日本語の定型詩は、五文字と七文字の組合せが基本です。

音階はドレミファソラシの七音と、半音ずれる五音の組合せです。

5と7の組合せは、相性が良いのですか。

質問者からの補足コメント

  • 回答番号21にで回答番号18のことがふれられてゐましたので、読み返すと、お礼欄にまちがひがありました。すみません。3:2の振動数の比が12回ですね。

    [誤]
    (3/2)^7が129.746337890625になつてゐました。

    [正]
    (3/2)^12が129.746337890625になつてゐました。

    No.18の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/02/27 20:42
  • 別サイトの回答も拝見したのですが、LaTeXのコーディングもなさるのですか。最近あちらは閲覧機会が減つてきました。Bさんの質問はあひかはらず、個性があります。

    No.24の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/03/01 17:13
  • 予想外に多くの回答をいただき、みなさまに感謝してをります。それぞれの御意見すべてに、納得できるものがありました。出発点は、やはりこれなのかな、と独断でベストアンサーを決めました。

    No.2の回答に寄せられた補足コメントです。 補足日時:2015/03/01 17:16

A 回答 (27件中1~10件)

要望ではありません。

独り言です。

 アハンが マチガイであったなら ご回答をどうぞ。

 あっ。締めてください。二度と来るか。
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この回答へのお礼

御回答ありがたうございます。比較言語学は言語学の誇るべき代表的分野なのですが、ほとんど類推ですので、まちがひとかは、言へないと思ひます。ahamは、かなり変化した形といふのが定説で私もさう見ます。(サンスクリット語のaについては、以前OKWaveで回答しました。)むしろ現代ドイツ語のIchのほうが本来に近い形に思へます。これが言語のおもしろいところですけれど。bragelloneさんの音韻論も含めて、多面的に考察する必要があると思ひます。

お礼日時:2015/02/28 21:04

和歌の五七調は 五文字の一節と七文字の一節とが互いに同じ長さの時間を割り当てられるといったかたちは 催馬楽や浄瑠璃あるいは能において見られる。

そのかたちは:
 ◆(回答№24) 生活の場でのリズムと全く無関係に突然発明されたとも考えにくいです。また、今日われわれが俳句や短歌の字数を確認して数えるときも、無意識的にそういうリズムの取り方をしていることは多いです。
 ☆ この命題が 問い求めの焦点だと思います。生活の場と作品化したその芸術の場とが おそらく地続きであると考えられるとき そのリズムのかたちもそのまま同じであるか? これは 理屈がどうかよりは 実際のありさまがどうであるかという問題だと思います。


 言いかえると 五七調ではあっても 母音の長短を文法上はっきり区別する場合には 五七という数は定型でもそれらふたつの節のあいだで時間的な長さが違ってくる。ということは その場合には――いまはタミル語の社会においてということですが その生活の場で――音楽的な拍子ないしリズムが どういうかたちを採っているのか? これの解明を同時に課題としていると思います。

 こういう問題だと考えます。
 この質疑応答をご覧になっているすべてのみなさんにおしえを乞いたいと思います。
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この回答へのお礼

>この質疑応答をご覧になっているすべてのみなさんにおしえを乞いたいと思います。

分離して人数の減つたgooの景気づけのために、早めに締めきつて、ベストアンサーを大奮発してゐて、この質問もそのつもりだつたのですが、多くの回答をつけていただき、ありがたく思つてゐます。上記の御要望でしたら、もう一日のばします。

お礼日時:2015/02/28 20:44

ふつうの 12音平均律じゃない平均律で作った楽曲 (?) は, 例えば


http://www25.tok2.com/home2/atsushi1007ogata/
から聞くことができます. 一部に「なんか使えそう」な曲があったりするのがなんとも.
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この回答へのお礼

追加回答をありがたうございます。

16分割した音でも、立派に曲として成立するのですね。歳をとると、新しい音楽にはなかなかなじめないせいもあつて、いくらか違和感を覚えましたが、「dance de post」あたりは、おもしろいと感じました。今晩は、リンク先の曲を聴きながら過ごします。

