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「目が合った」というのはどうしてわかるんでしょう。
至近距離ならともかく、例えばとまってる電車の中でホームにいる人とか廊下の端にいる人とかと「あ、いま目があっちゃった」と思うことがあります。話してる相手が少しでも視線をそらすと「あ、それた」とわかるように・・・。
妙な質問ですみませんが、どうしても気になってしまい質問させて頂きました。友人は全部思い込み、だというんですが、そうなんでしょうか・・・。

A 回答 (7件)

私たちは何かものごとについて分析しようとする時、いったん静止


したイメージに描きなおしてから、考えようとしてしまいがちです。
これはものごとを頭で考えようとする時、論理的思考に向いた言語
という道具を用いているからなんですね。そして、言語的な思考で
は、ものごとを静止した構造に置き換えた方が都合がいい(分かり
やすい)わけです。けれども、実際の私たちは絶えず動いています。
そして、私たちは動きのなかから、様々な情報をピックアップし、
自分たちを取り巻く環境や他者について知るスキルを身につけてい
ます。いわば私たち動物は、動きのなかから情報を抽き出してくる
名人であるといえるでしょう。

これが「目が合う」となぜ認識できるのかということを理解する鍵
となります。私たちはまだ幼く、言葉を身につけるよりもずっと前
から、母親や家族たちに囲まれ、身振りや表情、あるいはちょっと
した物音や他人の声の調子などから自分のおかれている状況や他者
について知る訓練を行っているんですね。そのもっとも基本にある
のが他者への「気づき」です。私たちは様々な試行錯誤を繰り返し
ながら、他者への「気づき」方を学び、ちょっとした動きや変化の
なかから、世界を知るスキルを養っていくわけです。

「目が合う」という時、ほとんど動きがないように見えても、実際
には見る側も見られる側も完全に静止しているわけではなく、何ら
かの活動をつづけています。それは眼球の動きはもちろんのこと、
ちょっとした表情であったり、顔の向きや姿勢の変化であるのかも
しれません。私たちはそんな些細な動きや変化からでさえも、他者
についての手がかりを得ることができるのです。「目が合う」とは、
そうした「気づき」と「気づき」がぶつかり合う、接触のはじまり
ということができるでしょう。
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同様に、おもしろいご質問なので思わず答えたくなってしまい、おじゃましました。

(笑)前の方の回答のように相手の顔にふっと目をやって、「視線が合う」というパターンもあるにはありますが、どちらかといえば私は自分が「あさって」の方向を見ていて、他人にジーッと見られて、はっと気がつく(だいたいは皮膚で感じるというか・・・)場合がほとんどですね。別に変わった髪形、服装、行動をしているわけではないのに「なんでかなー」と思うことはあります。相手の視線が背中を貫き、振り返らざるを得ない、そして目が合うという感じ(笑)霊感みたいなものは一切ないし、自意識過剰でもありません。うーむ?

不思議なことにラッシュ時の「満員電車」って視線ってあんまり合わないとおもいませんか?みんな、故意に避けている感じです。朝から他人と目を合わせてやっかいなことになりたくないからか?朝疲れていて他人を見つめる元気、好奇心もないからなのか?不思議です。
ごめんなさい!回答になってませんね。
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 えとですね。


 人間は、「人の顔」に敏感に反応するように出来ています。たとえば、

 ○   ○

   ○

 これ、↑人の顔に見えません?
 これは人間の輪郭誘導現象というものなのだそうです。心霊スポットで、壁のしみが幽霊に見えたりするのもこれなのだそうで。

 ですので、「相手がどちらを向いているか」についても脳は敏感に反応します。相手がこちらを向いたとき、自分もこちらを向くと、脳は「相手が今自分を見ている」と認識します。
 これは、相手が、「攻撃」あるいは「好意」などの何らかの理由でこちらに興味を持っている可能性を警告するための生理現象です。

 もともとはおそらくは、古代において、人間同士の抗争を避けるための機能だったのではないでしょうか。
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面白い質問ですね。

