の高さが維持されており、日頃の鍛錬と健康管理の賜物と感動した次第。
特にジョー・ウォルシュ(「ホテル・カリフォルニア」で、頭にバンダナを巻いていたギター・リストです)のエンターテイメントが最高、聴衆からやんやの喝采を浴びておりました。

後日2万人程度入っていたと聞きましたが、お客さんの年齢層の高さも心地良く、しかもイーグルスに限って言えば、少しも衰えが見られない事への驚きで胸がいっぱいに。

全盛時代も良かったが、円熟の渋味を魅せた晩年もまた格別、一方10代後半であった私も50代に突入したまさにその年、その両方をこの目で見る事が出来た感動は、生涯の宝物だと思っております。

>番外編

サイモン&ガーファンクルの東京ドーム公演 

忘れもしない4年前の7月11日(土曜日)でしたが、恐らくS&G最後の日本公演になるとの事で2日で全チケット完売、必死の事でチケットを入手し、出張もゴルフの御誘いも全て断り、しかも前夜から酒を断ち万全の体調で東京ドームへと駆けつけました。

但しこちらは歌を聞きに行ったというよりも、ポール・サイモンを感じに・彼のオーラを浴びに行ったのですが・・。
やはり泣きました、最早コンサート自体の質がどうこうといった低次元の話ではなかった、彼らは神です。

「明日にかける橋」~「サウンド オブ サイレンス」、そしてラストの「いとしのセシリア」と続いた後半部分は、涙腺を刺激するまさに反則技の雨あられ、人目を憚らずもう号泣でした、恥ずかしながら。

こんなに素晴らしい男性デュオは、もう二度と現れないでしょう、少なくとも私の前には・・。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 私は洋楽には暗いのですが、音楽から得られる感動やカタルシスは分かります。私が崇拝する「アリス」も、今円熟のツアーの最中ですが、老いてなお盛んなのがホンモノ、とは言い過ぎでしょうか。
 こういう、音楽での感動を味わわないままの方もおられるのでしょうね。何とももったいない…。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/15 21:10

#10です。


>、「初めての感動体験」と、「その後、最も感動した体験」、それぞれお教えいただければ幸いです。
ということで、二つ体験談を書きましたが、お好みにあわなかったみたいでレス無しなんで(;;)

趣向をかえて近所のあっさりした感動体験を
横田寛之というアルトサックス奏者がいます。

品川駅の港南口はいまではすっかりストリートパフォーマンスのメッカになっていますが、2年ほど前、ここでひときわ鮮やかなアルトサックスの音色を聴きました。リズムボックスがジャズのビートを刻み、キーボードにあわせて、当時発売間もない「表参道ワンピース」の収録曲目を演奏している横田寛之の姿がありました。
小柄な、早稲田の軽音楽バンドのメンバーそのままの青年が奏でる軽快なメロディはマイケルブレッカーをアルトにしたような技巧的でかつパワフルな演奏に足が止まり、一度駅まで歩いて、いつまでも続く軽快な演奏に一度もとに戻って演奏者の前に。その突き抜けたような爽快な音色とテクニックに魅了されて、CDを二枚購入しました。その夜、お風呂CDプレーヤーで入浴しながら聴きましたがなかなかの感動でした。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 お礼が遅くなって申し訳ありません。これには事情がありまして…。
 ご回答に、youtubeなどの音源を挙げてくださっている方には、それを聴いてからお礼を、と思い、何人かお礼が遅くなった方がおられた、というわけです。好みに合わない曲を挙げたからお礼なんぞしてやるか!といった、ケツの穴の小さい事はしないつもりです。よほどの無礼者だけは別で、それ相応の「お礼参り?」になりますけど…。
 私は、ご回答をくださった全員にお礼をしていますので、どうかご容赦を…。

 さて、横田寛之、聴きました。私はジャズもちょっとだけ聴くのですが、それは'50年代がほとんど、つまりハードバップ・ジャズの全盛期ですね。だから、だから横田さんのは、ずいぶん涼しげに聴こえます。今のジャズは、気持ちよく聴けるのかしら。
 どうしても、私のジャズは、ジャズ喫茶の紫煙の向こうから聴こえてくるイメージで…。古い奴だとお思いでしょうが…。

 もう一つのご回答にも、すぐにお礼をいたします!!

