No.7ベストアンサー
- 回答日時:
正義感が強く、お茶目で、強く、愛情深い、芸術を愛する人でした。
海軍時代に紋々を出してすごんでいたやくざをボコボコにしたり
演芸会でチャップリンのマネをして笑わせたりしたそうです。
戦争が終わってからは旋盤工になりましたが
仲間がチェーンで殴られたことに腹を立てて上司とけんかして辞めたそうです。
その後、独立しましたが、弁当を二つ持って行き長時間働いた後に
暖房の無い部屋で毛布をかぶり、夜中の二時まで油絵を描き
いっぱしの画家になりました。
そして、私が三才の時に母が亡くなりましたが
四つ上の兄もいてましたので、親戚が預かると言ってくれましたが
預けずに頑張りました。
例え、親戚であっても、預けられていたなら
人の顔色を見るような子供になってたかも知れませんので感謝しています。
その後、後妻を貰ってからは
毎年、重い荷物を背負ってキャンプに連れて行って貰ったのも良い思い出です。
谷川の湧水で作って飲んだカルピスの味は今も忘れられません。
お父さん凄いですね
体が丈夫で気力も溢れていますね
カルピス、最高に美味しそうです
面白い話しでした
回答ありがとうございました
No.14
- 回答日時:
わたしの父はまだ存命中、年齢は80前、身長はこの時代の人にしては高いおよそ175Cm、体重はハテナ、でも、年齢の割には贅肉の無いスラッとした体格の持主で、なかなか見かけのいい立派な紳士です。
職業は医師。曽祖父が東京都内の現在地で開業した街の医院を引き継いだ三代目の院長であり、同時に親戚を核とした組織で経営する別の病院の院長も兼任しています。今でこそ、医院と病院の経営も順調になり、それだけに高齢ながら一日仕事に明け暮れていますが、わたしが小さかったころの医院の経営はもっともっと大変だったようでした。朝から昼過ぎまで診察室、その後は往診、そして夜は遅くまでカルテの整理と、薬価基準表などと首っ引きで請求点数の計算。その頃は今のようにパソコンも医療事務のソフトも無い時代。そのころやっと普及し始めたばかりの高価な卓上計算機がただひとつのハイテク事務機器。看護婦兼医療事務員の母と夜遅くまでキーを叩いていました。
医師の父と看護婦(今日の看護師)の母が両親とあって、わたしと兄はほとんどお手伝いさんに育てられたも同然。しかも、父は医師会の会合やなにかで外出も多く、父と夕食の食卓を囲んだ記憶となるとなんだか数えるほどしかなかったような気がします。
それだけにエピソードも少ない父ですが、ある時、小学校のクラスメイトの何人かが近所に新しく出来た塾に行くということになりました。もちろんわたしも行きたかった、それで父に話したのです。なのに父は許してくれませんでした。兄を見てみろ…と言うのです。兄はいつもクラスで成績がトップだったのです。塾に行かなくてもトップにはなれる…、そう言われてしまってはもうどうにもなません。
しょんぼりしたわたしに父は言いました。塾に行かなければならないほど難しいことは小学校では教えないものだ。教科書をよく読め、もうそれだけで成績は上がる…と。そりゃそうかもしれない、でも、塾に行くというのはある意味一種の社交、友達とは同等にしていたい、仲間外れだけにはなりたくない…、わたしの胸の中にはそんな思いがありました。でも、一度言い出したら引かない父のこと、諦めるしかありませんでした。
そんなわたしを見て多少は気が咎めたのでしょうか、父はさらに言いました。本を読め、文学でもいいし小説でもいい、よいものなら漫画でもいい、とにかく本を開け。お前が欲しいと思う本ならいくらでも買っていい…と。
今にして考えてみると、本は読んだ気がします。そして、学校の成績は兄ほどではなかったけれど、まあまあそこそこ。でも、本を読んで得たものはやはり大きかった。あの時父がどういう意味で本を読めと言ったのか、それは最近になって分かった気がします。
