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お尋ねします。よく開運の為と題したメソッドが紹介をされています。おまじないやパワースポット巡りなどです。しかし、わたしひとりの開運、という実現のからくりには、誰か過去のまわりの方々により蓄積をされた運やパワーなどを、わたしが吸い取っている、いわば、消費をし、又、し尽くすこと、に拠るのではないだろうかと考えるように成りました。たとえば、ご利益を受けることばかりに徹してしまい、貪りながらそこに庇護をうけるばかりではないのだろうかと・・。そこに、運やパワーを受けとるばかりでなく、ほかの皆さまの為に運やパワーを置いて積んでゆく作業をしてはきたのだろうかと・・。寺社のお守りなども、1年くらいでパワーが減るなどとされ新しいのに交換を、とある方々は言われます。たとえ話でしかないですが、たとえお守りのパワーが減ったとしても、受け手のわたしからそのお守りに日々ちいさなパワーを積んでゆく、いわば積み手になることにより、寺社には、1年の期限とはいわず、それを永くすぎても、お守りを務所にお返しする際には、名目は返納やお焚き上げであっても、その寺社にすこしでもなんらかの運やパワーを充電みたいにしてとどける、それがのちのち又あつまる皆さんに有用にお使いいただける、そんなことは可能なのでしょうかと、思いと考えを巡らせました。こんなことは絵空事なのでしょうか・・。勿論、労やお金もろもろの皆さまの奉仕あって寺社も保たれてはいるのでしょうし。おまじないというのも、自らに好都合よく運をかき集めるという消費ばかりで、なにかしらへの生産ではないのでしょうか。

お教えください。

A 回答 (1件)

運の運びを見る事です。

物の消費ではありません。
起承転結を一つの手段、手法もって、推定することです。
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この回答へのお礼

ありがとう

回答ありがとうございます。運の運びをみるのですね。物の消費とはちがうのですね。ありがとうございます。

お礼日時:2020/10/04 17:44

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