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小学校の土曜休みについて質問させてください。やはりこの土曜の休みって弊害ないですか?平日の授業時間数は多くなり、土曜は休みが増えただけで勉強するわけでなし(我が家の場合)。塾に行っている生徒はどんどんかしこくなっていって、しない生徒はどんどん学力低下するまさに今の日本の所得者のように裕福と貧乏の両極端になってしまってませんか?小学生に限らず中学・高校もすべて土曜休みでしたよね?土曜日の授業の復活はもうないの?こんなことでいいものでしょうか?

A 回答 (11件中1~10件)

あなたは勘違いをなさっています。



>塾に行っている生徒はどんどんかしこくなって

なりません。
小学校で、塾に行って何をするか。
実体験のないままに、他人の知識を脳に押し込めるだけです。
あなたの子供に、まるでロボットのように、考えるということを知らない人間になってほしいですか?

小学生や中学生は、もっと実体験に重きを置くべきです。
道ばたのタンポポをちぎってみたこともなく、図鑑や参考書のタンポポの解剖図だけは正確に描ける、でも、タンポポのむせかえるような青臭いにおいや、すらりとのびた茎の手触りなどは全然知らない子供が、本当に羨ましいですか?

塾では、そういう気持ち悪い人間を量産するのです。

せっかくお休みが増えたのです。どうぞ、子供さんを、どんどん野原や河原に連れて行ってあげ、なんでもない雑草や、魚や、昆虫や、鳥たちと、もっと遊ばせてあげてください。
それが、脳を鍛える一番の近道だと思います。

生意気な発言、お許しください。
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この回答へのお礼

しずかさんはご結婚されてお子さんはいますか?というものクラスで半数はすでに塾に通ってます。実際に親の立場に立つととらえ方も違うものです。勉強についてけないから塾に行くという方もいるでしょうが。
〉塾では、そういう気持ち悪い人間を量産するのです。
では、なぜ皆さんいかせているのでしょうか?親ならば誰しもクラスで勉強について行ける子供にしたいと願うこともおかしいのでしょうか?
土曜が休みになって学力は低下してませんか?ということが聞きたいのです。

お礼日時:2004/05/05 09:37

こんにちは。

お子さんのお守りでだいぶお疲れのようで…。
土曜休みが貧富の学力差を増長させるという意見には異論がありますが、土曜休み困っているのは先生も同じのようで。今までは土曜日が出勤日だったのが休みになった分、振り替えで夏休みが取れていたのが夏休みも出てこなくちゃならないそうです。
中学・高校はクラブ活動がありますので、土曜日もクラブに入れておけば学校が面倒を見てくれますよ。
土曜日が休みになったことで、野外学習や2日間の長期の体験学習など今までにはなかなか出来なかった授業(と言ってもオプションですが)も出てきました。
中途半端に午前中だけ授業の土曜日よりも使い方によっては色々な楽しみや体験の出来る今のスタイルの方が自由な環境で子供を学ばせるにはいいのではないでしょうか。その分責任もありますが。学校に子供の教育をまかせっきりにする時代は終わったのだと思います。

土曜の休みよりも問題なのはハッピーマンデーとか言う月曜日の祝日!!!おかげで月曜の授業の日が少なくなり、特に大学では月曜日に授業のある講座は日数が足りなくて補習もあるとか。祝日にも由来があるのですから元通りにして欲しいものです。
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この回答へのお礼

平日授業時間が1時間増えてとても疲れて帰ってきますね。土曜も部活動だとあるわけですね。ありがとうございました。

お礼日時:2004/05/05 12:08

それだけ自己努力が必要な世の中になると言うことでしょう。

それもまた必要なことかもしれません。それで差がつくことも当然なことと受け入れることが必要です。

学力は記憶だけではないと思いますが、そうは言っても基本的なことはやはり記憶させないと先に発展しません。したがって小学校レベルではどうしても詰め込みは避けられないでしょう。

むしろ就学年齢を早めるべきだと私は思います。
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この回答へのお礼

