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M.ハイデッガーの「存在と時間」にて、現存在とはわかりやすく言えばどういう意味を意味していますか?

「存在」というのは突き詰めればどういう存在なのですか?

質問者からの補足コメント

  • 現存在とは、例えば目の前に置かれた車や歩行者のように、「存在(そこにある)するもの」という存在を意識しながらその存在の概念自体を生み出す人間のこと、つまり現存在=人間のこと?みたいな意味合いにも捉えられますが、
    (例えば他の生き物でもそういうことを別の次元で(人間でいえば)考えている(的なことをするような)生き物は存在しないのか…?という話は置いておいて、)

    現存在=人間として本書を読み進めると、後々意味が分からなくなってくるでしょうか?

      補足日時:2024/09/28 21:39

A 回答 (2件)

禅を学んで、仏教の神髄に到達する事で、答えを身に付ける事=体得する事、が出来ると思います。

つまり禅を学んで悟りを開く事が大事という意味です。

処が仏教を学ぶという意味では無いです、文字を学んだところで仏教の極意は身に付ける事が出来ないとして、仏教の新しい方式が生れたようです。その形が『禅』と云った方式です。

禅は云っています、禅には何も教えられるべき教義も経典も無い。只言える事は御身の心の中に全ての宝物が隠されている。

他の言い方をするなら、人間の苦しみも疑問もそれが湧き上る時『その答えは既に(心の中に)用意されている。』

それが分からないでいる事は『無明の故である。』と云っています。

人間に付いての深い洞察力を養う事が肝要だと思います。これが悟りを体験するという意味ですが、

それには、サクっと学んだ方が近道になると思われる事がありますので書いてみたいと思います。

ヒントがあります、一つは自分自身が分からないでいる事、を打破する事ですが、その為にする事は死を思う事です。そう思い続る時人の心には変化が顕れます。

人間の心的変化ですが、著者、エリザベス・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間』から取り上げてみたいと思います。

1,否認と孤立 

2,怒り

3、取り引き

4、抑うつ

5、死の受容

この5,の段階では全ての自分を受容出来るようになります。これまでの価値観や視野とは異なる次元がある事を理解し、心静かに暮らす。と云った段階ですが、この5、の段階を人間の脳の機能や働きと云った事などを交えて解説します。

この段階まで来た場合では、自我意識は打ちのめされて『一端、我が死ぬ』と云う段階に至ります。禅で云う処の『大死一番』と云った段階です。この段階では左脳の自我意識は、右脳の意識に対して無条件降伏をした状態になります。

こうなった時、脳内では、左右の脳の間に和解が成立します。そうすると右脳の意識が優位に働く事が出来る状態になっています。もうだめだと思っている自我意識に、右脳から助け舟が出て来ます。この場合の右脳の意識は『仏性』と云われている状態である事から、自意識は苦しみの状態を知る事になります。

何時も助け船を出していた状態を、嫌うために自我意識がその手を振り払っていた事が自分の心が苦しかったと云った内容をです。』

心の矛盾が苦しみの原因だった事を了解します。この段階で『脳梁の間にはホットラインが開設された事を意味します。』これが悟りの効能です。

これ以後二つの意識の間には、はっきりとした優劣が出来上がります。聖書風に言うなら『自我意識は二度と右脳の意識の前にでしゃばる事が無くなる。』と云った具合です。神の後からついて行くと云った事です。

悟りを開くためのもう一つのヒントは、禅問答の中に存在しています。その禅問答と云ったものは人間の自我意識には解けないと云った工夫がしてあるからです。

禅は釈迦のような非凡の才能を持ったものにしか悟りが開けないと云った弱点を克服して、そういった才能に乏しい愚鈍な物であっても悟りを開けるように工夫を凝らした部分があります。

説明するなら『心の矛盾が人間の心が苦しくなる原因とか、人間は何処からやって来て何処に行くのかや?人生は何ぞや?』と云った疑問が湧き上る原因を解き明かす解決方法になっています。


