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最後の晩餐においてのユダの座っている位置について。
レオナル・ダビンチの最後の晩餐においては、
ユダは、他の12人と同じ列に並んで座っています。
一方、それまで描かれた最後の晩餐では、彼は、他の12名と向かい合って座っています。
このようにユダの位置が相違しているのは、どのような解釈の差異なのでしょうか?

A 回答 (5件)

TVドラマのお茶の間の場面と同様で



向かい合って座ったのでは、視点が設定できないからです。
向かい合っていては 背中しか見えませんもんね。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
天才ダビンチは、何百年後のお茶の間のTVまでを考慮にしたのですね。

お礼日時:2020/12/02 12:20

詳しくはないのですが、レオナルド・ダ・ヴィンチはシオン修道会のメンバーだったとのことですので、それが関係しているのではないでしょうか。


https://blog.goo.ne.jp/harunakamura/e/a108c372c7 …
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この回答へのお礼

御尤も

お礼日時:2020/12/02 12:20

この晩餐の途中で、ユダは密告のために退場しています。

退場しやすいような位置にいたと解釈もできます。
 ユダの顔のモデルを誰にするかで、画家のみなさんけっこう悩んでたみたいで、ダビンチは、完成を催促した人の顔をユダに。他の画家さんは、特定の人の顔に似ないよう、後ろ向きに近い角度で描こうとしたのでは。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
ダビンチは、ユダを退場させまいと意図したのでしょうね。
また、ダビンチは、憎んでいる男に似せてユダの顔を描いたのでしょうね。

お礼日時:2020/12/02 12:26

>それまで描かれた最後の晩餐では、彼は、他の12名と向かい合って座っています。



かならずしもそうではありません。
ただ、頭に光輪がないなどのはっきりした差をつけていました。
ダビンチは、あくまで写実を追求したんでしょうね。

表情をあらわすためには、円形では背中向きになりうまく書けません。
ですので長机にしたのでしょう。

あなたの知らないキリスト教の世界「最後の晩餐」に隠された秘密
https://kaigablog.com/the-last-supper/
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございます。
1.当時の食堂の壁に制作されている最後晩餐は、どれもかなり写実的ですね。
2.普通の室内に普通の絵画として描くために、円形が良いでしょうね。

お礼日時:2020/12/02 12:40

最初にダビンチの伝記を書いたバサリによりますと、それまでのフレスコ画とは違い、”この中に裏切り者がいる”と言った瞬間に、驚き悲しむの13人のドラマを描きたかった。

そのためには、円卓を囲んだり、ユダが一人だけ反対側に座っているよりも、同列に並ばせた方が、効果があります。背なかだけでは表情が見えないです。

他の弟子たちは順調に進んだけれど、ユダとイエスの顔が最後まで描けなかったそうです。イエスは完璧を表さなくてはいけないのでモデルを使えない。人間の醜さを象徴するユダの顔が見えてこない。

最終的に刑務所で、これだ、という人を見つけて、ユダのモデルにしたという話も聞いたことがあります。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとございました。
<驚き悲しむの13人のドラマを描きたかった。>が発端なのですね。
そのためには、<同列に並ばせた方が、効果があります。>ということですね。

お礼日時:2020/12/04 19:00

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