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中高年になると、身の回りの友人・知人でも亡くなる方が増えていきます。
特に気候不順の時期になると、毎週のように、誰か知っている人が亡くなるという事態だって起きかねません。

こうした事態に皆様は、どのように対処されているでしょうか?
全部の葬儀に参列するのも、こちらの身が持ちませんし、正直、香典費用もバカになりません。
皆さんは、どこまでの知り合いだったら、その人の葬儀に参列しますか?

特に悩ましいのは、現在、仕事上や趣味上、或いは家族でのつきあいのある人々の葬儀には、参列すると思うのですが、現在ではなく、以前属していた会社やグループでつながりのあった人々の葬儀に参列するかどうかです。たとえ、今は直接会う機会がなくても、メールや手紙(年賀状など)で、行き来のある人々のことです。

皆様には、何か、ここまでの知り合いだったら、その人の葬儀に参列する、という基準はありますか?
それとも、そんな機械的な「基準」ではなく、単純に、その人との「親密度」や「その人を失った喪失感」を以て、参列するかどうかを決めておられるのでしょうか?

又、参列しない場合、別途香典や供花を送ったり、弔電を打ったり、お悔やみのお手紙を出したりしますか?

最後に、こうした参列するかしないかを判断する際の「迷い」の原因の一つに、正直、「香典」があると思うのです。私は、自分や家族の葬儀には、出来るだけ多くの人に来てほしいので、香典・供花は一切辞退したいと思っているのですが、皆様は如何ですか?

質問者からの補足コメント

  • お礼に、「勿論」が二度続きましたね。又、「ジミ婚」と言ったのは、勿論(あ!)「ジミ葬」の誤植ですので、訂正します。

    No.3の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/11/23 19:41

A 回答 (6件)

自分でお参りにお伺いしたいと思い、また、それが可能であれば、お参りします。


高齢になると、家族も高齢になるので、その世話で伺えないこともあります。そうした時やご遠方の時には、御供ものをお届けすることもありますが、お悔み状で失礼することもあり、お電話でお悔みを申し上げようと思っても、ご連絡のつかない場合には、何もしないこともあります。TPOです。
尚、参列する時に、あまり悲しみの感情は持ち込みません。
むしろ、楽しかった思い出、お世話になったご功績を想い出すようにして、感謝の念で臨んでおります。

尚香典・供花は、それぞれの想いですから、何も制限をしません。前もってご遠慮された場合には、それに従うこともありますが、特に仰らない場合には、世間相場で行います。
また、お供え物やお参りをご辞退する場合には、喪主側でしたら、そもそも、お知らせしません。
お知らせする時には、受けた方の想いも、有難く受けるものだと思いますから、その時には丁寧に行います。
また、ご事情でお参りできない方がおられても、極端な話、たった一人で見送ることになっても、そんなことにはこだわりません。
最期に自分一人になった時の身の処し方も考えており、葬儀に拘りません。あくまでも、生きていた時の御礼の気持ちを大事にしたいと思っております。ただそれだけです。
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この回答へのお礼

有難うございます。まあ、ある程度のつきあいのあった方で、出席が可能であれば、世間相場の香典を用意して、弔問に訪れるのが妥当な所でしょうね。私は、通夜・葬儀とも都合が付かなかったので、香典にお悔やみ状を同封して、旧知の喪主宛お送りしました。まあ、可能な範囲で対応するのが、浮世の義理を果たすことになるのでしょうね。
それと、生きている間に相手にいかに付き合うかが大事と言われますが、そうは言っても、私は、自分や家族の葬儀には、出来るだけ多くの人に来て頂きたいです。(前の質問に挙げた私の過去問をご覧ください。)従って、自分がそうしてほしいこと(葬儀に参列すること)を、他人にも実行したいという気持ちが強いのです。

