1950年代から1960年代にかけて日本でヒットした三人の外国人シンガーのポール・アンカさん、ニール・セダカさん、コニー・フランシスさんの三人はここ数年どういった活動をしているのでしょうか。ぜひ教えてください。

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A 回答 (1件)

ポール・アンカは最近凄いカバーアルバムを出しましたよ。



題名は「ロック・スウィングス」これはかなり良いです!
カバーした曲はボン・ジョビ、オアシス、ヴァン・ヘイレンなどなど。。
こういうバンドの曲がまさしくポール・アンカになってしまっています。。

本当に凄いアルバムなんで一度聞いてみてください。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000A38 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。私はポール・アンカさんと言えば「ダイアナ」や「マイウェイ」なんかを想像しますね。まさに彼は青春の1ページの人ですね。

お礼日時:2005/10/25 20:05

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Q道路のポール?

農道などで設置されてるもので、道路の真ん中に2本立っています。
対向車と譲り合いながら1台ずつ通るのですが、
このポールのようなものの本来の意味って何でしょうか?
徐行を促す為に設置してるものなのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 #1です。

>道路の真ん中に2本あって、そのポールのポールの幅が車1台分しかないんです。

 道路に設置するポール状の構造物というのは色々あって、その説明だけだとはっきりしません。
 そのポール状のものは、道路進行方向に対して、平行に2本あるのでしょうか? それとも直角方向に2本あって、その間隔が車両1台分程度と云うことでしょうか?(この場合は「真ん中」という表現は適切ではありませんね)

 前者だと、車両はどこを通過しているのか判りません。ポールの間、というのは物理的に不可能なような気がしますが・・・
 後者であれば、大型車両の通行を規制するためのものと考えられます。農道などの道路の場合、十分な路床の改良が行われておらず、大型車が頻繁に通行すると地盤沈下を起こしてしまう恐れがあるからです。又、大型車両の通行による衝撃荷重に耐えられないような重要構造物(水道管など)が埋設されている場合もあります。

 材質が判りませんが、金属だとすると車止めのボラードでしょう。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%89#.E9.81.93.E8.B7.AF.E3.81.AE.E3.83.9C.E3.83.A9.E3.83.BC.E3.83.89

 #1です。

>道路の真ん中に2本あって、そのポールのポールの幅が車1台分しかないんです。

 道路に設置するポール状の構造物というのは色々あって、その説明だけだとはっきりしません。
 そのポール状のものは、道路進行方向に対して、平行に2本あるのでしょうか? それとも直角方向に2本あって、その間隔が車両1台分程度と云うことでしょうか?(この場合は「真ん中」という表現は適切ではありませんね)

 前者だと、車両はどこを通過しているのか判りません。ポールの間、というのは物理...続きを読む

Qコニー・フランシスの歌でおすすめをお教えください。

今日、FMから[コニー・フランシス]さんの歌が流れてきました。
とてもチャーミングな声なので、うっとり聴いていました。
おすすめのCDがあればお教えください。
よろしくお願いいたします。
 

Aベストアンサー

追伸 matujiです。 ここから入ってください。

http://www.sunu-web.com/oldies/

下記URLは索引欄にダイレクトで入ります。

参考URL:http://www.sunu-web.com/oldies/

Q高速道路 スタッドレスと非金属チェーン の持参選択

たまに雪がふりますので、現在、駆動輪(前輪)のみ、スタッドレスをつけています。

この状態では、降雪時、高速道路が通行できないので、以下のどちらかを、
持参走行したいのですが、どちらが、良いでしょうか?

 A:後輪用スタッドレス(2本)
 B:非金属チェーン(4組)

Aベストアンサー

A: のスタッドレス2本です。

ゴムチェーンですと場所は取りませんが・・・時速60kmで切れる可能性が有りますから高速道路は無理です。

Qニール・セダカの「alone at last」について教えて下さい

たまに復刻版を見かけても、50's中心なんですよね。 新しいものでも、「ラフターインザレイン」は入っていても、「アローン アット ラスト」は入って無いんです。
 昔、ラジオから録音したカセットテープも、もう年季が入っててかなり音質が悪くなっており、できれば新しくきれいな音で是非聴きたいのです。
 どなたか今でも手に入る方法をご存知でないでしょうか?

是非是非教えて下さい!!!!!!!!

