マンガでよめる痔のこと・薬のこと

 松島奈々子主演の「リング」ですが、最後はどういうラストと解釈すればいいのでしょうか?。

 結局、真田広之の死によって呪いが解けてないと気づいて、息子の呪いを解く為に自分のお父さんに見せる事にしたって事なんでしょうか?。

 あと、松島奈々子は何で死ななかったんですか?。
 ダビングしたのを真田広之に見せたんでしたっけ?。
 私の記憶ではダビングしていないビデオを一緒に見ていたように思うんですが・・・。

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A 回答 (6件)

最後はおっしゃるとおり、究極の選択により親に事情を説明して見せることを決意して車で向かっていくシーンで終わっていくと当方は判断していました。


松島奈々子が死ななかったのはたぶんビデオを真田に見せたからでしょう。
それがダビングしたものでも原本でも、貞子的にはどちらでも良かったのではないでしょうか。
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NO.5に記入したものです。



ついうっかり・・・質問の趣旨とあまり関係のない、しかも作品のネタばれになることを書いてしまいました。
お恥ずかしい限りです。
すみませんでした。
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NO.4さんに補足します。

 (ネタばれになります。覚悟の上ご覧ください。)

私は全巻を読みました。 
主人公の息子がおじいちゃんおばあちゃんにダビングして見せたにもかかわらず、なぜ死んでしまったか・・・・のろいのビデオに4人の高校生たちがいたずらでテレビCMを録画してしまったため、不安定なウィルスの性質同様、のろいのビデオにも異変が起きてしまった。 ダビングを重ねることによって、異変が顕著となり、ダビングしただけではのろいがとけなくなってしまった。

(以下、かなりネタばれになるので、要注意)
「らせん」を最後まで読むと詳しく分かります。

ビデオをみると体の中に「リングウィルス」なるものが発生し、それが死をもたらす。
けれど、最初の犠牲者とあとの犠牲者のウィルスを比べると変化している。
ウィルスの伝染も、ビデオというマイナーな方法から、変化していきます。

「ループ」までくると話がかなり理解不可能になってきますので、読むのなら「らせん」までのほうがいいと思いますよ。
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 松嶋奈々子主演の映画では、主人公(=松嶋)とそのサポート役(=真田)が


原作とは少々関係が違うのですが、やはり結末の解釈は同じだと思います。

 ラスト、主人公が車にビデオデッキと元凶のビデオを積み込み、道路を走らせ
ながら、実家に電話してますよね?
 あれはつまり、自分の親に事情を話し、息子の生命を救う為に、犠牲になって
ビデオをダビングし、それを観て欲しいと頼みにいったのだと思われます。

 主人公(=松嶋)が何故死ななかったかについては、NO.2さまが仰るように、
少々ネタバレなのですが、「リング」の次作「らせん」で明らかにされており、
呪いを避ける方法というのは、『貞子の呪いを増殖させ、世に広める行為をする』
ということだと推測されます。
 だから、元凶のビデオをダビングしてコピー版を増やし、それを自分以外の人
(つまりこの場合は真田演じる元夫ですが)に見せるという行為をした時点で、
主人公の呪いは避けられたわけです。(原本を観たとかダビングを観たとかに関わらず)

 (以降、ネタバレ含みますのでご注意を)

 その後、主人公が交通事故で死亡するのは、車の運転中、同乗していた息子が
死んでいるのを発見した為であり、息子は貞子の呪いで死亡したものと「らせん」で
明らかになります。
 何故、息子は呪いを避けられなかったか。
 それは恐らく、息子の為に犠牲になってビデオをダビングし、それを観た、主人公の親が
呪いの一週間が来る前にダビングビデオを世に出ないよう処分して、自殺して
しまったからではないかと思われます。
 つまり、主人公の親からそれ以上、呪いが増殖することを防いでしまった為、
息子の呪いを避ける為の『増殖及び世間に広める行為』には至らず、これで息子は
助かるとばかり思っていた主人公は、運転中に息子の死を知って動揺し、事故を
起こしてしまうわけです。