お礼日時:2015/11/25 21:33

#5 補足


>私は、自分や家族の葬儀に香典を辞退しても、沢山来て頂きたい、という気持ちには変わりはありません。との想い
それぞれのお気持ちですから、そうなると良いですね。

尚、お参りに行く時、手ぶらで良いから行こうかというのは、考えていません。

現実問題として、理想的な大往生する方は、長生きですね。
となると、その方を知る方も、お参りに行こうと思う方も、高齢になるわけです。
しかも、人間て弱いもので、寒い時や暑い時に、残念なことは起き易いのです。
私も若い時には、自分のことも、いろんなことを考えました。
そして、幸いにも、長生きして、さまざまなことを教えていただいております。

そうしている内に、高齢になってのお参りは、ご遺族の主催者側(喪主等)も、参列なさる方にも、多くのご負担がかかるものだと、つくづく思います。
最近、ご高名な方が、密葬やら家族葬でお済ませになられるのも、参列なさる方々への一つの配慮かとも思いました。

それでも、そんなことを気にせずに、盛大にお別れしたいんだという想いも、ご立派です。
いろんな生き方があるんだと思いますね。

但し私の場合には、なるべく少ない人数で、最小限のことを執り行い、その後で、特定にお願いした方より、自分の遺稿集を御礼のお品と共に届けていただくよう心掛けております。
法事はもちろん行いませんが、墓地の管理等については、生前に一切のことを、なるべく具体的に決めておくように考えております。勿論万一のための法的対応も含めての話です。
自己責任を果たすことで精いっぱいで、全く夢はございませんので、参考にはならないかもしれませんが、別の生き方もあるという一例です。

どうか良い人生を送ることができますように。ご健康とご多幸とご平安をお祈り申し上げます。
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この回答へのお礼

再度ご回答頂き、有難うございました。
葬儀や法事は大変手間のかかることだというのは、多くの方が経験されている所だと思います。
幸い、今は、葬儀屋のシステムが発達しており、かゆい所に手が届くように、全て取り計らってくれる時代になっています。
それでも、人の死は、遺族にとって大変悲しく、又、生きる希望を失うほど辛いものです。
ですから、自分が死んだあと、遺族の負担が少しでも軽くなるよう、自分の出来ることは取り計らっておくことが大切だと思います。
遺言や、最近はやりの「エンディングノート」などで、自分の考え、意思を明確にしておくことも必要でしょう。

又、故人が長命の場合、当然、参列する人も年配の方が多く、足元がおぼつかないことも考えられますので、配慮は必要かもしれませんね。
それでも、参列してくれるかどうかはともかく、なるべく多くの人に、訃報を伝えることはしたいと思います。それを、連絡を受けた人が煩わしく思うか否かは、こちらの問題ではなく受けた人の問題であり、気を遣う必要はない、というのが、私の考え方です。

お礼日時:2015/11/29 19:01

No.1です。



遺族があなたのことをよく知らなければ、手紙よりは「お金」の方を喜ぶでしょうね。よほど親しい関係ならありかも知れませんが。
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この回答へのお礼

再度有難うございます。遺族も良く知っていますが、今付き合っている訳ではありません。夕刻の通夜の日には外せない先約があり、翌日の葬儀は昼間にあるので、仕事を持っている私には抜けにくいです。

お礼日時:2015/11/23 19:46

>>皆様には、何か、ここまでの知り合いだったら、その人の葬儀に参列する、という基準はありますか?



参列できる距離に有る場合、参列するかしないかを選びます。
参列できない距離に有る場合は参列しません。香典、献花、弔電等もしません。(私個人としては。何らかの会が有るなら、代表者にお任せします)
参列できる距離に有る場合、後で自宅にお伺いしてお参りさせて頂く場面が有るようなら、葬式に参列します。
案内が来たら当然参列します。

>>こうした参列するかしないかを判断する際の「迷い」の原因の一つに、正直、「香典」があると思うのです。私は、自分や家族の葬儀には、出来るだけ多くの人に来てほしいので、香典・供花は一切辞退したいと思っているのですが、皆様は如何ですか?

