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たしかに人種差別や女性差別が決して許されることではないというのは理解できます。
黒人に生まれた人が白人になるのは不可能ですし、女性が男性になることも不可能ですからね。もし仮にできたとしても神様に逆らうことになるのでバチが当たると思います。

ですが学歴差別はある程度は仕方ない、いえ、正しいと思います。

そもそも大学院や学部を卒業している人たちは、専門学校や高卒の人たちより努力(勉強)をしています。
「大卒にも犯罪者はいる」とか「高卒でも素晴らしい人がいる」とは言いいますが、確率論で言えば高学歴の方が素晴らしい人は多いわけですし。
勿論、ごく稀に専卒や高卒でも成功している人(カリスマ美容師、カリスマシェフ、プロ野球選手、大相撲力士、工業高校や商業高校のトップ層など)はいますが、これは例外に近いケースです。
そして最終学歴中卒は論外です。

時々、自分が学歴が低いのを「病気や障碍のために大学に行けなかった」とか「家が貧乏で大学に行けなかった」とぼやく者もおりますが、前者には同情できますが後者は「奨学金制度を知らなかった哀れな人」としか思えません。

また海外に目を向けますとアメリカ合衆国(米国)は実力主義の国と言われていますが、「学歴も実力のうち」と考えられていますから実際には日本以上の超学歴社会です。
イギリスや韓国なども同様で、むしろ先進国の中で学歴を軽視しているのは日本だけです。
たしかに米国や韓国は共和国ですから日本の天皇家やイギリスの王室みたいなものは存在しませんが、学歴(大学院卒、学部卒、高卒、中卒)によって身分が設定される階級社会なのです。

「学歴社会の日本はクソだ」などとぼやいている人は本当に哀れだと思います。

皆さんはどうお考えですか?

A 回答 (21件中1~10件)

正直他人のことだからどうでもいいです。


その人と仕事をして何かできるのか、わくわくできるのか。
出来ないのであれば、高学歴であろうが、相手にしたくありません。
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それでも、大学での専門性を企業が求めないのですから、社会が学歴、いや大学教育での専門性を認めていないし、求めていないのですよ。



それだけに就職後の努力で専門性を高めていくこともできるのですが、求めているのは実際には営業だったり事務だったりする。

管理職といっても、ある専門分野の長で技術者をまとめて率いて、その部下の専門性を評価する、なんてのは稀。技術者ではなく技能者なら多少はあるのだけど、大抵の企業ではそれは係長クラスのお仕事で、その上にいる課長やら部長やらは専門外の事務屋で技術も技能も碌に評価できない。

学歴はその専門性を学んだり高めるには、就職前には有効に作用しているのだけど、就職後に全く作用しないのは大問題。学歴や経験をクソにしているのは実は日本の産業界で、専門性を無視して営業と事務屋を大量生産する。ちなみに事務屋は必要悪で、無いと困るけど、それが主役になってしまったり、変に力を付けてしまうと、それこそ生産性の無い寄生虫を大量生産する羽目になる。
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差別に繋がっている。



口には出さないが、高者が低者を内心バカにしている人が、高者内に確実にいる。
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随分極端ないけんですね。

