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ほとんどの若者が演歌を聴かないのは何故でしょう。

高齢化社会を終える頃、演歌そのものが無くなるのではないかと不安です。

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A 回答 (19件中1~10件)

年をとれば聴く(詞、メロディが理解できる、聴き取れる)ようになるんだろうなー、と30年近く思っています。


母は私が小さいとき(その時母自身は25,26歳)から五木ひろしが好きで、
必然的に他の演歌を好んでいるのを間近で見ていましたので、
私も20代半ばくらいから演歌がわかるようになるのだろう、と幼い頃から予感していました、が、未だ全然ですので
最近では祖父母くらい(70,80)になったら理解ができるようになり、聴き始めるのだろう思い始めました。
…祖父母は演歌、全然聴かないんですけど。
60目前の母の弟といえば、ルーツはビートルズで、普段宇多田ヒカルとか元ちとせなど聴いてますね。
同じ年齢の旦那の父はカラオケで演歌ばかり歌いますが、旦那の母はまったくですし、、
年輩の方でも演歌を好んでいる人が私の周りにはあまりいませんが?
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こんにちは。

私は演歌が嫌いです。日常では、自分の意志で演歌を聴くことはありません。ラジオをかけたり、テレビを観ていて演歌を聴く程度です。しかし、居酒屋なんかじゃ演歌ですよね。北国といえば演歌。雪といえば演歌。日本の風景があるかぎり何らかの形で演歌は続いてゆくと思います。若者といっても、一升瓶片手に演歌流している人を知っています。人前では演歌なんか興味なしという感じの人が一人部屋の中で演歌を聴いて泣いている、そんな人もいると思います。若者が演歌大好きなんて答えたらおそらく周囲の人がひくでしょう。演歌は今時のものじゃありませんが、結構根は深いと思います。年齢を重ねると演歌がわかってくるということもあると思います。妙にあの臭さがいいとか。大人の味がわかるというか、そんなものって、この世にたくさんありますよね。人の好みも変化します。曲調が
マンネリでどれを聴いても同じような節回し。それは、演歌の弱点かもしれませんが、大きな魅力なのかもしれません。演歌を弁護しているように聞こえるかもしれませんが、用心しているのです。演歌好きにならないように。私はクラシック音楽が好きなんですが、数年前、ブルックナーの第8交響曲に出会いまして(20年以上避けてきたんですが)はじめてその良さがわかりました。ブルックナーの嫌いな
人は結構いるのです。クラシックの世界の中でブルックナーは、演歌のような存在です。そんな私ですから演歌は要注意の音楽なんです。できればかかわりたくない存在です。
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#8で回答した者ですが、別に演歌が嫌いというわけではありません。

たまに演歌をよく流しているラジオ番組を聞きます。
さて、puripalさんが「聞きたくなるような最近の演歌があれば教えてください。」とお礼がありましたので書きますと、ラジオでたまに新旧いろんな演歌を聞きますが、今は神野みかさん(漢字が分からない)の『男舟』です。テレビで神野さんご本人がハングル語に訳した『男舟』も聞きましたが、どちらも、神野さんが訴えたいことが伝わりました。
結局は演歌にしろ、最近の曲にしろ、「何を訴えたいか」だと思います。訴えるものがなければたとえ流行っても、人々の記憶から消えてしまうと思います。
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演歌が流行っていないからだと思います。


なんで流行っていないかを質問されているっていうのはわかってますが。
たくさんの娯楽がある今の世の中で、本気で音楽をたくさん聴く人はむしろ少ないんじゃないかという気がします。
流行っている音楽を聴いている、ヒットさせている消費者の大部分は「流行りものしか聴かない人」だと思います。
そういう人はもちろん演歌を聴きません。
演歌だけではなく、クラシックも雅楽も聴きません。オリコンの上位にランクインするものしか聴きません。(もちろんそうでない人もたくさんいますけど。)
また、演歌はダサい、古い、年寄り向けというイメージがあるので、ファッションとして音楽を聴く人もまともに聴いてみたことがないんだと思います。食わず嫌いの状態です。
普段ヒップホップを聴いてなければラップはどれも同じに聴こえるのと同じように、普段演歌を聞いていなければ演歌はどれも似たり寄ったりに聴こえると思います。
演歌に限らず、ちゃんと聴いたことがなければ筝曲も聖歌もどれも同じに聴こえます。
演歌は若者をターゲットにしていないし、していたとしても市場を把握していないから売れないという面もあると思います。
今はJ-POPのアーティストでも売れるものはごくわずかです。
売れないから予算がなく、プロデューサーやレコーディングなどに費用をかけられないからいい曲ができず、宣伝費がないからテレビでもラジオでも取り上げられず(演歌のCDのCMって見ませんよね)、ベストアルバムやリバイバルに頼るしかないという現状が演歌の世界でも多分あると思います。
演歌が不人気だから演歌を志す若い歌手も少ないだろうし、新たな名曲が生まれないから聴く人も増えないんだと思います。
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私は30代の真ん中ですが演歌はまったく聞きませんね。


