一回も披露したことのない豆知識

 私の知り合いが長野県佐久市のある土地に会社事務所を建ててその引越しの手伝いに行った時の話なのですが、あるお坊さんがその土地と建物のお祓いのために来ていました。
 そのお坊さんはお祓いをした後、「この土地は戦国時代、武田信玄が老若男女問わず虐殺を行った場所であり、その怨念がとりついている。でも、お祓いをしたのでもう大丈夫です。」と言いました。
 私は何のことなのかよくわからなかったので、後日、戦国時代の佐久市の歴史について調べてみました。
 すると、確かに1547年に笠原清繁という武将が上杉憲政の兵と連合して武田信玄と戦い、破れ降伏を許されず女子供に至るまで虐殺されたという史実がありました。
 しかし、460年以上も怨念というものは消えることなく、その土地に居続けるものなのでしょうか?もし、そうだとしたら、日本だけにとどまらず世界中のかなりの土地の面積に怨念がいるように思えます。このお坊さんの話は私にとっては眉唾なのですが、みなさんどうお考えでしょうか?怨念というものの存在の有無にも関係する話ではありますが、回答お願いします。
 もし、佐久市の人で他にも同じような話を聞いた方いらっしゃればおしえてください。

A 回答 (3件)

こんにちは。


「御霊信仰」というものをご存知でしょうか。これは簡単にいうと怨念を抱いて死んだ者の霊を慰めることでその怒りを鎮めて祟りをなくし、更には神に祀りあげることによってその強大な恨みの力を人々に利益をもたらすものにかえてしまうというもので、日本人はこうしたことを古くからやってきました。例えば天神こと菅原道真などもそうです。今では学問やら何やらの神様ということになっていますが、当初は恨みをもって死んだ為に激しく祟ったのを鎮めようとしたのがはじまりです。つまり神として丁重に祀り続けているからいいようなものの、平安時代に死んだ人の怨念がそれによって完全に消えたりしている訳ではないのです。祀るのをやめたらまた祟られる・・そのような思いも信仰の根底には流れています。現在はそういうことを思って神社に行く人はあまりいないでしょうが、祀る側にとっては非常に重要な要素でしたし潜在的には私達の心の中にもそうしたものが残っているかもしれません。日本の神社にはその手のものが沢山あります。
そう考えると460年くらい昔の怨念がそこに残っていると考える人がいてもおかしくないですし、もしそれまで一度もそれらに対する慰霊のようなことが行われていないのでしたら尚更かもしれません。
確かにそういう前提に立つと世界のあちこち怨念だらけのような感じもしますが、日本以外の特に宗教が人々の心の支えになっているような国々ではあまりそういうことはないと思います。宗教には神が決めたルールがあります。基本的にはそれをしっかり守って入れば怨霊の類を恐れる必要はありませんし、対象が異教徒であればそれを慰める必要さえないと考えることもあるでしょう。その宗教があらゆる生命が輪廻転生するという考えであればそもそもその辺に霊が留まっていること自体有り得ないことになってしまうかもしれません。つまり科学を信奉するより、より強力にそうしたものの存在を否定し得ることもある訳なのです。
日本人は世界のどこよりも怨霊を恐れてきた歴史を持っています。実際「どうすれば怨霊に祟られずに済むか」ということに多大な労力と時間とが費やされている例がいくつもあります(鎮魂の為に壮大な神社を作るなどのほか遷都すら行ってきたといわれます)。
私もそのお坊さんの言うことを信じる訳ではありませんが(大体それほど長いこと残っていた怨念ならば、たった一度のお祓いでどうにか出来るものなのかということにも疑問が残ります)そう信じる人がいることは何ら不思議なことではありませんし、それを強力に否定してくれる「信仰」を持たない私達は、一方で科学を信奉しながらも潜在的にはそこに何かしらの恐怖を感じずにはいられないといったようなことも事実だと思います。
何かあまり回答にはなっていないことをダラダラ書いてすみません。少しでも何かの参考になれば幸いです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E9%9C%8A% …
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この回答へのお礼

 回答ありがとうございました。
また、「御霊信仰」の情報ありがとうございました。実に参考になりました。私は、宗教をあまり信じてはおりませんが、科学が全てだとも思っておりません。やはり心のどこかで恐怖を感じていたのかもしれません。ですから愚問であることは承知の上であえてこのサイトに書き込みをしたのだと思います。
 信仰ではなく、学問として宗教を学んでみたくなりました。

お礼日時:2007/05/15 21:52

どう言う事か昔から、お化け、幽霊、怨念・・・等々語られたり、残されている物は着物に侍、武士、って決まってるのでしょうか?何故、縄文

、弥生時代の霊は出ないのでしょうか?人類が誕生してから、この地球上でどれだけの数の人間が死んで行ったのでしょうか?亡くなった方全てが怨念を抱いて亡くなった訳では無いにしろ、多くの方は思い通りの人生では無かったと思うのですが如何でしょうか?人間には想像力が有りますからね?自分で見るのではないでしょうか?よ~く考えてみましょう!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
ようするに自分で勝手に幻覚を見ているだけにすぎないとおっしゃりたいのですね。確かに人間の脳というものは、あてにできず、幻覚を見たり、意識の混乱を起こしたりします。参考にはなりますが、それだけでお化け、幽霊、怨念といった物を否定することはできないと思います。また、私も人類が発生してから今日に至るまで恨みを残して死んだ人間の数ほど霊や怨念がいるとも思いませんが、いないとも限らないと思います。
ですから、いろいろな人の意見を聞きたいのです。
何か私が霊を信じている人のように錯覚されているようなのでそうでないことをお伝えしておきます。

お礼日時:2007/05/03 16:01

人間は自分たちの科学(理屈)で解釈しきれない事態が発生すると


それを超自然的な存在のせいにする傾向があります。
何が原因か分からないままで置いておくことは不安をもたらし、
何であれ原因が特定できれば安心するのです。
なので原因が科学的に説明できない場合に幽霊や超自然的な存在の
せいにすることで心の平安を得ているのです。
引越しというのは一時的に人心を不安定にさせますので、
少しでも安心を得るためにお払いをしたと解釈すればいいのでは。
その原因(悪霊や幽霊が)が何であってもよかったのです。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございました。
ようするに理屈で考えてはいけないということですね。
よく考えてみると非科学的な話には矛盾があって当然ですね。

お礼日時:2007/05/03 14:19

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