人間の苦しみを、苦しみ以外のものに変えると云った釈迦に拠る究極の心理学が悟りの効用です。死の恐怖でさえも喜びに変えると云ったもの、つまるところ死を目の前に恐怖していた人が、笑みをたたえながら幸福の状態で死んでゆく様は、悟りの効用以外の何物でもありません。

こう云う風になる原因は人間の脳の機能が原因しています。

ウイキぺデアからの記事です。

”ロジャースペリー 分離脳
ノーベル賞受賞者
受賞年:1981年
受賞部門:ノーベル生理学・医学賞
受賞理由:大脳半球の機能分化に関する研究

ノーベル賞の受賞理由となった業績として分離脳研究がある。てんかん治療の目的で半球間の信号伝達を行っている脳梁を切断した患者に、片方の脳半球に依存することが知られている作業を行ってもらい、二つの脳半球がそれぞれ独立した意識を持っていることを実証した。”

処がこの後この研究を深く取り上げる事が無く、忘れ去られた事は精神医学に於いて、新しい研究が進まなかっと事に残念としか言いようがない事でした。

右脳の意識とは、仏教における『仏性』に相当する者です。思春期頃に機能分化をした後では、自意識の奥底に隠れてしまって、自分を見ている者として、或いはもう一人の自分として、或いは自分が危急存亡の時自分の代わりに働きだす者としての働きを、陰ながら自意識と共に見ています。

仏性の存在の働きを語る時、自我意識が働いていない時『無意識でやる行動とか、無我と云った時の行動』の時に自分の身体でさえも支配している事を自我意識は知らないでいます。この場合を健常者と云っています。

或は自意識と無意識は絶えず交替しながら、毎日の何気ない日常は繰り返されています。絶えず繰り返されている交替劇に何も『違和感を抱かない時を』健常者と云っています。

こう云った毎日の交替劇が脳卒中になったために出来なくなった脳科学者としての女史がいます、治って生還した時の講演会の動画を載せてみます。



この動画には人間に感情が湧き上る、或いは考えが湧き上る舞台裏が示されていると思います。

この動画には後編もあります、1/2から2/2があるという意味ですが、この後では女史も考える事があって、東洋の仏教とか悟りに興味を持つようになって、色々な本も出したようです。
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ハイデッガーの自然観や存在論は、むずかしいし



彼は、一つの生命体のように動いている宇宙の姿に魅せられて、万物の調和を生みだす根源の実在に思いを馳せるのです。それを「存在」の次元などといって表現しています。
 「この、神秘を秘めた大宇宙の底流には、それを生みだす根源の実在(存在)があるのではなかろうか――」との彼の思索は、ついに、大自然の母体としての実体をとらえ、それを究極の存在を「原自然」と名づけています。彼は「原自然」を想定することによって、宇宙の神秘を明かしたと主張しています。
しかし、人間や生物などの生命自体を永遠の実在としては見ていないように思われます。
彼は、死が免れえない問題というだけでなく、人間が「死の存在」であることを自覚するところに人間の生の深淵さが開示されることを表していると言います。

ハイデガーは晩年
「日本語を勉強して、仏教を学びたかった……」と、又彼は、
晩年に仏教書に出遇い、衝撃を受けたことを告白しています。

私は、彼の哲学は、仏教の生命哲学の入門書としての価値がある、
と思います。
彼の「原自然」など、仏教の九識論の一部を解き明かしたと思えるのです

ちなみに
仏教における存在論における時間とは
潜在から存在へ、存在から潜在へ至る過程をいいます
「人間界であれ自然界であれ、単独で存在する物は無く
存在とは、関係性や相互依存性を根底としていて
生きた一つの コスモス(内的調和)
哲学的にいうならば、意味連関の構造を成している」
と言う事です、又。
どんなものでも、ある因とある縁が結び合って成り立っている、
「すべては互いに依り合って存在している」と見ることができる。
 そこにまた新たな因と縁が加われば、すぐに変化してしまう。
ですから、どんなものでも、因と縁が仮に和合して成り立っている」
いわゆる因縁仮和合ですね、「縁起の法」などにあります。
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