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常磐線って何故変な作りなのでしょうか?
松戸から亀有に行こうと電車に乗ったら次停まる駅が北千住でした。
まあこれは、単に快速で亀有が各駅しか停まらない駅だったのだろう、と思います。
なので北千住で亀有方面行きの電車に乗り換えたのですが、アナウンスで北綾瀬行き、と言われ驚いて降りました。
その我孫子行きのものを待ち、なんとか亀有に到着することができました。

そもそも、何故快速と各駅でホームが違うのですか?
また、同じホームから出ている電車なのに、亀有に行こうと思ったら北綾瀬に行くなんて言う、ことが起きるのでしょうか?
元々は北綾瀬駅なんてなかったのに、わざわざ既存の沿線から派生させてそんな駅を作ったのでしょうか?

A 回答 (6件)

自信ありと銘打っているわりに適当なコメントをしている輩がいるので


高度成長期急激な輸送人員の増加によって混雑が問題隣りました
旧国鉄は複々線か等の線増を行う輸送力を大幅にアップさせる事で混雑緩和を図りました。これが「通勤五方面作戦」です
通勤五方面作戦によって常磐線は上野〜取手間を複々線化を目指したので住宅密集地で有る北千住〜上野は土地買収等が困難を極める事から旧国鉄は上野〜北千住間の複々線化を断念しました
1964年8月29日の「東京都市計画高速鉄道網」の改訂によって千代田線北千住にて常磐線と接続する計画がなされました。つまり当初北千住が接続駅とされていたと言う事です
ところがそれは旧営団地下鉄には非常に好ましくはない状態。それを避けるために旧営団地下鉄は常磐緩行線綾瀬↔北千住間の自社路線にしたいとの要望を出しました
それが正式に認められどう区間が千代田線となったのです
常磐線快速線に綾瀬駅が設けられなかったその理由
もともとの計画=通勤五方面作戦では取手〜北千住間を緩急分離した上で複々線化して北千住にて千代田線と接続する予定だったことから快速線には綾瀬駅を作る計画がなかったからです
千代田線開業当初に北綾瀬が設置されなかったその裏を理由
開業当初綾瀬検車区周辺は畑が広がっていたような地域だったので綾瀬検車区付近に駅を設置しても需要が見込めないとして設置されませんでした
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こんばんは。



もともと常磐線は複線(2線)で、上野↔️取手↔️仙台と結ぶ路線でした。
利用客が急増し輸送力が足りなくなってしまったので、複々線(4線)に改良工事を計画しました。

その時期、営団地下鉄(今の東京メトロ)は、後に千代田線になる路線を松戸まで作りたいと計画していました。
▪️複々線工事の費用を抑えたい。
▪️常磐線の複々線と千代田線計画を繋げれば、相互直通運転の事業費用を抑えられる。
▪️営団地下鉄は、当時畑だらけだった足立区に車庫用地を確保しましたが、そこまでの線路の建設費用を節約できる。

双方、このような本音から、
▪️従来の常磐線は「常磐快速線」として、複々線区間では主要駅のみ停車する。
▪️新しく増設する線路は、ベッドタウン開発の意図も鑑みて地下鉄千代田線から延伸する形で「常磐緩行線」として、主要駅でない駅も停車する。
▪️亀有駅や金町駅など主要駅でない駅は、長距離列車が走る「常磐快速線」は通過。

こういう形で整備しました。

分岐になる「綾瀬駅」に快速線ホームが作れれば、もう少し簡単で分かりやすかったのですが、用地確保も出来ず費用の事もあり、やむなく北千住駅まで停まらない構造に。
規程の方を合わせる(綾瀬駅↔️北千住駅間の乗車券は、JRでも東京メトロでも不都合にならないように規定した)形で整合性を取りました。

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>何故快速と各駅でホームが違うのですか?

【回答】
北千住駅で駅の位置がずれてしまったのは、上記理由から。
本当は綾瀬駅の快速線にホームがあれば簡単だったのですが、ホームを作れなかったから。
規程を見直すことで解決しようとしたからです。

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>元々は北綾瀬駅なんてなかったのに、わざわざ既存の沿線から派生させてそんな駅を作ったのでしょうか?

【回答】
線路自体は昔からありました。
上記の通り、営団地下鉄が確保していた車庫用地は北綾瀬でした。

もともとは綾瀬駅から分岐する営業に供しない回送線でした。
でも、足立区で、東京都23区内で旅客輸送しないのは勿体無いですよね。
後年「北綾瀬駅」を追設しました。

回送線を応用した利用旅客が少なく、綾瀬↔️北綾瀬で区間列車が往復する支線だったのですが、
▪️年々輸送人員が増えてきた。
▪️綾瀬駅での乗り換えが混雑するようになってきた。
▪️千代田線本線の列車が回送列車で北綾瀬駅まで来てました。輸送人員が増えてきましたので、わざわざ専用の車両を使うより本線の回送列車を「北綾瀬行き」として営業運転した方が効率が良い。

上記理由から、本線でも「北綾瀬行き」が現れました。

不動産物件の動きでも、固定資産税の変化でも、千代田線本線↔️北綾瀬支線の直通運転は効果をあげており、北綾瀬駅周辺での分譲物件は値段の割には都心に出やすいと話題になりました。
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何故快速と各駅でホームが違うか?


→当時の国鉄が複々線化をしたときに、快速に旅客が集中しないように、わざと乗り換えをしにくいようにしたため。

なぜ北綾瀬駅があるか?
→もともと車庫を設けたところに、住民が便利になるように駅を作ったため。

参考)常磐線史上の大革命! ~50年前の複々線化と地下鉄との直通でガラリと変わった~
https://jobansenknow.jp/399/

今回のケースの場合、松戸から各駅停車に乗るのが正解でした。
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>常磐線って何故変な作りなのでしょうか?


>そもそも、何故快速と各駅でホームが違うのですか?

常磐線の路線を拡幅するときに、国鉄ではなく帝都営団と協力して乗り入れをしたからです。

1950年代になると、都内に入る各地域の鉄道路線が大混雑するようになっていきます。なのです東海道線・中央線・高崎(宇都宮)線・総武線と共に常磐線の複々線工事を行い、すべての路線で快速・緩行(各駅)線を分離しました。

たとえば東海道線は、横浜駅まで緩行線を京浜東北線として全駅停車、東海道線は新橋駅・品川駅・川崎駅・横浜駅にしか止まらない快速運転にしています。

しかし常磐線は江戸時代から続く下町を通る路線なので、北千住から上野までの用地買収が非常に困難で、そのため北千住から現東京メトロ千代田線として運行する形で複々線化を行いました。
 そして北千住駅は地下に駅を作り、事実上メトロ側の施設になってしまっているのです。

なので、非常に複雑な形になっていて、直感的に理解するのが難しいのです。

>元々は北綾瀬駅なんてなかったのに、わざわざ既存の沿線から派生させてそんな駅を作ったのでしょうか?

北綾瀬駅は駅の先に千代田線の車両基地があるので、それを利用して設置した駅です。
 北綾瀬駅は1979年には開業しているので、元々は無かった、というのはちょっと理解しにくいです。
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常磐線の各駅停車の駅に北千住駅は無いからです。


北綾瀬駅までは千代田線のホームだからです。
路線管理上は別線。
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都営線ともリンクするから複雑なんじゃない

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