Aベストアンサー

質問にある「Alone At Last」って、'77年頃の『A Song』に入ってたやつのことですよね。「Laughter in the Rain」のPolydor時代とか、その少し後のRocket時代はまだしも、『A Song』以降~80年代初めのElektra時代の音源は殆どCD化されていないのでは?

それと同じ録音かどうか分かりませんが、こういうCDならある(あった?)ようなのですが。ただ現在、市場には出ていないようですね。
http://album.yahoo.com/shop?d=ha&id=1801810251&cf=10&intl=us&clink=dmmu-ks/aloneatlast

当面はアナログ盤を探す方が早いかもしれません。

Q車のブレーキを踏むと、金属で道路をこすったような音がして困ってます

ブレーキを踏むと、金属で道路をこするような(ガガガガー)と音がします。毎回ではないのですが。1年半前にBMW3シリーズを中古(2年おち)で購入し、購入当初からブレーキを踏むと、キーーと音がすることがあったのですが、毎回ではないのでそのままにしていました。
すぐに修理に出したほうが良いのでしょうか。その場合、修理代はどのくらいかかるか、正規ディーラーに修理にだすと高いのか、教えてください。

Aベストアンサー

>購入当初からブレーキを踏むと、キーーと音がすることがあったのですが、

その時点で交換時期に達していた可能性があります。

そうなると1年半の間にパットを使いきり、パットの裏金部とディスクローターが接触している可能性があります。

>すぐに修理に出したほうが良いのでしょうか

もちろんです。今の状態ではブレーキの制動距離が低下していて危険ですし、これ以上ブレーキシステムにダメージを与えると修理代が大変掛かります。

Qなんていう曲?(70年代か80年代に大ヒット)

よろしくお願いします。

曲名・アーティスト名を教えてください。
70年代か80年代に大ヒットした歌(洋楽)です。

サビをハ長調で書くと
|っっみそ・そみそみ|しらしらーーーー|っっらそ・そみらそー|みーれど↓ら・れーど↓ら↓そ|
というような感じです。
(「っ」は8分休符、↓はドより下の音)

間奏で、一度聞いたら忘れないほど印象的な、ブラスセクションのユニゾンがあります。
ユニゾンのメロディーは
|どっっどみれ・っれらそ|
で始まります。

Aベストアンサー

スティービー・ワンダーの「愛するデューク」(Sir Duke)ではないかと

Q青森の、道路と田んぼの間に延々と続く金属製の工作物について

先日、青森へ行って気づいたのですが、農道などの脇と田んぼの間に、ガードレールでなくて、亜鉛のどぶ漬けメッキをした高さ七十センチ、厚さ五十センチ、ワンスパン四メートル?ぐらいの工作物で、中に鋼板の板が5~6枚程度建てに入った工作物が延々と設置されていました。
また、たまに組み立てた状態で高さ五メートルぐらいの、縦の段の間を短くした建設現場の足場のようになっているものもありました。
あれは、何でしょうか?
草で覆われたりして使われていないような所もたくさんありました。
青森に詳しい方、お手数ですが教えてください。

Aベストアンサー

防雪柵ではないでしょうか。
道路に雪が吹きだまるのを防止するものです。
北海道にもいっぱいあります。

Q70年代or80年代にヒットしたと思われる曲のタイトルを教えてください。

1.まず洋楽で、男性が高めの声で恋愛?についてのバラードを歌っています。
2.歌いだしは聞き取れないのですが、最後の言葉はtonightで、サビはbaby、I’glad グラッド?(と聞こえる)で、そのあとチークtheチーク という言葉が入っています。

耳で聴いているので定かではありません。
割とヒットした曲の様で、今でもたまにですが、ラジオなどでかかっていることもあります。

非常に曖昧で明確な所がなにもないのですが、解る方いたら大変助かります。

Aベストアンサー

今晩は
歌詞がかなり違いますがChris De Burghの「Lady In Red」はどうでしょう?↓

http://www.sing365.com/music/lyric.nsf/Lady-In-Red-lyrics-Chris-De-Burgh/86C12AF7229402B0482569690001C6A7

一応当てはまる部分もありますので念のため参考URLで試聴してみて下さい。
もし全然違ってたらごめんなさい。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=498148

