ちょっと変わったマニアな作品が集結

鳥山明氏は良く考えるとドラゴンボール連載時は
かなり多忙だったのでは?と思うのです
ドラクエやその他人気ゲームのキャラデザインや
いろいろそれに加えてメインの
ドラゴンボールの連載もしているわけですから
普通これだけ忙しいといくらアシスタント使っても
月刊でも難しいんじゃないでしょうか?
私は連載中のドラゴンボールは見てないんですが
その時はどんな感じでしたか?
絵が荒かったり良く休んだりとかしてませんでしたか?
何も影響なかったとすると鳥山明は超人でしょうかw
回答よろしくお願いします

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A 回答 (8件)

おっしゃるとおりかなりの多忙ぶりだったと思います。

でも休載みたいなことはそんなにありませんでした。
ただ、本人がいなくてもいまやアシスタントで仕上げられてしまうのも事実です。絵じたいは書かずに、だいたいのストーリーを伝えれば、編集者とアシで仕上げてしまうことも可能です。模写だけは抜群なアシもいますから。作家が死んでしまったのに連載されている作品も今ありますしね。
当時の鳥山氏がそうだったかは知りませんが、最近似た絵のマンガが多いのはそういったことをしていたアシが、デビューして、絵柄は、ついていた作家の絵柄になっているということなのかなと思ってます。
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鳥山明はDBの前のDr.スランプで大ブレイクしましたが、それまで全く売れない漫画家でした(絵はうまかった)。


アラレちゃんのヒットがなかったら、名古屋でほかの仕事についたんじゃないかな。たしか、これでもだめなら編集さんに見捨てられたと言ってたと思う。
下積みが長かった人は、ハングリー精神旺盛で、仕事も手抜きしないで真剣にやると思いますよ。どんなに忙しくたって、仕事できるのが嬉しくてたまらないのでは。
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富樫氏と鳥山氏に限って比べた場合


今の富樫氏の仕事振り<DB連載時の鳥山氏の仕事
ということになります。

ま、でもゲームのキャラデザインと言っても毎週あるわけじゃなく一年に一回あるかないかですよね?
(ドラクエにいたってはモンスターの主要キャラはIから継続している物も多いですし、なんせ次回作が出るまで間隔が開きスギですし、トルネコとかはドラクエのキャラほぼそのままですよね。クロノトリガーとかもありますが十分ドラクエの間に出来るでしょう)

O.V.Aとかもやってるみたいですが・・・

ところでやはりアシはあまり使ってないようです。

(95’DB連載時巻末コメント)今、アシスタントさんがいない状態で描いているので、しめ切りがきついきつい

↑あれだけの人気作家が希望者も沢山いるだろうにありえないですよね?
しかしその後

(97’TOKIMECHA連載時)実はマックを導入しました。今回の扉の色や活版のトーン、全部マックです。最強のアシスタントです

これで出来るだけ自分の手で仕上げたいという氏の望みはかなったようです。鳥山明氏の所から有名な漫画家が出ていないというのもアシをあまり使っていない証拠だと思います。
(逆に「顔しか描かない」などという人のところからは沢山の作家が生まれていますよね 例:本宮ひろ志)


しかしほかの作家に目を向けてみれば「この人どうやって仕事こなしてるんだろう?神か!?」という人いますよ

たとえば浦沢直樹
ピーク時の仕事で挙げてみると
『パイナップルARMY』オリジナルの85年2月20日号~88年4月20日号
『YAWARA!』スピリッツの86年9月30号~93年9月38号
『MASTERキートン』88年6月5日号連載開始(すいませんいつ連載終了か分かりませんが全18巻分描かれました)
『キートン動物記』オリジナル増刊の89年4月15日号~93年10月28号
『Happy!』スピリッツの93年11月47号~99年3月15号
『MONSTER』94年12月20日号(これも連載終了か分かりませんが全18巻分描かれました)

さらに「MONSTER」とかぶって99’に連載スタートした『20世紀少年』は現在も連載中(18巻まで出ています)
これと平行して『PLUTO』2003年9月7日より連載開始(現在2巻まで)

という感じで週刊誌を中心に
絵が荒かったり、突然の原稿落ちというのも無く人気連載を必ず同時進行で進め全てヒット(今のところね)させています。


アシスタントは4~5人居るそうですが、
全員自分の見えるところに置いてかなり細かく指示しているそうです。
彼も「僕、本当は全部自分で描きたいんですよ」といってました。

んじゃあんまアシ使ってない鳥山明のほうがスゴイ、となるかというと一概にそうとも言えません

作家にとって一番つらいのは「描く」仕事の多さより締め切りに追われカンヅメで仕事をこなしながら優れたアイデアを出し続けることですことです。

だから手塚治虫は天才と言われるのです。
(もし暇があったら手塚氏が短い生涯の中でどれだけの作品を作っていたか調べてみてください。びびります。)

その点では長い間休暇も取らず優れた作品を多く送り出している浦沢氏も超人といえると思います。
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ジャンプはずっと読んでいます。


連載中、休止は殆ど無かったですし画力も安定していました。カラーもよく描かれていたと思います。
確かアシスタントは一人だったような…?(確実ではありません)
トーンが無いので、そんなに多くのアシスタントを必要としないのは分かりますが、当時から凄いな…と思っていました。
超人だと思います。…ではなくて、描くのが早いんでしょうね、きっと。
DQは連載中の状態を分かっていて、早めにデザインなどを頼んでいたのでは…と想像。
そういえば、ジャンプの最後にある作者コメントでは、休みの日に家族と遊びに行ったとか、子供が学校に上がったので普通の休みに遊びに行くしかなくなったので大変…と書かれていたのを覚えています。
ちゃんと休んでもいたのですね。
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 週刊少年ジャンプ連載時に毎週読んでいましたが


 画が荒かった事も休載もありませんでした。
 鳥山明氏は当時「ドラゴンボール」しか連載していなかったので
 特別に忙しい事もなかったのではないかと思います。
 他の漫画家で週刊誌や月刊誌に複数の連載をしていた人もいましたから。
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こんばんは。



はい、ほとんど影響は見せませんでした。
今のジャンプと違って、当時のジャンプは絶対に休載を許さない雑誌だったんです。
(本当に入院したりすれば別ですが)
原稿を落としたら即クビ。鳥山氏もそんな時代の作家ですから、ゲームの仕事をやろうが読み切りを描こうがきちんとDBを連載してましたよ。

冨樫さんは超特例だったんです。
それがいつの間にやら「人気があればオーケー」みたいな状況に徐々に変わって行きました。
まあそれでも他誌の休載率に比べれば全然厳しいですけど。

ちなみにその厳格な時代のジャンプ作家と編集者が集まって作ったのがコミックバンチです。
ですからあの雑誌は堂々と休載すると宣言してますよね。あれはジャンプに対するささやかな抵抗でしょう。
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 DB連載時は多分、それだけだったのではないでしょうか?


 ドラクエにしても数年に1本位の割だったし、デザインにものすごく手間がかかったとは言い難いです。
 むしろそれより、本来ベジータとの闘いで幕を下ろしたかったのに、人気から編集部が終了を許さず、ギニュー特戦隊、人造人間以降のストーリー展開に苦悩が感じられます。
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確か、ぼくが感じたのは休刊は少なく絵も富樫さんのように雑ではなく。


コミックと週刊ジャンプとそこまでかわらなかった気がします
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