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人間失格を読んだのですが、誰がどこを書いたのかがよく理解出来ませんでした。
大庭葉蔵がはしがきとあとがき以外を書いたのは分かったのですが、この大庭葉蔵は実在しているのですか?あとがきにあった出来事が実際にあってその手記をそのままに出したのか、大庭葉蔵は太宰治が生み出した空想上の人物でその人物目線で物語を書いただけなのか、どちらなのか分かりません。
そしてそれに関連するのですが、はしがきとあとがきは太宰治が実際に体験した出来事を書いたのですか?それとも、このはしがきとあとがきも物語の一部で、物語の中の私が体験したように書かれたものなのですか?
言葉では私が思っていることをうまく説明出来ないのですが、私が思っているふたつは、

はしがきとあとがきは太宰治自身の言葉。
手記は実在するマダムの知り合いの男である大庭葉蔵が書いたものをそのまま移した。

はしがきとあとがきは太宰治が作り出した空想上の人物の言葉で、はしがきとあとがきも物語の一部。
手記はその空想上の人物が空想上のマダムの知り合いの男である大庭葉蔵が書いたものをそのまま移した、という設定。
人間失格という小説の中に実在する者は誰一人としていなく、全ては太宰治が考え出したもの。

の2つです。もし分かる方がいらっしゃったら私にもわかるように教えて下さると嬉しいです。
言葉がわからないような場所があったら仰っていただければ補足にてもう一度自分の言葉で書いてみます。

A 回答 (2件)

モデルとなった出来事や人物はいたとしても、全て、作者の創作でしょう。


現実の出来事を小説にするパターンなら、エッセイや本の巻末の解説で、作者自身やその友人たちが、ネタにしてるはず。。
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太宰の作品は結局自分をモデルにしており、ある意味の告白小説です。

告白ですから事実も含まれますが全体としては創作なのですから脚色も入っています。
人物の「私」は、太宰の創作になる架空の人物で、はしがきとあとがきの作者とされます。本編の「自分」は大庭葉蔵のことですがこれも「私」同様太宰の創作した人物です。

したがって、回答は以下の通りです。

「はしがきとあとがきは太宰治が作り出した空想上の人物の言葉で、はしがきとあとがきも物語の一部。
手記はその空想上の人物が空想上のマダムの知り合いの男である大庭葉蔵が書いたものをそのまま移した、という設定。
人間失格という小説の中に実在する者は誰一人としていなく、全ては太宰治が考え出したもの。」


日本の小説には「私小説」という分野があります。ご参考にWIKIを張っておきます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B0%8F …
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