No.17ベストアンサー
- 回答日時:
№12で回答をした者です
>個人と国家の違いという事でしょうか
いえ、責任転嫁できるかどうか
行為が肯定されたか否かという事です
戦中に軍隊内で行われた苛烈なシゴキを「国家の為」と大義名分の下肯定されていたという
「苛烈なシゴキ」が国の大綱に盛り込まれている訳ではないにも関わらず、個人の中で逃げ道として使われていたという事
そして、そういう人間が軍隊という組織に多数いた為に「苛烈なシゴキ」が肯定されていたという事です
イジメ行為なんて加害当事者以外誰も肯定しないでしょう
回答、ありがとうございます。
>責任転嫁できるかどうか
>行為が肯定されたか否かという事です
戦中に東条陸軍大臣は、軍隊内でのシゴキを禁じる布告を何度も出しています。だから、肯定はされていなかったと。
>イジメ行為なんて加害当事者以外誰も肯定しないでしょう
そうでしょうか。被害者が自死しても、加害者以外にも体罰肯定派や現代社会に否定的な考えの人も肯定しています。
石原元都知事は、イジメを肯定し、イジメは人を強くするという風な主張を行われています。
No.16
- 回答日時:
道徳教育は必要ですが、道徳(モラル)を悪用して教育したのが
戦前、戦中の「お国のために」教育です。
社会のために、親のために、他の人のために、など、人の愛や善を悪用し、
自分の言葉に逆らえばそれが傷つき、苦しみ、迷惑がかかるからという罪悪感を植え付けて
教育する。
いわゆる洗脳教育です。
ひたすら綺麗ごとをほざいて、それだけを信じさせてしまったら
群衆はそれが常識だと認識し、それ以外の正しい「事実」を信じない。
たとえば、日本ではCO2の削減がエコや地球の温暖化の防止につながると信じて疑わない人ばかりです。
マスコミも、政府も、専門家も、評論家もこぞって口をそろえ、CO2削減しろ、それこそが正しく生きる道だと
言い募ります。
でも、それが正しいと一体、誰が証明したというのでしょう?
地球がCO2はいらないと言ったのでしょうか?
だったら、人間の息すらCO2ですけど、この地球に住む約70億人以上の人は
全員、息をしなかったらいいのでしょうか?
たった一人か二人の専門家や科学者が言いだしたことが、まるですべてを解決する正しい答えだと言わんばかりに
信じる。
道徳教育も同じです。
ただ一人の教師が言った言葉がすべてのモラルに通じるわけでもない。
政治家や官僚、専門家や有名人、彼らの発言こそが正しいといわんばかりに国を挙げて
こぞって推奨する。
そいつらこそ、モラルのかけらもない人間だったらどうするんでしょう?
都合良くモラル、モラルと叫びながら、もっともそのモラルを持ち合わせていない人間に
操られ、呪縛され、罪悪感と世の中から疎外されるかもしれない恐怖におびえて
つき従う。
戦前、戦中、お国のためなら人殺しをしましょう、と教えられてきたことが
道徳(モラル)教育だというのなら、
それこそ頭、おかしいんじゃないですか?って思いますよ。
モラルは古今東西、地球においても、宇宙においても普遍の真理です。
人を殺してはいけません、嘘をついてはいけません、人に傷つけたり、暴力をふるってはいけません、
人を貶めてはいけません、人を大切にしましょう、
この地球上、どこの国に行こうと、ジャングルに行っても、変わらない、天から授かり、
生まれ持って知ってる心の教育です。
己の心に忠実に、理にかなった教育こそ、必要なのです。
そして、理にかなわないことを言われたら、おかしいと気づく心も必要なのです。
回答、ありがとうございます。
私は戦前に関して、教育は自由であったと考えています。そうでなかったら、アジア圏で最初の普通選挙を民衆が勝ち取る、という事は不可能だと思います。
また、殺人、嘘、暴力、等は文化や時代によって変化すると思っています。ドイツはナチ政権の時はユダヤ人を迫害するのが正しいとされ、戦後はナチ関係者を迫害するのが正しいとされています。また、ジャングルでは負けた人間の肉を食べることが良い事とされ、都市では悪い事とされています。
No.14
- 回答日時:
1. 軍隊でのシゴキは 統率の問題です。
命令の遂行を確実にするためのものです。2. 会社や組織でも命令はありますが 軍隊の場合とは質が違うのでしょう。
3. 軍隊の場合は 《自分が考える》ことを或る意味で失くして従わねばならない。
4. そうしなければ 有無を言わさず ほかの隊員や作戦全体にも ただちに危険
がおよぶ性質ゆえです。
5. ふつうの組織でも 分業しているということは それによって協業するわけで
すから 共同の責任において職務の遂行が求められますが 命令については 各自が
それぞれ自分でどう果たすかを考えてやるということではないか。
6. 結果については 職務にあたえられた権限の範囲内で・つまりはそれに伴う責
任の範囲内で 責任を取ることは ふつうのことです。
7. つまり よくなかった結果について 責任の範囲内で上司からガミガミ言われ
ても それは イジメではありません。口がわるいといった程度です。
8. イジメは 理屈の通らないガミガミです。
9. 昔は まだなお仲間が多くいたし 世間としてもそのような理不尽なイジメに
遭ったことについては 被害者に対して漠然とでも互いに情感を共有していました。
10. この情感の共同性が 破れてしまったのです。イジメに遭った者は自分独り
でたたかわなければならなくなった。
11. 道徳教育によって 人びとのともかく常識としての《人の道》を守って来た
共同情感を復活させうるか?
