
次の掌編小説についてです。
▼ 川端康成:《お信地蔵》 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
山の温泉宿の裏庭に大きい栗の木がある。お信地蔵はその栗の木の蔭にある。
名勝案内記によると お信は明治五年に六十三で死んだのださうだ。二十四の時 亭主に先立たれてから一生後家を立て通したといふ。つまり 村の若者といふ若者を一人漏らさず近づけたのである。お信は山の若者たちを一切平等に受入れた。若者たちはお互ひの間に秩序を立ててお信を分ち合つた。少年が一定の年齢に達すると村の若者たちからお信の共有者の仲間に入れてもらった。若者が女房を持つとその仲間から退かせられた。かういふお信のお蔭で 山の若者は七里の峠を越えて港の女に通ふことなく 山の乙女は純潔であり 山の妻は貞潔だつた。この谷間のすべての男が谷川の釣橋を渡つて自分の村に入るやうに この村のすべての男はお信を踏んで大人になつたのだつた。
この伝説を彼は美しいと思つた。お信にあこがれを感じた。しかし お信地蔵はお信の面影を伝へてはゐない。目鼻もあるかないかの坊主頭だ。墓場にでも倒れてゐた古地蔵を誰かが拾つて来たものかもしれない。
栗の木の向うはあいまい宿(* = brothel )である。そこと温泉宿とを忍び歩く浴客は栗の木蔭を通る時に お信の坊主頭をつるりと撫でて行く。
夏 或る日三四人の客が集まつて氷水を取つた。彼は一口飲むとぷつと吐き出して眉をひそめた。
「いけませんですか。」と宿の女中が言つた。
彼は栗の木の向うを指さした。
「あの家から取つたんだらう。」
「はい。」
「あすこの女がかいたんだらう。きたないぢゃないか。」
「あんなことを。でも おかみさんがかいてくれましたんです。私が取りに行つて見て居りました。」
「しかしコップや匙は女が洗ふんだらう。」
彼はコップを捨てるやうに置いて唾を吐いた。
滝を見に行つた帰りに彼は乗合馬車を呼び止めた。乗ると同時に彼は堅くなつた。珍しく綺麗な娘が乗つてゐる。この娘を見れば見る程彼は女を感じた。色町のなま温かい欲情が三つ児の時からこの娘の体にしみ込んで肌を濡らしてゐたにちがひない。円円しい全身のどこにも力点といふものがない。足の裏にも厚い皮がない。黒い眼がぽつりと開いた平たい顔は疲れを知らない新鮮な放心を示してゐる。頬の色を見ただけで足の色が分るやうな滑かな皮膚は素足で踏みつぶしたい気持を起させる。彼女は良心のない柔かい寝床である。この女は男の習俗的な良心を忘れさせるために生れたのだらう。
彼は娘の膝頭で温まりながら眼をそらして谷間に浮かんだ遠い富士を見た。それから娘を見た。富士を見た。娘を見た。そして 久しぶりに色情といふものの美しさを感じた。
「この女こそは何人の男に会っても疲れも荒みもしないだらう。この生れながらの売笑婦こそは世の多くの売笑婦のやうに眼や肌の色が荒れたり 首や胸や腰の形が変つたりはしないだらう。」
彼は聖なる者を見出した喜びで涙ぐんだ。お信の面影を見たと思つた。
秋 狩猟季節が始まるのを待ちかねて 彼は再びこの山へ来た。
宿の者が裏庭に出てゐた。板場の男が棒切れを栗の梢に投げた。色づいた栗の毬(いが)が落ちた。女たちが拾つて皮を剥いた。
「よし 腕試しに一発。」
彼は猟銃をサックから取出して梢に狙ひを定めた。谷の木に先立つて毬栗が降つた。女たちは喊声(かんせい)を上げた。温泉宿の猟犬が銃声を聞いて躍り出した。
彼はふと栗の木の向うを見た。あの娘が歩いて来る。肌理は細かく美しいが青白く沈んだ肌で歩いて来る。彼は傍の女中を顧みた。
「あの人病気でずつと寝て居りましたんです。」
彼は色情といふものに対して痛ましい幻滅を感じた。何物かを憤りながら引金を引いた。山の秋を突破る音。毬栗の雨。
猟犬は獲物に走り寄ると おどけて一声吠えながら首を落して前足を伸ばした。前足で毬を軽くとんとんと蹴つてもう一吠えおどけた。青白い娘が言つた。
「あら。犬にだつて毬は痛いんですわ。」
女たちがどつと笑つた。彼は秋の空の高さを感じた。もう一発。
褐色の秋の雨の一滴 毬栗がお信地蔵の坊主頭の真上に落ちた。栗の実が飛び散つた。女たちはくづれるやうに笑つた どつと喊声を上げた。
(完) (『掌の小説』所収)
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☆ なぜ《地蔵》なのか? なぜお信が地蔵になるのか?