ご意見ありがとうございました。

お礼日時:2004/05/05 12:05

もともと文科省のすすめる「ゆとり教育」に問題があります。

本来の「ゆとり教育」とは100のものを教えるのに、それまでは100の時間を使っていたのを120の時間を使って教えることだと思いますが、今の「ゆとり教育」は80の内容を90の時間で教えようとしているものだと思うのです。その弊害は直接的に「学力の低下」を招きます。「ゆとり教育」が幼・小・中・高・大と一貫しているならともかく大学受験、高校受験・中学受験などでは人よりも点数がとれないと合格できないので、学校教育だけでは競争に勝てず、塾に行って学力(本当は受験テクニック)を養おうとするのも無理もないことになってしまうのです。土曜日の休業は子どもにとっても教師にとっても弊害のほうが多いように思います。ただ人間の価値が学歴や学力だけじゃないことは自明で、現在の教育制度では学歴・学力を増やそうとすると本来の人間としての教育がおざなりになり、幅の狭い人間が大量生産されるという危惧があります。
貧富の差が学力の差になるのではないかというご質問ですが、その通りです。これは中曽根教育臨調の時から、それまで日本の教育は全体のレベルを上げることによって国を作っていこうとしていましたが、この時から、社会は一部のエリートが指導し、その他大部分の国民はほどほどの学力で、エリートのいうがままに働くようにする、という方針転換を行いました。その一部のエリートとは家庭に資力があり子どもに十分な教育を与えられる人々達であり、その他の人びとはたとえほどほどの大学を出ても、就職先もない、フリーターなどの不安定労働者にして低賃金で働かざるを得ない、するとその大部分の人びとの子弟はまた、資力がないために十分な教育も受けられないという悪循環(支配層にとっては好循環)が起こると思われます。
国公立の大学の授業料は20年前から比べて約10倍になって私立大学との差が少なくなっています。世の中は不景気を理由に不安定雇用者が増やされ、終身雇用も怪しくなり技術の継承ができにくくなっています。まさに教育臨調と財界が目指している二極化した日本が完成に近づいているように思います。
土曜日の授業の復活、ですが、上で述べた様なことが一部の教師、保護者、教育委員会から危惧として出されており、文科省も多少は考慮せざるを得なくなっているとも言われており、そのうち国民の運動とも相まって復活するかもしれません。
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この回答へのお礼

まさに今一番聞きたかったことなのです。学力の低下を感じるのですよね。クラスでももうはっきりと小学校の高学年になると出来ない子はより出来ないとなっているようです。ついていけてないのですよね。特に分数が出だして体積とかついていけない子供も増えていると思います。
〉国公立の大学の授業料は20年前から比べて約10倍になって私立大学との差が少なく
そうなのですか?知りませんでした。

〉フリーターなどの不安定労働者にして低賃金で働かざるを得ない、するとその大部分の人びとの子弟はまた、資力がないために十分な教育も受けられない
まさにうちのこと言われてる気がします。今塾でも月に2万もかかる時代です。出来ない子はより出来なくなっている・・・実感してます。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/05/05 11:50

ただの院生ですが、難しく考えているようですね。



小学生の勉強できる、というものがそれほどの者なのでしょうか。
小中高と勉強の意義というか、内容が違うのは周知の事実ですよね?
小中はただの詰め込み式で、考えることをしない。
高校は、暗記もいるが、考えてなんぼ。

また、小学生なんて川で泳いだり、畑で虫つかんだりと。そういったことをやっていたほうが幸せだと思いますし、ためになると思います。
中学とか行ったら、そうそうできなくなるのですから。

的外れな回答かな?w
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この回答へのお礼

いや自分もそう思うのですが、何せ、物騒だからと私立に向けて中学受験の親子さんだともう意識レベルが違うというか・・。本当に違うのです。自分も5さんのとうり全く同感です。遊び仕事ですからね。小学生は。所が進学塾だともう意識が違うのですよね。これが・・・。

お礼日時:2004/05/06 05:46

ヨーロッパでは、「体育」とか「部活」とかいうものは、土曜日に地域のクラブでやっています。



それを別にしても、昔から土曜休業しているドイツやフランスが学力低下しているわけでないので、いまの学力低下は、休みだけの問題と別の、文部省の一貫しない方針に原因があるんだと思います。
新しい方針ができたときに、それに反対した人もいたはずですが、何年かたってころっと方針をかえるときに、その人たちにあなた方のほうが正しかったね、とは絶対認めませんから。

〉国公立の大学の授業料は20年前から比べて約10倍になって私立大学との差が少なく
そうなのですか?知りませんでした。

考え方によりますが、
昔、国立が1万2000円だったころに私立が25万円程。
「比」でいえば20倍ですが「差」でいえば13万。
いま、さすがに「国立の20倍」の授業料取っている私立はないと思いますが、「国立プラス13万」の私学もないでしょう。
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この回答へのお礼

以前こんな方がいました。塾に行かすのは国公立の大学に入って欲しいからと。学費が全然違うからと。しかし、小学校からずっと塾でとなると大学までにはいったいどれだけの月謝かかるのだろうか?と・・。