参考URL:http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=192934

Qポールの名前が、わかりません。

よく、施設や個人でも工場をされているところで見かけますが、直径10cm強くらいでしょうか、金属製のポールで、そのポールが何本か並んでおり、そのポールとポールはチェーンを引っ掛けるようになっており、施設を利用する時は、チェーンを外し、ポールをガチャガチャ動かすと、真下の地中に入ってしまい、自動車の通行の妨げにならなくなる、進入禁止のようなポールは何と呼ぶものでしょうか?価格が知りたいのですが、検索が出来ません。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

メーカーによりいろいろな名前をつけていますが、一般的には(上下式・チェーン付き)車侵入防止ポール などと呼んでいます。
http://www.sunpole.co.jp/seihin/sun_menu.php
http://kensetsu.ipros.jp/product/detail/1324902001?hub=62+PRODUCT+327736
http://www10.ocn.ne.jp/~yose0405/porusr48.htm

Q1960年代の音楽&映画

今回、1960年代の音楽ついてプレゼンすることになり、↓の様に大まかに(大まかすぎてすみません^^:)調べたのですが、各ジャンルに代表されるミュージシャン、その他これは付け加えた方が…っというような事を教えて頂きたいです!それと同時に、60年代の洋画についてもご存知の方がいらっしゃいましたら、そちらについても教えて頂きたいです。宜しくお願いします。

1960-1963:R&R全盛期(ビートルズ・ローリングストーンズなど)

1964-1966:フォークロック流行(ボブディラン?)

1967-1969:サイケデリック・サウンド流行(?)

Aベストアンサー

どうも、ブルースバカです。

どうも60年代というとサイケデリックとフラワームーブメント、ヒッピーといった枝葉の部分にばかり触れている人が多いですが、実は根底にはブルースがあることはあまり知られていません。

ビートルズもストーンズもディランもデビューはさほど変わらない時期なのですが、彼らに大きな影響を与えたのが50年代のロックンロールの神様 チャック・ベリー で、彼を見出してデビューさせたのがシカゴ・ブルースの父 マディ・ウォーターズ(芸名でピンのミュージシャン) です。マディの影響でブルースにのめり込んでいったのがキース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ(ローリング・ストーンズ)、ピ-ト・タウンシェント(ザ・フー)、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ(70年代以降レッド・ツェッペリンを結成)…と多くのミュージシャンが影響を受けました。
というのも1960年にマディ・ウォーターズはロンドンで講演を行い大きな「ブルース・ムーブメント」がロンドンで巻き起こったのです。その時ビートルズはリバプールの片田舎にいたうえハンブルグに巡業に行っていたためブームに乗り遅れてしまったのです。言ってみれば後にアメリカを席巻する「ブリティッシュ・ロック・ムーブメント」はマディ・ウォーターズによって用意されたと言って過言ではないでしょう。

この頃アメリカでは南部を中心に公然と人種差別が行われており、時のスーパースター エルビス・プレスリー は軍隊に入隊、チャック・ベリーなどの黒人ミュージシャンは軒並み逮捕や事故死などで活動停止、最もセクシーと言われた黒人R&Rスター リトル・リチャード は飛行機事故に遭うも奇跡的に無傷で助かり改宗し牧師になってしまい完全にR&Rは死んでしまいました。
この背景には「罪深い」黒人に対する差別と、黒人音楽への弾圧がありました。辛うじて生き残ったマッディ・ウォーターズやハウリン・ウルフといったブルース・ミュージシャンはヨーロッパに活動の拠点を移すことになったのです。

ビートルズがアメリカを席巻するのが1964年、それまではポール・アンカ等のかったるいキャンディ・ポップスやベンチャーズなどのインスト、せいぜいがビーチ・ボーイズのサーフ・ミュージックくらいしかありませんでした。これは白人による最も健全な音楽としてラジオ局(当時はテレビより普及していた)で積極的に流されていた影響によるもので、今ではごく一部が聞かれるに留まっています。
これだけかったるいポップスの中にあってビートルズはセンセーショナルなものとして映り、ご存知の通り「ビートルマニア」という現象が全米を席巻しました。
その後ビートルズに続けとばかりにローリング・ストーンズ、アニマルズ、ヤードバーズ(初代ギタリストはエリック・クラプトン、70年代にレッド・ツェッペリンと改名)、ザ・フーなどがアメリカに上陸、一台センセーションを巻き起こします。
全米がブリティッシュ1色かと思ったら、反面フォーク(プロテスタント・ソング)界に貴公子と呼ばれる男がデビューしました。これがボブ・ディランで「白人が黒人の歌を歌うなんてケシカラン」という保守的な白人層を取り込んで人気が爆発しました。元々プロテスタント・ソングは白人のブルースなので時代の流れの中で当然多くの支持を得ることになります。