お礼日時:2013/06/14 18:41

ハモネプで感動した事を、思い出しました!!



「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌」を、練習して皆で1つになっていました!!
日本語バージョンで歌っていたのですが、緊張が伝わってきたりで・・・ジーンと涙がこみ上げて来ました!!!この曲も良いですしね~~
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 これは、ミュージカルの一曲でしょうか?「ハモネプ」で、こんな曲もやってたんですね。自然にみなが一丸になる様な、英雄的な曲ですね。やはり情熱には無条件に感動させられますし、音楽の力は偉大だと思う瞬間です。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/14 18:44

サントリーホールで,管弦楽(曲目を忘れてしまいました)の演奏会に行ったとき,演奏が始まると,すやすや寝てしまったのです(爆) ところが,演奏が終わると,拍手の前に目がぱちっと覚める。

この繰り返しで,連れが,あきれながらも,すごいと。
我ながら,音楽の力に感動しました。

八郷のギター文化館の設計は実に素晴らしいです。キャパは小さいですが,音に包まれる心地よさは,他の会場では味わえません。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 う~ん、感心していいものやら(笑)。音楽の力というより、あなたの能力がすごい!私も寝てしまった事はありますから、余りデカイ事は言えません。曲はブルックナーの第八。指揮はスクロヴァチェフスキ。ブルックナーが得意な一流で、しかも私のブルックナー熱が一番高い時期のだったのですが、やはり演奏がいけなかったと思い…たいです(苦笑)。

 八郷のギター文化館は知らないのですが、音に包まれるとは、実に心地よさそうな、お見事な表現です。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 23:57

ハイドン:オラトリオ「四季」



ラジオで聴きました(それも、「イヤホン」で!)。学生のとき、私は病気で入院していたことがあるのですが、楽しみと言えばラジオでした。NHKのクラシック番組でこの曲が放送され、強く感激したことを覚えています。

ベートーベン:「第九交響曲」

私が学生だったころ、大晦日の夜のNHK-FMの定番がこの曲でした。私も毎年聞いていました。その後、第九は何回かコンサート会場で聴きましたが、「感激」は、ラジオで聴いていたときのほうがあったように思います。若いときの感受性の強さの故だったのでしょうか。

武満徹:「ノヴェンバー・ステップス」

初めてこの音楽を聴いたのはラジオです。次に聴いたのはテレビ放送でしたが、このときすごく感激しました。この曲は後に、コンサート会場で聴いたことがありますが(武満さん本人も会場に来ておられました)、テレビで聴いたときの印象は強烈でした。

サンサーンス:「ピアノ協奏曲2番」

コンサート会場で聴きました。クラシックのコンサートは、けっこうよく行っていたのですが、この曲を聴いたときは、なぜか、ヨーロッパ社会の音楽文化のパワーのようなものに圧倒された気がしました。

p.s. 私のプチ自慢は、リヒテル(ロシアのピアニスト)の演奏を生で聴いたことがあることです(笑)。
 
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 病気の時に聴いた音楽が胸に染み込んで、涙があふれた…という話をよく聞きます。弱っている時は、人間の心が開放されたり、飢えたりしているのかもしれませんね。願って体験出来る事ではないから、貴重な体験だと思います。
 それと、ラジオ。ステレオより音は悪いはずですが、ラジオで感動、というのもよく聞きますね。興味深い事です。

 リヒテルを聴いたとは、うらやましい限りです。もう亡くなって十数年も経ちましたか…?

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 23:52

初めての感動は葉加瀬太郎(当時はクライズラー&カンパニー)のコンサートを初めてフェスティバルホールに聴きに行ったとき



OP曲がサン・サーンスの「動物の謝肉祭より~水族館~」でした

今でも大好きな曲です

その後の感動は、葉加瀬太郎のコンサートチケットで自力で1列目をゲットしたときです(2~3回あります)
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 生演奏の良さ、臨場感は、レコードでは絶対に再現出来ませんね。あの魅力があるから、録音がどんなに発達しても、コンサートはなくならないでしょうね。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 19:06

同じ感じですが、始めての感動は小学校の高学年で始めてオーケストラを聞いた時でした。


 
それまで校内放送で飽きるほど聞いた名曲を、人間が奏でてる現実に感動しました。

それ以来、音楽は生だなと思ってます。

最も感動したのは、大人になってからしばらくオーストラリアに住んでいた時、暇だとオペラハウス周辺で遊ぶ事が多かったのですが、そこには色んなパフォーマーが居て、その中で一際観客の輪の大きい南米から来た男の子達でした。

荒々しい息遣いで大小様々なパンフルートを次々持ち替えながら全力を振り絞る演奏に目が釘付けでしたが、ある日CDを作ったと言うので早速買ってガッカリ…ノイズを殺した綺麗な音色でナンジャコリャでした。

あんた達違うじゃん!そうじゃないじゃん!

