知人が上記のように言っていたのですが、実際のところはどうなのでしょうか。

なお、知人は、アダムとイブの物語に対しては否定的なニュアンスで、同性愛に対しては肯定的なニュアンスで話していました。

例に挙げますと、
「戦国時代は同性愛が当たり前だった、しかし西洋キリスト教が入ってきてタブー視された」
「紀元前のヨーロッパでは同性愛は否定されていなかった、あのソクラテスさえ同性愛の気があった、しかしキリスト教のせいで同性愛がタブー視され始めた」
「キリスト教が同性愛を否定したのは、単にアダムとイブの物語を肯定するためだ」
等です。

同性愛・異性愛の是非に関するご回答ではなく、実際にキリスト教に詳しい方に実際のところをお聞きしたいです。(聖書にこう記載されていた、等)
ご回答よろしくお願いいたします。

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A 回答 (3件)

同性​愛​行為​に​関する​聖書​の​規準​は​はっきり​し​て​い​ます。

神​の​言葉​は​こう​述べ​て​い​ます。

「あなた​は​女​と​寝る​よう​に​し​て​男​と​寝​て​は​なら​ない」。―レビ​記 18:22。

「神​は,彼ら​を​その​心​の​欲望​に​合わせ​て……恥ず​べき​性欲​に​渡さ​れ​まし​た。
その​女性​は​自ら​の​自然​の​用​を​自然​に​反する​もの​に​変え[まし​た]」。―ローマ 1:24,26。

「惑わさ​れ​て​は​なり​ませ​ん。淫行​の​者,偶像​を​礼拝​する​者,姦淫​を​する​者,不​自然​な​目的​の​ため​に​囲わ​れ​た​男,男​どうし​で​寝る​者,盗む​者,貪欲​な​者,大酒​飲み,ののしる​者,ゆすり取る​者​は​いずれ​も​神​の​王国​を​受け継が​ない​の​です」。―コリント​第​一 6:9,10。

同性​愛​的​な​欲求​を​持っ​て​い​て​も​い​なく​て​も,神​の​規準​は​すべて​の​人​に​当てはまり​ます。
神​を​悲しま​せる​行ない​に​強く​引か​れ​て​しまう​とき,だれ​も​が​自制​を​働か​せ​なけれ​ば​なり​ませ​ん。―コロサイ 3:5。
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「戦国時代は同性愛が当たり前だった、しかし西洋キリスト教が入ってきてタブー視された」



明らかに間違い。

江戸時代にも「陰間茶屋」などと言われた、男色専門の娼館が流行していますので。
かなり流行していた様で、享保の改革において、廃止されたほどです。

「キリスト教が同性愛を否定したのは、単にアダムとイブの物語を肯定するためだ」

そこまで断言する根拠は、甚だ乏しいですね。
そもそもキリスト教は「新約」であって、新約によって旧約はリセットされた形です。
従い、キリスト教において、「旧約(創世記)」のアダムとイブの記述が、そのまま尊重されているとは考えにくいです。

キリスト教に限らず、宗教的戒律は必要なのですが・・。
一方では、守れない戒律や守り難い戒律を作りすぎると、その宗教は人気が得られません。
その点、同性愛はマイノリティだし、摂理にも反しますので、宗教的禁忌としやすい性質です。
その結果、やはりキリスト教に限らずで、多くの宗教でタブーとされていると言うのが、宗教学上の総論的な答えです。
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キリスト教の中には七つの大罪という考え方があります。


「暴食」、「色欲」、「強欲」、「憤怒」、「怠惰」、「傲慢」、「嫉妬」ですね。

この中の色欲は、そもそも男女の性愛を想定しているのですが、それを避けて「禁欲的な生活」を送るために男性は男性のみの寄宿舎、女性は女性のみの修道院などに行き、神に祈る禁欲的な生活を送る、ということになっています。

ここに同性愛が入るとどうなるか、すぐにお分かりになると思いますが、もう全然「色欲」前回になってしまうわけです。同性愛者にとって、異性が居ない環境はそれだけでハーレムみたいなものでしょう。

そういう実際的な要求があって、同性愛は「タブー」とされてきたのです。

このようなことを聖書は分かっていたのでしょう。旧約聖書にも新約聖書にも同性愛についての記述があります。
旧約聖書 レビ記20章13節
「女と寝るように男と寝る者は、ふたりとも憎むべき事をしたので、必ず殺されなければならない。その血は彼らに帰するであろう。」

新約聖書 ローマ人への手紙1章26~32節
参考 http://www.berith.com/shuhou/roma/013-19980830.s …
特に27節には「同じように、男も、女の自然な用を捨てて男どうしで情欲に燃え、男が男と恥ずべきことを行なうようになり、こうしてその誤りに対する当然の報いを自分の身に受けているのです。」とあります。

現代のプロテスタントでは、ゲイを認める宗派もあるようですが、カソリックは認めていません(最近ローマ法王がすこし緩和しましたが)そういう違いも含めて、宗派などで若干の違いはあるものの、基本的には聖書に記載があるからダメ、という考え方です。
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