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なぜ、イジメっ子を闇討ちでも半殺しにしないのか?
自殺するくらいなら、そうしてみてはどうか。
と、考える人も多いのではないだろうか?

マンガ「カメレオン」でそういうのがあった。
壮絶なイジメにあっていた少年が発作的ではあるが、
イジメのリーダーを後ろから椅子でタコなぐりする。
後にその仲間から報復があるが、そんなものには負けず
寝込みを襲ってでも、敵を半殺しにする。
そのうち、イジメっ子たちはその少年に手を出さない
どころかその少年にビビリだした。

常識的に考えたら暴力はいけない。
だがどんな奇麗事をいっても暴力でしか解決できない
こともある。
暴力では何も解決しないというが、話し合いなどでは、
もっと解決しない事もある。

僕の友人も学生時代イジメられていた。
彼の親は子供甘いので、その度に転校させていた。
また今日テレビでヤンキー先生が、イジメにあったら
無理に学校に行く必要はない。とも言っていた。

まあ、それらは一つの方法なのだろう、だが根本的な
問題は何一つ解決されていないように思う。
自分が強くなったわけではないので、やはり所詮は
どこかでイジメられる。

先生や教育委員会は守ってはくれない。
アンケートでイジメがあったのを見落としていた、という
大津市のクソのような教育委員会のようなものもいる。

やはりイジメにあったら、二度とイジメなどしようと思わない
くらいにイジメっ子を叩きのめすのがいいのではないか?

みなさん どー思います?

A 回答 (15件中1~10件)

まあ、なんつうか、


その気概があったら、
はなからいじめられないというね。

奴ら(加害者)はかなり鼻が利くよ、
やられても何も出来ないようなのが、
わかる見たいだよ。

いや、俺もね、
あいて(加害者)ぶっ殺しても
かまわないんじゃないかと思う方だけどね。
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イジメは氷山の一角です

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そうですね。

方法論としての妥当性には議論があるだろうけど、方向性としては間違っていないと思います。そういう反撃精神、反抗魂が生きる力なのではないでしょうか。生きる力の弱体化がイジメっ子をつけあがらせているということはいえるでしょう。ただし問題はそう単純でもなくて、地域社会をぎゅうじるモンスターがイジメっ子の背後にいて、学校もモンスターに恐れをなしているという現状もあります。逆に言えば、イジメられっ子には頼りになる味方がいないわけで、それだからこそいじめられる。子供だけで解決できないということは、その背後に極端な非対象性があるからです。学校側が問題を無かったことにしたいという姿勢をとるなら、それは学校とイジメっ子は利害を共通するということです。だからイジメられっ子にとっては頼りにしたい教師が逆にイジメっ子の手下になりさがっているといことです。これはとんでもないことです。相談したことが全部敵方に筒抜けになってしまう。ひとたまりもない。そういう現状があって、イジメられっ子は絶望感につつまれて戦意を喪失してしまう。それだけに学校の責任は非常に重いのだということです。守ってはくれないどころではなくて学校はイジメっ子側に加わっているんです。
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カメレオンって…懐かしいですね(笑)


あれは追い込まれたあげくタガが外れて、
ねじがはずれたようにそうなった、
という展開でしたね。

いじめっ子は相手の痛みや苦しみがわかんない、
人を傷つけることになんとも感じないから
いじめるんだと思います。
いじめられっ子は人が傷つけることはいけないことだ、
とわかっているから闇討ちとか出来ないんだと思います。
最初から気性が勝ち気で前面に出てる子だったら、
そもそもいじめにも合わないでしょうし。

法律で「闇討ちOK」とか出来れば法に乗っ取って
気兼ねなくやれるんでしょうが。
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法律では、正当防衛なるものがあります。



なので、これを拡大解釈して、いじめられたとしまして、
これを恨み一突きに刃物等で一発で成敗するということを
してしまっても大丈夫だと大多数はおっしゃっています。


いじめを成敗するということは、正義なので罰せられることはなく
仮に捕まったとしてもとりあえず落ち着いてというところで、
落ち着けばすぐに釈放してもらえるものです。

わかりきったいじめをする人というものは仕返しにあったとしても
やむなしと思っているので、その通りにしてあげるのも相手にとっても
本望なのです。


ただ、なぜ自分の手を汚してまでそんなことをしなければならないのか?
など加害者の汚い返り血など浴びたくないので、粉を入れてあげるですとか、
スキをみて階段から突き落とすことなども有力になるやもしれません。