12. それは出来たとしたら おそらく《軍隊方式》に近いかたちでの成功でしか
ないのではないか。
13. 道徳ないし倫理規範は それに逆らうと 世間から白い目で見られるぞとい
う脅しでしかないからです。
No.13
- 回答日時:
ナイロンやテトロンの縄ができる以前は、主に麻縄を使っていました。
直径2cm位の麻縄はそのままではゴワゴワで堅くて使い物にならない。そこで、麻縄に亜麻仁油をしみ込ませて、固定した丸太に懸けて両端を何度も往復させながら引っ張ると、段々しなやかになって、使い易く役に立つ縄ができます。これを、シゴク、あるいはシゴキと言います。だから、シゴキは、そのままでは使い物にならず、何の役にも立たないものを訓練によって、一人前にし皆の役に立つようにするために行われていたのです。いろいろな分野で、そのための訓練、即ち、シゴキがありましたが、軍隊では自分の命ばかりでなく仲間の命がかかっておりますので、シゴキも真剣で、中途半端にやるわけには行きません。だから、シゴキを経験した男子は、自分に自信が付き、また頼りになる者と皆から尊敬もされるようになるのです。もちろん、命を賭けた訓練ですから、事故も起こり得るのは当たり前なことです。でも、その事故を恐れてシゴキを緩めてしまうと、本人のみならず仲間の命も危なくなりますから、軍隊のシゴキは必然なのです。このことから、イジメとシゴキが全く違った行為であることはお分りになると思います。
哲学欄に質問を立てるくらいですから、質問者さんは論理の基本は理解していると思います。その前提で申しますと、道徳教育はイジメを無くさせるための必要条件ですが、十分条件ではありません。
以上
No.10
- 回答日時:
私は戦争が終わって間もなく小学校に入りましたが、イジメはありましたよ。
その当時でも裕福な家庭の子、貧乏で学用品さえ買えない子、勉強の良く出来る子、いつも劣等生の子、大柄な子、小さくて弱々しい子などが混在し、とりわけ(当時だからこそなのでしょうが)華僑の子などがたくさんいました。その名前もバン(漢字ですがはて?どんな字を書いたのやら)、サイ、カク、バク、リ、カ、チン…など全体の3割くらいで、戦争に絡んで戦後間もなくも国内に残っていたのです。それでも多くは分けへだてなく仲良く遊んでいましたが、同じ日本人の子の中にもイジメをするのはいました。学用品の何かを隠す、取る・盗む、いたずら(書き)をする、悪さする、叩く…など。
あるとき、そのいじめっ子の家が火事になり、学用品も何もかもすべて失って惨めな状態になったんです。そこで先生がみんなで少しずつ持ち寄ろうと学用品などを提供し合ったんです。そうすると驚いたことに…そのいじめっ子は借りてきたネコのように大人しくなり、小さくなっていました。
弱いものをイジメてはいけない(むしろ力をかしてあげないと)、そのツケはいずれ自分にも回ってくる、というのを身を以て知ったんでしょうね。道徳教育を幾らやっても自覚が生まれないとダメなんです。日本の教育は先生が児童や生徒に教え込むという上からの押し付け型なんです。これに対して欧米(たとえばアメリカ)ではテーマやヒントを与えて児童や生徒に考えさせる教育をするんです。せめてそうしないとね(それでもアメリカにはとんでもなく悪いやつもいますけれど)。
No.8
- 回答日時:
1)道徳教育が盛んであった戦前・戦中にいじめがなかったのか?
