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亡くなった人に対する損害賠償を請求する訴訟がよく行われますが、
何のために原告は被告に対して訴えを起こすのでしょうか?

「損害賠償」と書くので損害を賠償する、つまり亡くなった人に対して今までかかったお金や本来なくなった人が得ることができるお金を取り戻すために訴訟を起こしているように感じます。
それとも今後このようなことを起こさないためにお金でしっかり反省してもらうことが目的なのでしょうか?皆さんは何のために亡くなった人に対して訴えを起こすのだと考えますか?
ご意見もしくは私に教えてください。よろしくお願いします。

gooドクター

A 回答 (6件)

民事裁判・原告経験者です。



被告を反省させようとは考えたことがありません。
元々反省などしない人間が罪を犯すのですから、そんなことは全く期待していません。
戒めでもありません。
金銭的な問題でもありません。
お金などいくら積まれても、人の命より尊いものはありませんから。

民事紛争の解決手段の一つに訴訟がありますが、その前に刑事裁判があり、既にその判決が出ています。
多くの遺族は(ほとんど、いえ皆と言っても過言ではありません)、刑事裁判で到底納得のいく結果が出ていません。
被害者側の感情からすれば、加害者への判決は軽すぎます。
日本の法律は加害者のためにあり、被害者のためにあるものではない。その感情は拭いきれません。

被害者遺族にも法廷で意見陳述の場が与えられているとはいえ、その時間は加害者と比較にならないくらい短時間です。
その逆で、加害者は言いたい放題です。
被害者が既に死亡した場合、尚更です。
「死人に口なし」です。亡くなった被害者は当然不利になります。
遺族は、刑事裁判の前に、事件・事故の詳細を知りたい、それなのに、判決が出て裁判記録が開示されるまで、それを知ることもできません。
「被害者遺族は蚊帳の外に置かれている」といってもよいでしょう。
刑事裁判は加害者のためにあるもので、被害者は何一つ救済されません。
救済どころか、さらにどん底まで落とされることになります。

※上記は10年ほど前の話なので、裁判員制度がある現在は変わってきているかもしれません。


>何のために原告は被告に対して訴えを起こすのでしょうか?

端的に言うと、一つは、刑事裁判で納得のいく結果が出なかったリベンジです。
もう一つは、亡くなった(殺された)家族の名誉回復のためです。
民事裁判でも、被害者遺族として法廷に立つ機会が与えられます。
「今度こそは納得できる結果を勝ち取りたい、今度こそは裁判で(加害者に)負けるものか」という思いです。
亡くなった家族の誇りのため、残された者が代わりに戦うのです。
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企業に対しては、謝罪をしてないから、だから金額が謝罪だいう意味を持たせたケースを映画で見ました。



または、罰が軽すぎた場合、再審に持ち込むため。

ルイジアナ州でハロウィンの日に銃で撃たれた服部君のケースは、人種差別も含んで、納得できないから金額で勝負。ただの謝罪で良しとすると、アメリカでは弁護士がつきません。
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要するに、戒めでしょうね。


加害者(被告)が故意にせよ過失にせよ人を殺めてしまったことに対して、遺族の精神的苦痛の償いをして欲しいということと、加害者の心的反省を物理的に置き換えて見せて欲しいという要望の結果の、ひとつの形というのが賠償金ということかと思います。
ただ、今まで損害賠償請求で認められた裁判のうち6割は支払われていない現実がありますから、たとえ勝訴しても遺族には厳しいものがありますね。
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訴訟を起こした時点では生存中で、裁判中に亡くなるケースも多々ありますけどね。



ひとつは、一家の稼ぎ手である人物の死で遺族に経済的負担が増えるためですね。
特に小さな子供や介護が必要な父母がいる場合は深刻です。

もうひとつは、被告に与えられた刑罰・罰金が、遺族からしたら不服な場合です。
ある意味反省を促せるためといってもいいでしょうけど、
再犯防止のためという意味合いは少ないと思います。
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現実的に経済的損害を補填してもらうこともあって当然ですね。



人の命を金勘定で計るとは汚いと言う方もいて、それも理解できますが・・・。

極端に例えれば、開業医が自分の子どもが医師になり跡を継いで欲しいと願い、子どもも医師になり跡を継ぎたいとたいと望み、数年後には親子の描いたとおりになるというところで病院の設備が古くなっていれば数億の設備投資もするでしょう。

それがいきなり子どもの命を奪われ、数億のローンだけが残れば病院経営者として加害者にどうにかして欲しいと考えることが世間に責められるものだとは私は考えません。

また、金銭が欲しいわけでは無く故人の社会的価値を求める方もいるでしょう。

例えば、私の大切な人の命が奪われたとして加害者から「ごめん、千円あげるから許して。」と軽く言われれば私なら「あの人の命の値段が千円とはふざけるな10億持って来い」と訴えを起こすような気がします。
(私にとってその人の存在価値が10億という金銭に換算できるわけでは無く、加害者にはもちろん、それに加え私以外の世間の人々にも『あの人は10億の価値のある人だった』と認めさせたい感情が生じると思います。)

現実的な部分、精神的な部分、多くの場合はこれらが複合しての訴訟となっているのではないでしょうか。

どういった動機にせよ死んでしまった人のためでは無く、哀しい想いを背負い生きていかなければならない残された方々のための要求だと思います。
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法律の専門家ではありませんが



損害賠償は、おっしゃる通り、ざっくり言うと被告のせいで原告が損した分、あるいは得られなくなった分を払え、ってことです。
民事裁判の基本は、損害の責任を誰に求めるのが正当かを決めること、ですので、
責任が半々なら損害の半額を原告に払え、になるわけです。

質問にあるように、死んだ人に対して起こされる民事訴訟は、おそらく原告は被害者家族ですよね。
お父さんが死んだら、これからどうやって生きていくの?ということで、故人の損害は個人の損害ではなく家族の損害となりうるわけです。
もっと簡単に言うと、誰かが死んだら、相続ってものが発生しますので、故人の損害は家族に相続される(家族が受け取るはずのものがなくなる)訳だから、家族の損害になるわけです。

別にあの世に持っていくお金のために訴訟を起こしているわけではないと思いますよ。
それから、被告に反省してもらうのは刑事事件で、それは損害賠償金ではなく罰金ですね。
民事では被告を罰するとか反省させるとかいう概念はないはずです。
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