フジテレビの番組「ごきげんよう」は3人のゲストが毎日一人ずつ入れ替わりますが、最初はどのようにして始まったのでしょうか。

教えて下さい、お願いします。

A 回答 (3件)

「ごきげんよう」は1991年1月にスタートし、当初はゲストを1人呼んで、


出された3つのテーマをもとにトークをするという番組でした。

しかし途中、夏休みスペシャル企画として「サイコロトーク」がスタートしました。
このときはスペシャル企画なので、1週だけでしたが、好評だったため、
しばらくしてからレギュラーの形になりました。

そしてゲストですが、
夏休みスペシャルの時から、前日から2人残って1人補充というスタイルでしたので、
レギュラー1回目はスペシャルの最終日のゲストから2人残ってスタートしました。

ただこうなると、スペシャル初日にだけ出たゲストがいることになるのですが、
そこまで把握していません。すいません。


なお、サイコロトーク開始の経緯については、君塚良一さんの本「テレビ大走査線」に
書かれています。
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No.1の方のおっしゃるように前身は「いただきます」という番組でした。


「笑っていいとも」の続きだったので当然生番組です。ですから、
日曜の「いいとも編集局(これでよかったっけ?)の看板コーナーでもある
番組終了後のお楽しみや視聴者質問コーナーも当時はなかったですね。
(DJ風な質問コーナーはありましたけど)

もともと「いただきます」は今の「ごきげんよう」に近い内容だったと
思います。熟女系のゲストが中心のトーク番組だったような。当時は小学生だった
ので、はっきり言ってつまらなかったですね。それが夏休み特別企画で改変しました。
それは視聴者からクイズを募集して、素人が答えるというものでした。
流れ作業のようにクイズを読んで、不正解なら次の人と交代というシンプルなもので
かなり好評だったと思います。結局、夏休みを終えてもその企画は続き、
「いただきます」は素人クイズ番組になってしまいました。

でも、それも半年程度のもので、結局「ごきげんよう」に改編になりました。
内容はトーク番組ですが、生放送から収録に変わったのが大きな違いのようです。
当時、小堺さんは中日新聞の日曜特集でインタビューを受けていました。そのとき
「これからは週3の収録なので、心に余裕が持てると思います。余裕のある分
ゲストの本音とかを引き出していきたいですね」って感じに語ってました。

最初のころはサイコロトークじゃなかったと思いますよ。なんかもっと、
ゆったりとしたトーク番組で「徹子の部屋」のような気がするんですけど、
ゲストは一人じゃなかったような気もするし、この辺はうる覚えです。
でもすぐにサイコロが登場して現在のサイコロトークが確立されたと思います。
変わったところといえば、トークの前におやつを食べるコーナーがあって
ゲストのおすすめのものや若手の和・洋・中の新作菓子が登場しては
消えていったくらいですかね。
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「こきげんよう」は「いただきます」という番組のかわりに始まりました。



「いただきます」も小堺の番組でしたがいいともの後にアルタから生放送でやっていました。

「ごきげんよう」は、最初のころはトークゲストは一人で歌のコーナーってのがあり誰かが歌っていました。番組が始まって半年くらいしてからいつのまにかゲスト3人の体制ができあがりました。
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