A1] 戦前・戦中にも、いじめはあったと思います。(私は当時生まれていません)文部科学省のWEBでは『いじめについては、「どの子どもにも、どの学校においても起こり得る」ものであることを十分認識する』と前置きしています。
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/ …
子供でない大人や老人に対して行われるものを「いじめの定義には該当しない」という判定をする方法もあると思います。大人と大人、ある大人の集団や組織内で行われる「弱いものや能力・センスの低い者、違反やトラブル、失敗が多い者対して、一方的に、継続的に、批難、指摘、指導、罰など加え、身体的・心理的に窮地に陥れ、不安や萎縮を引き起こさせ、その結果、相手は深刻な苦痛を感じてるか、諦めきるか、無能感をしっかり身につけることが多いような、集団内の組織的継続的状況」は、青年、成人や高齢者に対して行われた場合は、「いじめ」ではないとする見方はある意味で自然な言語感覚だと思います。
2)戦中に軍隊内で行われた苛烈なシゴキと現代のイジメの違いは何なのでしょうか?
A2] 戦中とか戦後でも1950年代くらいまでなら、「一人前に仕上げるために、周囲の人間、先輩や指導者は、しっかりと新人、後輩や部下、弟子をしごくのが責任ある行為」と一般的に思われていたと思います。1980年以降になるとそうした責任の遂行は控えられるようになったという世間の変化と、ダメなヤツを一人前にするまでの責任を担わないとならないと責任を放棄する・あるいはそうした責任を引き受けることを拒否する大人の増加と、「しごくという強圧的指導方法では良くならないという教育観の普及」とがあり、しごきが社会から減っていきました。 その状況変化から、40年前までは「しごきの一環」とみなされてしまっていた行為も、目的達成の手段という側面の評価が消えてしまったために、「ただの加虐・加害者の感情的行為・被虐者にとってのいじめ」とみなされるように変化していきました。
行われている行為内容の客観的差ではなくて、「一人前の人なるために行うべき上位者や仲間内での指導の必要性についての認識や責任観の社会的変化」「仲間に対する責任紐帯の薄れ、上司先輩がとるべき責任範囲の縮小変化」「個人の能力差がある状態のままでいることにの対する社会的許容の大幅な拡大」というものの見方、感覚、諦め、無責任の普及が、現代でいじめを強く認識するようになった原因でしょう。
3)道徳教育がないから、イジメは存在する
A3] その言説には色々の立場からのものがあるでしょう。
交通事故の減少をねらって、免許制度、交通規則の制定改変、取締の強化、安全キャンペーンや交通道徳の繰り返しなどをすることに、ある程度の効果は期待できます。
イジメに関しても、対象者の心情の推察やイジメ行為の禁止教育やキャンペーンを繰り返せば、イジメのある程度の減少には効果が期待できます。
無責任や怠惰、努力や精勤しない傾向のある、周囲と同調し協力する方向で行動しない人物を目前にしたとき、強く指摘し糾弾し批難するというのは社会的生物であるヒトの持つ一つの重要な特性です。個人に能力差や志向・嗜好の差がある・肉体面でも結構違う能力差があるので、その差を無視して同質・同レベルの行為や結果を求めると、対象者にはとてもきつい状態になることが起きうるのは確かです。一方、あるがままの現状を許容して是正や矯正を強制することを避けると、単純にスポイルし、その対象者を完全な落後者失格者への道を歩ませることにもなり、幼年期、児童期、思春期に社会的な達成課題を達し損なえば、それぞれ次の段階では取り返しがつきにくいものとなり、疎外と失格の自覚から精神に異常状態を起こし易くなることも十分に考えられます。ヒトは一人で生きているのではなくて、周囲の人々と対等にできるだけ近い状態の知識、能力、社会的マナーや動作を身につけ、できるだけ対等に近い分業・協業ができる状態になるように、幼年期、児童期から集団内でしごき合う経験をしながら成長する必要があるのだと思います。
道徳教育や思いやり、他人の感情への配慮で教育訓練が成功しても、社会人として一人前の能力や行動様式を習得できないままで年齢を加えたら、悲劇と困窮に陥るだけです。 その意味では、道徳教育よりも、一人前の社会人として生きていける能力や行動様式の教育に意を注ぐべきだと、私は思います。
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