プロが教える店舗&オフィスのセキュリティ対策術

私は、5年前の冬に大事な愛犬を病気でなくしました。
病気はガンでした。発見したときにはすでに手遅れの状態でした。
ずっと、すごく元気だったのにある日突然具合が悪くなり調べてみるとガン。私は、その現実が信じられませんでした。しかも手遅れでもう治らない。どんだけ手術をしても、どんどん色んな所にガンが転移していく。私は、ただ隣で泣き苦しむ愛犬を触ることしかできませんでした。
愛犬が死んだ日、愛犬はずっと苦しんでいました。うつろな目をしながらも私をじっと見つめていました。まるで何かを伝えたいかのように。
そして、愛犬の息が荒くなって止まりました。私の手に頭を乗せて死にました。私は、愛犬の名前を泣き叫びました。でも、二度と愛犬は目を覚ましませんでした。私は、愛犬が死んだ日から時が止まってます。まるで、心の半分がなくなったみたいに悲しいです。死んで5年も経つというのにまだ愛犬の死を乗り越えられません。
どうしたら、乗り越えられますか?どうしたら泣かずにすむ日が来ますか?私は、まだ新しい犬を飼う気にもなれないでいます。
同じような経験をされたかたいましたらご意見お願いします。

A 回答 (9件)

私も、3年前に、愛猫を亡くしました。


16歳でしたが、老衰で、粗相もしたり大変でした。
でも、元気な時は、たくさん遊んだし、一緒に寝たり、
たくさん良い思い出があります。
色んな動物を飼いましたが、とても良い子でした。

私は、動物も、人間も、そうですが、出会いがあれば、必ず別れがあると、
思っています。
貴方のワンチャンは、貴方に手厚く看病されて、貴方に看取られて、
幸せだったと思います。
世の中には、生きたくても、生きられないワンチャンもいます。
それを考えると、幸せですよね。貴方が出来る限りをつくしてあげたんだから・・・。
いつまでも、悲しんでいると、天国のワンチャンも心配すると思います。

>私は、まだ新しい犬を飼う気にもなれないでいます。

もし、貴方が、新しい犬を飼う気がないのなら、それでもいいのではないでしょうか?無理することはありません。
そういうことがきっかけで、動物を飼わない人も、世の中にはたくさんいます。
それと、ペットロスになってしまうのだったら、キツイ言い方ですが、動物は今後飼わない方がいいと私は、思います。
貴方も、ペットも、辛い思いをするでしょうから・・・。

私の場合は、愛猫が死んだ時は、悲しかったですが、それから、2年経って、新しい猫を飼い始めました。
保護猫だったので、皆に「良かったね。幸せな子だね。」と言われています。
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こんばんは。


私も8年前愛犬を不慮の事故でなくしました。
私の不注意から近くにいたのに気が付かず、なくしてしまいました。
悲しくて悔しくて。私がちょっと覗いてあげれば助かっていたのに
そんな思いがずっと今でもあります。
近くの原っぱで毎日のように散歩したり遊んだりしていました。
今でもふとそこにあの子がいて、走り回っているような気がしてなりません。
悲しい時は泣いてもいいんだと思っています。
我慢する必要はないのだと・・・
でも、あなたの愛犬も私の愛犬も泣いている飼い主よりも笑っている飼い主の方が好きかな?と思います。
忘れることは必要ではないけれど、前を向くことは必要でしょう。
新しいワンちゃんを飼う気になれないのもわかりますが、その子のぶんまで可愛がってあげることも一つの供養だと思います。

私は心の空洞を埋めたくて、新しいワンちゃんを飼いました。
あの子の分まで可愛がって精一杯お世話しています。
無理する必要はありませんが、春も近いことですし縁を探すのも
いいかもしれませんね。
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どうしてもっと早く気づいてあげなかったのか、最後はなにを言おうとしていたのか、考え始めたらきりはありません。