香典を辞退しても、受付を頼まれた人はそうきつく辞退も出来ないでしょうから、お返しは準備しなくてはなりませんよね。
それより慣習に従ってお葬式だけを執り行う事で、かなり参列者の出費が抑えられます。
葬式は、亡くなった本人が差配できないので、周りの人が面倒だと思えば家族葬や直葬と言う名の貧相な葬式になっちゃいます。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

確かに、香典の発祥が、急な葬儀費用の出費と言う困った状態に対しての互助的な意味があり、遺族にとって大変助かるのは認めますが、一方ではお返しの算段は、並大抵のものではないと聞いています。ですから、ある程度の参列者が見込める場合、葬儀費用の調達に心配が要らない場合は、香典・供花を辞退するのが、楽な方法だと思います。一旦、辞退すると言えば、受付にも徹底して、ご持参頂いても、一切受け付けないようにすれば良いと思います。(それで相手が良く思わなくても、それはこちらの責任ではなく、相手側の問題です。)勿論訃報にも断り書きをして。勿論、直葬や密葬などジミ婚は大嫌いです。葬儀は盛大にするのが、せめてもの死者に対するはなむけだと信じています。(No.1さんのお礼に挙げた私の過去質問を見て下さい。)

お礼日時:2015/11/23 19:38

>皆様には、何か、ここまでの知り合いだったら、その人の葬儀に参列する、という基準はありますか?



これは、ひとによるでしょう。
私は、会ったこともない人の葬儀には出たことはありませんが、
見知った人なら、知らせがあれば、どんな人の葬儀でも、出るようにします。
ただし、仕事や自分の都合が優先されますので、出られないときは、出ません。
親類、近親者であれば、会社に言っても不都合がなければ当然出ます。
私の会社の規則では、3親等までなら、休暇が出ることになっていますので。

香典については、知り合い程度の人に、何千円何万円も、出しますか?
私なら千円か二千円程度です。葬儀に参列するだけなら、香典も出すことはありません。
あまり気にする必要は無いと思っています。
会社の知り合いが亡くなった場合ですが、みんなで千円くらいずつ出し合って、葬儀に出るという感じです。

これは、あくまで私の基準ですので、全ての人に当てはまるわけではないと思いますが。
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この回答へのお礼

「見知った人なら、知らせがあれば、どんな人の葬儀でも、出るようにします。」とは一貫した立派な姿勢だと思います。・・・それが「浮世の義理」というもんでしょう。ただ、手ぶらや二千円程度で参列するというのも少し気が引けます。私は、時に、所属教会でのキリスト教式の葬儀に、聖歌隊として、香典なしで、堂々と参列しますが、やはり、一般的には少し勇気がいるように思います。ですから、私は、自分や家族の葬儀の際は、そんな心配なく、心置きなく、多くの人に参列してほしいと思うのです。

お礼日時:2015/11/23 19:27

私は、おそらく質問者さんと同年代と思いますが、全く同じように悩むことがあります。



明確な基準はなくて、その時の状況と「相手次第」の部分はありますね。親族や親しい友人は別にして、一般的なつきあいの場合は、告別式に参列するであろう人達と自分の関係性も条件の一つかもしれません。
つまり葬儀会場で挨拶すべき人がどのくらい来るかといったことですね。

参列しないと決めたら、香典や供花などもしないでしょうね。その程度の関係性なら、お返しで遺族に面倒をかけたくないという思いがあるからです。

香典辞退は私も考えます。最近このケースが増えつつありますね。
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この回答へのお礼

早速有難うございます。告別式に参列するであろう人達と自分の関係性・・・これは一つの大事な条件だと思います。
相手に却って負担をかけさせたくないというのもわかります。
私は、手紙を(香典を入れずに)書こうと思っていますが、それでも相手の負担になると思いますか?

なお、私は、自分や家族の葬儀に香典を辞退しても、沢山来て頂きたい、という気持ちには変わりはありません。
(ご参考)私の過去質問:皆さんは自分の葬式に沢山来てもらいたいですか? http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8044754.html

お礼日時:2015/11/23 19:22

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