 ……というところが回答ではないかと思うのですが。
 やはり、明確に納得したいのであれば、原作を読んでみることをお薦めします(笑)
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これは、ウィルスと同じで増殖させて広げていくのです。


松島菜々子は、原本も夫に見せましたが検証のため
ダビングしたものを渡しています。
この時点でノルマを果たしているのです。
したがって、息子の呪いを解くために息子にダビングをさせ 両親に見てもらう為に車を走らせたのです。
ダビングしただけでは無く、見せなければダメなのです。
これを繰り返して行ったらどうなるのか・・・というのが
この話の怖いところですね。
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ネタバレになっちゃいますが、


確かに、呪いが解けてないので祖父母にみせようと高速に乗りますが、
次作の『らせん』で
松島奈々子の子は、高速を走っている途中で死んでしまいます。
松島奈々子も事故って死んでしまいます。

松島奈々子は、確かに初日に見た呪いは解除されていましたが、その後に見た呪いは解除されてなかった為、死んでしまったのではないでしょうか?
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Qらせんの最後と、リング2のストーリーって?

わかりやすく言えば
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       |
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こういうことなんですか?

1.らせんでは変な終わり方をしてますよね?恋人が復活して終わり。これは貞子2人なんですか?死因は?問題は解決しなかったんでしょうか。

2.リング2ではリングの続編なんですか?らせんとリング2と別の続編があると考えていいんですか?

Aベストアンサー

わ。
今他の所に書いたばかりです(笑)

で、回答は
1・
問題の解決はしていません。また、ある事情で死んだ子供も含めて簡単に生き返る事が出来る世界だってのが前提です。貞子はあの時点では増殖し続けていますし。これは原作の三冊目「ループ」を読まなければ絶対に意味が通じません。あの映画で結論を理解できないのは当たり前です。
2・
原作は
リング(時系列で二番目)
らせん(時系列で三番目)
ループ(時系列で一番目と最後)
となっておりますが、映画では最後の種明かし的なループをやる積りが無かったのか、中途半端な解決をさせています。
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Aベストアンサー

お答えします。

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次に2ですが、これは夢です。

そして3ですが、飴玉の意味は、美々子は人を傷つけては看病する病気の持ち主なので、妹と同じく看病のときにあげた飴玉です。
入院させたので看病で飴玉をあげました。
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リング
らせん
リング2
リング0(バースデイ)
「らせん」というのが、なんとなくサイドストーリーみたいな感じがするのですが、また、「リング0」はエピソード1みたいな感じなので、最初に観たほうが面白いのかな?などと迷っています。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

映画版、「リング2」と「らせん」は、共に映画版「リング」の続編と言う位置づけで、同じ時間軸、同じ出演者で作られていますが、パラレルワールドです。
同じ題材を、違うストーリーで二本作ったと言う事ですので、「リング2」と「らせん」は繋がってはいません。

違いは、「らせん」は原作の設定に準じて手直しをした物、「リング2」は、映画の「リング」の続編と言う設定で原作には無い物語を創作した事。

双方、誰の主観で見るかが異なる等と言った程度の違いではなく、登場人物が同じと言う事と、映画版の「リング」の事実を受けて始まるという所こそ同じであれ、全く違う物語なので、どちらが先…と言う事は関係有りません。

ただ、このシリーズは原作の「ループ」まで映像化する事を前提として作られてはいない為、一作目の「リング」の時点で既に原作に合わせると整合性の無い変更などが行われていますので、原作に寄り添う形の「らせん」は原作に比べて説明不足で、また、原作自体が「らせん」での整合性を整える形での完結編、「ループ」有りきで初めて全体像が理解できる作り(元々は最初から三部作の構想では無かったようですが)なので、映画作品として見る限りに於いては「リング」→「リング2」と見るのが分かりやすいし、流れも良いでしょう。

それでもっと見たければ「らせん」…と。

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原作、映画、共に一作目で終わっていた方がすっきりした作品群の一つです(笑)

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「リング」→「らせん」→「ループ」→「バースデイ(映画版のリング0含む)」が良いでしょう。