大学進学の頃ともなると一応父や兄の後を追って某医大の入試を受けました。でも結果は補欠、面接の際に幾ら幾らの寄付金を出せるか、出せれば…みたいなことを聞かれて、あ、そりゃ無理です…とあっさり辞退。ガッカリして叱られるかと冷や冷やしながら報告した時の父の顔、突然アッハッハと大笑い、そうか、それならそれでいい、なにもお前まで女医にならなくてもいい、お前が小さい時から望んでいた道に進めばいい…とあっさり。
そんな、いかにもさっぱりした江戸っ子の父、もうそろそろ院長職も辞退する年頃、引退したらどこか温泉にでも連れて行ってあげて、これまで多忙のために会話も少なかった分、しっかりおしゃべりしてみたいのです。
No.13
- 回答日時:
とにかく「旦那にしたくない男」の典型でしたね(苦笑)
金にルーズで億単位の借金を作るわ、「亭主関白」の意味をはき違えて母に対して横暴なふるまいをするわ、子供に対しても同レベルの喧嘩をするわ…
去年脳梗塞で急死して通夜・葬式で親戚一同が集まったんですが、大抵は故人のことは
「短気だけどこういう良いところもあったよね」
という話が出るものなのに、父の話題は
「出前でとった寿司のトロを娘が一つ多く食べたと思い込んで娘に土下座させた上に平手打ちした」
「母の実家に行った時に昼寝しているところを母や伯母の大声の雑談で起こされたと言って怒り出して、見送る祖父に挨拶もせずに帰った」
「旅先で伯母(父の姉)と些細なことで喧嘩をして、伯母・母・姉(当時私はまだ産まれてませんでした)を車から無理矢理降ろして去って行った」(その後しばらくして帰りの列車を待っていた3人のもとに引き返したそうですが)
等々、本当にしょーもない話ばっかりで、従兄が
「ちょっと、一つぐらい良い話はないの!?」
と言うぐらいで…
法名を付ける時、お坊様から「故人の人となりを教えてください」と言われたんです。
例えば「厳しい人だった」だったら「厳」の字を法名に使う、というように、故人を表す漢字を教えてほしいということだったんですが、その場にいた人の口から出るのは
「外面だけはいい」
「器用貧乏」
「金にだらしない」
といったものばかりでお坊様が本気で困っておられました(笑)
(結局「妙に生真面目なところはあったよね」という苦しい一言で「真」の字が採用されましたが)
ちなみに、容姿は「自称」渡哲也でしたが、とんでもない!!
免許証の写真はどう見ても「前科○○犯」にしか見えないし、何度かマジでヤ○ザに間違えられました。
ある時は自分が携帯で電話しながらホームセンターの駐車場に停めようとして、隣の車にぶつかってしまいました。
もちろん、父が全面的に悪いです。
相手の車の運転手が降りてきて文句を言いかけたところ、茶色のサングラスをかけて降りてきた父を見て
「い、いや、大したことないから、大丈夫です!本当にすみません!!」
と慌てて去って行ったとか…気の毒に…
ただ、父が死んで一つだけびっくりしたのは、父がその日死んだことをたまたま父の知り合いの一人に知らせたところ(本当にたまたまかかってきた電話で知らせただけでした)、びっくりするぐらいの弔問の方が来られて、返礼の品が足りなくなって慌てて倍に増やしたことです。
中には父の棺にすがって泣き崩れる方がいたり、数日後にブログに「大切な人が亡くなった」と書いた女子高生がいたり(父は小学生から大人までのアマチュアにバドミントンを教えていました)、家族の知らないところではすごく慕われていたようなんです。
お通夜の日は夜遅くまで弔問の方が長蛇の列をなして家族みんなびっくりしました。
「こんな人格者の方が早くに亡くなるなんて…」
と言って泣いておられる方に
「えっ!そうなんですか!?」
と思わず返事しそうになったり…(汗)
外で見せていた顔の10分の1でも家で見せていたら家族の評価も違ったかもしれないのに…^^;
なにやら複雑なお父さんだったんですね
プライドが高いと言うより脆かった裏返しなんでしょうか・・・
でも今となってはいい思い出の部分もたくさんありますね!