いきなり目の前からいなくなってしまう失踪や事故も悲しいですが、治らない病気も悲しい。そして意識ははっきりしているのに老衰で体力がなくなり、尽きていく命を看取るのはそれも辛いことです。
でも、人間はその別れの中からなにかを学ばないといけません。きつい言葉ではありますが、いくつもの出会いと別れを通して色々な命のあり方を学ばないといけないのです。
大切な愛犬がいなくなってしまって5年もの間、苦しかったのでしょうと思いますが、あなたが泣くとそれだけ天国のワンコも苦しいと思ってあげて下さい。大好きなママが泣いている。自分はもう痛くも苦しくもなく幸せな虹の橋の向こう側にいるのに……。ずっとずっと悲しくてまわりの幸せが目に入らないままでいる。しかもそれは早くに旅だってしまった自分のせいなの?ときっとワンコは悲しみ、心配していると思います。
すぐにきっぱり切り替えなければ、とは言いません。でもあなたを見守っているワンコをどうか悲しませないであげて下さい。動物にも絶対に魂があります。彼らは自分たちを愛してくれる家族にとって、なにをすべきかを知っています。どうかカセリさんが一日も早く元気になりますように。
なくした家族の思い出を綴ることのできるサイトを貼っておきますね。私はこの詩でずいぶんと慰められました。

参考URL:http://www.geocities.jp/icke_jp/niji.html
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貴方の愛情の深さが、悲しいくらいに伝わってきます。



私は愛犬・愛猫との「さよなら」を数回経験して来ました。
今、私の側には7匹の犬と1匹の猫がいます。
みんな捨てられ、放棄された子供達です。
本当なら、今は存在しなかった「命」かもしれない。
でも、私は出来る限りその「命」を助けたかったのです。
ボランティア活動はしていませんが、みんな縁があって私達の家族になりました。

私は動物を飼う時、1つだけ「心」に強く決めた事があります。
それは、どんなに愛情深く育てても、何時は別れが来る。
そして、その時は「ありがとう・・」と、天国に送り出そう・・と・・

「さよなら」の時は、何度も何度も泣きました。
辛くて、辛くて、どうしようもありませんでした。
でも、この子達が私の辛さを助けてくれたのです。
不思議と前の子と似ている仕草をし、甘えてきます。
私達は自然と笑顔を取り戻しました。

人それぞれ意見は違うと思うのですが、新しい家族を迎える事で、亡くなったわんちゃんとの想い出話が出来るようになると思います。

天国のわんちゃんが「もう、心配しないからね」と言えるよう、早く元気な姿を見せてあげて下さいね。
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5年という時間経過から考えて


まずそれが本当にペットロスであるのかどうかを
自らに問いただしてみてください。
人は複雑な生き物なので無意識に悲しみの
「すり替え」をしてしまいます。
現実に向き合わなければならない困難があると
他の悲しみをみつめることで一方の悲しみや困難から
逃れようとします。
例えば、仕事関係、人間関係、身体的・年齢的な病気等
他に深刻な悩みを抱えているということはありませんか?
そして命日が近づいたりすると波のように押し寄せるものも
また別のものです。
「ペットロス」という言葉が周知されるようになると
簡単にその言葉が多用されるようになってしまいましたが
出来るだけ自らがどういう状態にあるかを把握してみてください。

もしも現在「ペットロス」であるのなら
それは乗り越えるものではなく
抱えて生きていくものですよ。
ペットロスであることと、新しい犬を迎えることは
別の問題だと割り切られた方がいいと思います。
ペットロスであっても犬を迎える人もいれば
ペットロスでなくても犬を迎えない人もいるのです。
犬を迎えたくても迎えられないと思われるなら
まだ「その時期」ではないと諦め
いつか来る出会いを待てばよろしいのではないでしょうか。
5年間毎日死んだ犬のことが頭から離れなくて
日常生活もままならないという状態なら
それはカウンセリングの助けが必要な状態だと思います。
ただ・・
失礼ながら質問者様の「回答欄」を拝見させていただきましたが
他に意識を持っていけるようなので
そちらの心配はないように思いましたが。
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あなたがいつまでも悲しんでいるので、ワンちゃんは心配できっとまだ天国へは行けてないんじゃないでしょうか?


あなたが早く元気になって、いつもワンちゃんを思い出してあげ、ありがとう、楽しかったねって祈ってあげるのが一番の供養になると思います。
私も最愛の猫を先日亡くしました(昨日が2七日でした)。成す術もない突然死でした。
でも私が悲しんでばかりだと、彼は心配して私の傍から離れないと思うので、頑張って元気を出して、いつも「ありがとうね、沢山愛してくれたこと、私の中に生きてるから一生一緒だね!だから、安心して天国に行ってね」って祈ってます。
もう既に、子猫を探しています。彼の分も愛して、彼の分も長生きして欲しいと思っています。
「千の風になって」ご存知ですか?まだでしたら、是非お勧めします。
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私も2度愛猫を亡くした経験があります。