映画版、「リング2」と「らせん」は、共に映画版「リング」の続編と言う位置づけで、同じ時間軸、同じ出演者で作られていますが、パラレルワールドです。
同じ題材を、違うストーリーで二本作ったと言う事ですので、「リング2」と「らせん」は繋がってはいません。

違いは、「らせん」は原作の設定に準じて手直しをした物、「リング2」は、映画の「リング」の続編と言う設定で原作には無い物語を創作した事。

双方、誰の主観で見るかが異なる等と言った程度の違いではなく、登場人物が同じと言う事と、...続きを読む

Qリングを見る順番

今さらながらリングを見ようと思ってレンタル屋に行ったのですが、沢山シリーズが出ているみたいですね。
数字がふっていなので、どれから見たらいいのか分かりませんでした( ̄▽ ̄υ)

テレビシリーズもあったし、海外でリメイクもされましたよね?
どれから見たらリングが分かりやすく見れますか?
見る順番を教えて下さい。

Aベストアンサー

ドラマの方は未見なので、映画版のみで・・・。
まずはやはり「リング」でしょう。これを見ていないと
「らせん」も「リング2」も「バースデイ」も理解できないでしょうし、ハリウッド版「THE RING]のオリジナルですからね。
次に「らせん」と「リング2」ですが、どちらも「リング」の続編です。ただし、「らせん」の方が、原作小説の映画化なのに対し、「リング2」は全くの映画オリジナル続編です。
「バースデイ」は「リング」の怨霊貞子の生前の話です。これも、「リング」を見た後の方がよいと思います。
結論としては、まず「リング」を見て、その後はお好きなものをご覧になれば良いと思います。「リング」の後ならどれから見ても、順不同でOKです。

Q『リング』とハリウッド版『ザ・リング』の違い

こんにちは。質問なのですが、
邦画の『リング』とハリウッド版『ザ・リング』の違いについて、皆さんどう思いますか?
その違いというのは、一般的な「出演陣が違う」「製作費が違う」とかではなく、
日本人とアメリカ人の「恐怖に対する概念の違い」「宗教観」「理想の人物像」「社会性」……などなど奥深いことについて、皆さんが感じたことが知りたいです。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ネタバレ満載なので、どちらか一方でも見ていない人は見ないでください!






最初に亡くなったのも親戚だったり、子供と父親のちょっとしたエピソードがあったり、と、なんとなく「ザ・リング」は家族愛を売りにしてる気がする。元夫の愛情が見えたりもしたりして? サマラも本来はかわいらしく、親の愛を受けて育たなかったから、的な雰囲気もある。子供もサマラと交信したりして、親子関係も見える。映像はとても色身がなく、寒々としているのですが、ラストも小さな嫉妬のようなものも感じるし、ナオミ・ワッツの方が人間らしく見えた。逆な意見もあると思うけど、こちらの方がかわいらしく思えた。被害を考えればこちらの方が甚大だけど・・・。

日本の作品の方は、貞子と母親のつながりなどはそれほど描かれてはいない気がした。世の中の風当たりの厳しさや人体実験的要素が強く、家族より世間という雰囲気が見えた。松嶋菜々子と真田広幸との関係もとくに描かれてはいなかったように見える。親子関係もそれほど見えないのに、子供のためにとにかく必死な松嶋菜々子がかもし出す空気がとても冷ややかで、ラストも終わらせようという意識が見え、非常に冷静に冷酷に思えて、薄ら寒いような怖さを感じた。

とかなんとか言っていますが、「リング」の方はあまりに恐ろしくて、やっとこさ見ていたのですが、「ザ・リング」の方はさすがに落ちを知っていたりするので、むしろ冷静に捉えることができたから、こんな意見になっているのかもです。

「ザ・リング」=家族内の問題
「リング」=世間の風当たりの問題
こういう違いがあるように見えました。アメリカでは家族愛がうけるのかもしれませんね。

ネタバレ満載なので、どちらか一方でも見ていない人は見ないでください!