私の両親は聞いていましたけど私と妹は聞きません。
演歌は聞いてると暗いし、眠くなってくるんですよね。
それにノリがわからない。
ポップス系の方がノリがわかりやすいです。
高齢者がポップス系とか聞かないとか言いますが
孫とかいる人は多少聞いていると思いますよ。
うちの7?才の姑は「うたばん」をこの前見てましたし。
全然聞かないというかポップス系の歌番組をまったく見てないわけではないと思いますよ。
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はじめまして。


私もこの原因を考えたことがありました。

思うに、一番の原因は、「子供のころに聴く機会がなかった」
ということではないでしょうか。

物心つく「前」に耳にした音は、その時の環境が
自分にとって嫌な感覚を連想させない限り、
嫌いにはならない。むしろ、そのときの「音」を
無意識に追い求めて、年を重ねるごと、
その度合いは強くなるように思うのです。

・・・ですが最近の、いわゆる「演歌」は
ほんとにつまらない。作曲家の方々は過去のヒット曲のつぎはぎに
汗を流し、マニュアル通りの歌詞しか書かない。

私に言わせれば、今、多くの演歌は「演歌」じゃない。と思うのです。
ほんとの演歌はこんなもんじゃない!って叫びたいのですが、
これもやはり、「過去の記憶」をたぐり寄せてるだけなのでしょう。
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こんにちは!



思うに、多くの若者(何歳くらいの人までかな?)の感性と演歌の世界が乖離しているからでしょう。演歌といえば、お決まりの曲調、海(これはなぜか日本海ですね。北のほうがより演歌の世界。太平洋や東シナ海は・・・ないですね~)、男、女の薄幸、酒、・・・。詩のテーマに共感しにくいかもしれません。
私が子供の頃は「大人になったら、演歌が好きになるの?」と思うくらい、大人(両親や親戚、その他一般的な大人)は演歌好きな人多かったですね。
ラジオのリクエスト番組でも、『この曲は35歳の~さんからリクエスト』って紹介して演歌かけていたりしたから、このくらいの年代になったら演歌聞くのか~と思っていました。
ところが、実際その年代(年バレバレ(汗)になって演歌好きにはなってはいませんでした。別に大嫌い、ダサい、過去の遺物(失礼!)という気持ちでもないんです。好んでは聞かないけれど、「良いなあ」と思う歌はあるのです。
歌手の個性(声質歌唱法など)、作品のよしあしによるところが大きいかな?あと、その歌手でも、この曲はよいのに、別の曲は魅力ないだとか。
具体的に挙げるなら、石川さゆりさんの「天城越え」などは、詩の世界は好きではないのですが、彼女の歌い方が「女の情念」を見事に表現しているかなと思います。よくカラオケでオバサマがたが歌っていますが、難しい歌だと思います。
楽曲によっては、若者だって興味を示すのではないでしょうか?例えば最近、福山雅治さんプロデュースで前川清さんが「ひまわり」という曲を歌って結構ヒットしていますね。演歌の歌手の方も、「演歌」という縛りにとらわれず、いろんな楽曲にトライされている方もいらっしゃるようですよ。島倉千代子さんが小田和正さんプロデュースで歌われたこともあります。
森進一さんの「襟裳岬」だって彼が歌うから「演歌」(歌謡曲)に思えるのであって、作曲はフォークの吉田拓郎さんです。(拓郎さんバージョンも聞いたことがありますが、森さんとは別の味わいです)

氷川きよしさんのような存在が出てくるっていうことは、まだまだ演歌にもなんらかの「歌」の力があるのでしょう。今後は演歌好きが多数派にはなることは考えられませんが、演歌を聞きたい人は少数でもいる限り絶滅はしないでしょう。
他の若手としては林あさみさんにも注目しています。
(何だかんだいって、演歌聞いてんじゃん!っとつっこまれそう・・)

それよりも、J-POPというジャンルがこのまま永続するとは思えないので、
どういう変化をしていくかに興味はつきません。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
分かりやすく書かれていて、参考になりました。

おっしゃるとおり、歌詞の内容(特にド演歌)に共感は難しいですよね。
年齢層の高い方をターゲットにしているのでしょうけど、自分は歳取っても聴かないかな。
でも、hirohiroroさん同様、「天城越え」等、好きな曲も数々存在します。

最近では若手演歌歌手の活躍で注目はされていますが、演歌そのものとしてはどうなんでしょうね。

お礼日時:2002/07/19 13:08

演歌というのは、ある年代以上の世代にとっては、自分の人生とともに歩んできた歌であり、魂の奥深くにまで根付いた歌です。


ですが、それより下の世代にとっては全然そうじゃない。恐らく、今の30代半ば~後半ぐらいがその境目でしょう。

演歌という音楽は、80年代半ばぐらいで進化を止めてしまったのだと思います。
リスナーだけでなく、歌手、作詞・作曲家、そして制作者、全てを含めて。
そして、それ以後はロックやポップスが、かつて演歌が果たしてきた役割を果たしています。