目が合ったことがわかる理由には、思い込みもあるでしょうが、考えてみると、人間は遠くに離れていても、ちょっとした目の
動きを察知できますよね。これは不思議です。
色々考えてみましたが、やっぱり目の中の黒い部分(以下黒目と呼ぶ)がどのような位置にあるのかを見ているから、目が合う合わないが解るの
だと思いますよ。もちろん「それに伴う表情」や「その後のアクション」も関係してくるでしょうが、相手の目を「目隠し」などでふさいで実験
すれば、目が合った合ってないは絶対わからないわけですから、基本的には相手の目の動きを我々は見て判断しているのでしょう。
相手の目線がこちらに向いていても、その焦点が近くにあるか遠くにあるか、あるいは自分を見ているのかを把握することが出来ます。例えば電
車に座っていて、向かいの人の目線がこちらを向いていても、その人が自分を見ているのか、自分の背後にある風景を見ているのかはすぐに分
かりますよね。つまり、私達は相手の目の焦点を追っている、すなわち、
  相手の目の中の左右の黒目が目全体の中のどの位置にあるのか、あるいは左右の黒目が寄っているのか離れているのか
を我々は瞬時に判断できるのでしょう。これは相手の気持を考えるとか、相手がどんな人間かを探るなどの、人間が社会性をもって生きていくた
めに必要な行為の積み重ねによって、このようなことが出来るのだと思います。
もし、視力が悪い人で、上記のように黒目の位置を確認しなくても「目が合った」と分かる人の場合、やっぱりそれは思い込みなのでしょう。
なんか熱く語ってしまいましたが・・・・・どうもterakoさんの質問にちゃんと答えられている気がしませんが・・・・・
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科学的には目が合うというのは、


1)視線が相手の顔に焦点が合う
2)次にその刺激(信号)が脳の視覚領域に伝わり、なんらかの反応を起こす
ということですが、人間関係においては、その後のアクションが問題でしょう。

日本人は、何かの行動を起こす意思がなければ、「目をそらせ」ます。変にそのままの状態だと、「ガンをつける」という好ましからぬ状態になります。

アメリカでは偶然でも目が合うと、Hiと言ったりほほえんだりして、軽い挨拶をします。ヨーロッパはその中間ですが、表情を変えずに目をそらす場合が多いです。

日常のちょっとしたことですが、気になりますよね。
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私も経験があります。


特に思春期の時に、
目があったと言うのには「事実」と「願望」とが色々と交差するのだと思います。
もちろん相手が目があったと思った後何らかの反応を示してくれれば良いのですがそうでない場合だってありますよね。
気になる相手がいて目が合ってしまうと素知らぬ顔をしてしまうと切ってありますから。

もしその相手が気になっているときは、後は距離感を段々詰めていくしかないのでは。そしてどうしても気になる相手だったら思い切って話しかけてみることです。
ただし「私を見てたよね?」なんて話しかけるのはお勧めしません。相手の気持ちが分かっていないんだから。

あまり気にならない相手だったら「思いこみ」と思ってしまってはどうでしょう。

ただ、全部が全部思いこみとは決して思いません。
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「目が合う」というとき、お互いの視線の方向が合うことはもちろんですが、相手の存在を認識して、表情が変わることによって、「目が合った」とわかるのだと思います。


相手がこちらを見ているようだけれど、自分に気づいてはいないようだ。
ということってあるでしょ。とくに、視力の悪い相手なんか、よくあります。
声をかけると、おどろいたように表情が変わり、そのあとは「目が合う」というかんかくがありますね。

「目をそらす」というのは、今まで合っていた視線がはずれることですよね。
気になるのは、近くにいて話している相手に視線を外されることですが、これは、相手の視野(多くは自分の背後)に、相手の知り合いなど、視線を一時合わせたい人が現れた時、相手がそちらの人に視線を合わせることにより、自分の視線とは合わなくなってしまうということで、つまり、別の人に視線を合わせる瞬間の表情の変化で気づくのだと思います。
相手が、話の内容によって、自分とは視線が合ってないけれど、ちょっと上の方を向いているとか、考え事をする表情になった、というときは、たとえ視線があっていなくても、あまり気にならないものです。
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