面白い話しでした!
回答ありがとうございました!
No.11
- 回答日時:
私の最初の記憶は、父と知らないお姉ちゃんと遊園地へ行って遊んだ事。
次の記憶は、そのお姉ちゃんがお姉ちゃんの母親と一緒にウチに来て、「お前は外で遊んでなさい」と私の母親に言われたので外から家の中を覗くと、お姉ちゃんが泣きながら私の母に何かを謝っていた事。
アレはなんだったんだろうと、ずっと不思議に思っていたけど、大人になってから2つの記憶が繋がりました。
最近両親にその事を聞いたらやはり浮気で、父は浮気相手のお姉ちゃんと別れるために幼い私を連れて行ったつもりが、お姉ちゃんは逆に受け取ってしまってますます本気になってしまったんだとか。
子供の頃は母は父の文句を私に一切言いませんでしたが、大人になってからは色々父のガッカリな話を聞かされます。
私は父にほとんど遊んでもらった記憶がないのですが、今になって罪滅ぼしのように私の子を可愛がっていますw
No.9
- 回答日時:
今は仕事もリタイアした年金受給者です
私はおかんとの仲が悪いのでおとんにはそういう感情がありません
ちなみに我が家は賭け事・飲酒とは無縁の一家ですが、幼稚園の父親参観の日、
「お父さんへ、いつも花札を教えてくれてありがとう」と発表して一同大爆笑でした
まだ、任天堂のファミコンが出る前の時代です
もう今は花札のルールも忘れましたが...
オヤジを(私にとっての爺さま)早くに亡くしたので、婆さまとの母子家庭でした
でもひとりっこ独特のぼぉ~っとしたところがあります
婆さま(91歳)とボケ方が似てきました
困っています...
No.8
- 回答日時:
私の父は、典型的な日本のオヤジでしたね
家に居る時は多くを語らず、常にどっしりと構えており
家事などは、一切しません
ですが、焼肉の時は何処からとも無く、台所にやって来て
自分で焼肉のたれを作って家族に振舞います
これがまあ、メチャ旨いんです
また休みになると、友人と山へ篭り
帰って来るとキノコや山菜をどっさり持って帰って来ます
キノコ嫌いの私にとっては、ありがた迷惑・・・(==;
そんな父も28年前、私が中学校3年の時に46歳の若さで他界しました
B型肝炎で肝臓をやられての衰弱死です
酒と煙草が大好きでしたが、病気によりそのどちらも楽しめなくなったのが残念でした
父の死で感じたのが、父の人望の厚さでしたね
しかし、今から思えば、父のB型肝炎も近年騒がれている薬害絡みだったのかも・・・と
(父は若い頃、胃の開腹手術を行っていましたので)
それは考えても仕方が無いので、その当時の寿命だったと思うのが良さそうですね・・・
焼肉私も食べて見たかったです!
人望があるなんて素晴らしいですね!
回答ありがとうございました
No.6
- 回答日時:
gaitu さん はじめまして。
どうぞよろしくお願いします。>あなたのお父さんどんな人ですか?