「高齢化社会を終える頃、演歌そのものが無くなる」というよりは、
能・狂言や民謡と同じような「伝統芸能」に近いものに演歌もなってゆくと思います。
既に演歌の世界は硬直化しており、真に「新しい」ものはもう作れなくなっていると言ってもいいでしょう。

もし演歌に「復活」の可能性があるとするなら、
それはロックやポップスなどの側にいる新しい人たちが「演歌」というものに注目し、手をさしのべた時でしょう。
たとえばTHE BOOMなど、沖縄民謡や世界各地の民族音楽を取り入れたロックやポップスが既に多くあります。
「演歌」も、そのような音楽的要素の一つとして見直される可能性は残されていると思います。

その一例として、クレイジーケンバンドの「まっぴらロック」という曲を挙げておきましょう。(参考URLで試聴できます)
この曲はメロディはド演歌で、アレンジはボサノバ、それでいて全然違和感を感じさせないスムースな仕上がりで、底抜けに楽しい曲です。
「考えるヒット」の近田春夫氏も大絶賛。

参考URL:http://www.djr69.com/ckb/mappilla/mappilla.html
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この回答へのお礼

伝統芸能という言葉がありましたか。

私は消えるのではないかと心配していましたが、伝統芸能化していくという意見にはかなり同意出来ました。
演歌としてはこれからの進歩は望めなさそうな気配はあります。
しかし、逆に演歌が聴かれなくなると言う事は、音楽界全体で見ると発展途上中なのでしょうか。

勉強になりました。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/07/11 22:41

それはずばり聴きたくないからでしょう。

好き嫌いの問題です。好き嫌いに理由なんてありません。だいたい演歌を聴きたい人が聴けばいいし、演歌を歌いたい人がいなくなるまでは演歌はなくなりはしないでしょう。音楽なんてのは好きな曲以外はだいたい雑音に聞こえるもんです。あなたが演歌を残したいなら聴き続けることです。もしあなたが演歌歌手なら歌い続けて自分の歌を好きになってもらうことです。
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この回答へのお礼

ご意見有り難う御座います。

私は好きでもない曲もなるべく聴くようにして、可能な限り理解を深めようとしていますので雑音には聞こえていないつもりです。

しかしどんなに頑張っても演歌のCDを買おうという気持ちにはなれません。

やはりおっしゃるとおり本当は聴きたくないのかも知れません。
ムリヤリ理解しようとしているだけかも知れません。

ありがとうございました!

お礼日時:2002/07/11 22:18

まだまだ人生経験が少ないからでしょう。


人生経験を積めば演歌を理解すると思います。
演歌は無くなりません。
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この回答へのお礼

それが人生経験を重ねるごとに理解不能になってきました。
他の音楽ジャンルの方に魅力を感じまして・・・。
私がおかしいのでしょうか。

是非またアドヴァイスをお願いします。

お礼日時:2002/07/11 22:14

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Q老人にポップス好きがいないのはなぜか

年齢構成別に、音楽の趣味が違うというのが疑問です。カラオケで、どうしても熟年は演歌御用達になってしまうことが圧倒的だと思います。しかし、若年層にはこれは起こりません。

クラシックが趣味とかオールドジャズが好きな場合、これは年齢層を超えて普遍的だといえるかと思いますが、一般的に量的需要がある音楽分野というのは、

老人⇒演歌
若者⇒ロック&ポップス

ということになるだろうかと思います。

これはなんでなんでしょうか?

教育による違いとも思いましたが、学校教育でやる音楽なんて今も昔も大して変わりませんよね。だとすれば、巷に流れる音楽がその購入動機付けに一番買っていると思うのですが、近年演歌が巷で聞こえることはまれだと思います。老人も熟年もしょっちゅうロック&ポップスを耳にしているはずなのです。これを本能的に心地よく思うか否かだと思うのですが、若年層に快く、熟年老人に快く思われない合理的な理由があるのでしょうか?なにか年齢層によって、音楽感覚中枢に質的差があるとか、そんなことにでもなっていないと、このことはどうも腑に落ちません。

他の芸術分野ではそんなことはないです。絵画小説美術、老若男女価値のあるものは年齢層によって支持されるかいなかはないかと思います。

音楽だけがなぜ?こんなことになってしまったのでしょうか?