最初に亡くなったのも親戚だったり、子供と父親のちょっとしたエピソードがあったり、と、なんとなく「ザ・リング」は家族愛を売りにしてる気がする。元夫の愛情が見えたりもしたりして? サマラも本来はかわいらしく、親の愛を受けて育たなかったから、的な雰囲気もある。子供もサマラと交信したりして、親子関係も見える。映像はとても色身がなく、寒々としているのですが、ラストも小さな嫉妬のようなものも感じるし、ナ...続きを読む

Q「こんばんは」「こんばんわ」どちらが正しいですか

今さら聞きにくいことですが、「こんばんは」の「は」と「こんばんわ」の「わ」のどちらが正しいですか。語源は「今晩は寒いですが如何お過ごしですか」等から来ているため「こんばんは」でも間違いでないと思っていますが如何でしょうか。小学生の教科書ではどちらを使っていますでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんばんは です。
わざとこんばんわと書く人も多いみたいですが・・・
ちゃんと書いたほうが日本語として凛としていて綺麗ですよね。
というかいくらなんでも「こんばんは」と書けない大人がいると子どもとして情けなく思います。

語源がわかっていらっしゃるのなら
疑うこともないのでは・・・?

参考URL:http://gogen-allguide.com/ko/konbanwa.html

Q江戸時代の人はどうやって寒さをしのいだ?

今夜合気道の稽古に行きました。
寒かったです。

すると、稽古の後にある人がこう言いました。
「昔の人はどうやって寒い冬を過ごしたんだろうね」

私「ダウンとかないですよね。藁をかぶって寝てたんでしょうか」
「じゃあ戦のときはどうやって寝たんだろう」
私「うーん。野宿は無理でしょ」
「でも農繁期には戦はしないだろ」
私「いや、秀吉のころには兵農分離していたし、やったのでは?
昼間は広いところで戦っても、夜は農民の家や納屋で寝たのでは?」

「そんなに都合よく寝るところが見つかるかな。テント張ったのでは?」
私「無理です。大将は天幕張ったかもしれないけど、雑兵は無理でしょ」

「寒いけど我慢したのかな」
「我慢できるとは思えません。寒すぎますって」

すると別の人が言いました。
「江戸時代とか、かけ布団はなかったらしいよ」
私「そりゃ死にますよ。服を何枚も重ねたのですかね」

さて、実際の農民や戦場の武士はどうやって寒さをしのいで
寝ていたのでしょう?

Aベストアンサー

江戸時代と農民と戦場の武士とは、時代も条件も違いますので、バラバラの回答になります
江戸時代に冬季に武士が野宿するような戦闘は行われませんでした。(念のため)

日本家屋というのは「住いは夏をもって旨とすべし」と言われていたように密閉度の低い風通しの良い構造になっていました。
部屋の仕切りも襖か障子でした。
逆に言いますと冬は現在に比べれば相当に寒い環境でした。

現在のようにエアコンや石油ストーブなどが普及しなかった昭和30年代以前は江戸時代も昭和時代も余り変わりはありませんでした。
都市部では、火鉢と炬燵(行火)がごく普通の暖房設備でした。
火鉢や炬燵のある部屋に家族全員が集まって寒さをしのぐというのがごく普通の習慣でした。
部屋ごとに部屋全体を暖房するというのは、高度成長期以降の習慣です。

炬燵や行火が使われるようになったのは室町時代以降とされています。
火鉢は奈良時代から使われていました。
火鉢に使われる木炭は縄文時代からありました。
つまり、奈良時代から昭和30年代までの都市部の暖房というのは、主役は火鉢でした。
信長が秀吉の才能を注視するようになった切っ掛けは、城中で使われる炭を大幅に節減したことだったと言われています。
江戸時代の江戸の街の様子を描いた江戸名所図絵という書籍がありますが。
その中に、部屋の障子を全て開け放って、皆で庭に積もった雪を眺めている絵があります。
部屋の真ん中に火鉢が一つ置いてあるだけです。
江戸時代は現在よりも寒冷で、江戸でもよく雪が積もりました。(小氷河期と言われています)
あちらこちらで雪見という行事をやっていました。

台所などの炊事場には七論と呼ばれる煮炊き用の移動式の炉があって夏でも火が入っていました。
湯沸かし器がありませんでしたから、常時お茶用などのお湯を沸かしていました。
この移動式というか携帯形の炉は平安時代から置き炉と呼ばれて使われていました。
日中は必ず火が入っていましたので、暖房の役目も結果的には担っていました。