お礼日時:2015/02/28 20:28

こんばんは。



この先、仕事の計画がいろいろあるので、語学、音楽、文学等の比較的小さい質問のみ、息抜きとして回答するつもりです。このところ、大きな質問で時間を使ったので、久しぶりにplapotiさんの質問は? と思って質問履歴から来ました。No.7に書いたように、哲学カテとは気づかずに回答しました。あまりいろいろ音楽の例を出すと混乱しそうだったので、そこでやめるつもりでしたが、このカテではそうさせてもらえません。すでに混乱しているので、ひとこと補足して、こちらの方は長期休暇をいただきます。

No.22の2
タミル語の五七調の歌の朗読、もしくは歌謡の、具体的な音資料がありませんので、私には判断不可能です。誰か学者が調査研究してくれればいいと思いますが、どうでしょうか。
私は、自分が知っていることを回答しただけで、タミル語起源を否定する目的で回答しているわけではありませんので、誤解なきようお願いします。

No.22の3-1&2
?????
混乱です。「モーラ」は、言語のシラブルの時間量に関する用語で、音楽の用語ではありません。三拍(6モーラ)というような意味のことは書いていません。わらべ歌の例は、音楽としては三拍子ですが、その三拍子に常に2モーラ分の歌詞が割り振られている例です。音楽の三拍子を、歌詞に関係なく6モーラと数えるわけではないので、誤解なきようお願いします。つまり、わらべ歌の例は、たとえ音楽が三拍子になっても、一小節に割り振られる歌詞が2モーラ一組のまま変わらないことを示す例です。
5音節のあとの間(休止であろうと引き伸ばしであろうと)が、7音節のあとの間より長くなるというのは、昔から言われていることで、私独自の説ではありません。混乱しますので、具体的にはもう書きませんが、念のため、もっとも古い歌謡である催馬楽と、近世の浄瑠璃のリズムを少しだけ確認しました。催馬楽の場合は、拍子があまりはっきりせず、一つ一つのシラブルがかなり長く延ばされる朗誦に近いものですが、やはり、5音節のあとはかなり長く音が引き伸ばされ、そのあとの7音節の句と、時間的な長さはほぼ釣り合っている例があります。浄瑠璃の「語り」の部分の例では、5音節のあとの間が長く、7音節の句と、全体の長さが完全に釣り合っています。能については、すでに書いたように、5音節の句と7音節の句が、同じ長さに割り振られる作曲法が中世に確立しています。ということで、もっとも古い歌謡にその兆候が見られ、中世には理論化されている事実があります。特に、「語り」の芸などでもそういうリズムになっていることは、音楽のみならず、生活の場でのリズムと全く無関係に突然発明されたとも考えにくいです。また、今日われわれが俳句や短歌の字数を確認して数えるときも、無意識的にそういうリズムの取り方をしていることは多いです。以上は、意見、反論ではなく、調査報告です。これまで、ごく一般的に言われていることだと認識していました。これに異説を唱えるとなると、過去の音曲や朗誦の技法などをすべて検証して新説を構築しなければなりませんし、特に、古語に関する言語学的検証は私の守備範囲外なので、私の任ではありません。あとはお任せします。論証可能な反論ができましたら、私にではなく、学会の方にお出しいただく方が多くの人の役に立ちます。
ブログの方にもあがっていたので、やむを得ずの追加回答ですが、このままでは終わりがなく、仕事に支障が出ますので、閲覧を控えます。悪しからず御容赦ください。
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

お忙しいなか、丁寧な回答を寄せてくださり、ありがたうございます。何度も記載しましたが、くれぐれもお仕事を大事になさつてください。Q&Aの回答も、宿題ではないドイツ語や、シベリウスの不具合など、ほんとうに困つてゐる質問への投稿を優先してくだされば、閲覧してゐても、心があたたまります。gooが分離してからは、よみましたよ、の意思表示もgoodボタンでできますし。

Tastenkastenさんの回答は、多大な調査にもとづいてゐる、といふ点はぢゆうぢゆう承知してをります。私の質問ページなくてもかまひませんので、また能についても、御教示ください。

