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今日は「音楽の父」と言われるJSバッハの誕生日ですが、では「音楽の息子」や「音楽の娘」はだれが相当するでしょう。

A 回答 (3件)

音楽の父バッハはリアル父?としてもすばらしく、息子がいっぱいいて、息子たちの教育のためにたーくさんの練習曲を作曲し、熱心に指導し、息子たちの大半は音楽家になれました。

しかーし、父バッハの目指した音楽体系?を完成させるには至らず、結局、完成させたのは赤の他人のハイドンだったのでした。ですので、「音楽の息子」にはハイドンに1票です!
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この回答へのお礼

そういえば大バッハには現実にも息子がいましたね。バッハの時代にはなかった交響曲がハイドンによって編み出され、ハイドンは「交響曲の父」と呼ばれるようになりました。
まさにバッハの息子のような存在でもあったことでしょう。ありがとうございました。

お礼日時:2019/03/24 11:23

バッハは、生存中は地方の地味な音楽家だったし、没後はほとんど忘れ去られていました。


当時、音楽の本場はイタリアだし、音楽の主流は「イタリア語のオペラ」でした。後のモーツァルトの時代にも、ウィーンの宮廷学長はイタリア人のサリエリだったし、モーツァルトも宮廷用に作ったオペラはイタリア語の台本でした(「フィガロの結婚」とか「ドン・ジョヴァンニ」「コシ・ファン・トゥッテ」など)。

バッハを「音楽の父」とまつり上げたのは、のちの「ドイツ・ロマン派」のシューマンやメンデルスゾーンです。「ドイツ音楽こそ、芸術音楽の中心だ」として、その「始祖」として100年間埋もれていたバッハの音楽を「蘇演」しました。(1727年に初演された「マタイ受難曲」を、メンデルスゾーンが1829年に「100年ぶりの復活演奏」をした)
バッハを「音楽の父」と呼んだり、「ドイツ3大B」(バッハ、ベートーヴェン、ブラームス)などと呼ぶのは、「ドイツ音楽こそ正統」とするドイツ・ロマン派の「宣伝文句」であることもお忘れなく。

ちなみに、イタリアやフランスでは、音楽は「かしこまって聞く芸術」ではなく、劇場で楽しむオペラやバレエ、サロンの夜会で楽しむ愛らしい小品などの「娯楽」であって、そんなドイツ音楽を「敬愛」しながらも、自分たちは別な音楽を生み出して楽しんでいましたよ。
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この回答へのお礼

モーツァルトの音楽も当時は今でいうポップスみたいなものだったらしいですね。映画「アマデウス」でも、神童といわれたモーツァルト本人はおバカさんのように描かれていました。
 それでも「音楽はバッハに還る」といわれるように時々バッハの良さを見直しています。やはり偉大な父親だと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2019/03/30 11:24

「音楽の息子」はそれまでも宮廷音楽を大衆向けに変えた「ベートーヴェン」。


「音楽の娘」はいうもがな、「モーニング娘。」ということで○。

(^_^;)
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この回答へのお礼

モーニング娘。は音楽の末娘みたいなものでしょうか。末息子は嵐とか。ありがとうございました。

お礼日時:2019/03/30 11:25

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