- 教えて!goo >
- 社会 >
- カルチャー >
- その他(カルチャー)
参詣の帰りに鐘を撞いてはいけない?
題名の通りですが、「参詣の帰りに鐘を撞くのはよくない」
というのは何故でしょうか。
鐘は本来”行事”の前に撞くもの(「これから参詣します」の意を伝えるのは”鰐口”)と理解しています。
「行事の開始・朝晩の時刻告知・除夜の鐘 以外で鐘を撞くものではない(=参詣前であろうがやたらと鐘を撞くものではない)」というのならばわかります。
が、何故「帰り」限定の戒めなのでしょう。
他になにか意味があるのでしょうか?
(「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」的な・・・)
回答(3件)
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示
No.3ベストアンサー10pt
こんにちは。。
仏事関係の業者で働いています。梵鐘のような大きなものは扱ったことはないのですが・・・
仏教は、インド・中国・日本という文化も民族性も異なる国々を伝わってきた関係上、いろんな慣習や意味合いが混じりあっています。
ですので、どこまでが本来的な意味合いで、どこからが通俗的であったり後付けされたりした意味合いなのかという線引きは案外と難しいのだな、と感じています。
インドでは木製の本体を撞木で打つ鳴り物があったことが知られています。また、経典にはいろんな種類の鳴り物が出てくるものがありますが、それがいま日本のお寺で使われている鳴り物と同じものかどうかは、不勉強なものでよくわかりません・・・
少なくとも、インドには釣り鐘状の鳴り物はなく、鰐口に相当するものもないと思います。
鳴り物はもともとはご質問文に触れられているように時刻・いろいろな時期・タイミングを知らせるものだったと思いますが、仏様に来訪を知らせる、注目してもらうという意味も確かにあります。
また他方、その音色自体が供養になる、単なる音だけではない何事かの効験があるという考え方も、かなり早くから出てきたようです。
ただ、鳴り物別の役割分担(?)というのは、だんだんとなんとなく分化していった感じで、話しがややこしいです。
鰐口も神社のデカい鈴に対応するように吊るされていますが、役割としては後付け的な感じだろうと感じています。
霊場などで「戻り鐘」と言って参拝してから鐘を撞くことを禁忌としていますが、説明としてはご回答にも挙がっているように、帰りに呼び鈴を鳴らすという感じになるのだと思います。
ご質問者さんがおっしゃるように、鐘の用いられ方が変化していると言ってもよいだろうとは思うのですが、それは相当に前からのことだと思います。
鐘楼と山門が合わさった鐘楼門という建築様式がみられることとも通俗的な解釈に関係あるのかな?と思うのですが、これもよくわかりません。門の上に釣り鐘があるわけですから、いかにも「呼び鈴」風に見えますが。(あれはスペース効率?が良いですし、鐘が高いところにあるので良く響くという、なかなか考えられた建物だと思います。)
意味合いが異なるといえば、釣り鐘の音色は、人の邪心や煩悩を祓うとされ、除夜の鐘などはそういう意味合いで撞くわけですし・・・
刻の鐘として撞くのではなく、普段から参詣者に自由に鐘を撞いてもらっているお寺さんの場合、参詣者にその音色を聴いてもらい、煩悩を祓い、浄心を顕わにするために撞いてもらっているのだろうと思います。
ですので、自分の個人的な感じとしては、鐘を撞いて心身を清めてから本尊様を礼拝するのが流れとして自然だ、という意味合いも含まれるのかなと思うわけですが。あくまで個人的な心証です。
長い割りに、えらくあやふやな話しで恐縮なのですが。では。
この回答へのお礼
アドバイスありがとうございます。
皆さんの回答ですっきりしました。
【へそ曲がりの独り言】
梵鐘を鳴らした後に鰐口も、というのは「呼び鈴鳴らした後にドアをノック」してるようなものですね。(^^ゞ
No.1の回答者がおっしゃるとおり,友達の家に遊びに行って,帰りに玄関の呼び鈴を鳴らさないでしょ。それと同じです。
「夜に爪を切ると親の死に目に会えない」というのは,夜は明かりが弱くて暗いから,その時に爪を切ると深爪をしたり,身を切ったりするので,止めなさいという戒めの言葉ですから,全く意味が違います。
この回答への補足
ご回答ありがとうございます。
No.1の方のご回答に対して補足をつけましたが、そちらについてはいかがでしょうか?
この回答へのお礼
皆さんのご回答で納得しました。ありがとうございます。
(2007/03/03)
No.1ベストアンサー20pt
鐘楼で鐘を突くのも鰐口同様「おーい拝みに来たぞー、拝むぞー」という合図なので
参拝後に鐘を叩いて帰るのはNG
呼び鈴ならして逃げるのと同じです
だから「夜に爪切るな」という迷信とは大違いです
この回答への補足
ご回答ありがとうございます。
「鰐口同様」とのことですが、これは
「梵鐘は本来そういう使い方はしなかったが、いつのまにか鰐口と同じような意味をもたせるのも”あり”になった」と解釈してよろしいのでしょうか?
この回答へのお礼
皆さんのご回答で納得しました。ありがとうございます。
(2007/03/03)
- 最新から表示
- |
- 回答順に表示
- |
- ベストアンサーのみ表示











