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自分は高卒後、自分の意志に嘘をつき周囲に勧められるがままに就職しました。
その後は社会人として働き現在に至るのですが、もう一度学問を修めたいと思っております。
具体的には、ずっと興味のあった自然地理学を学びたいと考えています。
実は受験生時代にもそれを目標にしており、東大を志望していました。
現在でも教養学部学際科学科地理空間コースというものがあり、そこで学問を究めたいという夢があります。

実はこの考えに至るのにはそれなりの理由があるのです。
このことを説明すると一冊の本になるぐらい分量があるので割愛します。

もう年齢も年齢なので、大学入学など考えるべきではないかもしれませんが、1回きりの人生後悔したくないのも事実です。どうしてあの時受験をしなかったのだろうか?という終り方をしたくないのです。

またせっかく大学に行けるのであれば、本当に好きなことを勉強したいと考えており、志望校は東大のみです。首都大東京も考えましたが学問が理系分野に傾いており、自分としては経済地理学等の人文地理も学びたいことから幅広く学べる東大に決めました。

ただ問題は学力です。

やはり一般の現役生や浪人生と違い、一回勉強をストップしているため思い出すのに時間がかかりそうです。
東大も30年前と傾向が変化しています。英語はリスニングの配点が高く、英作文も自由英作文に代わっています。要約、英文和訳、小説は昔と変わらないのですが、それに加えて語法問題も近年は出題されています。自分的には昔より難しくなったと考えています。同様に国語、数学も変化しているように思えます。

勿論、仕事もしている関係から一日中勉強という訳にはいかないので、来年合格などという無理な設定はしませんが、できれば2,3年以内に合格したいと考えています。

因みに独身です。在学中の学費は貯えています。またその際のアルバイトも目星がついています。

卒業後はできれば私立高校の講師になりたいのですが、無理なら警備員や清掃員といった60歳以下で雇用していただけるところがあれば、贅沢は望んでいないので充分です。

ただ周知の通り、国立大は税金から成り立っている機関です。本来はこれからの若い世代にお金をかけたいと思われます。

実際この年齢から東大を目指すのは無謀でしょうか?
前書きが長くなって申し訳ないです。
ここまでお読みいただきまして本当にありがとうございます。
助言等ございましたら、どうかよろしくお願いいたします。

A 回答 (23件中11~20件)

 実際に僕は学部を卒業後、3年間の勤務を経て、別の大学で歴史学の門を再び叩き、その後は更に別の大学で修士・博士の両課程を修めもしました。

ですから社会人学生を敵に回すなどの発想など微塵もありません。
 その間も勤務する企業の理解があったからこそ、学問の道を並行して打ち込むことができたと感謝もしています。そして現在は大学にも恩返しする形で教育に携わっています。こうした二足草鞋にもメリットとデメリットの部分は必ずあります。
 メリットの部分からいえば、社会人を学生に迎えたならば、学生が肌身では知る事の出来ない社会人としての素養や常識を学生に与えてもらうとの利点があり、大学と社会の距離を縮めるとの意味もあります。
 これに対し、デメリットの部分を挙げるならば、理解のない職場に入ったならたちどころに排除されもしかねまぜん。管理職からは認められても同じ職場の人間からは「そんなことやって、何が会社のためになるの?」などの陰口を叩かれたりや非難されることも覚悟しておいた方がよいでしょう。
 実際に大学の教員からすれば学生側の真意を酌み取ってはいないのかもしれません。むしろ学生側としたならば、うざったいオヤジがいる程度の感覚かもしれず、質問者様が淡い期待を寄せている、何某かの刺激にでもなればとお考えならば、そうした優しい感覚を捨てて臨んだ方が良いかもしれません。
 そして「卒論を書く」ことでも、何か自身が生きていたことの証しをそれに求めているような印象もあり、卒論作成の意義からは離れていってもしまいます。東大で卒論を作成しても、早稲田で卒論を作成しても「卒論を書いた、大学で勉強した」との事柄に違いがあるでしょうか。もしあるとするならば、それはきつい言い方になって申し訳ありませんが、質問者様の自己満足と同じではないかと僕は考えます。
 卒論作成の意義は、大学で学問したことを一つの形として残すことであり、勉強していく上でのルールや作法を実際に検証する作業とも言えます。ですから、それは個人の思いとは全く別の問題になります。
 何か「自分にとっての都合」が闇雲な形で表に出ていて、少し留まって考えた見たら?との提案には猛烈な反発を示しているとの印象もありますが如何でしょうか。「自身のやりたい学問」に対し、方法論や教員といった要素をもう少し広げて考えてみることを僕はお勧めします。予備校の講師が口にした「人生は一度だから」との言葉も、予備校の講師自らが向き合っていた個人の現実に対する自嘲とも受け取ることもできます。
 夢を追うことも大切ではありますが、夢に溺れるだけではそれは一種の狂気ともいえ、その逆もあります。現実ばかり見ていて、それを理想の形に近付けようとしないのも同じく狂気に等しいともいえるでしょうね。確かに流されるままならば、生きている意味が何処にあるのかと問いたくもなる気持ちも解りますが、少し冷静になることをお勧めする次第です。

