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短冊の浦と表の見分け方教えてください

A 回答 (1件)

こちらのURLに掲載の下記の箇所、「上」を「表」におきかえればよろしいのではないでしょうか。



>色紙・短冊の上下について

色紙も実はもようのある方が表なんですよね。ほんとうは。

何か参考になれば幸いです。

参考URL:http://kodo.hp.infoseek.co.jp/
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この回答へのお礼

有り難う御座いました。
詳細なる説明文大変参考になりました。
実は 教えて!gooは、初めて利用いたしました。
古希過ぎて 斯くも便利を 知る事に

お礼日時:2008/05/30 21:18

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Q色紙の表と裏

色紙は金の方が表と言われているのは間違いで、白い方が表であるということはテレビ(ガセビア)でやっていて、その理由もちゃんと言っていました。
それなのに今日テレビを見ていたら○六輔という方が、ガセビアでいっていた間違っていたまんま、色紙は金が表と力説していました・・・。
なんか、年配の方が間違っていることを言っているのはショックだし、これでまた間違った常識が広がってしまうのもなんだか見ていて心苦しくなりました^^;
そのあとN○Kは訂正もしなかったし・・・。
生放送みたいだったから、どうしようもないのかなぁ?

Aベストアンサー

わたしも白い方が表だという認識でいます。
年配の方で識者とされている方のそのようなところを
みてしまうと、おっしゃる通りショックですね(^_^;)
影響力というか説得力のある方の発言だし、そのまま
鵜呑みにする人は多いでしょうね。

ところでご質問はなんでしょうか?

Qお寺・神社でのガラガラの正式名称を教えてください。

このカテゴリーでいいのかわかりませんが、ご回答をお願いします。
神社の境内のお賽銭箱の前に天井から吊り下げてある、ガラガラは何のいうのでしょうか?
お参りする時に二礼二拍一礼する前にガラガラと鳴らす、あれです。
お寺では鐘を打つようになっていたりしますが、地蔵さんの前では時々見かけます。
仏教や神道では呼び方はちがうのでしょうか?
どうか教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

あ、失礼しました。 No.3 です。

専門的には“本坪(本坪鈴)”といいます。

厳密な決まりではないのですが、お寺は鰐口、神社は鈴と一応使い分けがあります。

買いたいんですか?よかったらご紹介しますヨ!

それでは、ゴキゲンヨウ!!!

Q俳句の「季重なり」について教えてください

著作権の問題で削除される可能性がございますので、具体的な俳句作品を引用・提示できないのが残念でございますが……
「カルチャーセンターで俳句講座が開催されるようになってから<季重なり>が問題視されるようになったのではないか」と、どなたかが言っておられたり……俳句の入門書には「始めて2~3年は<季重なり>の句を作らない方がいい」などと書かれていたり、かとおもえば「<季重なり>は腕の見せ所」といっておられる指導者がおられるなど、いまいち判然と致しません。<季重なり>が問題にならないといいますか<季重なり>だからこそとは言わないまでも<季重なり>が容認されるのは、どのような場合なのか、お教えいただければ幸いでございます。

俳句でも句集のタイトルを併記すれば引用が容認されるといいのですが……

Aベストアンサー

 こんばんは。

 以下の回答は、飯田龍太氏の『俳句入門三十三講』(講談社学術文庫)を参考にしました。
 飯田氏は、父君蛇笏氏とともに、「ホトトギス」の流れを汲む「雲母」を主宰していますので、まあ正統派といってよいかと思われます

 まず飯田氏は「昔といいますか、ついひところまで『季重なり』ということを非常に忌み嫌った。(中略)なぜいけないかという説明は一切抜きで、憲法みたいな具合にそういう断定を下しておった。ところが最近はそういうことをあまり厳しく言わなくなって、ときには一句のなかに二つも三つも季語が入っておる。またそれで成功する場合もあるんですが、しかし一応はそういうことを念頭においておいても、決してむだではないと思うんです。」(89p)といわれてます(1971年6月述)。

 そのうえで、許容される場合について、「季語」とされてきたことばが、現代の感覚で、かならずしもその季節を表さなくなった場合は、他に季節を特定することばがあるのはいいのではないか、という説明をされています。
 また、上記に引用した部分も含めて、そこでいわれている内容を私が忖度するに、推敲して推敲して、どうしても必要、となった場合は、可とすべきであって、要は佳句を得るかどうか、であるというようなことではないか、と思います。

 また、これは飯田氏のことばではなく、私の記憶ですが、なぜ季重なりが禁忌とされてきたか、について、季語が二つ以上あるのは、その句のイメージを明瞭にしない(「弛緩する」といういい方だったと記憶しています)からだ、といわれていたのをきいたことがあります。いま出所を明示できなくて残念ですが。

 俳句は、さまざまな結社があり、「無季俳句」「自由律」などもあって、なかなかに多様のようですね。
 正統派といわれる飯田氏のことば(+僭越ながら私の記憶)をここでは紹介します。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 以下の回答は、飯田龍太氏の『俳句入門三十三講』(講談社学術文庫)を参考にしました。
 飯田氏は、父君蛇笏氏とともに、「ホトトギス」の流れを汲む「雲母」を主宰していますので、まあ正統派といってよいかと思われます

 まず飯田氏は「昔といいますか、ついひところまで『季重なり』ということを非常に忌み嫌った。(中略)なぜいけないかという説明は一切抜きで、憲法みたいな具合にそういう断定を下しておった。ところが最近はそういうことをあまり厳しく言わなくなって、ときに...続きを読む


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