私が30歳前に亡くなったので既に10年以上過ぎてますが…回想から…
(1)幼少~中学時代
厳しかった。仕事尽くめで普段寡黙だけど、怒られた時は部屋の端まで飛ぶくらいひっぱたかれて、ある時は窓のサッシ外れてなんてこともありました。私も悪ガキの部類?良くも悪くも厳しかったんです。普通の家庭より。でも叱る理由を諭されてるので、痛くて悔しいけど間違いないので納得してました。
一方、オヤジとはふとしたドライブを休日しました。普段休みが無く出張も多く母子家庭に近いのですが、休みにオヤジが
『〇〇(私の名前)走りに行くか(ニヤリ)』これが二人のドライブのサイン。当時のスプリンター・トレノツインカム(TE27型)を駆って海へ山ヘの短いドライブ。オヤジ『コーヒー飲むか~』…当時の缶コーヒーに無糖は無く、いつもの決まりは『ダイドーブレンドコーヒーショート缶』です。ドライブ先で食事して帰る…運転が好き、クルマが好きのオヤジ…元々サンデーレースで当時優勝する腕前なので、横で乗ってるだけでも安心感があるし、その後の自分の運転の基本にもなりました。
(2)高校~就職まで
オヤジは一時体を壊し、経済的にも厳しい時がありました。でも一言『自分の目的で真面目に勉強して成果出すならいくらでもスネかじらせてやる』と…そして、『社会人になったら家出て自活しろ。お前からの面倒は受けないし俺たちもお前の面倒は見ない』でした。良くも悪くも責任と自活を促してました。
(3)就職後~死去
就職し数年で母がガンに倒れすぐ亡くなってしまい、オヤジもガンになりました。手術したものの術後が良くない。会社も辞めざろう得ない。常にトップで全力疾走のオヤジが本当に行き場を失った辛い時期でした。私も結婚し仕事も多忙で仕事も遠方で何も出来ない。そんな中、オヤジのクルマを私が運転して、オヤジの希望の地へドライブ…。
『おとうさん、何呑む』・・・『あーコーヒー』…オヤジはいつも昔の『ダイドーブレンドコーヒー』。良く景色を見ながら二人で飲んでました。
でも、やがて病状悪化で死去。私は一人っ子なので全てを整理するのですが、オヤジが肌身持っていた免許証入れにボロボロの私の3歳の時のはっぴ姿のお祭りの写真…
辛くても泣き言一つ言わない、苦労全部背負うような生き方しかできなかったオヤジ…人望は亡くなった時の様子でハッキリわかりました。こんなに俺知らないところで苦労し続けたんだ…子供になにも気が付かせないように…。
今、諸事情でいろいろあるのですが、その時常にオヤジの背中、あの30代で既に真っ白髪の鬼瓦の堅物おっさん…イヤでも目に浮かびます。親戚たちはオヤジの死去後夢見たとか言いますが、私は1回も見たことない(亡母の夢も)。
たまにゃ出てこいよ~と言うのですが、40過ぎた今も一度もなく・・・これは、俺は地獄行きだから出てこないかな(笑)にしています。
ある種、生き方の下手な一生のおとっつあんでした。失礼しました m(__)m
しっかりとした信念を持っていたんですね
ダイドーブレンドコーヒー・・・何かCMのワンシーンみたいにいいですね!
回答ありがとうございました
No.5
- 回答日時:
最低な父親でしたよ。
No. 2さんの話に近い感じですね。。
もう死んでだいぶたちます。
昔は私も苦しんだけど、世の中には、そういうひどい父親の人も他にもいる事を知って、苦しんだのは私だけじゃないと知り、少しは慰めになりましたけど。
それに旦那さんのおかげで、今は幸せなので、もう、苦しみは過去のものとなりました。
だから、悪い所はさておき、あんな父親でもいい所があったり、いいものをもらえた、とポジティブに考えられるようになりました。
例えば、父は仕事は有能な人で、商社の海外支店長をやっていたので、私も海外で育ったおかげで、英語が得意になり、現在も仕事に活かせています。
そして父は美形でした。独身時代に、取引先の、母が役員秘書をしていた鉄鋼会社に出入りしていて、そこでは女性陣にモテモテだったそうです。母も父がハンサムだったから騙されて好きになったようなものです。特に父は目が大きくて、若い頃のあだ名はみみずくだったくらいです。私はそんな父のDNAを受け継いだおかげで、可愛いとか美人とよく言われます。旦那さんに一番愛されている大きな目も、父譲りです。
だから、考えてみれば、私の最大の取柄は、父にもらったものなんですよね。。あんなひどい父親だったけど、もらうものもらえたから、まあいっか、なんて今は思えます。
ここまでたどり着く道のりは長かったけど。。旦那さんが、欠落していた父の分もたくさん愛してくれているので、乗り越える事ができました。
可愛い回答でした
お父さんの良い所を受け継いだんですね!
日本語もオトウサンとお母さんから学んだものなので更に感謝ですね
回答ありがとうございました
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