と言えずにやはり生が良くて通ってました。

人間が精魂込めて一心不乱に吐き出す音は今でもジーンと来ます。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 レコードでも、ライヴ盤の生々しさには、抗し難い魅力がありますね。まるでスピーカーから汗が飛び散ってくる様な…。うまさより、情熱に感動させられてしまいますね。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 19:03

ウィーンに行った時、郊外にあるベートーベンの住居を訪ねたんです。

引っ越し魔だったベートーベンの元住居は、ウィーンだけで3軒も。
その近辺には、ベートーベン通りという道があるんです、正式名称で。ベートーベンの銅像もあります。
ベートーベンは、そこを歩きながら、交響曲第6番、田園を構想したんです。
私も、ベートーベンと同じ体験をしよう、と同じルートを歩きながら、iPodで田園を聞きました。
そよ風に揺れる緑の木々、せせらぎの水音などと、耳から入ってくる交響曲が融合して、とても心に響く感動を覚えました。ちょっとだけ。。ベートーベンになれた気分でした。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 ぐうう…、これは、クラシック・ファンにはたまらない…。聖フローリアンでブルックナー、フィンランドでシベリウスなど聴けたら、どんなにいいでしょう…。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 17:49

 こんにちは。


 子供の頃の感動体験は小学校高学年の頃、父と一緒に行った地元のクリスマスパーティーで
 小楽団の生演奏をバックに余興で歌った事です。皆の拍手を浴びてすごく嬉しかったです。
 その時の曲は、小柳ルミ子さんの「瀬戸の花嫁」でした!
 
 
 あと、大人になってからは地元の混声合唱団に入っていた頃、音楽祭でミュージカルの曲を
 沢山歌った事ですね。最高の感動でした!
 どちらも懐かしい思い出です♪
    • good
    • 0
この回答へのお礼

 舞台で歌う至福。小心者の私は、ついに味わう機会を逃し続けたまま、いい年になってしまいました。皆さんがうらやましい…。トホホ。

 ご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2013/06/13 17:53

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Qどうして人は音(音楽)に感動するのでしょうか?

音楽とは音(波)とリズムの集合体というのが私の認識ですが、何故、人はそれに感動したりするのでしょうか?

音(音楽)次第で、悲しくなったり、嬉しくなったり、楽しくなったり…。
実に不思議です。

どうぞ、よろしくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
音楽といいますのは、元々ひとの心を動かす目的で作られたものです。
心が動くというのは神経系に反応が発生するということです。心の動きを司る神経系には、視覚や聴覚から得られる知覚刺激に対する「反応規準」というものがあり、我々動物は、この反応規準に従い「反射」や「情動反応」を発生させます。そして、この神経系の反応規準には、我々人間が生まれながらに持っている「人類共通」の遺伝的な決まりがあります。基本的には、「報酬刺激」を与えてやれば「快情動」が発生し、「嫌悪刺激」であれば必ず「不快情動」が発生します。このルールに従って音楽を組み立ててやれば、人間の心はその通りに動くということですね。
「済んだ音は美しい」
「軽快なリズムは心地良い」
「赤い色は鮮やかだ」
「緑色は心が安らぐ」
「左右対称は安定感がある」
全ての芸術は、このような人類共通の要素を組み合わせることによって作られます。ですから、それは万国共通であり、作曲家や演奏家は、これによって自分の意志を相手の心に伝えることができるわけですね。

音楽とは「高揚感をもたらす奏音」と定義されます。
音には「音程」「音色」「音量」といった要素があり、音楽はここに「時間的変化」が加わります。そして、この音の三つの要素と、その時間的な変化によって我々の心に高揚感、即ち「心の動き」をもたらす条件には次のようなものがあります。
「低い音から高い音への変化」
「小さな音から大きな音への変化」
「単純な音色から複雑な音色への変化」
「ゆっくりとしたリズムから速いリズムへの変化」
「一定時間内にバランス良く現れる変化」