電話の勧誘でも、いたづらに金を引き出そうとする人には
その人をおびき出し成敗してもその電話する人が悪いということで
たとえ息が耐えるほどにしても罰せられることはありません。

その電話をするものが悪いとして、処理されるというのが日本の法律です。


いじめを叩きのめすのには、一発で仕留めて反撃ができないようにすることが
有力視されています。

ひそかに反撃武器を所持することで事が起きれば一気に叩けるように準備する必要がありそうです。


もちろん学校など休んでも結構でプライドが許さない場面ではありますが、
くだらない学校にはいく必要も無く、勉強は通信で習いなおし、その責任は先生にとらせる。
というか勉強に協力するという意味でもありますから、その援助は存分になされるでしょう。

登校拒否という方法も賢い手段です。
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 言いたいことは分かります。

何とかして一撃を喰らわせたいと思います。しかし反撃などしてこない人を選んで虐めのターゲットにしているのです。反撃しない女性を狙って痴漢や強姦する発想と同じです。万一反撃でもすれば、複数の仲間を引き連れて仕返しに来ることは明白です。ですので反撃するなら半殺しが最低限ですが、まともな人間にはそれができません。結局別の解決方法を探すことになります。
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全くそのとおりだと思います。



問題は、世の中が男女半々の意見があることで、統一見解が取れなくなったことですね。
男の中にも女みたいなのが増えているから、半々以上に女々しいことになっているでしょうか。

男性社会なら、間違えなく、自らを鍛え、訓練して、復讐せよ、です。
それが日本の武士の戒めだったじゃないですか。

私は少年のころ家が貧しく、体が弱く、加えて近視でメガネを掛けていたのですが、そのメガネの度が合わなくなっても新しいのが買えないので、メガネを斜めにずらして黒板を見ながら従業を受けておりました。

そんなだから、格好のいじめのターゲットで、ガキ大将が態々いちゃもん付けてきて、喧嘩を誘発され、結果、ボコボコにやられて、貴重なメガネのフレームが折れてしまうなんてことがしょっちゅうでした。でも、貧しい家に新しいメガネを買ってくれととは言えないので、セロハンテープでぐるぐる巻きにしたメガネフレームを掛け、またまたいじめの対象になってしまうのでした。

そんな小学校・中学校を過ごしましたが、当時の小学校・中学校の教師は、虐めの防止なんて発想はなかったのか、まったく救援・保護の兆しはなかったので、自ら、体を鍛えて、何時か、復讐してやろう、殺してやろう考えておりました。

メガネが理由でサッカー部を辞めることになり、メガネでも参加できる陸上部に移りましたが、そのころから家の食事も良くなり、体も普通になったので、運動会などの校内競技では1位になるのようになったのです。クラブ活動で毎日やっているので当たり前です。地域の陸上競技会などは予選落ちの実力でしたが、多寡が中学校の中であれば一番になるっていう程度です。

そして、中学の2年になるころには、新しい眼鏡も買ってもらって、普通に勉強ができるようになり、全国共通テストというのを受験したら、その中学校内からの参加者の中では一番の成績だったのです。全国で数百番か数千番ですから、どうってことはないのですが、バカばかりの公立中学校でしたから、私でも一番になってしまったのです。

その日から、まず、教師によるいじめが減りました。
私にも発言の機会をくれるようになり、発言の内容にも耳を貸す様になったのです。
教師の変貌を生徒は見ていますね。 
担任教師が、一部の女生徒に、私が全校一の成績をとったことを漏らしました。
中野良い女生徒だけ特別扱いする厭なオヤジ教員でした。
でも、当時は個人情報保護なんて考えはなかったので、別に問題にならず、噂が全校にひろがりました。
「あの牛乳瓶の底メガネの、あいつがか?」ってなもんでしょうね。

で、結局、陸上競技で走れば三人抜き、全国模擬試験を受けると、全校一位二位が当たりまえになったので、中学三年のときにはまったく虐めがなくなったのです。
虐めをするのは弱いものを虐めるのが楽しいらしく、もはや弱い者でなくなったので虐めをする楽しみが無くなったのでしょうね。