特に2年前に病気で1歳の子を亡くしたときは、その最期がとても苦しんだために辛い想いをしました。
後悔ばかりで自分を責める日々でした。
この気持ちがある日ふっと吹っ切れたのは、あの子が亡くなって丁度一年目の日でした。一周忌の供養をして(簡単なものですが)お線香をあげまだ家にある骨箱を抱いてあげたとき、とっても軽くて箱の底が冷たくて、「あぁもうここにはいないんだ」って思ったんです。
そして、今この子に言葉を掛けなければいけないのはいつまでも後悔してのごめんね、ではなく、家に来てくれてありがとう、ずっと大好きだよ、会えて嬉しかったよ、って感謝をすることだとそう思いました。
きっとあの子もそうして欲しかったのだと、なんとなく感じました。
忘れることはないと思いますよ。
ずっとずっと想ってあげてほしいと思います。
でも、大好きだった飼い主さんがいつまでも自分のせいで苦しんで、悲しんでいると、天国へ逝ったワンちゃんは心配で、そこにいる沢山のお友達と思いっきり駆け回ることもできずにいるかもしれません。
自分を責めているかもしれません。
そんな悲しい思いをわんちゃんにさせてもいいですか?
天国へ逝った子はみんな健康になって元気になっているといいます。
それを信じて「元気になったよ!またいつか会いに来てねっ!」って言ってあげてほしいです。

喜びますよワンチャン。

逆の立場になって考えてみても、大好きな人には自分が居なくなっても元気で笑顔でいてほしいと思いますよね。
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お気持ち痛いほどわかります。


私もそうでした。
私は暫くしてタイプの違う犬を飼いましたが、死んでしまった犬の代わりにはなりません。
その子はその子です。
でもある日当然こう思ったんです、「私には好きな犬がこんなにいる」と。
今の犬も死んでしまった犬も好き、大好き、何て幸福なんだろうと。
きっと姿が見えないだけで、そばにいると思うんです。
お気に入りの場所で日向ぼっこして眠っているでしょう。
今でもその犬が通れるように、無意識にドアを少し開けたままにしてしまいます。

どうか、悲しまないでください。
悲しんでいる貴方をその子も心配していますよ。
辛い肉体から離れてとても自由になっているんですよ、だからご自分を責めないでください。

貴方も安らかなお気持ちになれますよう祈っています。
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もらい泣きしてしまいました・・・


私は生まれた時から一緒に育ってきた妹分(犬・享年13歳)を小学校6年の時に亡くしました。亡くなったのは明け方だったし、まさかその日亡くなるとは思わなくて最期も看取れなかった・・・
あれから30年以上たちますが、未だに命日には憂鬱になるし、似たような犬を見ると胸が痛いし、何かのきっかけで泣いてしまいます。
亡くなる前の晩、大好きなビスケットをちょっとしかあげず「また明日ね」と言ったこと・・・どうしてもっとあげなかったのか・・・まだ後悔しています。思い出したら今また涙が出てきました。きっと一生後悔すると思います。
「こんな悲しい思いするならもう二度と犬は飼わない!」家族で誓いました。でも結局3年たって家に泥棒が入ったことをきっかけに二匹目を迎えました。やっぱり犬が好きで、家族中寂しさに耐え切れなくなったのです。泥棒が入ったのはいい口実でした。
そりゃ彼女を亡くした悲しみは一生忘れないし、これからも時々思い出しては泣くだろうと思いますが、でも私はその悲しさも含めて彼女とめぐり合えて幸せでした。たくさん暖かい、楽しい、幸せな思いをさせてもらった10数年でした。悲しい思いはしました・・・今も悲しいですが・・・彼女と過ごしたことは後悔してません。
自分にはなすすべもなく、自分の前で大切な愛犬を亡くされたあなたは私よりもっともっと悲しいと思います。これから先、もしもっと悲しいことがあっても、愛犬を亡くしたことが悲しくなくなるときはこないんじゃないかな。泣かなくなることはないでしょう。でも私はそれでもいいと思いますよ。
友人は愛猫をやはり腕に抱いて看取りました。でも彼女は「(亡くなったのが)私が仕事に行っていないときじゃなくてよかった。休みになるまで待っててくれたのかも」と言ってました。そういう考え方もあります。
無理に乗り越えようとしなくてもいいんじゃないでしょうか。思い出して泣いても、このまま次の子を迎えられなくてもいいんじゃないでしょうか。
ただあなたの愛犬は決して不幸じゃなかったと、縁があってあなたと一緒に生きられたことを感謝していると信じてください。いつか少し泣く時間が減っていくと思います。
長々とすみませんでした。
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