 最後に一言。
「『教員』をアルバイトにする」、これだけは絶対に已めて下さい。在学中ならば学習塾の講師などはありますが、教員は正規の職業です。その点が質問者様には理解できていないご様子ですので、敢えて辛口な助言をする次第です。
 「教員」は学校の教員ですから、アルバイトでは修まりません。非常勤講師も「その担当科目と時間を責任持って担当する」仕事ですから、アルバイトとは色彩も異なります。
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 何かここまでの遣り取りをみていてですが、やはり「東大に固執している」との部分が相当に大きな蔭を落としているとの印象も拭い去ることはできませんね。


 自然地理を中心にした地理学といっても、自然地形だけをとりだしても地理学としての意味は薄く、その上に重層的に連なる人間の移動や経済活動といった側面をも加味するトータルな意味でとらえるらば、学問としての意味はあり、そうした側面からアプローチしているのは、僕の母校である一橋大学の経済学部です。
 なぜ質問者様がそこまでして東大に拘るのかは、東大の入試問題の内容と東大で学ぶ事をどこかで混同して射るのではないでしょうか。
 また同時に東大ほど学外からの教員招聘を盛んに行っている大学もなく、時によっては限定された領域で優れた実績を残している私大の教員を招聘することも珍しくはありません。
 むしろ「学問としての地理学」を求めるのならば、他の大学でも可能で、その理由も明確です。なぜならば「大学は自らが主体的に学ぶところ」であって、教員はそのための水先案内人でしかないのですから。

 確かに地理学はフィールドワークに重心もおきますが、同時にデータ解析も必要です。そのデータの出所が社会学的なものもあれば、地質学的な場合もあります。もし地質学などの自然科学領域であるならば、それは理学部の領域に含まれもし地理学からは離れていくことともなり、質問者様のご意向とはあらぬ方向へと向かってしまうこともありえるでしょう。そうした時に「地理学」はどこへ行ってしまうのでしょうか。この肝腎な部分が何か蔑ろにされているとの問題が最初から引っ掛かっています。

この回答への補足

>自然地理を中心にした地理学といっても、自然地形だけをとりだしても地理学としての意味は薄く、その上に重層的に連なる人間の移動や経済活動といった側面をも加味するトータルな意味でとらえるらば、学問としての意味はあり、そうした側面からアプローチしているのは、僕の母校である一橋大学の経済学部です。

申し訳ないですが大学の宣伝は控えてください。
勿論自分は将来大学で学びたい気持ちは変わりませんが、人に勧められてとか世間の評判が良いからといった判断で入学する大学を決めたくないのです。
これは18歳の高校生と大きく異なるところですが、自分の人生ぐらい自分で責任を持ちます。
それに自分は東大や京大がスゴイ!とか偉い!とか頭が良い!という発想は一切ありません。

>なぜ質問者様がそこまでして東大に拘るのかは、東大の入試問題の内容と東大で学ぶ事をどこかで混同して射るのではないでしょうか。

誰でも志望大学があれば過去問は解きます。あるいは予備校の〇大模試たるものがあれば受験するでしょう。その中で志望大学に合格するにはあと何が足りなくて何を補わなければならないと考えるのは、受験生としては当然のことだと思いますが、間違っていますでしょうか?