60年代の音楽が大きく動くのはディランがエレキ・ギター(黒のフェンダー・ストラトキャスター)を持った時からです。元々ロックンローラー志望だった彼は一時衰退したR&Rに夢を諦めプロテスタント・ソングの道を選んだのですが、ブリティッシュロックの対等に触発されスタイルを変えて行ったと言われています。
この変化が黒人音楽のR&R、R&Bと白人音楽のフォークソングを融合した フォーク・ロック というスタイルにつながり、HIGHWAI61 REVISITED(邦題:追憶のハイウェイ61)~BROND ON BROND という世界初の「トータル・コンセプト・アルバム」へと続きます。

1965年になるとアニマルズはドラッグ不法所持で逮捕が連発・解散、ヤードバーズはクラプトンがアイドル路線に嫌気が指し仲たがい(後にクラプトンは脱退、後釜に天下ごめんの天才ジェフ・ベックが加入)、と変化が現れます。アメリカではアイドルでデビューしたビートルズは当初はダイアナ・ロス&ザ・シュープリームスなどに代表される モータウン・サウンド とチャック・ベリーなどのロックンロールのパクリバンドでしかなかったのですが、ディランの方向性に触発されて RUBBER SOUL あたりから音楽性を重視したバンドへと熟成していきます。
ビートルズの最初のトータルコンセプトアルバム REVOLVER が発売される頃(1966年)にローリング・ストーンズは AFTERMATH というトータルコンセプトアルバムを発表し、ザ・フーはライブ・バンドとして精力的にツアーを組み、イギリス組みの勝ち残りはこの3つのバンドとなっていきます。

1967年にはそれまでの混沌とした音楽界にひとつの結論がでます。1966年に一切のライブ活動を停止したビートルズが最高傑作と称される SGT.PEPPER’S LONLEY HEARTS CLUB BAND を発表。タダのアイドルがミュージシャンとして開花した瞬間でした。反面ローリング・ストーンズの中枢である ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ブライアン・ジョーンズ がドラッグ不法所持で逮捕、事実上の活動休止に追いやられてしまいました。ディランは突然活動を休止、まるで申し合わせたようにそれまでの流れが変わってしまいました。
この年ヤードバーズを脱退したエリック・クラプトンはジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースとともに新バンド クリーム を結成、ホワイト・ブルース と呼ばれる新しいスタイルが受け入れられるようになります。この頃からクラプトンの早弾きを「スローハンド」と称されるようになります。
またアニマルズの元メンバーがとてつもない天才を見つけたと黒人ギタリストをレコードデビューに持っていきます。この黒人の名は ジミ・ヘンドリックス。史上最高のライブ・バンドと称されるようになったザ・フーの出演する モンタレー・ロックフェスティバル でギターを燃やすというパフォーマンスでセンセーショナルなデビューを果たします。またアメリカ中部の片田舎から出てきたヒッピーの少女が独特なハスキーボイスでセンセーショナルなデビューを果たしたのもこの頃で、この少女こそ ジャニス・ジョップリン。1967年はヴェトナム反戦運動と新しいスターの出現で新たな方向へと動いていくのです。

ブルースを基盤にして様々なミュージシャンが輩出された60年代に唯一ブルースの影響を受けなかったバンドがデビューしたのがこの頃で、カリフォルニア出身の彼らはネイティブ・アメリカンの音楽にインスパイアされたという特殊なものでした。これが ドアーズ です。1968年はヘンドリックス、ジョップリン、ドアーズというメイド・イン・USAのミュージシャンが台頭していきます。

しかし面白くないのは黒人で、言ってみれば「白人にブルースを奪われた」わけで、それも「罪深い音楽でケシカラン」といっていた連中に奪われただけに「ざけんな、man」なわけです。さらに LOVE&PEACE なムーブメントから BLACK IS BEAUTIFUL と黒人の自我が目覚めた年といわれる時期に入り、白人に取られたブルースを演奏しなくなりファンクやソウル(オーティス・レディング、スライ&ザ・ファミリーストーン、リトル・スティービー・ワンダーなど)という新しいブラック・ミュージックが生まれていくのです。アフロ・ヘアが生まれたのがこの時期で、元々縮れ毛の黒人はそれまで白人の文化慣習に習ってポマードなどで強制的に直毛にすることを強要されてきましたが、「黒人はこれが自然で美しい」という主張として縮れた毛を伸ばしたアフロ・ヘアが流行したのです。