農漁村地帯では囲炉裏が唯一最大の暖房設備でした。
囲炉裏の周りに集まって寒さをしのいでいました。
現在、村興しなどで古民家を使って囲炉裏端での食事を提供していますので、機会があれば訪ねてみて下さい。

明治以降ストーブが普及した後はストーブが囲炉裏の代わりをしていました。
学校も教室にストーブが一つ置いてあるでけでした。
入学試験の際には不公平になるということで、ストーブは消してありました。
つまり暖房のない教室で試験を受けていました。
もしお祖父さんやお祖母さんがおられれば聞いてみて下さい。

明治になるまではウールという動物質の繊維製品がありませんでしたから、着物は木綿が主体でした。
木綿の入手が難しかった関東以北の地では麻が主体でした。
セーターという衣料品は明治以降に着られるようになった衣料品です。
木綿も麻も現在の衣料品に比べれば保温性が劣ります。

江戸時代には、着物は夏は一重と言って浴衣のような感じの着物でしたが秋になるとあわせといって、夏の着物に裏を付けて二重にしました。
和服というのは、糸を抜いてばらばらにして洗い、また縫い直すというやり方をします。
この為に季節ごとに一枚にしたり重ねたりということを繰り返して着ていました。
冬になると、この重ねた表裏の間に綿を入れた綿入れという状態にして着ていました。
この綿入れの綿の量を増やした掻巻(かいまき)、あるいは褞袍(どてら)というものを作って掛布団代わりにしていました。丹前とも呼ばれました。
掛布団が無かったのではなく、チャントその代わりの役目を果たすものがありました。

質問者さんが、江戸時代どころか、昭和20年代の家へ行けば、おそらく寒さに文字通り震え上がるでしょう。
簡単に言えば昔の人は寒さには強かったということです。

あとは、生活習慣が違いますので、一人で部屋にこもってゲームで過ごすなどということはありませんでした。
常に火のある部屋へ家族が集まって過ごしていました。

それと、人間はある程度寒さには慣れます。
これは外国人観光客の方にも見受けられます。
南欧以外のヨーロッパから来られた方やアメリカから来られた方は日本人よりもはるかに薄着です。
永平寺などで修業をされている僧侶も特に暖房もなく一冬過ごします。
寒稽古で頑張って下さい。寒さには直ぐに順応します。

戦国時代の武士の野宿ですが、当然焚火をして寒さを凌ぎました。
移動の際には、蓑と呼ばれる稲わらを重ねた外套を着用していました。
雪のある時期はお互いに足場も悪く体の動きも鈍りますので、余り積極的には戦はしていませんでした。
この当時の常識を破ったのが佐々成政のさらさら越えです。
命懸けで冬の立山を越えています。
常識外の行動でしたので、現在まで伝えられています。

人間の体というのは血液が循環していますから、手足を温めるだけでも寒さは凌げます。
焚火が効果があるのはこのためです。
湯たんぽもこの原理を応用したものです。
寒いなと思ったら手をお湯に10分ほど浸けてみて下さい、全身が温かくなってきます。
最近温泉地で足湯というのが流行っていますが、これも相当暖かくなります。

江戸時代と農民と戦場の武士とは、時代も条件も違いますので、バラバラの回答になります
江戸時代に冬季に武士が野宿するような戦闘は行われませんでした。(念のため)

日本家屋というのは「住いは夏をもって旨とすべし」と言われていたように密閉度の低い風通しの良い構造になっていました。
部屋の仕切りも襖か障子でした。
逆に言いますと冬は現在に比べれば相当に寒い環境でした。

現在のようにエアコンや石油ストーブなどが普及しなかった昭和30年代以前は江戸時代も昭和時代も余り変わりはありませんで...続きを読む

Q昔の映画リングについて

リングにおいて最後にダビングしたビデオをほかの人に見せることで助かるみたいな描写があり。松島さん演じる女性が子供のために両親に見せるEDですが。2でその親子は事故で死んでしまいますが。あれはビデオを見せるのが間に合わなかったらからですか??知り合いは違うビデオをコピーしていたからなどをいうんですが真相はどっちですか??