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 今70歳の後半ぐらいから80代の方、この年代層がまだ若者だった頃にはクラシックをはじめ、フォスターなどの軽い歌曲、そしてジャズやシャンソンなどが大流行したものです。この頃のジャズというのは、一部はニューオーリンズスタイルの本格的なものもありましたが、多くは、例えば「ダイナ」だとか「マイ・ブルー・ヘヴン」といったような、むしろ今で言うポップスそのものと言ってもいいものです。

 ところが昭和16年(1941)に勃発した戦争を契機として、このような外国の音楽は国是に沿わず好ましからざる「敵性音楽」として当局の厳しい目に晒されるようになりました。としいっても、それでこのような音楽を愛する人たちが居なくなったわけでもありません。

 昭和20年(1945)に終戦を迎え、米国の兵士たちが進駐軍として日本に上陸して来ましたが、彼らが好んだのが戦時中に本国で流行していたジャズやポップス。もはや「敵性音楽」であることを恐れることもなくなり、都会を中心として日本人の間でもこうした音楽が広く流行することになりました。江利チエミさんが歌った「テネシーワルツ」、雪村いずみさんが歌った「ブルー・キャナリー」などをはじめ、今でも愛唱されているような多くのスタンダードポップスを、当時の若者、今の高年層はとても愛したものでした。そして、それから後も映画の主題曲だとかポップス系の曲は廃れることもなく、いえ、むしろ、フランク・シナトラ、ドリス・デイ、サラ・ヴォーン、コーリー・ハート、ペリー・コモ、ナット・キング・コール、ポール・アンカなどといった歌手たちが歌う沢山のヒット曲が生まれては愛されて来たものです。こうした時代の歌を愛した人たちに共通するのは、その後の、たとえばカーペンターズだとかビートルズ、ダイアナ・ロスといった歌い手の歌にも抵抗なく親しめるということです。

 さて、ではなぜ彼らからポップスの歌声が聞かれないのでしょう。ここにもうひとつ、ポップス系の曲が耳に入らない理由があります。それは空前の高度成長期といわれた昭和30年頃(1955以降)のこと、都会では人材を求め、地方からは集団就職といったかたちで多くの若者が都会に送り込まれました。英語には馴染めない純朴な彼らが愛したのはなによりも「故郷を歌った歌」。三橋美智也さんをはじめとして多くの歌手が東京と故郷を結ぶ歌をヒットさせていました。これが今日の演歌の底流を作り上げたと言っていいでしょう。彼らはことあるたびに故郷を懐かしんではこうした「流行歌」を歌ったものでした。このような「流行歌」は今もなお健在で、カラオケでも選曲回数が多い方に属しています。

 こうした方々の人数は、クラシックをはじめジャズやポップスやシャンソンなどを愛していた人たちに比べて圧倒的にその人数が多く、しかもその大半がお酒のある場で歌うという習慣を持っていること。こんな場ではとても英語のポップスはキザっぽくて歌えない。ここにもまたカラオケでポップスを歌うことが難しくなった理由がありそうです。

 ここで言葉を挟みますが、わたくしはこうした高年層の方々とともに往年のポップスを歌うサークルに、本業のかたわらサブの講師として籍を置いています。彼らが異口同音に言うのは、こうした経緯からか、カラオケではこうした懐かしいポップスの曲が次第に減ってしまったということです。カラオケというのは人気が高く選曲回数の多いものが優先されますので、曲目はとかく今の若者が愛する今風の曲だとか、やはり演歌中心にシフトされやすく、その分こうした系統の曲は年々減っていく傾向にあります。といっても、ポップスを歌いたい彼ら高年層だけでも全国に数十万人、まして「好き」という人たちとなったらその総数は計り知れないでしょう。しかも、彼らはこうしたポップスや往年の名画の主題曲などの歌詞までしっかり覚えていますし、本心から歌う機会を望んでもいるのです。
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Q演歌って近い将来、なくなると思いませんか?

40代前半男性です。
NHKの恒例の歌合戦が話題になっていますが、
だいたい半分が演歌歌手の方です。
最近、思うのですが、
私も含め、私の世代で、
周囲に「演歌が好き」という人がいません。
たぶん、私の世代以下になったら、もっと顕著でしょう。
氷川きよしのような人気のある歌手もいますが、
それでもファン層は私たちの世代より上の方でしょう。
ナツメロ的に、カラオケで歌ったりすることは今後も
あるとは思いますが、
あと20年も経ち、私たち世代が高齢者になる頃には
いわゆる新曲を買う需要は
皆無になっていく気がします。
それとも、歳を取ると演歌が聞きたくなったりするのかな。
みなさんはどう思われますか?