>また同時に東大ほど学外からの教員招聘を盛んに行っている大学もなく、時によっては限定された領域で優れた実績を残している私大の教員を招聘することも珍しくはありません。

これは当然とまではいかなくても、十分に承知していました。あれだけ広大な範囲のことを一つの大学だけで補えるはずがないと思ったからです。でもそれは学生にとっては様々な専門分野の教授や講師に巡り合うことができ、素晴らしいことではないでしょうか?

>もし地質学などの自然科学領域であるならば、それは理学部の領域に含まれもし地理学からは離れていくことともなり、質問者様のご意向とはあらぬ方向へと向かってしまうこともありえるでしょう。

非常に残念な回答です。何故学問は文系と理系に分けなくてはいけないのですか?入試科目で敷居があっても、何故どちらに行くか決めなければならないのでしょうか?自分の考える地理学は文系でもあり理系でもあります。実際に東大文系の地理の出題は東大理学部の教授が作成しているということを耳にしたことがあります。確かに実際に解いてみると生物の生態学や地学の地質学などの理解(暗記ではない)を求めているものもあります。自分が目指している学際科学科は東大でも珍しい文理融合学科で文I~理IIIまですべての学生がいける学科です。従って地理≒文系≒理学部の学習ができないと考えられているのは非常に残念です。文系と理系両方学習することはいけないのでしょうか?

補足日時:2014/08/14 01:18
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私判らないのですが、東大でしか学べない事ってそもそもあるの?


知識を増やすだけなら、ネット、図書館、で十分足りそうな気がするんですけど・・・まあ、私大学行ったことないから判らないのですけどねw

いずれにせよ、男だったら、チャレンジでしょ。40歳だろうが、難しかろうが、やるだけやらんと、結局あとで、心の残りになるではと思う。
70歳になったとき、「あーあのときやっとけば良かったなぁ」なんて言ってる自分、想像したら、嫌悪しませんか?

40歳なら、あと30年は学べるでしょうし、10年かかっても、20年は学べる。あれ? 大学は3年で卒業しちゃうのか??

7番が書いてるけど、若者との差が無いのであれば、きっと問題は無いはず。

若者の椅子を奪うにしても情熱が強い方が奪った方がいいでしょう。若造とオッサンをあえて天秤にかけるのはナンセンスです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

勿論東大でしか学べないこと、日大でしか学べないこと、各大学でしか経験できないことはたくさんあると思います。
他の回答者の方の中に心無い発言もありますが、総合的な判断から東大を志しました。
東大じゃなくても一橋では?なら横国でも良いんじゃない?いや日大だってあるよ…
こんなことに考えてたらキリがありません。
やはり国立とはいえお金を払うのですから、一番環境の整った大学を目指すのがなぜいけないのでしょうかね?