我々の「情動反応」には「快情動」と「不快情動」の二種類しかありません。では、これでどうやって音楽を楽しめというのでしょうか。ですから、「音の変化」によってその快・不快を揺さ振ってやれば良いわけです。
大概の楽曲は、主題に始まって次第に変化し、サビの部分ではより変化が大きくなり、再び元に戻りますよね。このとき、我々の心の中には以下のような変化が発生します。
「安心―注意―不安―緊張―安心」
変化が複雑になると注意力が高まります。そこで、与える刺激をどんどん強くしてゆきますと、今度は不安を通り越して緊張感を覚えます。この緊張感が高ければ高いほど最後の安定感が大きくなり、「ああ、素晴らしかった、感動した!」ということになります。

「音色(音質)」といいますのは「周波数の倍音構成」によって決まります。
音程といいますのは音の周波数です。例えば「ラの音(A3)」というのは440Hzという「正弦波」ですが、通常、音というのはこのような純粋な正弦波だけでは存在せず、様々な周波数が混ざり合っています。この混ざり合いの構成が440Hzに880Hzといった「倍音関係」の場合は音程の識別が可能です。
我々の耳には、この倍音構成が単純で正弦波に近いものは「済んだ音」に聞こえ、複雑なものは「豊かな音」に聞こえます。これは他の動物にも言えることですし、当然のことながら全人類に共通の反応です。同じ周波数の「ラの音」でも、フルートとバイオリンでは音色が違うのはこのためですね。そして、更に倍音が複雑になりますと、今度は耳障りになり、仕舞いには音程の判別できない「雑音」になります。我々はこのようにして「済んだ音」「ふくよかな音」「耳障りな音」を判別しています。良い音は「報酬刺激」、耳障りなものは「嫌悪刺激」として処理されるわけですね。

「音程」といいますのは「音の周波数」ですが、音楽ではこれを「音階」に整理して使います。
「音階の解明」は古代ギリシャの数学者ピタゴラスに遡ります。まず、二つの音の「周波数比」が二倍の関係にあるものは同様に響き合う「オクターブ」であることが判明します。このあと、周波数比が「4:5」「2:3」といった整数倍であるものは美しく響き合うことが分かり、それぞれの音の整数倍関係にあるものを選んでゆきますと、それがオクターブを十二分割する「音階」となりました。つまり、「音階」といいますのは元々人間の耳に心地良く響き合う音を並べたものです。これによって、ひとの心を動かすためのルール・法則が生み出されたわけですね。
この音階というルールに従って音の時間的変化を組み合わせますと、我々はそこに「調性」というものを感じ取ることができます。ですが、これがルールに従わない不規則なものである場合は、この「調性」を捉えることができません。調性を感じられないということは、どのように心を動かしたら良いか分からない、即ち、我々はそれを音楽として理解することができないということになります。

長調や短調といった調性の違いは和声を構成する「音の周波数比」によって決まります。
長調を表す和声は二つの音の周波数比が整数倍関係にある「長三度」であるため、非常に安定した明るい響きに感じられます。これに対しまして、短調の「短三度」では半音が加わるため、整数的に割り切れない不安定感が発生します。我々はこの不安定感に対して「哀愁」「悲しみ」を感じ取ります。
心地良い響きに高揚感を味わうのは動物として当たり前のことですが、わざわざ「不安」という要素を作り出し、それによって架空の悲しみを体験するというのは、それは人間の思考が高度であるからです。更に、7度、9度、13度と周波数比が複雑になりますと、不安を通り越して「緊張感」が発生します。モダン・ジャズでは専らこのような演奏が多用され、我々はそれを適度な緊張感として楽しむことができます。このように、本来生得的には受け入れられない刺激を受け入れようとするならば、それには「学習」が必要です。このため、ジャズは知的な音楽とされています。