Aベストアンサー

30代男性です。
演歌は残っていくという意見が多いようですが、
ご質問者様の文章をきちんと読めば それは折込ズミで、いわゆる新曲の需要、に関してスポットを当てているのですから、それについて、
最近「新曲として」人気のある演歌があるのか?と冷静に考えれば全く無く(あるなら教えてもらいたいくらいです)、
演歌歌手の現状は、十数年前に流行ったのをずーっと紅白で歌っている、なんてのが多いのですから、新ネタが無いのでしょう。

よって、ご質問者様の質問への回答としては
新しく演歌が台頭することは 「無い」が、
既に名曲扱いされている演歌がカラオケなどで残るのはおっしゃるとおりあるだろう。と思います。

世代間の話ですと、会社でカラオケに行く場合、同世代では演歌は誰も歌いません。が、40代、50代が混ざる場合、「気を使って」演歌にしてみたりということがあるくらいです。 おそらく同世代で演歌を歌うとすると それはネタ(物真似みたいな)であって まともに傾倒している人は少なくとも私の周りにはおりません。

なぜ 演歌が若年齢になるに従って人気が無いか、の私見ですが、まず「こぶし」がダサい、そして歌詞がいかにも時代錯誤で「人生の機微」なんてテーマが多いのかもしれませんが、ここで一緒に死ねたら、、など普通に考えて ちゃんちゃらおかしい、と思う時代なのだろうと思います。(では今のJ-POPの歌詞が素晴らしいかはおいておきます。)

自分が年を取っても、演歌の世界観に共感することなど(たぶん)無いと思いますし、同世代の演歌歌手もいないのですから、聞かないと思います。 おそらく10年、20年後に ミスチルあたりがどう扱われているか(自分が40歳、50歳で、ミスチルをカラオケで歌っていたらそのときの20代、30代など どう思うか?)、なんてほうが現実的だと思います。

30代男性です。
演歌は残っていくという意見が多いようですが、
ご質問者様の文章をきちんと読めば それは折込ズミで、いわゆる新曲の需要、に関してスポットを当てているのですから、それについて、
最近「新曲として」人気のある演歌があるのか?と冷静に考えれば全く無く(あるなら教えてもらいたいくらいです)、
演歌歌手の現状は、十数年前に流行ったのをずーっと紅白で歌っている、なんてのが多いのですから、新ネタが無いのでしょう。

よって、ご質問者様の質問への回答としては
新しく演歌が...続きを読む

Q年配になると演歌が好きになる?

年配の方は演歌が好きな人が多いと思いますが。
私は20代ですが、演歌は嫌いです。
友達にも演歌が好きな人はいません。
そこで疑問に思うのは、演歌っていうのは、
年配になればそれまで嫌いだった人も、
好きになることが多いものなのでしょうか?

Aベストアンサー

私は、若い時は演歌が大嫌いでした。あんなドロドロして、陰気なものが、どこがいいんだろうと思っていました。今も積極的に聞こうとは思いませんが、でも昔ほど嫌悪感を抱かなくなりました。多分、演歌のような色々な恋をしてきたせいかもしれません。演歌の歌詞が、時おり自分の人生と重なり合うために、共感するのでしょう。これまで演歌を聞いて、涙したのは、サハラ砂漠に夕日が落ちていく時でした。その時ウォークマンから流れていた演歌は、なぜか島倉千代子の「人生いろいろ」でした。なぜ、涙が流れたのか。今思うと不思議です。

Q白人はどうして黒人を差別するのでしょうか?

アメリカで黒人が白人に差別されたと
デモや暴動が起きているそうです。

どうして白人は黒人を差別するのでしょうか?

日本では、ボビーオロゴンやビリー隊長とか
大人気だし。野球でも黒人が大人気なのに
どうして差別されちゃうのでしょうか?

私にはどうしても分からないのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人系アメリカ人とはその立ち位置は大きく違います。
 アメリカでの黒人差別は様々な要素が複合的に絡まりあって成立しています。差別の原因となっている要素を幾つか列挙してみます。

・歴史的経緯
かつて白人は黒人をアフリカ大陸から連れ出し(多くの場合、奴隷化したのは現地のアフリカ人達なのですがややこしくなるので割愛します)奴隷として過酷な労働条件で使役してきました。これを根源的な原因として加害者だった自分達白人を黒人は憎悪しているのではないかと考え、それ故に黒人との共存や黒人の社会進出を苦々しく思う白人は常に一定数存在します。

・社会階層的経緯
多くの黒人系アメリカ人は依然として貧困層であり充分な社会進出を行えていません。白人全体における犯罪経験者の割合と黒人のそれを比べるのであれば前者が明らかに高い数値を示すでしょう。その黒人は非文化的で危険であるというイメージが一部のメディアによって増幅され、それに強く感化されてしまう白人が人種差別に走り、さらにそれがイメージに輪をかけるといった悪循環がアメリカ社会には存在します。

・文化的経緯
同じかつての黒人奴隷を導入した国でも南米などでは人種の混合が進み、人種差別などそもそもどれを差別すれば良いのか解らない程複雑になっている国もあり、これらの国では当然人種差別は殆どありません。
 これとは違いアメリカでは人種・文化の混合が行われませんでした。原因については不勉強なのでなんともいえませんが(カルバン主義やアングロサクソンの島国根性が関わっているのかもしれません)、一部の白人にとって黒人が“同じアメリカ人”では無く“国内に居住するよそもの”的な存在になってしまった事は否めません。