ご回答者様は純粋に応援してくださっているようで、心が温まります。
本当に感謝しています。

人間には様々な価値観があると思います。
大企業で仕事を定年まで勤め上げるが幸せだと思う人。
そんな収入は多くないけれど子宝に恵まれ、家族との触れ合いの時間が何よりも大切だと思う人。
スポーツに生涯をかける人。

100人いれば100通りの人生があるし、100通りの幸せがあると思うのです。

ただこれだけは理解をしていただきたいと思います。
男40代後半でこの道を選んだのは、、決して半端な覚悟で臨んではいないことを。

お礼日時:2014/08/14 00:20

 ある種の「東大病」のように思われます。


 「東大病」とは、
  大学は東大でなければならない。
  勉強は東大でなければできない。
  東大にいかなければ自分は社会から評価されないなど。
  東大か、無か、という発想。
  周囲からの評価がすべて、という考え方。
  中には、「東大生でなければ人間ではない」という人もいます。
 この病気にかかると、生きていくのがひどく苦しくなります。

 客観的には、勉強は東大でなくてもできます。通信制の大学や独学もできます。自然地理学の本は多数出版されています。
 勉強することよりも、周囲からの評価が必要なのではないですか。自分は学歴がないが、本当は優秀なのだと、周囲から認められたいのではないですか。
 自分に自信のある人は、勉強はどこでもできる、大学はどこでもよいと考えるでしょう。自分に自信があれば、自分が優秀かどうかは気になりません。なぜなら、自分の内面に固有の価値があれば、それは、東大であるか、優秀かどうかどうかという周囲の評価とは関係がないからです。

 自分が本当にやりたいことを考えましょう。それが、勉強であれば、別に東大でなくてもよいはずです。自分が本当にやりたいことが、「東大に入ること」であれば、一生、実現できないかもしれないし、仮に、東大に受かったとすれば、目的を達して人生が終わります。 
 
 自分のやりたいことは、生きること、人を愛すること、他人のために役立つこと、社会のために役立つこと、勉強、趣味など、いくらでもあります。これらは、意欲さえあれば、誰でも、どこでもできます。東大に行かなければ幸福になれないということはありません。逆に、東大をめざしたために不幸になる人、東大に入ったために不幸な人生を歩む人は、けっこういます。

この回答への補足

 >「東大病」とは、
  大学は東大でなければならない。
  勉強は東大でなければできない。
  東大にいかなければ自分は社会から評価されないなど。
  東大か、無か、という発想。

回答者様は東大を目指すこと自体を批判されるんですね。
勿論人の考え方も十人十色、様々な意見があっていいと思います。
しかし上記の定義で「東大病」たるものを判断するのであれば、自分は東大病ではありません。
東大以外でも立派な大学はたくさんありますし、各大学に世界を代表する教授陣を揃えている大学もあります。
自分の場合は志望したい分野の勉強は東大が最適だと考え、学費を捻出するなら納得のいく勉強をしたいと考えているのです。
実は首都大東京も地理学科があるので資料を請求したことがあるのです。
しかしいくら自然地理学といっても経済産業農業などの文系分野を理解しない限り、自然地理学は生きてこないと思いました。
なのでやりたいことがあるので東大を目指しています。
以前ホリエモンが九州で東京での学生生活を望んでいたものの、お金がないので国立しかない、さらに文学部は東大しかないない、ということを仰っていましたが、自分もある意味似ています。
法政大、日大では人文地理を勉強できますが理系地理を勉強するための実験道具も施設もありません。
ただでさえお金のかかる私立には行きたくないのが正直なところです。


>客観的には、勉強は東大でなくてもできます。通信制の大学や独学もできます。自然地理学の本は多数出版されています。

すでに大型書店や図書館で自然地理学の本は読破しています。
でも回答者様はおそらく文系の方のようですね。本を読むだけが勉強でしょうか?自然地理学は物理化学生物地学などの知識も必要になるため、実験やフィールドワークも必要です。これらをどうやって独学で学ぶのでしょうか?