Aベストアンサー

1で回答した者です。
ひょっとして、リング2じゃなくて「らせん」の質問ですか?

らせんでは「ダビングして他の人に見せる」のが呪いの解き方と言うのは誤りで、貞子自身が「生かして利用する価値がある」と判断した人間だけが助かる事が後半で明かされています。酷い話ですね。

そういう事なので、生かす理由が無かった浅川息子はダビングでは助からず死亡しています。松島奈々子演じる母親は息子が死んだことにより錯乱した結果、交通事故を起こして死亡しました。

母親に貞子が手を下さなかった理由は劇中語られておらず不明です。原作小説では明らかにされているのですが…。興味があれば原作も読んでみて下さい。

Q辻井伸行のリアルな実力はどんなもんでしょうか?

昨日奥さんと辻井伸行のコンサートに行ってきました。

奥さんは非常に感激しておりました。

私は、ジャズのピアノならある程度、好き嫌いとかわかるのですが、クラシックはさっぱりです。
もちろんコンサート自体は楽しいものでしたが。

ウチの奥さんは辻井氏のハンディキャップに萌えているだけなのでしょうか?
それとも、辻井氏はピアニストとして相当なレベルの人なのでしょうか?

クラシックに詳しいか、ピアノに詳しい方のご意見を宜しくお願いいたします。

ちなみに、チケットの料金はステージのすぐ横の2階席で一人13000円でした。
一階は10000円以下だったそうです。

昨今、音楽以外の物語を音楽家に求める人や関係者が多い気がして、質問した次第です。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

障害云々で芸術やクリエイティビティを語りたくないので、率直に言います。

一演奏者としては、(問題が明るみになる前の)佐村河内さんと同じ印象・・・ごめんなさい。辻井伸行は前者と違って実際に演奏しているのは確かですから、「世間的評価」の点でです。「障害者のプロピアニスト」という設定で素人の気を引く以上の価値は感じられません。彼の作曲なんてもっと酷いものです。
(言葉は厳しいとお思いかもしれませんが、ヨーロッパでの芸術家・音楽家に対する批評なんてものはこんなものです。ハンディなんかで芸術の評価が左右されるべきではない、と主に考えるのです。勿論「理想的には」の話ですが。)


辻井伸行の演奏を初めて観たのは自分が好きなラヴェルの曲か何かだったと思います。非常にマニュアル通りな演奏というか、アカデミックというか、世界的プロピアニストの演奏とはかなり傾向が違う・・・そういう印象が強かったです。

ヨーロッパの多くのピアノコンクールというのは、独自性のある演奏が重んじられるそうです。大家のクラシック曲を普通にうまく演奏するだけの演奏なんて過去にやり尽くされていますし、今となってはそんな演奏をするのは「プロ」もっと言うなら「アーティスト」にあらず、と判断される訳です。
(ただアメリカのコンクールではそうでもなく、今でも昔ながらの演奏スタイルが好まれる傾向にあるようです。ヨーロッパとアメリカの芸術に対する姿勢の違いかもしれません。)
こういう点からも、前の方の話に出ているように「クライバーンだから入賞できた」けど「ヨーロッパのコンクールでは入賞できないと言われている」のだとしたら、まぁその通りなのでしょう。

彼の即興を聴いた限りだと・・・ジャズも本場を目指すならかなり、いえ相当に、厳しいかな。そんな感じでした。


大きなお金やメディアを動かせるということと、「一アーティスト」「一クリエイター」として成功するいうことは、全く別次元という現実をよく示してくれていると思います。まぁこれは今の時代に限ったことではないと思いますけどね。

障害云々で芸術やクリエイティビティを語りたくないので、率直に言います。

一演奏者としては、(問題が明るみになる前の)佐村河内さんと同じ印象・・・ごめんなさい。辻井伸行は前者と違って実際に演奏しているのは確かですから、「世間的評価」の点でです。「障害者のプロピアニスト」という設定で素人の気を引く以上の価値は感じられません。彼の作曲なんてもっと酷いものです。
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