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最近、性同一性障害が知られるようになり、自分の耳にも届くようになりました。
性同一性障害について知るうち、自分の性別があってるのか分からなくなりました。

・自分の胸が気持ち悪い。
・制服のスカートが嫌だ。(違和感)
・持っている服を着たくない。
・メンズ又は男っぽい服ばかり選んで着る。
・髪はロングよりショート。
・男子に興味ない。
・最近好きになった人は女子。
・女子の中にいて、浮いてる感じがする。
・男子と話すと楽。
・幼い頃は男の子とばかり遊んでいた。
・男子に間違えられても、嫌じゃなかった。
・ズボンが落ち着く。
・「カッコイイ」や「イケメン」などの言葉が嬉しい。
・「可愛い」などの言葉をかけてほしくない。
・彼氏より彼女が欲しい。
・カッコイイ人より、可愛い人に目がいく。

など、感じてます。
これらは、性同一性障害に繋がるのでしょうか。

これから、高校に入るのでハッキリさせたいです。

A 回答 (4件)

色々悩むお年頃ですね。


普通に性同一性障害の人ごろごろいますよ。 ただ、学生のうちは白黒ハッキリさせなくても良いと思います。親は悲しくなります。成人してから自分がどうしたいか白黒ハッキリさせても遅くないと思いますよ
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趣味は全く関係ない。

男勝りなレズビアンも多くいる。極端な話、自殺願望があるかどうかだ。君の男友達も、心の底では君の事を女と認識しているよ。凄く気を使っているだろうな。それが想像できて、かつ理解できるのが男。つまり、何処にも逃げ場のない絶望感を頻繁に経験していくのが性同一性障害(最近は性別不合と呼ぶ)。普段は趣味や勉強に熱中することで現実を遠ざけ、外では痛みに鈍感なフリして生きていくのさ。それが出来ない奴は落ちぶれる一方だ。それは治療をしても変わらない。
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「性同一性障害」というのは、今は治療対象の名称ではなくなってしまいましたが、見かけではなくて、心だと思います。

同性愛の人が、自分の(生物学的)性を肯定しつつ、相手を探すということなら、この「性別違和(正式な名称)」というのは、自分の内面の性別のあり方を問う、内向きの性意識のことなのです。そして、自分自身の生まれながらの性別のあり方を否定的に考えていくことです。

簡単なことのように思うかもしれませんが、大変な難しい病で、その後の人生そのものに影響してしまいます。今のご質問者さんがそんな所にいるとは思えません。

私は、3人ほど、性転換(SRS)した男性とお話をさせていただいたことがあります。その人たちは、人生の究極の選択をした人たちで、もちろん、ご質問者さんの今とは縁のない世界だと思います。

ただ、それは、向き不向きがあるわけで、現実、身体だけ男にしたところで、男の社会というのは、いつも人参を鼻先にぶら下げられた馬のような社会で、ある一定のレーンに入ったら、常に競走馬として走らされ、次へ次へと努力目標を設定されるわけです。女性そのものが、そうした社会に向いていないとは言いませんが。

あなたは、肉体的には女だけれども、心は男だ、と思えますか?

医療では、「本当の性別の上に別の性別の身体を着せられている感じ」だというのですが、これは違うと思います。

アメリカの精神医学界で、かつて性同一性障害ということを病だとした理由は、自分は肉体の性と心の性は違うだということ、それだけではないのです。それでは足りないのです。社会生活と合わなくなってしまう、ということです。

ところが、自分の性別の性の表現(男らしい服を身に着ける、男性の仕草をしたりする)をすることは、病だとは言えないのです。みんな(特に女性)は、妥協点を見出しながら、なんとか折り合いを付け柔軟に生きているはずです。

南米のトランスジェンダー(女性なのに男性として生活する)のその世界の人たちのように、いとも簡単に男性として生活をしてしまう(ように見える)のですが、私たちの社会(儒教国)では、そこまでは許されないようです。性別の性(ジェンダー)の部分では、彼らは開放的なのかもしれません。(ここでは詳しくは書きません)

ボーヴォワールの言葉に「人は女として生まれない。女になるのだ。」(『第二の性』)と、あります。言い換えれば、本来はあなたらしさが大事だけれども、女らしさを求められるのが、この社会だということです。そうしないとペナルティが待っているかもしれません。それも承知しているというなら、その先に進んだら良いのです。

論点をまとめます。
・旧「性同一性障害」というのは、病名は変わっても、病として社会生活を営めない・困難な状況に至っている状態を言っているので、ご質問者さんは、そうではないはずだ、と思います。

・性別の性(ジェンダー)の表現というものは自由である、ということです。しかし、女としてのもとめられる社会的な圧力(身近には母親)との葛藤や矯正をはねのけるだけのパワーがあるなら、それは続けたらよいです。

・病として自覚がないのなら、むやみに専門医療機関を訪ねるのはお勧めしません。

・男性社会と女性社会の違いを、もう一度みなおしてみることをお勧めします。
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大切なのは自分がどう思っているかです。

自分が男と思うか、女と思うかです。性同一性障害は自分の体と心の性別が一致していないことです。
レズビアンや男ぽい考えを持っていらっしゃる女性とはちょっとまた違ったりします。ですがレズビアンにしろ性同一性障害にしろあなたらしく生きれれば良いと思います。
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