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【長谷川豊】私のコラムは「炎上」ではありませんよ(笑)?

【長谷川豊】私のコラムは「炎上」ではありませんよ(笑)?Amebaさんがこんな記事を配信してくださいました(笑)。

■長谷川豊アナのブログは炎上ではない 議論が活発になればいい(Amebaニュース)

(http://nifty.jp/1SZlF8K)

いやいやいや(苦笑)。私、全く「炎上」なんてしたことないですよ? 批判が殺到することを「炎上」っていうのだと思いますけれど、「一部の人間が的外れな誹謗中傷を書き続ける」ことは「炎上」って言わないと思います。私の場合はそれですのでね。

私は「自身の意見」をしっかりと表現するように心がけています。それらは「私自身の意見」ですので、言うまでもなく1億2700万通りの意見がある日本においては「反論」もあるでしょうし「異論」も存在します。
そしてそれらの意見を自由闊達に戦わせ、多くの意見の中でみんなが進む道を探っていくことこそが民主主義国家の基礎中の基礎です。

中には反論一つせずに私の誹謗やバカにするだけの書き込みをしている人たちがいますね。可哀想な人たちですが、そんな人もいていいのです。だって、その人たちはすでに私に完全に論破されている人なのですから。反論できる人は冷静に反論してきますので。反論する能力すらない人たちなのです。相手にする価値などないのです。

時として、私のコラムに対して「上から目線だ」「不快だ」という感情的な書き込みがあります。これも私はいろんなところで宣言している通りで、あえて「イラッとするコラム」を書いているのです。
私は日本語を使い日本語の専門家として東京キー局をはじめ、今は多くの媒体で働かせていただいています。その中で一つ感じたことがあります。

当たり前の表現は「当たり前の言葉」にしかならないのです。
「当たり前の言葉」は「どこにでもある言葉」にしかなりません。

もし、あなたがしっかりと考えてほしいことがあったとしましょう。その媒体がNHKで、毎日視聴率が15%ある番組だったとしましょう。私ももちろん、その場であれば正確で「当たり前の言葉」を紡ぐでしょう。人を傷つけないように煽らないように言葉を紡ぎます。それらは「見て頂くことが当たり前」の番組ですと当然の配慮です。

逆に、自由な表現空間が広がるネット社会では「当たり前の表現」はただの「流れていく言葉」でしかなかったりします。表現したいのであれば、まず見てもらわなければいけません。

皆さんも私のコラムを見て「言葉がきついな~」と感じるときがあると思います。それでいいのです。それで腹を立ててください。そして、その奥にあるテーマを自分なりに「考えて」ください。「流れてしまって」は、「考えない」のです。私はそれではいけないと思っているのです。
これからも嫌われていきます(笑)。私のコラムのファンの皆様、ガーガー批判されるハセガワを、今後も楽しみにしておいてください。

長谷川豊 (Hasegawa Yutaka)

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