☆ そのほか 自由にテーマを取り上げてください。
No.9ベストアンサー
- 回答日時:
女性が性を売る。
それも不特定多数、年代も不明な男性と懇ろな仲になるという献身ぶりは、お信さんが妊娠する可能性もあり、妊娠すれば、母体(お信さん)の命も危険性に晒されますよね。
淫行女性と噂になれば、世の中のバッシングを受けかねません。
それも、情婦として、お金を要求するわけでも、お信さんはなく、自らの命危険性、又、評判も悪くなる可能性も高くなることは、必至の上に、それでも、献身的に身を売る、お信さんの心の中に川端はフィクションという世界を想像し、筆を走らせながらも、神聖をお信さんから見出したのではないでしょうか❓
通常、ノンフィクションであれば、数限りなく、男性と情交に及ぶ女性は稀有どころか、先ず、現実的ではないので。
★ 淫行女性と噂になれば、世の中のバッシングを受けかねません。
☆ というか:
▲ お信のお蔭で 山の若者は七里の峠を越えて港の女に通ふことなく 山の乙女は純潔であり 山の妻は貞潔だつた。
☆ ということですから すべて村では周知の事実だったと推測されると思います。
バッシングは 受けていないと考えられます。
だから お信地蔵なのだと思われますが なぜ そういう事実をもって お信を聖なる者と見なすのか? という問いです。
お答えは:
★ それも、情婦として、お金を要求するわけでも、お信さんはなく、自らの命危険性、又、評判も悪くなる可能性も高くなることは、必至の上に、それでも、献身的に身を売る、
☆ そうですね。
質問は 次の一点だと思います:
★ 献身的に身を売る
☆ なぜ このことが 聖なる者となるのか? です。
No.11
- 回答日時:
#10
通常ですね。男女が性行為に及んだ場合、情欲の解消に優位なのは明らかに男性の方ですよ。
ホースとバケツで、ホースがバケツの中の水(女性の情欲が満たさせること)を一杯にするとは限らない訳ですよね・・・。
ホースがバケツに水を満たすとは限らず、又、早漏、遅漏問題も起きますからね。手慣れた男女の仲であれば、未だしも、初対面の相手の男性がどのような性的志向の持ち主なのか、男性はお信さんを好きになさるでしょう。お信さんは好きにされるしか為す術がないのです。
繰り返すようですが、お信さんは避妊に失敗するかもしれないのです、ヨ。
★ 通常ですね。男女が性行為に及んだ場合、情欲の解消に優位なのは明らかに男性の方ですよ。
その1:
★ ホースとバケツで、ホースがバケツの中の水(女性の情欲が満たさせること)を一杯にするとは限らない訳ですよね・・・。
★ 又、早漏、遅漏問題も起きますからね。
その2:
★ 手慣れた男女の仲であれば、未だしも、初対面の相手の男性がどのような性的志向の持ち主なのか、
その3:
★ 男性はお信さんを好きになさるでしょう。お信さんは好きにされるしか為す術がないのです。
その4:
★ 繰り返すようですが、お信さんは避妊に失敗するかもしれないのです、ヨ。
☆ これらの自分に不利な条件を お信さんはぜんぶ引き受けた。とにかく 引き受けた ということです。
そして それだけのことです。
けなげな・稀に見る心の寛さ――だから 地蔵さんである・・・ということには ふつう ならないのでは?
なぜなら身を売る――もしくは 無料で引き受けたにしても――そのことが どうして 聖なる者なのか?
たとえば 神殿娼婦だとか巫女娼婦など いました。どうして地蔵さんになるのか?
No.10
- 回答日時:
売春婦ではなく、売笑婦
というのもポイントですね。
その不特定多数の男性の相手次第では、乱暴にお信さんを扱う男性もいたでしょう。
どんな相手と情交に及ぼうが、被害感情を露呈させた顔つきを一切することなく、誰に対しても、笑みを返す、お信さんにそれこそ、川端文学は新たなる女性の発見、佛を見出そうと川端は想像したのではないでしょうかね❓
★ どんな相手と情交に及ぼうが、被害感情を露呈させた顔つきを一切することなく、誰に対しても、笑みを返す
☆ この《献身的な姿勢》なら 《身を売る》場合にも 《聖なる者 あるいは 佛》と見なされるのか?
――こういう問いです。
No.6
- 回答日時:
お信さんは、情交に及ぶこと、1000人はあったという好色一代女(井原西鶴作の浮世草子作品) なので、飽くまで、フィクションです、ヨ♬
脂汗を流しすぎたので、お地蔵さんのように凸凹皮膚になっていないと作品に断り書きがありますが。
でなかったら、表現は悪いけれど。
お地蔵さんは動かないので。
情交中、鮪のような女性だった…❓
或いは、
スーパーヅガンのEDにあるような
あげまん
だった❓
いや。
▲ 聖なる者
☆ と主人公は 言っていますね。
▲ 彼は聖なる者を見出した喜びで涙ぐんだ。お信の面影を見たと思つた。
☆ ですから なぜ地蔵か? は なぜ《聖なる者》なのか? という問いになると思います。
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