お礼日時:2015/02/28 20:17

★(№22お礼欄) 音楽うんぬんにつきましては、いづれにしても、基本の2個単位を越える部分については、解釈の余地がいろいろあると思ひます。

すでに書いたとほりです。
 ☆ 《解釈の余地がいろいろある》ということは 五文字の句が・つまり三拍(5音節+1休止 =6モーラ)の部分が 必ずしも《つねに》 四拍(5音節+3休止 =8モーラ)としての四拍子になるとは限らない。――こういう意味ですね。

 言葉の表出を 四拍子によって捉えることは 《つねなる》事態ではない。
 言葉の表出は つねに四拍子にもとづいている。というのは つねに成り立つものではない。

 こういう意味ですね?

 すなわち 五七調の五文字という定型が 四拍子を基礎とするという見方は つねに成り立つとは言えない。こうですね。
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この回答へのお礼

ひきつづき御回答ありがたうございます。

私の知識では判断しかねる、といふ意味です。それなりの根拠があるといふことは、わかりました。

回答番号20の方が提案なさつてゐますが、また視点を変へて、質問をするつもりです。いろいろな考へ方があつてしかるべきです。

それよりも、別質問のahamについてなのですが、印欧語族比較言語学の「常識」とは正反対の見解でしたが、新説なのですか。この質問にしても同様ですが、現在の言語学のレベルはその程度のものにすぎないのだと思つてゐます。

お礼日時:2015/02/28 20:07

1. 古語に長母音はなかった。

つまり長く伸ばすことはあっても 短母音と文法的に意味の違いを表わすことはなかった。と捉えられている。

 1-1. 促音便はあったらしい。おしさか(押坂・忍坂)osisaka > おっさか ossaka ⇒ おっさか‐部(べ)(ベの民)=おさか osaka‐べ(刑部)。



2. 長短の母音が意味上の違いを表わす言語(いま タミル語ですが)において モーラないし拍を別として音節数でいわゆる節をととのえるときには 長短の違いを問わなかった。のだろうか?

 2-1. もし問わなかったとしたら 基本的に五七調だとまづ言える。
 2-2. そのとき では 音楽としての四拍子なのか。三拍子なのか。いったいどういう拍子として捉えればよいか?

 こういった疑問が正当にも伴なわれていると考えられます。




3. あとは ウタを音楽につくり音楽として扱うその以前において ふつうの生活の中でウタッた場合――歌垣のように求愛の言葉としてウタった場合―― 端的に言って 五音節の語句を言ったあと 三音節相当の休止を入れるだろうか? この問いに集中すると考えられる。

 3-1. ニつのモーラを一組として一拍を成すという音韻としての表現傾向が納得行ったとしても 二拍(4モーラ)か四拍(8モーラ)のまとまりは自然だとして 三拍(6モーラ)は 簡単に納得行かないように思う。

 3-2. 三拍(6モーラ)は いま問題としていることとして 三拍(5音節+1休止=6モーラ)のことを言っている。

 3-3. だから それは 《つねに》 四拍(5音節+3休止=8モーラ)としての四拍子になるのだというのは にわかに納得行かないように思う。

 3-4. おそらくそのように成るのは すでに音楽として扱う段階においてなのだと思う。それ以前の生活の場で果たして そうなるのか? 休止は 1モーラとして取られるのは分かるが 3モーラ分を《つねに》取るとは ちょっと考えられないでいる。

 3-5. ◆(回答№21) ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
  No.19の動画の曲水の宴でも、拍節的な音楽ではありませんので、西洋音楽でいう四拍子ではありませんが、ニシラブル一組で

 |たーー|わーー|がきー|の××|
 |しずー|けさー|のなー|かーー|

 という詠み方で、五、七、ともに全体の時間の長さが同じになっています。
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 
 ☆ というこのくだり〔だけ〕については 音楽扱いということではないかと憶測するのです。つまり ほかのところでは 必ずしもそのようには成っていない。と見受けられますから。

