とっておきの手土産を教えて

フレグランスをつけている女性が増えているように思うのですが、
皆さんはどんなときにつけていますか?

そして、それをつけて、相手から「くさくて迷惑」と思われるようなそぶり、
あるいははっきりといわれたらどのような気分でしょうか?

「すれ違いざまに香るぐらいが理想」と、よくかいていますが、座席などで
隣同士になると、ずっと、「すれ違いっぱなし」の状態です。
だから、動くと、ズット、くさいです。

観劇などのときに、ここ何回か連続して、被害にあいました。
周囲、2mがくさい人もいる。

着席と同時に、申し上げてもいいでしょうか?
同じ、料金を払っているのに、我慢するのはとても不公平に思うのです。

A 回答 (6件)

とても良い質問ですね。



実はさっき、銀行のATM(個室)に入り、その被害に合ってきたばかりなので、とても共感出来ます。。。
と、言っても自分の場合、ワキガ臭でしたが。。。

ま、こちらは体臭なので仕方ない事にします。

香水の場合、なんでわざわざ周りに迷惑になるような事をするのか?と疑わざるを得ませんね。

どんな匂いであれ「ほのか」「ホドホド」であれば、まだ納得もいくのですが。。。
数メートル先を歩いていた人の後に続くと「グワッ!!」と思わず、顔を歪めたくなるような匂いを漂わせる人もおりますので、どうにかしたい物です。。。

本人は良かれと思ってやっている事というのは理解しているつもりですが、その為にこちらが迷惑被るとなれば、なんだか納得いかない所がありますね。

ま、本人の自由と言う部分かとは思いますが、それであれば、こちらの意志を伝えるのも自由な訳で。。。

自分であれば「自分の見ている前で香水を今以上に付けようと」するのであれば「迷惑だから止めて欲しい」と伝える事も出来るかと思います。
しかし、すでに付けてしまった後であれば「それをどうにかして欲しい」とは、さすがに言えないかも知れませんね。。。
「この場から消えろ」と言っているのと同じですからね。。。無念な事に。。。

タバコでは副流煙など「害」だとハッキリ言える事も出来ますが、香水の場合は難しい所です。
しかし、いくら「社会的に見た実質被害」は無いとは言え、限度を越した香水は「ストレス」と言う十分な害になりますからね。

モラルの問題では?と思うのですが、このような質問を、香水を付けている人にはぜひ見て頂きたいものです。。。
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この回答へのお礼

ご賛同いただきありがとうございます。

体臭などもあり、非常にデリケートな問題だともおもいますが、
本人の好みでにおわせるなら、「良かれと思って」が迷惑だと知ってもらうほうが
良いのではとふとおもうのです。

こちらでは、「くさい」といえない、「くさいといわれると不快になる」と
においに関しては、指摘するほうに分がないないのが解せない。

好きなものを着用するのはかまわないでしょう。
不快であっても、目をそむければいいし、音でさえ耳をふさげばそれでいい。
味は、食べなければすむし、距離を取れれば、とればいい。

においは呼吸に付随します。
「息をするな」と言うに等しいことを、相手に強要できる自由はあるのか?
・・・なのです。

それを表明するに、どうしていけない?

反射的に叫んでしまったことがあります。
妊娠中で、つわりであったこともあって、当時は、ご飯のにおい、そばつゆのにおいがだめでした。

美容院で、シャンプーのときに、頭を抱きかかえるように後ろに倒されますよね?
あのときに、腋臭のにおいをもろ鼻先に突きつけられた。
ソコまで接近することはまずないでしょうが、
叫んでしまいました、そして、吐いた。

生理的な反応なので、その人にはお気の毒ですが、もし、
デリケートな問題として放置されていると、どうなんだろうとも、おもいます。

バレエはかならず、「S席」へ。
オペラも一時ちょこっと。
歌舞伎も「A席」、落語も、行きますが、どうも、バレエとオペラの「香水女」比率が高いのです。
何人か飛ばしてのにおいなら、まだ我慢できます。
もっとも、隣席の人は苦しそうにも見えますが、こういうときは自分の不幸でなくて良かったと。

