【あるあるbot連動企画】あるあるbotに投稿したけど採用されなかったあるある募集

よく、勉学優秀な人や読書家の事を、「知識ばかりで知恵が無い」だのと謗るのを聞きますが、ちゃんと根拠があって言う場合はまだしも、
大した根拠も無いのに言うのは、それは勉強とかが出来る博識な人に対する、嫉妬や退屈しのぎによる中傷に過ぎないですよね?

本当の、学問が好きとか読書が好きとか言うのは、知識を身に付けながらも自分でも色々な事を考えるのが、本当の学問好き、読書好きだと思いますし、また、機知と英知は別物であり、
文学者や哲学者や文学博士や医師や弁護士が、病院や介護施設や工事現場や飲食店とかの慣れない所に急に勤めても、現場で咄嗟に機転を利かせたり出来るかと言うとそうとも限らず、その分、裏でのデータ分析とかは得意だったりするのではないかと。

脳トレで身に付くのは、英知よりは機知だとは思いますが、経験や知識から得られる物は英知ですね。

学は無くても手際良く物を作れる職人さんもいたり、料理や工作は苦手な文学者や弁護士や総理大臣とかもいますね。

人には得手不得手がありますから、欠点・短所を指摘し合って謗り合うなど、それこそ馬鹿げていると私は思いますが皆さんは如何でしょうか?

A 回答 (3件)

知識って常に過去を向いているけど、知恵って未来を見ているんですよ。

だから、いくら知識を積んだところで、今まで誰も気づかなかった新しい世界を見つけるとこはできない。それを見つけるのが知恵だ。

でも、新しい世界ってまだ誰も見たことがないもんだから、知恵のある人がその新しい世界の門を開いても、始めのうちは皆怖がって、その門の中を外側から遠巻きに見ているだけだ。

そんな時に、知識のあるものが役に立つ。実際、新しい世界の発見は誰にでもできるわけではないが、それを発見したと誰かが言い出した時に、今までの経験、すなわち過去の知識に照らし合わせて、それの成否の判断をするのは、それを発見するよりも桁違いに易しい。だから、知識(すなわち過去を向いている思考力)のある人に、その新しい知恵の成否を判断してもらうことは、それなりに有益なことです。

一般的な傾向として、知識のある人は過去の論法のそれなりの説得力を知り過ぎており、その結果、新しい提案をすることがほとんどできなくなっています。別な言い方をすると知識があればあるほど思考が保守的になって、斬新な知恵を出すことができなくなっているのが普通です。

例えば、自然科学の世界での重要な発見のほとんどが未熟な若者たちによってなされているのであり、決して、知識豊富な年寄りによってなされてるのではないという事実があります。新しい世界の発見がもし知識によってなされているならば、圧倒的に年寄りの方が有利になっているはずなのに、現実はそうではない。多分、知識と知恵は反比例な関係になっているのでしょう。

でも誤解なさらないように。上で述べたように、知恵のある若者が新しい世界を提示した時に、年季を積んだ年寄りの知識はその成否の判断に役割を演じており、その年寄りの知識によって若者を勇気付け、後押ししてくれるです。だから、知識は知恵を縁の下から支えてくれているのです。
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人は過つものだと分からない賢い者がいる。



たとえば料理でも腕効きの人に教わらない限り美味しいものは作れない。
そうではない者が作った料理を美味しいという者は味覚が分からない。
昔、吉兆の料理人が言ったじゃないか。客は味が分からない、と。
先人が開発して私たちが成り立っている。
大規模ICもトランジスターなしでは作れなかった。
やけどは冷やせば治りが早い。怪我は舌でなめれば大概は治る。

人は過つものである。書籍に書かれていること自体が誤っていることがある。
書籍に書かれていないものに対しても読み手が書かれていないからこれは過ちだと錯誤することがある。
書き手と読み手が誤る。


私はこう断言しよう。馬鹿は本を読まない、と。


質問者は問うているが、ソクラテスは調べている。職工、技巧者に知恵はあるのか。
ソクラテスは結論付けた。この者達に知恵はない、と。
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本ばかり読んでるとばかになるぞ、と言ったのはショーペンハウエルだったかね。



彼に言わせれば、毎日考える時間を取らずに本ばかり読んでる大学教授とかが周囲にいたからでしょうね。

本を読む多さの問題じゃなくて、考える時間の少なさが問題なんだと思いますよ。
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