このような、ジャズやクラッシクのように、人間の知的欲求に基づいて高度に進化してきた音楽に対し、我々の動物としての生得的な欲求に従って自然発生的に生まれてきたのがアメリカ黒人のブルースです。
主音に対しまして整数倍の第4音が演奏されますと、我々は整然とした安定感と共にそこに調性を感じ取ります。やがてそれが第五音に展開しますと、その調性における大きな変化として注意力が高まり、緊張感が発生します。この緊張感をピークに元の主音に解決するならば、我々はいやがうえにもこの上ない安定感を獲得することになります。このような音程の変化を12小節でワンセットに纏めたものを「スリー・コード」といい、ブルースの基本的な演奏スタイルとなります。そして、これは誰の心にも上記のような高揚感を発生させる音楽の基本設計図のようなものです。ですから、哺乳動物であるならば脳の構造はみな同じなのですから、原理的には、イヌやネコでもブルースは理解できるはずなんです(ちょっと無理かな?)。

クラッシクではこのようなものは長年の歴史の中で研究が成されていました。ですが、これが別なところでも自然発生的に生み出されたのは、それは誰が聴いても心地良いからです。このため、アメリカ黒人のブルースは瞬く間に世界中に広がってゆきます。そして現在、クラッシクと民族音楽を除くならば、このようなブルースの演奏スタイルを取り入れていない現代音楽は世界中にひとつもありません。何故ならば、これこそがひとの心を動かすための必殺技であるからです。我々が音楽に心を動かすのは、そのための要素が巧みに組み合わされているからなんですね。

私はアマチュアのブルース・バンドで長年ピアノを担当していました。ブルースは単純で面白くないというひともいますが、私に言わせれば、これに反応しないのであれば人間じゃありません。事実、我々が普段耳にする音楽は、ビートルズもストーンズもJPOPも、全てがブルースを原点に作られたものです。そして、そこには世界中の誰もが心をときめかす音楽の要素が濃縮されています。

こんにちは。
音楽といいますのは、元々ひとの心を動かす目的で作られたものです。
心が動くというのは神経系に反応が発生するということです。心の動きを司る神経系には、視覚や聴覚から得られる知覚刺激に対する「反応規準」というものがあり、我々動物は、この反応規準に従い「反射」や「情動反応」を発生させます。そして、この神経系の反応規準には、我々人間が生まれながらに持っている「人類共通」の遺伝的な決まりがあります。基本的には、「報酬刺激」を与えてやれば「快情動」が発生し、「嫌悪刺激」...続きを読む

Q・・字程度の意味教えてください!

文章を書くときに、 

100字程度や200字程度

などという条件がある場合がありますが、
程度というのは性格には何字前後ならいいのでしょうか?

教えてください!(`・ε´・。ゞ

Aベストアンサー

ライターをやっていましたが
100字程度なら95字から105字。
200字程度なら190字から210字。で書いていました。
プラマイ「字数の10%」なのが普通じゃないかと思います。

Qジャニーズのコンサートスタッフになるには・・・

私は高校生の女子です。

将来の夢が色々あるのですが、
1つがコンサートスタッフのPAをしたいと思っています。

私は、ジャニーズが好きなのですが、まだ会員にはなってません。
できればジャニーズのコンサートで仕事をしたいと思っています。
やはりファンではつながり目当てと思われて
就職することはできないのでしょうか・・・。

私は純粋にジャニーズが好きなので、コンサートに来るFANの人に
いいステージだったと思ってもらえるように
力になりたいと思っています。

ぜひ回答をお願いします。

Aベストアンサー

 あの・・・・PAって音響スタッフのことですよ。
夢を語る前にまず基本的なことから勉強した方がいいですね。

 ライブハウスの照明スタッフに女性がいるのを見たことがあります。
最近は女性にも道は開かれていますが
裏方の仕事には力仕事もあるので男性が優先されるのは仕方ないところです。
また、音楽が好きだからコンサートに関係のある仕事をしたいと思う人はそれこそ星の数ほどいます。
でもコンサートで必要とされるスタッフは限られていますから
その中で実際に仕事につけるのはごくごくわずかです。
専門学校を出たから道が開けるという仕事ではありません。
実力はもちろんですが、運やコネも必要です。
小さなライブハウスでも雇ってもらえるだけラッキーな狭き門ですから
今からファンはジャニーズの仕事ができないのかなんて考えるのは意味がありません。
8shrtk1さんが女性であろうと男性であろうと、コンサートスタッフになるなんて夢に近い話ですし
ジャニーズに限っているなら100%無理だと断言しておきます。


人気Q&Aランキング