お礼日時:2004/05/06 05:53

うちの子供は中学生なので、小学校入学時には隔週土曜日が休み。

4・5年生から毎週土曜日が休みになりました。

休みが増えると確かに、学校の授業の進みが速くなった・・・というより、教え方が簡単になったり、終わらないドリルなどは家庭に持ち越しになったり、ということを経験しています。クラスでは塾に行く子供たちも増えました。

でも私は、だから学力低下とは思いません。これは学校教育の制度ではなく、ある程度個人の問題なのではないかと思います。基本的に勉強だけが必要なのではないと思いますし・・・・。うちは裕福ではなく、塾へも行っていません。実際には家庭で学習しているだけで小学校は十分で、塾へ行っている子供と遜色なく学習していました。(私立中学受験の子供たちは特別問題をするので別ですが) 学力低下が心配であれば、家で漢字の練習や、計算問題など、学校で習う範囲の問題をしていればいいと思います。うちの子の場合、特に漢字と算数の理解もれが無いようにしました。また高学年の社会では資料のいっぱいある参考書の使用から、深い理解が得られ楽しかったようです。
※でも学習はどれくらいできるのかなと思って、小学校卒業時に学力テストを受けてみると偏差値は60以上でした。

私は週休二日は、親子で一緒にいられる時間がふえ、一緒に遊んだり、野外の体験的なものも出来たり、良いことのほうが多いと感じています。これからも土曜日の授業は無しでいいと思います。・・・・・・これには親の努力がいるナーとも感じていますが、あえてヨシとしています。
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この回答へのお礼

参考にさせて頂きます。有り難うございました。以前子供が○文式の無料体験に行ったときの出来事です。子供は先生に手をあげて質問して冗談半分の楽しいイメージを持っていたようなのです。所がどうでしょう。向こうでは一週間毎日プリント渡されて解答して前で先生が○つけだけ。これで子供は帰ってきてからもプリント渡されて同じ事を・・・イラついてましたね。あーここは合う子供はいいけどうちの子供は無理だわなあと感じました。とにかく知りたかったのです。クラスで1/4ほどの子供がここに通ってました。なぜこんなに流行るのかと?けどなぜ?ここはそんなにいいものなの?でしょうかね。

お礼日時:2004/05/06 06:05

♯1です。


言葉が足りず、お気を悪くされてしまったのではと恐縮です。私は、たくさんの子供に身近に触れる仕事を、長く続けています。そこでよく思うことなので、ついムキになってしまい、申し訳ありませんでした。少し補足させてください。

futa3様のご心配は、よくわかっているつもりです。
実際、小学校から塾に行き、進んだ教材で勉強している子は、点数が良かったりします。そのまま私立中学→エスカレータ式に有名私立大学、というエリートコースへ、という子も多いでしょう。

でも、と、あえて言いたかったのです。
そういった、「教えてもらえる」勉強しかしてこなかった子供達の脆さも、事実だと思うのです。
学校で教えてもらえることなど、たかが知れています。なぜなら、人間の作った問題を解くだけだからです。
人生には、答えの出ない質問が必ずついて回りますよね。(人間関係なんて、それの最たるものでしょう)
でも、それに気づかず、何にでも「模範解答」があると信じ切ったまま大人になってしまう子供もたくさんいるのです。
それで本当にいいのでしょうか。

何もかもにマニュアルを求め、自分の失敗をマニュアルの不備のせいであると決めつける大人になって欲しいと思う親などいないと思うのです。
だからこそ、子育て真っ最中の方々に、それに気づいて欲しい、と切に願っています。

以上が、私が小中学生には塾に通って欲しくないと考える理由です。

また、週休2日制について。
文部科学省の方針(があるのかどうかすら不明ですが)がころころ変わるせいで不安になってしまうという面はあるかと思いますが、そもそもそんなに小学校で「先生から学ぶ」必要があるのでしょうか?

学問とは、「知識(他人から授かる)」と「知恵(自分の内で育てる)」のバランスが整ってこそ、自分の中で消化し、人生に役立てられるようになると思います。しかし、学校で教えられるのは「知識」まで。これは塾に行っても、本や新聞を読んでも同じです。
「知恵」の部分は、家庭でしか育ててあげられないのです。

ただ、日本の受験システムから考えると「知識偏重」というのもまた事実(最近、見直されてきてはいますが)です。その受験における成功者になるには塾が早道であることもまた否めませんので、塾を利用される方は多いことでしょう。
上記のバランスをきちんと持ち、上手に利用されている方も、たくさんいらっしゃるとは思います。

しかし、そうでないご家庭もあまりにも多いため、♯1のような結論に達した次第です。

以上、長々と私見を申しました。私の身の回りにいる人々が偏っているだけ、または、私の感じ方が偏っているだけ、という考え方もあるかと思います。お読みになって、少しでも感じるところがあれば幸いです。
失礼致しました。
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この回答へのお礼

