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3人の幼児がいる母です。震災があった場合、夫は不在であることを前提にすると、”幼稚園から家へ帰宅” ”家から避難所へ移動” など私一人で3人を連れて移動する必要がありそうなのですが、火災や家屋倒壊や地割れなどを想像すると、怪我なく無事に連れて行けるのか不安です。

<質問1>そもそも避難所へ行く必要性は?

自宅は耐震設計の木造1軒家2階建て(築5年)で、周囲もそのような家が多いです。建蔽率も低いので延焼の可能性は低いと考えているのですが、火災や家屋の倒壊がなかった場合は、自宅待機でもよいのでしょうか?

役所のHPなどを見ると、「近所の人と避難所へ→様子を見て大丈夫そうだったら自宅に戻る」とあるのですが、子連れで家が無事であっても、当日はいったんは避難所に行って情報を得たり、物資を受け取ったりする必要があるのでしょうか?(夫の帰宅はおそらく翌日以降になると思います)


<質問2>子供をどう連れて行くか

子供は5歳、3歳の双子の3名なので、夫が不在なことを前提にすると、私がリュックをしょい、3歳双子の両手を引き、5歳の子は私の後からついてくることになるかと思いますが、その場合、迷子防止などのために子供たちと自分をロープなどでどこかをつないだりするべきでしょうか?双子の同時おんぶは難しいし、双子用ベビーカーは移動には邪魔そうなので、手をつなぐ以外に思いつきません・・。


子連れ避難の経験のある方や、同じような状況で何かいいアイデアをお持ちの方がいらしたら、ぜひ教えてください。

よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

少なくとも避難地には行ったほうがいいかもしれませんね。



築浅でも、ゆれでゆがんだりガラスが割れたりはあるでしょうし。
完全に倒壊しないまでもね。
ライフラインも途絶える可能性がありますし。

火事だって、通常なら延焼しない距離かもしれませんが
何十メートルも離れてるわけじゃないのでしょう?

災害時に消防車が来れますか?
密集地、危険な工場、中心地が火災ならそちらに行っていて
燃え尽きる自然鎮火を待つしかないかもしれません
強風が吹けば、燃えているものが跳んでくるかもしれません。
自宅がガス漏れや漏電で火事になることもあるかもしれませんしね。

情報を得るのも自宅では難しいでしょうしね。

被災生活が長引けば、避難所で支援物資などもらう必要があるかもしれません。
とりあえず、当日はまだ物資などはないかもしれません。
ただ相互の助け合いとかはできるかと思います。

もちろんそのときの避難経路の危険などと天秤にかけて
あまりに危険、自宅のほうが安全という場合もあるとは思いますけど。


移動については子供二人と手をつなぐ、が妥当でしょうね。
何かのときにロープが絡まるといけないからロープを握らせて歩くとかもいいかもしれませんが。
保育園などで集団を歩かせるときにロープにつかまらせる場合があります。

道も倒壊物や、下水上水の噴出し、などで一時的に一列になるとか
臨機応変に形態を変える必要があると思うので。

ただ、いろいろ想定してお休みの日などに、母子3人で避難経路を散歩しておくのもいいと思います。

この回答への補足

自宅は東京の郊外(内陸)なので津波の心配はないです。

避難所は子連れには厳しい環境だという話をよく聞くので、家にいれることになった場合はできるだけ家で過ごせるように、非常用バッテリーも常に充電してあり、電池着火のストーブや、水や灯油の買い置きなど、ライフラインについては数日はサバイブできるように考えています。

補足日時:2012/02/04 20:37
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この回答へのお礼

ありがとうございます!
確かに、周囲で何が起きるかは想定できないですね・・。

リングロープのアイデア、いいですね!手作りしてみようと思います。
そして避難経路を事前に散歩しておく、これは必要ですね。ぜひやってみます!

お礼日時:2012/02/04 20:40

大震災で震度6の地域に住んでます。

震災当日2才と7ヶ月の二人の子供を抱えてました。

地震にもよりますが、家が倒壊した家は回りにはありません。よっぽど古い家じゃないと倒れないんだろうなと思いました。
家の中はぐちゃぐちゃですが、食べ物や毛布を引っ張り出すことは可能でした。幸い火も水もこなかったので、防災グッズは用意してませんでしたが、家の中からオムツ、ミルク、カセットコンロ、水、やかんを出してきてしのぎました。
私のとった行動は、アパートの駐車場にアパートにいた人たちが集まり、同じく子連れがおおく、顔見知りだったので、幼稚園にお子さんがいるお母さんは自転車で迎えに行ってる間は下の子を預り、みんなで協力してどうしようか一緒に行動しました。
すぐ近くに中学校があり、日がくれる前に見に行く、ライフラインが止まったので電気もなく、体育館は天井が落ち使えなかったので、教室や廊下に人があふれてる状況で、子供を連れてでは行ける状態ではなかったです。まずは一晩飲み食いは困らなかったので、だったら車の方がいいと思いました。
雨風しのぐ場所がないなら避難所を使うしかないですが、震災当日の整ってない避難所は、我慢のできない年齢の子供は行きにくかったのが正直な感想です。幸い私達は場所を提供してくださった方がいたので小さい子連れはそこで過ごしました。
私の話しが長くなりましたが、避難所に行くかどうか一人で悩まずに、まずは近所やその場に居合わせた人と、揺れが落ち着くまで安全なところで様子をみて、その後を考える。被害状況にもよるし、地形、気候、時間帯で違います。
ある程度シュミレーションをして、どう行動をとるかご主人と話してみてください。
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この回答へのお礼

実体験に基づく情報、助かります。ありがとうございました。

近所には、小さな子連れ(みなさん一人っ子ですが)がたくさんいるので、確かにお互い助け合うのはいい方法ですね! お迎えの際は手分けするという発想はなかったです。なるほど!

