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今現在も記憶にあること(=亡くなられた方の死後のお顔を覚えている)が前提です。
『死体』は、事件事故はもちろん、身内の方でも結構です。
もし差し支えなければ、その時の状況・感情なども教えてください。


※念のため断わっておきますが、私の精神状態は全然問題ありません。
ただ、職業柄、そういうものを見る機会が一般の方々より多いかな?っていう職業ゆえの興味本位のアンケートです。

ちなみに、私の初めては22歳頃でした。仕事で初めて臨終の場面に居合わせてしまいました。
身内の葬式なんかもこの年齢に達するまでに2件ほどあったんですが、記憶には残っていません。
私の場合は、状況が状況だっただけに、数分まで寝たきりで意識が無かったにしろ、心臓が動いていて呼吸もしていたのに、その全ての活動が停止した(してしまった)事に、妙な喪失感を抱きました。
例えは物凄く悪いんですが、人から物へ変わってしまった瞬間…とでもいうか。

A 回答 (16件中11~16件)

私は5歳ですね。

鮮明に覚えています。義父でした。

義父の勤める鉄工所で火災事故があり、義父は全身やけどでした。数日の入院ののち息を引き取りました。5歳で覚えているわけないって言われそうですが、私は事故の一部始終を目の当たりにしました。事故の数分前には義父の側にいたので1つ間違えば私もそうなっていたかも知れません。

その事故の恐怖感と葬儀の時の遺体の状態(全身包帯でまさにミイラ)の記憶は未だに取れません。すでに45年がたちました。
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最初は25歳で祖母が亡くなった時です。


遺体を見たのは4回で全て身内ですが、臨終に立ち会ったことは、考えてみたら一度もないです。
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 15歳の時の祖母の死です。


 とても安らかで綺麗な死に顔だったと記憶しています。
 すごく悲しいはずなのに、涙が一滴も出なかったのは
 何だったんだろうと、今も時々思います。
  
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 小学校3年生、10歳の時の曾祖母です。

難病、事故の類でなく、どちらかと言えば老衰と
思っております。

 特に怒られた記憶はありません。けれど何となく怖い感じのひいばあさんでした。
多分、言葉使いが荒っぽい事と、しわが多いことがそんな印象を持たせていたような気がします。
なぜか幼少時の長男は老人が苦手で、ハゲは平気だが、白髪を見ると泣く。
私もそんな傾向があったらしいです。

 40年程経っていますが、ろくに動けぬひいばあさんが預金通帳を取り出して私にくれるような
行為しましたが、私はそんな金いらぬと泣いた記憶があります。決してひいばあさんが嫌いでは
なかったはず。多分理由もなく老人嫌いだったのでしょうね。
 今となっては自分でも怖いと思った正確な理由はわかりません。

 初めて冷たい体に触れたこと、棺桶の蓋の釘を石で打ちつけた事、
 棺桶の蓋が閉ざされて泣いてしまった私の泣く理由がわからぬ3つ下の弟と従弟、
 土葬にされる場面(火葬でなかった)などの記憶はなんとなく残っております。
 あとお経が長すぎて飽きたというか苦しかったとか・・・(ずっと正座崩さない小学3年の私)
 20歳過ぎてもしばらくは、通夜、告別式に参列の場合お経は長すぎるとの恐れはありましたね。

 今はある程度、死は誰にも訪れる物と思ってはいますが、未だに誰かの葬儀の際には、
 ひいばあさんの葬儀の記憶が蘇ってきます。



 
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11歳の時、病院で祖父が息を引き取るのを看取りました。



両親に連れられ病院へ行き、病室に入ると
他の親戚も沢山いて、その前で医師が
「では機械をとめます~~?・・・」的な事をいって
(人工呼吸器でしょうか?良く分かりません)
機械を止めて「何時何分ご臨終でございます」
と言って、目の前で祖父が息を引き取りました。

正直、生前に2回くらいしか会ったことが無かったので
あまり悲しいなどの気持ちはありませんでした。
変な感覚で、そのときの妙な感覚は今でも覚えてます。
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初めてだと5歳の時の祖父の死(43年前)ですが記憶があいまいです。


今も覚えているだと18歳の時の祖母の死(30年前)ですが、
こちらは、大学合格決定前だったので、よく覚えてるのかもしれません。
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