お礼日時:2011/06/11 11:09

A3です。

かなりしっかりした考えをお持ちの方であることをこちらが、読み取れていませんでした。無礼をお詫びします。

>相手の自由を保障して、こちらは我慢する自由しかないという理由がわかりにくいですね。

公共マナーというのは、全て個人より公共を優先すべしというのが大前提なので、
その矛盾に気づかないようにマナーは明文化されないのですし、マナーを挙げる人は気づかない事を前提で話をします。
>息ができないはどうなんだろ言う、素朴な疑問です。
相談者さんのこの素朴な疑問を掘り下げると、互いに弱者ではなく権利者としての強者となるので、社会に保護されるべき弱者じゃなくなってしまうのです。

香水の臭いで不快にさせる人間がいて、不快に思う人が出る。
不快を申し建てることによって、不快にさせている人も不快になる。
不快を申し出た結果、
>係員に言って、車椅子のコーナーに補助椅子を出してもらう措置をしてもらいました、2回。
この行動に対価は発生しないので、主催者の損失になります。

公共維持のためには、どちらか片方を排除すれば両方の問題が解決するのです。
その点で、弱者とされる我慢する人の保護のほうがコストがかかり、その上、実態は弱者ではなく、社会への不平を述べるだけのクレーマーとして存在します。
その割に、公共への貢献はしない。弱者だから。サービスを消費するだけ。

不平等な社会では、抗えない不自由にちいさな自由を互いに共有しようとするのに、
平等社会が普及するに連れ、自由が自然権でないという教育が薄れ、個人主義が台頭し、公共の精神が薄れる。
自由とは、とても変な権利なのです。

自由が自分の権利ではなく、他人に自由を与えられていると考えれば、質問のような対立は発生しないのです。
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この回答へのお礼

http://okwave.jp/qa/q6734678.html

【公共マナーというのは、全て個人より公共を優先すべしというのが大前提なので、
その矛盾に気づかないようにマナーは明文化されないのですし、マナーを挙げる人は気づかない事を前提で話をします。】

過去のご質問に私の体験を通して、応答してみた質問ですが、
その後、どのようになったか、事実は私が指摘したようなことであったかはわかりませんが、「マナー」として訴えている方が、
同じようなことをされて、程度問題として提起されているわけです。

ただ、この方の場合、ご自身が同じように香水を使っていると
書かなければ、まさに、私と同じことを訴えているということになり、
かなり問題が違います。

かくして、嗅覚は鈍くなり、同じことをされても、「程度問題」として
問題がすりかわる。

【自由が自分の権利ではなく、他人に自由を与えられていると考えれば、質問のような対立は発生しないのです。】

香りを使うということは同様に使われるということに相互に担保され、
その種類によっては強弱もまた、センサーの感度として
感知できないことになり、注意するほうが実はされるほうであったかもしれないという、【報復】手段としても可能性を考えない。

ごちゃごちゃはともかくとして、自分のにおいはok、しかし・・・というときに
どうして、「におい」に関しては「静かにしてください」のようにいえないのかなというのが最大の疑問です。
体臭ではありません。
差別としては考慮の範疇ではないと言い切ってかまわないでしょう。

ともあれ、劇場側が注意することに、携帯とともに、座席の座り方まで
目を光らせるなら、今後は注意事項として、強すぎる香水をも今後はいれてほしいなぁ・・・です。

安いところはこんなことはないです。
高いところの高い席だからこぞの、がんばりとして「香水女」がはびこる。
そんなわけで、わたしバレエ3回で三振でした。
もういいやという気分です。

お礼日時:2011/06/12 21:30

僕は男ですが独身時代、嫁さんとのデートにつけていました。


そのころ煙草を吸ってたんで少しでも隠そう?と。

>そして、それをつけて、相手から「くさくて迷惑」と思われるようなそぶり、
あるいははっきりといわれたらどのような気分でしょうか?