>勉強することよりも、周囲からの評価が必要なのではないですか。自分は学歴がないが、本当は優秀なのだと、周囲から認められたいのではないですか。

これは多くの勉強に励んでいる社会人を敵に回す発言です。
別に周囲を気にして勉強してる人など自分が知ってる範囲ではいません。
また勉強は世間の名声を得るためにするものではありません。
自分の為にすることです。
ただ自分としてはこの世に生きてきた証として、卒論は残したいと思います。
自分がこの世を去っても活字は生涯残ります。



>仮に、東大に受かったとすれば、目的を達して人生が終わります。 

それは東大合格をゴールと考えている方々のことを差すのではないでしょうか?
自分はむしろ入学してからの方が膨大な学習が必要と考えます。
今や世界的な論文は英語で書かれています(当たり前ですが)英文を速読即解できなければ、あの膨大な量の論文を読みこなせずに落第するかもしれません。

ただ一部の高校生の中で「将来勉強したい分野は大学に入ってから決める」と言っている層なら目標を見失うかもしれません。本当に理学部で〇〇を勉強したいというのが決まっているなら進振りのない京大理学部に進んだ方が1年生から専門分野を学習でき有意義だと思います。
ある芸能人が現在8浪中で東大受験生と自分のことを銘打っていますが、彼の将来の目標は「最高峰の授業を受けること」と聞きがっくりきました。
それこそ東大合格がゴールであり、自分と一緒にしてほしくありません。
自分は目的をもって大学の門を叩いているのです。

>自分が本当にやりたいことを考えましょう。

なので自然地理学の分野を究めたいとおもっています。
それがいけないのでしょうか?
では何故ですか?

勿論書物で自然地理学を学ぶことはできますが、実験、実習、フィールドワークは独学ではできません。
例えば文系の方が法律を勉強したいと思い法律の本を読み漁り司法試験に合格した話は聞きます。
しかし自分が勉強したい範囲は決してデスクワークだけで片づけられない範囲です。
これが学問を究める上での文系と理系の違いなのかもしれませんが。

>逆に、東大をめざしたために不幸になる人、東大に入ったために不幸な人生を歩む人は、けっこういます。

こういうことは書くのであれば、具体例を書かなければ説得力がありません。
自分の知人の中には東大卒業生が結構います。
その大半は東大卒ということを除けば、何の変哲もない普通の人間です。
中には学生生活が楽しすぎて留年してしまった人もいますが、それでも不幸になったとは思えません。
逆に礼儀を知らないために社会に適応できなかった人も知っています。
彼は高校時代から知っていましたが、他人を見下す癖がありました。
それは東大入学後も続き、先輩にタメ語を使い、学内での友達ができなくなってしまったのです。
結局彼は、頭を下げるという簡単な行為すら出来ず就職できず、ずっと40代まで仕事は家庭教師しかしたことがないという生活を歩むようになりました。
確かに人生失敗することもあるかもしれませんが、それは東大だからということではなく、どこにでもある当たり前のことではないのでしょうか?

補足日時:2014/08/12 01:19
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(2)ですが、自分の専攻したい東大の学際科学科は他大学から受け入れているか不明なので、直接問い合わせてみたいと思います。

ただ日大や法政大は人文地理、首都大は自然地理とはっきり線引きしているので、すべてを専攻できる東大がやはり望ましいと思っています。


http://www.u-tokyo.ac.jp/stu04/e02_01_j.html

総合文化
本学 93名
他大 157名
他大学出身者がメインです
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 こんにちは、企業勤務と大学教育双方に携わる変人です。

お話しする前に質問してもよろしいでしょうか?。
貴方が受験するのは、東大に行きたいのか、それとも私立高校の教員として教育現場に立ちたいのか。問題はこの1点にあります。
 もし私立高校の教員を志望するならば、進学先を東大に限定する必然性がないといえます。教職課程を併設している大学で、地歴免許の取得が可能ならばどの大学でも取得はできます。
 そして「卒業後はできれば」との部分も気に掛かるところです。社会科の教員志望者が他科目よりも多いのは、他の社会科学系の学部でも教職課程を履修、所定の単位を取得し、大学で一括申請さえすれば取得が可能だからです。
 もし御自身の願望を成就できなかった場合には、諦めると仰るならば、それは東大に行きたいから、それもかつて自分が反対されてその時の願望にもう一度トライしてみたいからとの考えが見え隠れもします。
 そうであるなら、僕は反対します。教職を、かつて自身が叶えることの出来なかったルサンティマンを覆い隠すための隠れ蓑にされたのではたまったモノではありません。そしてもし貴方が首尾良く教育現場に立つことができたとしても、恐らく生徒達はそうした貴方の考えを察知もするはずです。
 退路を断ち切って教職の道に専念したいというのであれば、応援もしますが、東大でなければダメなんですぅ~が少しでもあるならば、お勧めはしません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

