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アイドルってあるじゃないですか、歌って踊る人達。

そのアイドルって誰が最初に、いつ頃作ったんですか?

A 回答 (3件)

日本に限定すれば、日本で一番最初のアイドルは間違いなく美空ひばりです。



戦前には「アイドル」と言うジャンルはなく、戦後もすぐに「アイドル」と言うジャンルが出来たわけではないのですが、美空ひばりは後に「アイドル」になる要素をすべて持った歌手でした。その要素とは
①10代前半の若い女性であること
②新時代のアイコンとなり、楽曲も以前とは異なる要素があること
③歌手に限定されず様々な活動をすること
などです。

美空ひばりは「アイドル」として作られたというより、戦後復興としてのアイコンであり戦後に発展した映画やテレビというメディアが必要とした人材だったといえます。

その後「アイドル」と言うジャンルが確立したのは1970年代だと言われています。1950年代は美空ひばりが居るぐらいで、世代的にはジャズからロカビリーなどに変化しもっとも有名なアイドルはエルビス・プレスリーでした。1960年代になるとロカビリーからバンドブームになりビートルズが誕生します。50年代も60年代も男性アイドルはほとんどおらず、女性が熱狂したのは外国のアイドルが主体で、日本の女性歌手がポップスを歌う、ということはほとんどありませんでした。

1950年代の女性アイドルの代表格が美空ひばりなら、1960年代の女性アイドルの代表格は吉永小百合でほぼ間違いないでしょう。

1960年代にはテレビがお茶の間に入り、1964年の東京オリンピックで一気にテレビが普及し70年代にはカラー化していきます。この新しいメディアに登場したのが「アイドル」で、初期のアイドルは天地真理や南沙織などで、今でいえばyoutuberのような人気を博し、その人気に対応した名称が「アイドル」だったわけです。

このアイドルブームは山口百恵を含む中三トリオ、キャンディーズやピンクレディーといったグループアイドルをうみ、80年代に入ったところで山口百恵の引退と後を継ぐように登場した松田聖子の活躍で女性アイドルの形はほぼ完成します。

ちなみに男性アイドルは、バンドブーム(ロカビリーブーム)が下火になったあと、ジャニーズ事務所が62年にジャニーズを誕生させ、それなりにブームになった後フォーリーブスもヒットし、72年にデビューした郷ひろみで男性アイドル路線が完全に確立し、川崎麻世そして田原俊彦・近藤真彦・野村義男がドラマ金八先生のファーストシーズンに出演し「たのきんトリオ」として人気を博したことから、次のシブがき隊・少年隊なども金八先生に出演し、金八先生は女性アイドルと男性アイドルの登竜門的な番組に成長していきました。

で、このアイドル路線をぶっ壊したのが秋元康で、彼はオールナイトフジで女子大生ブームとのちの女子アナブームに火をつけたうえで、オールナイトフジの高校生版としておニャン子クラブを作りました。おニャン子クラブのテーマは「放課後の部活動としてのアイドル」で、これが時代に合ったのか、松田聖子や中森明菜のような歌手として生き残れる実力派と、南陽子など女優として生き残れる一部とバラドルとして残った井森美幸などを除いて「一人か数人のアイコンとしてのアイドル」は終焉を迎えることになったのです。

おにゃん子クラブはバブル崩壊とほぼ同時期に解散しますが、その後90年代にはめぼしいアイドルは誕生せず、グラビアアイドルかアーティストがアイドルの主体になっていました。90年代アイドルとしては
グラビア系 深田恭子・広末涼子・内田有紀
アーチティスト系 安室奈美恵・篠原涼子・SPEED
などで、浜崎あゆみはグラビアアイドル系からアーティストに転換できた珍しい例だといえます。

この時代男性アイドルは秋元康のようなクラッシャーが現れなかったので、ジャニーズ路線が機能していたとはいえ「アイドル=偶像」という虚構は崩れて行ったため、光GENJIからSSMAPを経て嵐までつながるマルチタレント路線に変化していきました。特にSMAPのバラエティ進出はその後の男性アイドルに大きな影響を与えているといえます。

そんなアイドル不毛な時代に、ようやく道筋をつける番組がスタートします。アサヤン(最初は浅草ヤング洋品館)でオーデションスタイルが流行し、後に「モーニング娘。」となる女性グループのデビュー前のドキュメントが人気を博したことから、後のこのスタイルがアイドルの一つの定番になっていきます。今年結成されたNiziUも手法としてはモーニング娘。と全く同じと言っていいぐらいです。
(ちなみに、本来オーデションで勝ったのは「平家みちよ」だったのだが、鳴かず飛ばずで落選した5人で作ったモームスのほうが人気になってしまうという皮肉な結果にもなっていた)

そして2000年代に入ると秋元康がまた動きだします。最初は2005年のAKB46プロジェクトで、コンセプトは「会いに行けるアイドル」で最初は秋葉原にあるAKB専用劇場だけで活動し、徐々にその物語性で人気を博してメジャーデビューにつながっていきます。

これもテレビを使わない「オーデション方式」であり、ある意味アサヤンの方式をパク・・、いや秋元流にアレンジして大成功を納めたやり方であるといえます。

結局のところ2020年に残っている「アイドル」というのは美空ひばりから松田聖子までつながる「一人の人間が偶像としてみんなの注目を集めるスタイル」ではなく「女の子はみんなアイドルになりたい」というおニャン子クラブ時代からのコンセプトと「歌や踊りを頑張って練習しデビューしていく」という物語性をミックスしたバブル期以降の「アイドル」なのです。

なので「歌って踊る人たち」でもバブル前と後では全然別物だと言っていいわけです。
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初代ジャニーズですね。

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アイドル自体はそれ以前からいますが歌って踊れるのならピンクレディーやキャンディーズじゃないでしょうか? 時代にすると1970年代半ばです。

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