結果、中学卒業式の日に、殺人をする計画は実行しませんでした。
のど元過ぎたら熱さを忘れるというか、私の性格が根っから甘かったからでしょう。

やはり卒業式の時に滅多打ちにしておけばよかったと、今思い出すと少々後悔はしています。
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”暴力では何も解決しないというが、話し合いなどでは、


もっと解決しない事もある。”
   ↑
人間の歴史を見れば、物事の殆どは暴力で解決して来た
ことが解るはずです。
話し合いで解決したことなど、殆どありません。
暴力では何も解決しない、というのは暴力を減らそう
としている人の造ったウソです。

”やはりイジメにあったら、二度とイジメなどしようと思わない
くらいにイジメっ子を叩きのめすのがいいのではないか”
   ↑
全くその通りだと思いますが、現実には・・・・。
いじめる奴らは、卑劣ですから、相手が手強いと判るや
すぐに手を引きます。
知人の高校生がイジメにあっていたので、親に言われて
空手をやりだしたら、それだけでイジメはぴたり、と
止まりました。
刑務所で一番怖いのは腕っ節の強いヤツではありません。
何をするか判らないヤツが一番怖いのです。
そういう人間をいじめることは出来ません。

”イジメっ子を闇討ちでも半殺しにしないのか?
自殺するくらいなら、そうしてみてはどうか。”
   ↑
そんなことが出来るヤツは、そもそもいじめられない
と思います。
イジメなんかする輩は、動物と同じなのです。
倫理も道徳も持っていません。
弱そうで、反撃などしそうもない人間を狙うのです。
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<イジメっ子を闇討ちでも半殺しにしないのか?


ガキにそんな価値なんてないじゃないですか
戦争にいけば相手はたくさんいそうだしね。

<自分が強くなったわけではないので、やはり所詮は
<どこかでイジメられる。
そのガキとかにも家庭があるんですよね
それでしたら もう 勝ったようなものではありませんか
卒業するまでには例外なく謝罪してくるはずですよ
社会人になるまでには ガキでも成長するかもしれませんよね
ガキのままで社会人にはなれないんですよ 誰にも相手にはしてもらえませんよ
立場が悪いままで社会人になれた という人は聞いたことないですよ
もしかして 将来同窓会とかあったら いしめられていた人がいつまでも おとなしいと
勘違いしていませんか 笑い

<イジメっ子を叩きのめすのがいいのではないか?
そんな くだらない人でも 少しは成長するんんじゃないですか
そしたら 将来を心配して 一生懸命に謝るはずですよね 笑い
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結局「いじめられ続けて人生を失う」のが「傷害事件を起こして人生を失う」に変わるだけで、問題解決してないでしょ、それ。



いじめている奴を闇討ちで半殺しにした場合、それを根拠にいじめられていた側にも理由があったに違いないとか言われるようになっていくのは過去の例を見ても明らかで、どのくらいの人が仲間になってくれるかは疑問。
世間の多くは事件の背景情報みたいな面倒臭いものに興味を持たないし、反論しても「見苦しい言い訳」としか認識されないしで、結果だけを見て感情をあらわにする人たちから嘲笑や侮蔑の対象にされてしまうのは確実。
それに我慢ができずに再び傷害事件で解決しようとすれば、そういう人なんだなという認識が確定していく悪循環。
そういう環境で素晴らしい人生がおくれるかは本人次第だけど、一般論としては難しいと思う。
だから(将来ヤクザの鉄砲玉希望とかじゃなかったら)イジメっ子を叩きのめすのは賢い方法とはいえないと思う。

でも、だったらどうすればいいんだと言われても私には明確な答えは無いんですけどね。

以下余談
学校の教員は過剰労働が常態になっていて、アホほどストレスの溜まる仕事ばかりで、職場としては典型的なブラック。
だから有能な人は転職していくし、真面目な人は過労死したり精神を病んだり自殺したりで、アレな教員が増えていく悪循環。
さらに、今回のアレな対応とかをどこまでも一般化して無関係の人をもクソ呼ばわりしたりとかで、より酷い環境へ突入しつつある。
だからといって教員が暴力的アピールすれば問題解決するかというと、逆効果にしかならないことは皆理解している。
でもそれが生徒のいじめの場合は暴力的アピールで問題解決するかも、という幻想を持っている人がそれなりにいるのはなぜだろう?
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