言われました。
臭いって。
煙草を隠すために香水つけると最悪とまで。
僕なりに、デートなので、昨夜から会社にいっぱなしだから。
自分なりのマナーのつもりだと。
気分は害しますよ。思っても口にしていいとは別問題だしね。


>着席と同時に、申し上げてもいいでしょうか?
同じ、料金を払っているのに、我慢するのはとても不公平に思うのです。

言うのは個人の自由ですが・・・
言ってそれがすぐさま匂いを中断させるわけでもないですし、言われたからといってにおいを消せるわけでもありません。
そして一番肝心なのは相手を注意してそれが相手が次にそれを直すかというと、へんな人に注意されたと思うだけで次回の抑止にはならないと思いますが。

匂いとはずいぶん個人差がありますしわずかに付けていてもその匂いそのものが嫌いならば仕方ありません。
僕なら、観劇ならば係員にいって席を交代できないか言いますよ。
こういうのって結局劇場側が注意喚起してくれないと止まりません。
香水に限らず、観劇に子供とかつれてくる親もいるし。
なかなか、個人の力ではやめてくれないと思いますから劇場側にお願いするのが早道かと思います。
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この回答へのお礼

ごもっともなご意見です。
そうです、すでにして、におうのですから、そのときの解決にはなりません。
相手を不快にするだけの、行為です、「あなたは、とても香水くさいです」は。

ただ、自分では【快】であり、相手には【不快】であるという落差の認識を
いつまたってもできないでしょう?

そして、【善】であるとして成される行為をそれはだめだというのが
とても心苦しいから、ダレもが「言いにくい」とこちらでも書かれる。
ましてや、香水くさい自由があって、それに対しては我慢する自由しかないと
思い込んでいる人もいらっしゃる。

アナタの彼女は「我慢する自由はない。 意思表明する自由。」で
くさいといってあなたは不快になった。
「快=善」としての行為が実は「不快=悪」であったと知らしめることは
回答者さんにとっては抑止になりましたか?
もっと、もっと、・・と、なりますか?
センサーの感度がそもそもちがいます。

タバコのにおいをお話になっているのでもうしあげるのですが、
非喫煙者はタバコのにおいに当然敏感です。
喫煙者はわからない。
香水も同じ。

そして、歩きタバコしているご本人は、
タバコのにおいのしない、空気を呼吸して、タバコの香りを楽しみ、
落差を感じる(ウィスキーならストレートをなめ、チェイサーして)・・・・が、
後ろから歩いている人は、ずっと、薄められたタバコのにおいの中を歩く。
(お酒は嫌いなのに、水割りを無理に飲まされるに等しい)

時として、同じ速度だと、ずっとです。
追い越し、前を歩くとと、変な人になる。

なにも言わずに、回避する行動をとるとするなら、
される人にはその意味がだまって、黙ったままでわかるでしょうか?

お礼日時:2011/06/11 11:27

臭い匂いを振り撒く権利はあっても、


臭いと文句をいう権利はないのです。

最近の人は、自由の仕組みを考えず、自由がなんでも対等だと思い違いをし過ぎです。だから争いばかり起きる。

ここまで読んで、質問の不満を持つ人には、意味がわからないと思います。

自由は不自由の中の一部を解放される権利であって、
自由っていうのは、不自由を受けつけない権利。

だから、自由にしている人間を不自由にする自由は一切ないのです。

観劇をするにしても、公共空間ですから、我慢する自由はありますが、それ以外には、我慢できないから行かない自由しかありません。

あなたの自由の為に他人を不自由にする根拠が全くないし、与えられてもいない。
どちらも正統性を欠く我が儘なので、武力的に喧嘩して勝ったほうに正統性があります。

平和的解決は、自分が遠慮することしか方法がないのですから。
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この回答へのお礼

観劇の時の不公平というのはいろいろあります。
それを料金設定として席料に反映してます。

前の人が座高が高い、乗り出してまで見るとか。
こちらの観劇のご相談では、「のりだす」という行為は
劇場によっては係員から注意を受けるそうです。
それは、見える妨害だから、わかりやすい。

においは呼吸を阻害されます。
被害は見えないですが、コレは切実です。

ましてや、くさい人の自己満足のために我慢する必要があるのか?
それを自由として許容するというのはいかがなものかということに過ぎないのです。
相手を不快にするのは、承知の上ですが、
相手もすでにして、こちらを不快にしている。

それを自分のセンサーではわからない。
携帯は音がうるさい、ピカピカがうるさい、いまや、マナーモードの振動さえうるさいとして、電源を切れとされてます。

息ができないはどうなんだろ言う、素朴な疑問です。

相手の自由を保障するには、こちらの自由もまた、双方向へ担保されるべきでしょう。
それを、池田清彦氏は「殺す自由はある、しかし、それは相手にも殺す自由を保障するという双方向な権利としてある」と書いてます。
においで不快にしているなら、「くさい」といわれて、不快になるということに
担保されませんか?