自分の書き方が悪かったようですね。
自分は将来学習したい分野があり、それを学べるのは日本では東大だけなので、教職に就きたいから東大ではなく、勉強したいから東大を志望しています。

ただこのご時世50代での再就職は難しいと思い、建前で私立高校の地理教師を一例として上げたのです。
どうしても教員になりたいと頑張っていらっしゃる方に対して失礼な言い方をしてしまい反省しています。

仮に受験に成功し卒業後はどうなっているかは正直わかりません。
もしかしたらもっと良い道があるかもしれません。
ただ自分はお金とかステイタスを目的に目指しているのではありません。純粋に学問に打ち込みたいのです。

実は高3受験時に共通一次で失敗し1000点満点で700点程度しか取れず、東大は受験しなかったもののある地方国立大に合格しました。
しかし両親は入学を認めず、入学保証人すらいない自分は大学進学を諦めざるを得ませんでした。

しかし、その大学の合格証明書を持ってる関係で大卒や大学生でないにも関わらず、塾講師や家庭教師の経験をしており、現在はあるご家庭の五人兄弟の専属家庭教師としても働いており、大学に入学できれば貴重な収入源になるのです。(昼間は普通のサラリーマンです)
自分の場合、他の学生と違うところは学費を自分で捻出しなければならない点です。
なので在学中は多少なりとも教師のアルバイトをすることになることは理解していただきたいと思います。

お礼日時:2014/08/10 19:30

国語・社会科科目は年齢を重ねるほど、学力レベルが上がると言われています。


経験値と知恵が、暗記力の低下を補って余りあるのだとか。
ところが、数学や物理などは年齢が上がるとともに学力が下がるらしいです。
ピークは20代前半と聞きます。
文理相殺すると、18歳受験生とほぼ同じ条件。学力の年齢による不利はあまりないかもしれません。

ただ、質問者さんの懸念の一点を私も感じています。
もし私が大学へ再入学を試みるなら、国立は避けるだろうな、と思います。
国費は可能性のある若い人たちに使って欲しい。
あくまでも「自分なら」の話です。そうしている人たちを非難するわけではありません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

適性の問題ですが、自分の場合東大文系数学レベルであれば1,2年の勉強で到達できると判断しています。
生物も30年前に替え歌で覚えた事柄を今でも覚えており、センターレベルなら難しくはないと思います。

実は英語と国語が心配なんです。

東大の入試問題はとにかく問題量が多いので、じっくり考えながら解いていたらまず時間が足りません。30年前の模擬試験での経験ですが、問題を読むのと同時に答えが出るぐらいのスピードが必要に思えます。

この点は10代受験生には勝てないかもしてませんが、訓練を重ね年齢を言い訳にしたくないです。とにかく体に覚えこませるぐらい勉強したいです。

ただご指摘のように、もし自分が国公立に入学すれば、その分若い学歴が一つ失われてしまう事実があります。

それは今後の自分次第ですが、若い研究者に負けない結果を求めて邁進したいと考えています。

お礼日時:2014/08/10 18:54

http://www.nwn.jp/kakokizi/20060603/yonmen/yonem …

記事のポイント

1 「おじいちゃんは東京外語大生」では本は出なかっただろう
No3の方が指摘しているように世間がほっておきません。

2 別に正門から入らなくてもよい。
大学院から入れるようだったら、大学院からの方が楽です。

3 生活費があればなんでもできる

===
現役段階で東大受験が視野に入っていたなら、なんとかなるんじゃないの?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
また貴重な資料の添付、参考になりました。