 まずアメリカは国土が広大で地方分権も進んでいるので地方によって人々の考え方が大きく異なり、アメリカと一口に言っても州や地方によって差別の現状は大きく異なる事と、アメリカにおける人種差別をもって白人全ての人種差別を語る事はできない事を申しあげておきます(北部ヨーロッパやイベリア半島では人種差別差別はまた違う様相を呈しています)。
 それとビリー・ブロンクスは大学教育を経て社会的に成功している黒人で、ボビー・オロゴンはナイジェリアの富裕層の出身です。一般的に差別を受ける黒人...続きを読む

Qデブにありがちな性格の特徴を教えてください。

デブに「ありがちな」と質問しておりますから、
「人それぞれ」という回答は不要です。


私は160cm45kgなのでどちらかというば細身ですが、
太った人を見ていると「え?」と思うことがあり
デブにありがちな性格を調べたいと思いました。

Aベストアンサー

劣等感が働くのだと思います。

自分に甘く、他者に毒舌。

スリムな他者に対する攻撃性。

他の方の指摘にもありましたが、ズボラ。清潔感がない。

開き直りが激しい。

自分の否を認めず他者のせいにしたがる。

金銭感覚が分不相応。

図々しい。

おそらく質問者さんと同じように、私もあまり良くないイメージが強いです。

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毎年、春と夏にはこの疑問が沸いてきます。会社では昼休みやその他の休憩時間になると話題は甲子園一色です。どこそこの高校が今年は優勝候補だとか、注目選手
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そこでなのですが高校野球(甲子園)に関して私が好きになれない理由を考えてみたのですが。

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Aベストアンサー

 私も、今朝の開会式を見てdekirumonさんのような気持ちになって、質問を立ち上げようかな?と思っていたところだったのです。
 日本人、野球好きやしねえ、もしかしてサッカーが日本に先に入ってきていたら、今ごろ夏の熱闘高校サッカーだったのかもね?←私はこれを聞こうと思っていました。
 
 私は何よりも周囲の大人たち、報道が盛り上げすぎなところが苦手です、感動とか、熱闘とか、高校の部活やん?要するに。
 高校で部活がんばっていたのに、野球部以外は注目してもらえなかったから、はっきり言って逆恨みしています、こちとら優勝しても、新聞の端っこにちょこっと載るだけだもんね。

 そして、毎日登下校時にすれ違いざまに「ぶーす」等と言ってきた奴らが、さわやか好青年のように扱われている事が我慢なりませんね、節穴です、大憤慨です!!
 知ってますよ、もう代が変わって、私に真実を告げた奴らは、その高校にいないことくらい、だけど未だにその高校が甲子園に出場するたびに、忌々しくってたまりません。
 今年も出てますよ…。

 しかも、私はブラスバンドにいたおかげで、その高校の応援の応援に駆り出されちゃったし、何の因果でって感じですよ、まったく。

 私は素直じゃないので、皆が浮かれている(ように見える)からそっぽを向いてしまうのかも、一生懸命にやってる人たちを見るのって、悪い気持ちは無いです、私もがんばろうって思わされたりね。
 けど、高校野球はもてはやしすぎに思える。

あと、もう一つ、高校が甲子園の近くにあったので、毎年毎年、道いっぱいに広がって歩かれて、邪魔で邪魔でしょうがなかったぜ。

 何で嫌いか、というよりも、私の度量の狭さを披露してしまった気がします…。でもまあ、こういうことです。

PS.開会式の「栄冠は君に輝く」だけは好き、聞くと目が潤みます。

 私も、今朝の開会式を見てdekirumonさんのような気持ちになって、質問を立ち上げようかな?と思っていたところだったのです。
 日本人、野球好きやしねえ、もしかしてサッカーが日本に先に入ってきていたら、今ごろ夏の熱闘高校サッカーだったのかもね?←私はこれを聞こうと思っていました。
 
 私は何よりも周囲の大人たち、報道が盛り上げすぎなところが苦手です、感動とか、熱闘とか、高校の部活やん?要するに。
 高校で部活がんばっていたのに、野球部以外は注目してもらえなかったから、はっきり...続きを読む

Q一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?

一夫多妻や一妻多夫が日本で認められてない理由ってなんですか?


歴史的にみると昔は一夫多妻の制度はありましたが、今は普通にそのようなことを望む人はいないからですか?