状況の判断も、おそらく自分ひとりでは冷静にできないので、まずはその点で近所と相談して助け合えばよいのですね。非常にリアルに想像できました。ありがとうございました。

お礼日時:2012/02/04 20:40

東日本大震災を経験しました。

現在は仮設住宅暮らしです。
http://okwave.jp/qa/q7263426.html

経験して感じたことは、津波が想定されない地域でも避難所に行った方が安全です。火災や家屋の倒壊がなくても、停電、断水でライフラインが止まる可能性があります。

停電になると何の情報もありませんし、断水になるとお水も飲めないし、食事も作れません。今回の場合は、震度5クラスの余震が頻繁にあり避難所にいても恐怖でした。

何よりもそういう場合は“火事場泥棒”があり、治安が悪化します。避難所に行き集団行動で情報交換し、旦那さんのお迎えを待った方が安心だと思います。

お子さん三人の避難なら、5歳の子の手を引き、双子のお子さんはベビーカーで移動するしか選択肢がありません。リュックはベビーカーに乗っけるしかないでしょう。危機感を持って旦那さんと相談して下さい。

今回の震災で感じたことは「何事も想定外という怖さ」です。人間の力ではどうにもならない出来事でした。

テレビでは伝わらない巨大地震を経験しました。
とんでもない大きな津波が見えてから慌てて逃げました。走って2分の高台に登り、振り返った時は、町はがれきの山でした。すぐにどこかが爆発し火事が発生。この場所に津波はこないだろうという過信がありました。多くの人が津波で流され、生きたまま瓦礫にはさまり、津波後に発生した火事で亡くなりました。悲惨な光景でした。

自分の家で火事が発生しなくても、2キロ先に火事が発生しただで、風向きで火事は瞬く間に延焼します。
色々な事が想定外におこるのが天災です。

生々しい内容で申し訳ございませんが、どうか逃げてほしいと思いました。

この回答への補足

東京の田舎のほう(内陸部)なので、津波の心配は大丈夫そうです。

双子ベビーカーは、舗装された普通の道でも押すのは一苦労なので、地割れがあったり、物が散乱している状態では前に進めないと思っているため、徒歩でしか移動できないのがつらいところなのです・・・。

補足日時:2012/02/04 20:42
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この回答へのお礼

大変なご経験をされましたね・・。思い出すのもお辛いと思うのに、ご回答どうもありがとうございました。「想定外のことが起きるのが天災」肝に銘じようと思います。

火事場泥棒のことは、全く考えていませんでした。確かに大勢が避難所に行ってしまった後、我が家だけ残っていて、そういうことがあったら、と想像したら怖いです・・。治安という意味でも、避難所は安全なのですね。

避難所に無事にたどり着いたとしても、大人1人で幼児3名をおとなしく1か所にとどめておく自信もなく、例えば3人が交互にトイレに行きたいと言い出したらどうしたらいいのだろうとか・・・・など家の中では対応できるけれど、外では大人一人で対応できない点についていろいろと悩んでいました。

しかし、それよりも危険を避けることのほうが、全然大事ですね・・。

近所の顔見知りを一緒に行動して、避難所まで行き、避難所の中でも助け合えるようにするのがベストなのだと思えました。

どうもありがとうございました。

お礼日時:2012/02/04 20:51

私は、31年前2x4で、2階建てを建築しました。


外壁は、木造(2x4)のため、当時(10年毎の外壁塗り替えの度)
考えられる中で、最も外部からの延焼を防止できる構造としました。

また1階床は、グランドピアノを購入する予定であったため、床強度を
基準の2倍とし、
食卓(180cmX90cm)で、2階が潰れても、食卓が妻と、
子供2人(5才、4才)を守れる強度を持たせました。
また、天井の照明は全てダウンライトとし、シャンデリアの様な、
ブラブラ揺れる構造と、落下を防止しました。

当時は、3月11日の地震ではM9.0が発生しましたが、
M9.0の概念が無かったので、

震度7までは、(隣家の火災は、我が家の防火構造で
30分以内に逃げれば大丈夫)地震の震動が収まるまでの、
せいぜい3~4分は、1階Lの食卓の下に隠れる、

地震の揺れが収まったら、区の公園(子供の足で4分)、
周りが落ち着いたら明治神宮(子供の足で、11~13分)と、
子供にも、一人で行ける避難場所を決めました。

おかげさまで、その後何事もなく、息子、娘は昨年結婚しました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

我が家も、家具はすべて建付けで(TVも壁付)、照明はすべてダウンライトです。落ちたり倒れたりする家具はない状態にしてあります。
31年前にすでにそこまでしてあったというのは、素晴らしいことですね!

子供一人で行ける公園というのは、ちょっとまだ難しいのですが、上の子が小学校に上がったら、それも想定しなくてはいけませんよね。

お礼日時:2012/02/04 20:56

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