 見落としがありましょうか どうでしょうか。



 4. おまけです。タミル語がいかに日本語に似ているかを示す文法事項の一例です。

 ○ Yuka - se - rare - tara - mu - ka
    行か せ られ たら む か
   (動態用言 / 補充用言‐同左‐同左‐同左 / 反定法活用 )
   (不定法 / 使役法 - 自然想定法‐完了法‐推量法 / 疑問法 )

   (動詞 / 助動詞‐同左‐同左‐同左 / 終助詞 )
   (未然形 / 使役‐受け身‐完了・持続‐推量 / 質疑 )

 ○ タミル文
   Nata - tta - ppat - tat - um - kolloo
   行か せ  られ たら む か
   ( verb / verbal suffix・・・・・/ particle )
   (―― / transitive - passive - tense - supposition / question )

  (大野晋:『日本語の形成』2000 p.649 )

 ☆ タミル語にかんして 英語でおしえるときに用いる術語を記してある。
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この回答へのお礼

>長短の母音が意味上の違いを表わす言語

ギリシャ語は、母音の長短は定型詩において区別します。長母音は四分音符、短母音は八分音符です。タミル語はわかりません。

音楽うんぬんにつきましては、いづれにしても、基本の2個単位を越える部分については、解釈の余地がいろいろあると思ひます。すでに書いたとほりです。

御回答ありがたうございました。

お礼日時:2015/02/27 21:09

時間の都合もあるので、もう一度だけ補足します。



わかりやすくするために、五七を普通に口に出して言うときのことに限ってお話しするつもりでした。回答番号17での指摘については、普通に口に出して言う場合は、休止は常に一拍ではなく、五のあとは三休止、七のあとは一休止で、両方とも合計8モーラ4拍分になる計算です。

かずがのに×××
おしてるつきの×
ほがらかに×××
あきのゆうべと×
なりにけるかも×

歌の読み上げや民謡など、音楽的な節付けをした場合は、当然装飾がありますので、このような単純な図式は引けません。ただ、その場合も、ニシラブルが一組になる傾向が顕著です。例えば、三拍子に節付けした場合も、ニシラブルが一組になって、最初のシラブルが長く、あとのシラブルが短く歌われます。以下、間宮芳生著「現代音楽の冒険」(岩波新書)をもとに書きますが、正月に歌われるわらべ歌の例です。三拍子です。

|しょーう|がーつ|はー×|××か|どーに|かーど|まーつ|うーち|にーは|ほーう|らーい|

つまり、三文字一組にできるはずの場所でもしない。次のようにはなりません。

|しょーう|がつは|かどに|

ただし、このように最初のシラブルが延ばされるよりも、あとの方が延ばされる、タメのリズムの方が多いといいます。山形県の「とのさ節」の例が上がっています。自由リズムの曲なので、何分の何拍子と決まった拍子で数えられる歌ではありませんが、各シラブルの延ばされている時間が書いてあります。それをもとに書き直すと、次のようになりますが、ニシラブル一組、二番目のシラブルの方が長く延ばされます。例外が三か所、そこだけ最初のシラブルの方が長くなります。

おらー|がーー|とのーー|さーーまーーー|ハーー|
えさーー|しーーーーが|すーーーーーきーー|でーーーー|
えさー|しーー|ながーー|らーーもーーーー|
はでーー|さーな|もーーのーー|よーーーーーーーーーー

Youtubeに出ている録音は、歌詞が少し違い、旋律も違うので、長さの割合は上のものとは違いますが、ニシラブル一組の感じはわかると思います。



No.19の動画の曲水の宴でも、拍節的な音楽ではありませんので、西洋音楽でいう四拍子ではありませんが、ニシラブル一組で

|たーー|わーー|がきー|の××|
|しずー|けさー|のなー|かーー|

という詠み方で、五、七、ともに全体の時間の長さが同じになっています。

オクターヴを十二の音に割る根拠は、No.18の方のおっしゃる通りです。No.6でも、そういう意味を含ませたつもりでしたが、ピタゴラスのコンマの話になると面倒くさいので端折りました。

ということで。
ではでは。
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この回答へのお礼

御多忙のなか、何度も懇切丁寧な回答をいただき、感謝してをります。

「五のあとは三休止、七のあとは一休止」で計算が合ひます。それでもやはり、「ニシラブルが一組になる」のが基本なのですね。中国語でも、漢字一文字は、日本語流に発音すれば、ほとんどが2拍です。三拍子の音楽への対応につきましても、考察をありがたうございます。やはりプロの耳です。