本当に人生いろいろですね。
一公務員から語学を究め外語大に入学されるのには本当に頭が下がります。
また50代でも大学院に進学できている実績を確認でき、さすが東大だなとも思いました。

(1)ですが、本を出したり講演を開いたりするために受験するのではありません。しかし自分の経験が役立つものがあれば、ぜひ貢献したいと考えています。

(2)ですが、自分の専攻したい東大の学際科学科は他大学から受け入れているか不明なので、直接問い合わせてみたいと思います。ただ日大や法政大は人文地理、首都大は自然地理とはっきり線引きしているので、すべてを専攻できる東大がやはり望ましいと思っています。

(3)ですが、勿論今後年金や健康保険や税金など支出も大きいので、何らかの仕事は続けていかなければなりません。また国立大は最近入学金授業料共に値上げ傾向にあるので、早く入学したいです。

お礼日時:2014/08/10 18:39

はじめまして。


>もう年齢も年齢なので、大学入学など考えるべきではないかもしれませんが、1回きりの人生後悔したくないのも事実です。どうしてあの時受験をしなかったのだろうか?という終り方をしたくないのです
○ここに話の中心があると思います。人生は1回きり,どう締めくくるかは,その人にとって重大な問題だと思います。東大で学びたいということであり,それができれば満足であるということだと解釈します。学費の蓄えもあるようですし,この点は心配ないようですね。
○無謀であるかないか悩んでいるより,まず挑戦してみることが必要だと思います。そこから分かってくる(見えてくるもの)こともあります。自分の気持ちを大事にし,計画を立ててやってみたらいかがでしょうか。案ずるより産むがやすしと言います。
○若い学生たちに混じって勉強するのも楽しいものですよ。

無責任と感じられる発言があったら,お許しください。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
無責任なんてとんでもないです。ご教授本当に感謝しています。

自分は東大というステイタスが欲しい為に目標にしているのではありません。
俗にいう「文系地理」と「理系地理」が同時に学べるのは日本ではここだけなので志望しています。
もしこれからの人生お金持ちになることを望むなら、税理士や社会保険労務士の資格を取った方が良いと思うのですが、自分の場合不思議と金持ちには興味がなく、ただ学問を修めたいという気持ちだけなんです。

仰っていただいてるように、やはり自主学習を続けていけば必ず壁にぶつかるとは思うので、自分の意志を明確にしたいと思います。

本当に若いお友達がほしいです。年齢を除けば普通の学生生活を送りたいです。

お礼日時:2014/08/10 18:23

問題は今の学力より年齢そのものですよ。


試しになにか暗記ものをやってみて下さい。翌朝にはすっかり抜けてますから。
とにかく忘れます。嫌になるくらい。
特に初見のものは全然駄目。それが我々年寄りの頭です。

生涯学習大いに結構。私も楽しく学んでます。
でも、受験勉強はもう無理でしょうね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

自分の場合10代でも丸暗記ものは夜覚えても朝にはすっかり忘れていました。
遠い昔の話ですが学校の試験前は朝早く起きて暗記物は勉強していた記憶があります。

しかし東大の入試問題を解いてみると感動するぐらい良い問題が多いのです。
丸暗記では通用しない本当の理解を求めているようです。
因みに今年の東大の地理の問題は受験勉強していない自分でも解けるような、ある意味本当の理解を求めてきます。
地理は何故そうなるのかを理解しながら覚えたので、受験から30年たった今でも忘れていない範囲は大きいですし、古文の助動詞は早口言葉で覚えたので今でもすぐ言えます。

もし暗記力を問われるのなら早慶の方がその傾向は強いようです。
少なくとも東大は暗記量を求めてはいません。

もし年齢を理由に記憶力が落ちでいるなら、人の2倍3倍繰り返せば良いのではないでしょうか?

お礼日時:2014/08/10 18:13

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