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●把構文と目的語主題化構文
皆さん、毎回、丁寧な回答を有難うございます。質問しながら考えている状態なので、また、記載制限のために十分意図が伝えられず、不明確な質問となって何時も申し訳なく思っています。

さて質問です。
「我 把所有的台詞 都 記住。」と「所有的台詞 都 記住。」のニュアンスの違いは何でしょうか?

自分ながら推測するに、
○前者は動作(処置)を強調 :「すっかり記憶したんだよ」、所有している台本を。
※ ゆえに文法書で、(1)目的語は特定されていること、(2)動詞も補語等で修飾されていることと記述されているのかな?結局、(1)や(2)もその目的は、動作を具体的なイメージ化すること。その具体的な手法の一つということかな?
○後者は目的語を主題化し強調:「その所有している台本をね」、すっかり記憶したんだよ。
という感じなのでしょうか?
以上の理解の間違いを御指摘頂ければ。

A 回答 (1件)

基本的に、その通りに理解すればよいと思います。


「イメージ」については、どういうイメージかは見えないので、わかりませんが。(笑)
倒置は、倒置している部分が強調されます。
処置文は「ある特定の物」を「どうする(した)のか」ですね。「どうするのか」の部分が期待はずれではいけないわけです。

ここでの「特定のもの」は、他の質問であったような、話者間で共通認識がある場合の「単なるもの」でも表現上は構いませんね。
「把飯喫完ロ巴!」と言えば、今目の前にある「食事をたいらげなさい!」ということになるでしょう。

この回答への補足

いつもありがとうございます。御指摘を受けて、イメージがふくらんできます。

さて、動詞後の了は、前の動詞(=文法としては動詞、意味としては動作)を強調しているわけですよね。
強調するには、当然、強調するに足る内容でないと違和感を感じます。
強調するに足る内容というのは、「誰がいつどこでどうやって何を」どうする という具体的な場面が見えるということか。
具体的な動作を表現するためには、状語を使ったりして、前から動詞を修飾するのが一つの方法。
もう一つの方法は、目的語を対話者間で具体的にイメージ出来るものにすることによって(量詞をつけたり定語をつけたり)、具体的な動作を表現する方法。
これは、ある意味、目的語によって、後から動詞を修飾していると表現してもいいのでは?
目的語について「動詞を修飾」というとらえ方をするのは普通ではないかもしれませんが、動作を具体的イメージにするという作用において状語と同じ作用をしているという意味では、動詞を修飾していると表現しても間違いではないかと思います。

つまり、動詞を前から後ろから修飾することで、具体的な動作の表現とするということでしょうか。

こう考えると、
「食べるんだ・・・ポツリ・・・《三杯の》飯をね」が違和感がなくなるという説明より、目的語に量詞や定語があることによって違和感がなくなるという場合だけでなく、前に状語が付くことによっても違和感がなくなるという場合も含めて、統一した説明ができるかと思います。

それに、中国人は中国語を機関銃のようにしゃべりますし、日本語でも実際に会話を聴いて理解するとき、一つ一つの単語の意味を理解していっているというよりも、単語の固まり全体をイメージ=意味として認識していますよね(いわゆる超速読法が可能なのもそのおかげ。)。
想像ですが、動詞とその前後周辺の言葉を聞いて、具体的な動作・場面をイメージしているのではないでしょうか?

そして、その意味の固まりが、強調するに足る新しい情報がないと、「で何?何かあるんでしょ?」と違和感を感じてしまうのではないでしょうか?

補足日時:2005/12/10 00:22
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