はっきり言って学歴と人格に相関関係はありません。
 最低限の「読み書き算盤」能力は義務教育(中卒)で十分担保されますし、それ以降は世界をどう捉えるかという個人の「哲学」の問題です。学問なんて所詮は道楽ですよ。大学入試に対する勉強なんて数学除きほとんど答えのある問題に対する暗記の訓練みたいなものじゃないですか。大学の講義にしたって、「自ら学ぶ心」さえあれば1人で充分学ぶことができます。人間一生勉強です。有名大学に入学し一応の学歴を手に入れたところで、自分がやっと好きなことを学べる環境に入ることができたのに、そこで学ぶことをやめてしまうのは、ほんとに馬鹿の典型です。私は本当に賢い人というのは「自分がいかに無知なのか」を自覚している人、だと信じています、いわゆる「無知の知」ですね。これとは逆に最も愚かな人というのは「私は何でも知っている」と思っている人です。
 確率論でいえば高学歴の人の方が素晴らしい??「確率」の話を盛んにされていますが、確率というのはその母集団の取り方によってかわってくるのごぞんのこととは思いますが、どのようなデータを根拠にされているのでしょうか?そもそも「素晴らしい人」の基準は何なのですか、それを、どうやって比較できるのでしょう??まさか巷の学説を鵜呑みにされて論を展開されているわけではないですよね。
 いうまでもなく科学に限らずあらゆる学説は仮説にすぎません。そして大抵の場合、その論に都合の良いでーたのみを取り上げ論を展開しています。もちろんその論が正しい「可能性」がある限りその命脈を保っているに過ぎません、そもそも比較対象できない、人格の優劣を学歴ほの因果かんけで語るのは不合理です。それは単なるあなたの偏見に過ぎません。長々と失礼しました。
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どこの国にも学歴差別はありんすわいな(*゜Q゜*)‼️

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たとえが適切かわかりませんが、日用大工のお父さんに何千万もする家を建てましょうと言われたら、面白くない冗談と思うのが普通と思います。



建築士の資格もないのに何言ってるんだ!と食ってかかる人や、真顔で何千万も要求するお父さんがいたら、それはちょっと辛い感じになることがほとんどな気がします。
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#10です。

お礼ありがとうございます。

回答が多々ついていますが、どうも皆さん「学歴社会とはなにか?」を理解されていないように思います。

もし学歴社会じゃない社会ならどういう社会なのか?まずはそれを考えましょう。
簡単にいえば階級社会で家柄などで仕事が決まり、収入も決まる社会か、武力闘争ですべてが決まるような社会か、宗教的な階位で権力が決まる社会になります。

つまり「個々人が自由に自分の力で高い収入を得たり、幸せな生き方を選ぶことができない社会」です。

学歴社会というのは、この逆で「学問を中心に、それ以外のことを含めて《個人の実績》が評価される世界」を言います。

だから日本や欧米は学歴社会で当たり前、逆に途上国だと家柄とか出身民族とか所属宗教などで高い地位に行けるかどうかが決まるので、学歴社会とはいえません。
 インドはカースト制度が強く、最底層だと貧困から抜け出せませんが、唯一それを解消しているのが学歴であるわけです(低カースト出身者はインドの大学に有利に入学でき、奨学金なども貰えます)

その上で《個人の実績》をどのように測るか?という度合いで「学業を修めたレベル」を強い評価基準に持つのが「超学歴社会」です。

アメリカは他の方も指摘していますが、学歴があるほうが生涯年収で有利、つまり「学力がある=実力がある、と見做す社会」であるわけです。

他の国でもたとえばフランスはグランゼコールに入学しないと官僚になれず、他のエリートコースにも進出しにくい社会です。日本で言えば東大卒のようなものですが、日本はどんな大学を出ても公務員一種試験に受かれば官僚になれます(ただし、出世は学閥などの影響もあります)

こういう国である日本は「学歴社会=個人の実力社会」であることは確かですが、欧米のような「学歴で判断する階級社会」ではありません。

この部分を理解できていない人が多すぎますよね。
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黒人に生まれた人が白人になるのは不可能ですし、


女性が男性になることも不可能ですからね。
ですが学歴差別はある程度は仕方ない、いえ、正しいと思います。
 ↑
頭の良し悪しや、努力出来るか否かも
遺伝だったらどうします?




時々、自分が学歴が低いのを「病気や障碍のために大学に行けなかった」
とか「家が貧乏で大学に行けなかった」とぼやく者もおりますが、
前者には同情できますが後者は「奨学金制度を知らなかった哀れな人」
としか思えません。
 ↑
○ただで大学へ行く方法
成績優秀者であれば
「防衛大学校」、
「防衛医科大学校」、
「気象大学校」、
「海上保安大学校」
に進学すれば、学費&生活費無料で
更に給料が貰える環境で、
学び続けることができます。