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一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かったこと
昔の平均年齢は二十歳を超えていません。多く生まれ多く死んでいくわけです。そして何時、病気にかかり夫が死んでもおかしくは無いわけです。
そんな世界では一生を共に添い遂げる可能性など寧ろ低いのです。


一人残された女性はどうなるでしょうか?差別や現金収入を得にくい環境で晒されながら子供を育て、働いていく人もいるかもしれませんが、飢え死にしたりする者も多かったのです。

一夫多妻制では、一人の有力な男に性関係と家事という労働と引き換えに養ってもらうことができます。

さらに女性にとって家事を分担できるため非常に楽です。
とても家事の巧い女性がいた時、第一夫人からの推薦で第ニ夫人、第三夫人を招き入れることもあるようです。



本題に入りましょうか。

日本のように明日の飯に困ることもなく、病原菌にあふれてもいない国で、
砂漠国家のように驚異的自然に囲まれており炎天下に放り出されれば間違いなく死ぬという事もない国
明日、獣に襲われたり、隣町との抗争に巻き込まれて死ぬ可能性のないよう文明が進んできた国々

そのような国では女性が一人でも生きていけるので男性に無理に付き従うことがなく、自然に権利も大きくなっていき一夫一妻になって行くわけです。

つまり現代日本では一夫多妻は
社会的に必要とされていないし合理性も無い。


一夫一妻の国々では未亡人を「キズモノ」とか「純潔が既に無い」とかそういう扱いになってしまいますね。残念なことに。


ちなみに日本は大昔は自然に恵まれ人口が500万人程度であれば田畑など耕さなくても野山に行き芋や山菜や果実をとって生きていけたわけです。

そのような国々では女が定住地として家を持ち男は蝶のように自由に飛び回っているという母系国家が形成され、子供は女性が養うもの、財産も女性に付くものでした。結婚と言う取り決めは無く。
彼氏、彼女位の恋愛関係ですね。しかし今のように町にデートに行くような関係ではありません。

女性は多くの男性と関係を持ち、男は種を付けに夜這いに来るわけです。
短歌や笛などを吹いて女の家に入ってもよいか確認をとる時に読まれるような句が今でも教科書に載ってますね。あれは短歌集というと堅苦しいですが、口説き文句集といっても過言ではないもので昔の人々はセックスをするために一生懸命短歌を勉強したわけです。

日本では廃れましたが国によっては現代でもそういう文化は残っています。


一夫一妻は現代の貞操観念を強調した宗教感によるものでもあります。
それを気にしすぎて逆に心を痛めてしまうこともありますし、一長一短ですね。
南米のある部族ではセックスは特定の相手を決めるものではなくスポーツ感覚で楽しむものであり。子供は村全体で養うものという考え方があったようですがキリスト教が入りこみ貞操観念が付いてからはなくなってしまったようです


セックスと結婚の形態はその国々の事情にあっているという事です。
脱線が過ぎましたね。そういう事です。

まずは一夫多妻の合理性を述べましょう。

一夫多妻は原始的な女性に対する福祉制度なのです。
女性に対する差別や従属的なものをまず初めに浮かべる方が多いのですがそうではありません。寧ろ逆なのです。
それが文化だから!と頭ごなししに言われても納得が行かない人はおおはず。それなりの現実性と合理性があります。

・一夫多妻を行う理由の一つとして「戦争」があります。
原始から、部族間の戦争で男達が死にました。
さらに狩での事故や獣に殺される危険もあります。

・二つ目は寿命が短かっ...続きを読む

Q演歌の歴史について

演歌の歴史について
演歌第一号の曲を教えてください。
戦前に演歌はなかったと聞きました。
また演歌ヒット第一号はなんという曲でしょうか。

Aベストアンサー

個人的に演歌の起源には興味があるので調べてきました。
 
演歌という言葉が新聞でいちばん最初に使われたのが、現在確認できるところでは1964年12月の朝日新聞「来年は演歌ブーム?」という記事です。
 
ですのでこの時点では「演歌」という言葉が現在の演歌と同じ意味として一般でも認知されていた事がわかります。
  
それより昔だと「演歌」ではなくて、「流行歌の中の演歌調の曲」という表現になります。
「演歌調の曲」というのは今の「演歌」よりさらに狭い意味合いで使っているようで、1959年の読売新聞記事によれば水原弘や松尾和子などは「演歌調と正反対のジャズ調の曲」なんだそうです。「黒い花びら」は名指しで「ジャズ調」とされてます。なお同記事によれば「演歌調」の曲の起源は大正時代の「船頭小唄」だとしています。
  
さらに村田英雄、三波春夫、畠山みどりは「浪曲調」で、「王将」も「浪曲調」と1962年に読売新聞記事で名指しで書かれています。なお同記事では北島三郎の「なみだ船」を「演歌調」としています。
 
「演歌調」という言葉がいちばん最初に新聞で使われたのが、現在確認できるところでは1952年11月の朝日新聞で、12月発売の新曲、鳴海日出夫「島は国境の彼方へ」、春日八郎「赤いランプの終列車」を「演歌調」だとしています。
 