「ピタゴラスのコンマ」といふのがあるのですか。ピタゴラスは読んだことがないので、検索しました。回答番号18の「お礼」でわざわざ計算したのですが、その必要はなかつたやうで、ネットに計算結果が出てゐました。回答をたくさんいただいて下から順に拝読しましたので気づきませんでした。

お礼日時:2015/02/27 20:35

たしかに、金金とは勘定的になりそうです。


金金ととは縁を切った方が日々の生産性が上がりそうに思います。
断金。
嫁さんが琴の準師範なのですが、時々わけのわからんことを言います。
断金は邦楽の音階で使う用語のようで、
いちこつたんぎんひょうじょうそうぜつしもむ・・・
なんかお経のように続きます。
で、ヨナ抜き音階などという言葉が出てきたりするのですが、
ヨナがいないと浅田真央は張り合いがないじゃないか!
私にはこういう返ししかできなくて、嫁さんに見捨てられます。
せめて、それはペンタトニックスケールだねとか続ければ盛り上がるのでしょうが、
面倒なだけです、そういうのは。私は好かーん。

そういえば金金とも5文字ですね。
名前は5文字とか7文字が語呂が良いのでしょうか。

幼い頃から奇数の名前で呼ばれ続けて、自分を認識する数が奇数の人。
反対に偶数で呼ばれ続けて、、、の人。
両者間で思考の仕方に違いは出るのでしょうか?
例えば奇数の名前で呼ばれ続けると右脳が発達するとか。
例えば偶数の名前で呼ばれると理系の考え方になるとか。

こういう疑問を、哲学として考えるとどういう意見が出るのでしょう?
可能でしたら、あなたに、質問として仕立てていただけたら嬉しいな、とか。
いや、私の後を継いでいただけるのか、「ファン登録」さんがちらほら。
そういうわけで、私は明日いっぱいで退会します。

お世話になりました。
またお会いしましょう。
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この回答へのお礼

追加回答をありがたうございます。gooでは「か○○○と」の五文字を知る人が少ないのではないでせうか。「iromeganeOK」となると、さらに通じません。

私の地元は、琴の生産量日本一です。あちこちの小学校に琴クラブがあり、ときどき発表会を聴きにいきます。「いちこつたんぎんひょうじょうそうぜつしもむ」といふ経文は初めてききました。覚えておきます。

人名については、かなりあてはまるやうに思へます。姓が4文字、名が3文字といふのが、いちばん多さうです。姓が2文字で、名が3文字も。

奇数の名と偶数の名が、人間に及ぼす影響もおもしろさうですね。しばらくして、だれも質問しないやうでしたら、私が立てます。

「ファン登録」もどきは、ふたつ目にとまりました。規約違反ではありませんから、笑つてすませるところでせうか。新規IDが楽しみです。

お礼日時:2015/02/27 20:14

すっぽんのぶらげろです。



(1) 歌聖と呼ばれた人麻呂にも 五七の定型をはみ出る場合があります。

 ▼ (人麻呂:淡海の海。万葉巻三・266番) ~~~~~~
  http://infux03.inf.edu.yamaguchi-u.ac.jp/~manyou …

 原文:淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思<努>尓 古所念

 訓読:近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのにいにしへ思ほゆ

 仮名:あふみのうみ  ゆふなみちどり  ながなけば  こころもしのに  いにしへおもほゆ
 
 音節数:6 7 5 7 8
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 休止の一拍のところに言葉が入るかたちとして 二拍一組のリズムを保っているのだと思いますが。

 (2) 和歌をどう詠むか。
 
 ▼ 城南宮の曲水の宴で和歌を読み上げる所(2012.4.29)
  