「自治医科大学」も条件を満たせば学費無料です。
その条件も、地元での医療業務に
9年間従事するだけですのでハードルは高くありません。

国公立大学に進学して授業料免除を申請する。
授業料免除が通る人は、奨学金も無金利で貰える
条件になるはずなので、
後は週3日程度バイトすれば十分に学生生活可能です。

夜間大学で授業料免除をもらいながら学ぶ。

専修大学のスカラシップ入試。
受かったら4年間学費はタダです。

神奈川大学の給費生入試。
ここも4年間タダです。受かれば。




また海外に目を向けますとアメリカ合衆国(米国)は実力主義の国と言われていますが、「学歴も実力のうち」と考えられていますから実際には日本以上の超学歴社会です。
 ↑
日本では男性の生涯賃金平均は高校卒業者で2億6千万円、
4年制大学卒業者で2億9千万円(労働政策研究・研修機構調べ)ですが、
米国国勢調査によると、
アメリカでは男性の生涯賃金平均は高校卒業者で140万ドル、
4年制大学卒業者で250万ドルと、アメリカの方が日本よりも
学歴の違いによる給与の差が大きくなっています。

中学卒 1億9400万円 1億3750万円
高校卒 2億730万円 1億4640万円
高専・短大卒 2億1450万円 1億7530万円
大学・大学院卒 2億7000万円 2億1670万円
データ 「ユースフル労働統計-労働統計加工指標集-2017」




「学歴社会の日本はクソだ」などとぼやいている人は
本当に哀れだと思います。
皆さんはどうお考えですか?
 ↑
この豊かな日本で、低学歴というのは
確かに、自分に問題があるひとが
多いでしょう。

機会均等は、かなり図られていると
思うからです。
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「受験勉強をしたこと」が「努力」というのは飛躍しすぎです。

米国でもそう考える学生が増えていておかしいという,サンデル教授の著書もあります。自分の努力で,大学に合格できたとか大手に就職できたと考えるのは,ちと飛躍があるとのことです。学歴も実力のうちと捉えることに疑問を呈しているのがサンデル教授の著書のようです。そのような考え方が分断やら格差やらを生んでいるだけで,ちっともポジティブな考え方じゃないんではないかとね。そして,高卒の人達を「努力しなかった人達」ととらえるのが「差別」です。
 高卒と大卒に期待する能力は全く違います。どちらもいないと社会も会社も成り立ちません。例えば大手メーカーが大卒だけだと製品は造れません。単に企画・計画しかできないから。逆に大卒がいなければすぐに淘汰されるでしょう。そういう役割分担を,大卒者と高卒者には期待して,大手はもちろんどちらも採用して適材適所の仕事を当てているわけです。差別ではなく区別。そしてどちらもいないと社会は成立しません。学歴で人を判断しているのではなく,仕事の内容を分けているわけです。簡単に言うと,大卒には企画・計画からの総合職的仕事ができないと困る。高卒には専門職的仕事ができないと困るわけです。
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今の社会をクソ扱いするのは哀れだ。


全く持ってその通り。
後から奮起しても遅い。
年齢毎の経過点でしか得られない努力と結果がある。
過ぎた事はどうにもならず、その結果も覆しようがない。

大卒。
しかし、何卒だろうと勉強して来た「だけ」と言うのなら大した差はない。
勉強って作業が得意なだけなんだから。
最悪、入学がゴールで そこから価値が下がったスカスカな学生が社会に送り出されてくる。
学歴ブランドのラベルだけで優秀かと言うとそうでもない。
だから、学歴フィルタを使いつつも絶対視していない。
重要視したいのは未知と危機に直面した時の突破力だが、無難に生きる考えが多く頼れない。学歴競争の結果が参考にならない。中高の時の様な突破力を見せてくれると心強いのだけど。

中卒高卒。
過去はさておき未来は別。
25歳前であれば、大卒社会人の4倍行動したら勝てるよ。
2倍じゃ届かない。
3倍で戦える。
4倍で勝てる。
例えば大卒と同じ成果出しても同じ評価されない。ブラックに泥臭く生きるしかない。
学歴社会はそれだけ浸透してる。
選んだのは子供だったとはいえ自分自身。
それでもやれば勝てる。
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