水原弘の「黒い花びら」をジャズと分類するのに抵抗ないなら、北島三郎や春日八郎が現在確認できる最古の「演歌調の人気歌手」の部類となり、「赤いランプの終列車」がヒットしたのは「お富さん」が売れ出してからなので、強引ですが春日八郎「お富さん」が「演歌ヒット第一号」となるのでしょうか。
 
でも春日八郎の全盛時代に「演歌」という呼称は一般的でなかったので、個人的には北島三郎「なみだ船」が「演歌ヒット第一号」にふさわしいと思います。
 
ただ「演歌調」という言葉を、そうした単語が使われていなかった時代にまでさかのぼって適用するなら、大正時代の「船頭小唄」が「演歌ヒット第一号」になります。

個人的に演歌の起源には興味があるので調べてきました。
 
演歌という言葉が新聞でいちばん最初に使われたのが、現在確認できるところでは1964年12月の朝日新聞「来年は演歌ブーム?」という記事です。
 
ですのでこの時点では「演歌」という言葉が現在の演歌と同じ意味として一般でも認知されていた事がわかります。
  
それより昔だと「演歌」ではなくて、「流行歌の中の演歌調の曲」という表現になります。
「演歌調の曲」というのは今の「演歌」よりさらに狭い意味合いで使っているようで、1959年の読売新...続きを読む

Q歌謡曲は衰退していますが、理由は?

昭和の時代、歌謡曲は全盛で、テレビの歌番組も多かったのですが、現在、若い人たちはカラオケでもほとんど歌謡曲(演歌など)を歌わないと思いますね。
理由やご意見をお寄せください。
閉塞感が漂う歌謡曲はどのようにあるべきでしょうか?

Aベストアンサー

私にはすべてバージョンアップしていると思います。

音も声もリズムも。
デジタル音がうまく加わるようになり
研究の成果で、デジタル音なのに
リアリティあるアナログ音にかなり近くなりました。

ぜんぶ もとをたどれば、
クラッシック・ジャズ・民族音楽・国家・演歌・各国のフォーク・バラードに
たどり着きます。

音楽は生き物なので 進化して当然と思ってます。

「ああ 昔の曲はよかった」のでなく
いまも活きてます。

その証拠に、各個々のアーティストの
一番人気曲を調べると ゆっくりとした曲が
1位になっている場合が多いですよ。

原曲。基本のメロディはのこっているのです。

わたしはさらなるバージョンアップを楽しみにしてますね。
昔の曲・メロディは死んでないですね。
各国 むかしの歌をカバーして動画あげてるのが証拠です。
そこから進化したものだから。


ポップトランステクノハウスボカロなどいきついてるので、
たぶん 進化したフォークバラードスロー系が出てきそうです。
あとはさらに新しい音が発見発明されて
さらにのりのいいアップテンポのメロディも現れるかも。
もっとも音の種類が多いのはやはり人の声。
人の声も音ですから。

でも 音楽はやはり
「おと」を楽しむものなので それでいいと思います。


ひとが影響で生きてるのと同じように
音楽も影響で進化してますね。

私にはすべてバージョンアップしていると思います。

音も声もリズムも。
デジタル音がうまく加わるようになり
研究の成果で、デジタル音なのに
リアリティあるアナログ音にかなり近くなりました。

ぜんぶ もとをたどれば、
クラッシック・ジャズ・民族音楽・国家・演歌・各国のフォーク・バラードに
たどり着きます。

音楽は生き物なので 進化して当然と思ってます。

「ああ 昔の曲はよかった」のでなく
いまも活きてます。

その証拠に、各個々のアーティストの
一番人気曲を調べると ゆっくりとした曲が...続きを読む

Q卒業検定に落ちた人!

卒業検定に落ちた人!
(ペーパー試験じゃなくて、実技の方)

どの理由で落ちたか教えてください。
あと10日程で、卒業検定です。
参考にさせてください。

Aベストアンサー

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返しで
抜けられるところ,未熟なため列から抜け出せず
全員が100点原点で不合格になった(実話ですよ)

ポイントは状況判断ミスと走行不能による検定中断になったため
一般的なことは皆様書かれているようなことで
おそらく,質問者様もある程度予測できていることも
あると思います
上のような,予測不可能な事態に巻き込まれたとき
如何に判断して抜け出せるかだと思います

運とか,こういう場面に出くわす確立とか
ありますが,平常,冷静を保つことが大事です!!

一般的なことは,皆様が書かれている通りです
自分は一発合格でしたが
私の卒業した学校であった,変わったエピソードがあります
参考まで

交差点手前でで一台のトラックが止まっていたのですが
検定車5台の内,先頭の運転手が信号待ちと判断
トラックの後ろに停止,残り4台も同様に停止しました
ところが,トラックは信号待ちではなく
交差点近くの電話ボックスで電話する為に停車していただけだった
検定者は誰も気付かず教官に指摘された
ところが,車間距離が近すぎて,免許所持者なら切り返し...続きを読む


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