再度有り難うございます。塾って一体何なのでしょうね?受験での詰め込みの場?けど塾の方が楽しいというお子さんも多数存在します。ここなのです。楽しい子供はやはり塾に行くのですよね。
〉それに気づかず、何にでも「模範解答」があると信じ切ったまま大人になってしまう子供も
これはいるでしょう。その通りだと思います。

人数いると勉強できない子供、太っていたりして体が他の子供より目立ちすぎる子供、根暗だのでいじめに発展して登校拒否が生まれたりしますよね。こういった問題視されているひきこもりの子供や、登校拒否で中退した子どもたちを引き受ける行政なり支援する場が必要なのじゃないかと感じますけど。むしろこういった道徳の場の塾が必要な気がしますが。有り難うございます。

お礼日時:2004/05/06 06:23

 なんで土曜が休みになったのか?文部科学省がなぜ「ゆとり」を重視しているのか?を考えてみる必要があると思います。

土曜休みについて一概に弊害が多い、おかしい、とは言えないと思いますし、かといって文部科学省の考えをすべて鵜呑みにすることもできないと思います。理由があって決定するのではなく、決定してから理由付けしてる感じもしますし。
 土曜休みに関しては、親の考え方次第で有意義にも無駄にもなっている気がします。親子で選べる自由時間が増えたと思えばいいのではないでしょうか?勉強したい子はすればいい、べつに塾に行かなくてもやる気があれば勉強はできます。いろいろな体験をしたいなら野外活動するのもいい。公民館とかの催しに参加してもいい。自由というのは一見楽そうだけど、実はすごく大変なんですよ。結果や責任も含めて全部自分できめるということですから。学校に通っているうちはある意味決められたことをやっていればいいんだから楽なんだと思います。
 もし土曜が復活して、授業の内容が増えたとしても10年くらいたてばまた、詰め込み過ぎだ、なんて議論がなされるのです。たぶん・・・。結局教育は繰り返すことでバランスを保っている気がします。ま、それに振り回されるのはお役人ではなく、子どもと親と教師なんだろうけど・・。(^_^;)
 
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この回答へのお礼

まったくたぶんそうなんでしょうね。もしまた土曜が復活すれば詰め込み過ぎだとなるのかも知れません。これも納得できます。有り難うございました。

お礼日時:2004/05/06 05:48

確かに小学校の土曜日の休みは教員の就業環境向上のためにとられた措置であることは明確です。


しかし、それが貧富の差を呼ぶなどというのは浅薄と考えます。
というか、勉強、職業、人生を貧富の差で勘案するというところに、根本的な間違いがあると思います。
実人生を見れば、不幸な高所得者もいれば、幸せな低所得者もいる。問題は、その人の人生に立ち向かう態度だと思うのです。そして、日々のベクトルが上向きならハッピー。下向きならアンハッピーと思うのです。

土曜日の問題は、土曜日は休みだと勘違いしている子ども達がたくさんいること。
人生には休みはありません。それは、お母さんに休みがないのと同じです。
土曜日は、学校では体験できないことをやる日にすべきなんです。だから、土曜日に補修で勉強をするなどというのもあまりすすめられません。
何故なら、テスト勉強で人生を切り開くことができるのはせいぜい20才くらいまで。その意味では、Jリーグを目指して挫折するサッカー選手たちと同じぐらいの寿命ですよね。
テスト勉強ですごす人生の時代が終わってからの自分のどうすごすか。そのことが実は人生にとって一番重要なわけで、そのことをどうするか。そのために土曜日の時間を使うべきだと思うのです。
テスト勉強の世界で東大に合格できて、一等賞になったと有頂天になっても、その人の人生に人生を通して目指す高い目標がなければ5月病になって苦しむだけです。
東大を出ただけの人。あなたのまわりにはいませんか?
官庁やブランド企業ではよくお目にかかります。

ならば、
学校では学べないこと。将来自分は何になるべきか。
そのための土曜日にすべき。
そういうムーブメントが地域、企業、行政の中から生まれてくれないものでしょうか。

武士道や侍が話題になる今。そういうことを言い出す人がでてきてもいい気がします。
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この回答へのお礼

〉将来自分は何になるべきか・・そういうムーブメントが地域、企業、行政の中から生まれてくれないものでしょうか。
自分でみつけないと中々むずかしいでしょうね。
〉というか、勉強、職業、人生を貧富の差で勘案するというところに、根本的な間違いがあると思います。
この問題は賛否両論があると思います。
有り難うございます。

お礼日時:2004/05/07 05:44

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