 ☆ 例としてよいかどうか。また このように詠んでも 四拍子なのだよと言えるのかも知れず。分かりませんが 素朴な疑問です。

 (3) タミル古代詩歌の韻律

 紹介したカリ調だけが 五七調だという誤解を避けるためです。
 
 (3-1) 最古の詩型 アーシリヤ調

  ▲ ~~~~~~~~~~~~~~~~
  Naa-yi-ru   pat-ta  a-kal-vaay   vaa-nat-tu
  陽の    沈んだ  広々とした   空で
  A-li-ya    taa-mee    ko-tun-ci-raip    pa-ra-vai
  愛ある   ものは    曲がった羽の    鳥たち。
  I-rai-yu-ra    von-ki-ya   ne-ri-ya-yal    ma-raat-ta
  泊まるために 高く上がって 道の近くの   木の上にいる
  Pil-lai   yul-vaay    ce-rii-ya
  子どもの  口に   入れようと
  I-rai-kon    ta-mai-yin    vi-rai-yu-maar   ce-la-vee ( Kuru 92 )
  餌を    持っているので 急ぐのだろう    帰りを。

  拍数:
  5(3+2) 6(3+3)
  5(3+2) 7(4+3)
  7(4+3) 7(4+3)
  7(2+2+3)
  6(3+3) 7(4+3)

 (3-2) ヴェン調

  ▲ ~~~~~~~~~~~~~
  ・ 一行は 四句で形成。
  ・ 一行の音節の数は 11から14までが中心である。12音節がもっとも多い。
  ~~~~~~~~~~~~~~~
  拍数のかたちのみを掲げます。一行四句ゆえに 細かく分けていますが けっきょく五七調です。

  2 3 / 4 3
  3 2 / 4 3
  3 2 / 4 3
  2 3 2

  (大野晋:『日本語の起源 新版』 1994 p.70f.)
  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
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この回答へのお礼

柿本朝臣人麿にすつぽんの歌があるのですか。

「字あまり字たらず」についての統計を見たことがないのですが、どの程度あるのでせうか。先日文学カテゴリで質問した関連なのですが、芭蕉の句に、すさまじい「字あまり」があります。

芭蕉野分して盥に雨を聞く夜かな
(『芭蕉俳句集』岩波文庫48ページ)

小林信彦の註解では、「余っているのは、芭蕉の部分であった。そうか。自己PRを、あえてしようという邪念もあったのか!」と結論づけられてゐます。
(『ちはやふる奥の細道』新潮文庫38ページ)

歌としての和歌についてはまたそのうち。

タミル語の資料もありがたうございます。

お礼日時:2015/02/27 19:58

音階だけ.



古代ギリシャまで遡るとテトラコルドをベースにおいた方が安全だね.

「1オクターブに 12半音」ってのは完全 5度との関係があるんじゃないかな. つまり「完全 5度上の音」を 12回作るとほぼ 7オクターブ上の音になる (実際にはコンマの分だけずれる) から「1オクターブの中に 12個の音を入れる」とうれしいのかもしれない.

で今だと平均律が普通なんだけど, 純正律と比べると特に長 3度がずれておかしいという問題があったりする. これを解消するためにはもっとたくさんの音を作る必要があって, 実験的には 16音平均律やら 17音平均律なんてのが作られたりしてる. もちろん現在の電子楽器では任意の周波数の音を作ることができるから「平均律」に縛られる必然性もなかったりする. そしてアラブでは微分音がふつ~に使われてるみたい.
この回答への補足あり
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この回答へのお礼

幅広く御投稿なさる御姿勢には、いつも感服してをります。音楽カテゴリのBA回答も拝見しました。

私はQ&Aサイトでは翻訳と計算はしないのですが、お世話になつてをりますTacosanさんからの回答ですので、やつてみました。もちろん手計算はしません。Maximaで入力すると、2^7は128で、(3/2)^7が129.746337890625になつてゐました。

「16音平均律やら 17音平均律」。そんなものが試行されてゐるのですか。御指摘のとほり、DTMが一般的になつて、自由が増してきました。今後が楽しみです。音楽界に革命が起きるのでせうか。

「アラブでは微分音がふつ~に使われてるみたい」 (???)

今後も御教示お願ひいたします。またそのうち化学カテゴリでも質問します。

お礼日時:2015/02/27 19:35

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