携帯はみなが持っている。
だからこそ、電源を切れとアナウンスされる。
自分の携帯も、人の携帯もまた等しく、障害とはならないようにです。

相手の自由を保障して、こちらは我慢する自由しかないという理由が
わかりにくいですね。

もちろん、隣席の人がとても大きい人で、座席の圧迫感が・・・とか、
前の人の座高が異常に高くて・・・さまざまに不幸はありますので、
それらの人に、「文句」は言えない。

しかし、「のりだす人」に注意を与えられるなら、
呼吸を阻害するほど、におう人には「改善の余地」はあるわけで
ラインをアナタはドコに引いておられるのでしょう?

実際には、係員に言って、車椅子のコーナーに補助椅子を出してもらう措置をしてもらいました、2回。
本来なら、におう人を隔離したほうが、ほかの我慢しているであろう人の
ためでもあるだろうと、余分なことも思いますが。

お礼日時:2011/06/11 10:49

私も甘い香は苦手です。

友達にもそういう人がいるのですが、なかなか言えませんね。

観劇の時などは言っても無駄だと思います。なぜなら、つけてしまった香水は取ることができないからです。言ってしまうとお互い嫌な思いをするだけなので、ここはぐっと我慢するしかないと思います。

香水は日本では匂い袋として高木や動物のものが主原料となっていて「ほんのり香る」というものだと思いますが、欧米ではハーブや花の香が主原料となっていて昔は入浴する習慣がなかったため、体臭を消す役目もしていたわけですよね。

欧米の文化をそのまま日本が受け入れてしまったというところにそもそもの間違いがあると思います。


ちなみに欧米でも食事の時はつけないのがマナーですね。
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この回答へのお礼

観劇の時の不公平というのはいろいろあります。
前の人が座高が高い、乗り出してまで見るとか。
こちらの観劇のご相談では、「のりだす」という行為は
劇場によっては係員から注意を受けるそうです。
それは、見える妨害だから、わかりやすい。

においは呼吸を阻害されます。
被害は見えないですが、コレは切実です。

ましてや、くさい人の自己満足のために我慢する必要があるのか?
それを自由として許容するというのはいかがなものかということに過ぎないのです。
相手を不快にするのは、承知の上ですが、
相手もすでにして、こちらを不快にしている。

それを自分のセンサーではわからない。
携帯は音がうるさい、ピカピカがうるさい、いまや、マナーモードの振動さえうるさいとして、電源を切れとされてます。

息ができないはどうなんだろ言う、素朴な疑問です。

ありがとうございました。

お礼日時:2011/06/11 10:36

香水をつけている本人は、匂いに慣れてしまって


鈍感になっているから、付け過ぎている事に
気付いてないって多々ありますね。

香水に限らず、特に夏場は汗臭い人、ワキガな人、等など匂いのある人がたくさんいます。
注意したいお気持ちはわかりますが、近くの席だった場合は
自分の不運を嘆いてあきらめましょう。

注意されても、相手もどうしようもないと思いますし、
観劇前の楽しい気持ちに水をさされ、質問者さんが恨まれます。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。

問題解決=くさいを何とかするという方向へ・・・というなら、
「あなたはとても香水くさいです。 私は不快です。」という英語表現的な
意思表現は何も、おそらくは問題解決にはならないとはおもいます。

ただ、ご本人はとても、いい気分、隣の私は最悪気分というのは
同じ出費としてのチケットなら、相手も、いい気分に水を差して丁度ではという
いじめられたら、いじめ返せ!・・・で、大人気ないですね。

お礼日時:2011/06/11 10:30

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