ビートルズはこの頃になるとポール・マッカートニー対ジョン・レノン、ジョージ・ハリスンの冷戦が深刻化していました。この年通称ホワイトアルバムを発表するも「ひとつひとつの楽曲はいいんだけどアルバムとしてのまとまりがない」と酷評を受けます。加えてハリスンのソロアルバム発表、レノンがオノ・ヨーコと平和活動に本腰を入れるなどグループとしての活動よりそれぞれが勝手に活動して「ビートルズ解散説」が巷を駆け巡るようになります。
反面ストーンズは67年に発表した THEIR SATANIC MAGESTIES で「ビートルズの質の悪い亜流」と酷評されサイケデリックから徹底的に軌道修正を行い名盤 BEGGAR’S BANQUET をリリースし完全復活します。現在CMで流れている JUMPIN’JACK FLASH はもともとこのアルバムに入れる予定でしたがレコード会社側の催促で急遽シングルカットして先行リリースしたと言う逸話が残っています。

そんな激動の60年代は68年のショッキングな事件から崩れていきます。67年の逮捕以降露骨に薬物依存が進行していたストーンズのブライアン・ジョーンズが自宅プールで変死体で発見されたのです。それに続くかのようにジミ・ヘンドリックスが自宅のベッドで、ジャニス・ジョップリンが、ドアーズのジム・モリスンが立て続けに変死体で発見されたのです。当時キング牧師やロバート・ケネディ上院議員の暗殺の記憶が新しかっただけに影響力の強い彼らはまとめてCIAに暗殺されたというまことしやかな噂が囁かれたほどです(もちろん証拠はありませんが)。
ニューヨーク郊外のボブ・ディランの広大な家の敷地内で行われたロックフェスティバル ウッドストック・フェスティバル は現在でも語り継がれる伝説のフェスティバルです。参加した聴衆は「輝かしい70年代」を確信しただけにここで STARS AND STRIPES BUNNER(星条旗よ永遠なれ) を演奏したヘンドリックスの変死はショッキングなものでした。
さらに追い討ちをかけるようにカリフォルニア州オルタモントで開催されたストーンズ主催のロック・フェスティバル(これは当初「西海岸のウッドストック」と期待されていた)で警備に当たった暴走族・ヘルス・エンジェルスのメンバーが観客の黒人を刺殺するというショッキングな事件で幕を閉じます。この時アメリカでは「夢は終わった」と、フラワームーブメントの終焉を迎えることになるのです。

…と長くなりましたが、60年代は「黒人音楽と白人音楽の融合」が根源にあり、様々な音楽的実験が行われた時代だったのです。ここでは書ききれませんでしたが ハービー・ハンコック や マイルス・デイビス などのジャズ・ミュージシャンがロックを取り入れた ジャズ・ロック というスタイルを確立したのもこの時期です。
ここではざっと(?)ミュージシャンと音楽の流れを追ってみましたが、当時の事件(ケネディ大統領暗殺、マルコムXやKKKなど)や時代背景(アメリカのヴェトナム戦争泥沼化)等を照らし合わせていくといいプレゼンができると思いますよ。

追記として、ロック・フェスティバルはその後 ライブ・エイド や最近行われた ライブ・エイト として受け継がれ、黒人の人権確立のきっかけになるなど、実は今でも夢は終わってなかったりするのです。

長くてごめんなさいね。

どうも、ブルースバカです。

どうも60年代というとサイケデリックとフラワームーブメント、ヒッピーといった枝葉の部分にばかり触れている人が多いですが、実は根底にはブルースがあることはあまり知られていません。

ビートルズもストーンズもディランもデビューはさほど変わらない時期なのですが、彼らに大きな影響を与えたのが50年代のロックンロールの神様 チャック・ベリー で、彼を見出してデビューさせたのがシカゴ・ブルースの父 マディ・ウォーターズ(芸名でピンのミュージシャン) です...続きを読む


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