最近、自分が読んでいる作家(夏目漱石・芥川龍之介・安部公房)の文章力(表現力)についての質問です(三問)。

1・夏目漱石の文章は芥川龍之介の文章と比較すると、軽い文体(今でいう村上春樹の文体)な気がします。
 何故、夏目漱石の文章は良い評価を得ているのでしょうか?(夏目漱石の文章の魅力とは?)

2・大江健三郎が、安部公房が生きていたらノーベル文学賞を受賞出来たと言った様ですが、(安部公房の文章も)芥川龍之介と比較しても、軽い気がしますが、安部公房の文壇での評価は如何なのでしょうか?

3・現代の文学は文学ではないと評する友人がいますが、実際は如何でしょうか?(文壇での評価でなく、回答者の方の意見としては)

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A 回答 (5件)

 私は芥川読まないし、ノーベル文学賞は信じてないし、小林秀夫も読まない人なので、あまり参考にはならないと思いますが。



3.に関して

 現代の文学は大衆文学と純文学の差がなくなりつつあるといわれています。ですからもし純文学こそが文学だ、というお考えをお持ちなら現代文学は文学ではないといえるかもしれません。

 私も現代の文学より古典を読むことが多いのですが、現代の文学も別の種類としてというか、テレビのような感覚で読みます。さーっと読めておもしろいものもありますよ。人々にゆっくり本を読む時間がなくなって、出版会も経済的にこまっている現在では文学の形もおのずと変わってくるのかもしれませんね。
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この回答へのお礼

>出版会も経済的にこまっている現在では文学の形もおのずと変わってくるのかもしれませんね。

 それは、凄く大きい問題だと思いますね(個人的には)。

お礼日時:2008/06/11 04:52

つづきです。



「夏目漱石の小説は、何故高い評価を受けているのか?ということを聞きたかった」
その質問が成り立つためには〔評価が不当に高い〕が条件ですが、
満たされていません。あなた自身が高く評価するなら疑問は
ないからです。

「>最高に高いと言えるでしょう。
 具体的に、誰がそう評価しているか分かると有難いです。」
どの評者も絶賛していますよ。具体的に示せというためには
あなたが〔そんな事実は無い〕と積極的に言えなければならない。
独自に調べずにこのサイトで質問しているのだから、
積極的に疑う根拠が無ければ信頼しなければおかしいでしょう。

「日本語文法的に間違っていますか?」
間違っています。
〔現代の文学は文学ではない〕は〔黒い猫は猫ではない〕と同じです。
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この回答へのお礼

 質問の仕方が悪かったでした。

 自分は否定をしていませんし、具体的に分かれば、挙げて下さいと言ったまでです。
 自分が知っている以外でも、いるのかなぁと。

>〔現代の文学は文学ではない〕は〔黒い猫は猫ではない〕と同じです。

 そういう意味ならば、その言い回しで、個人的には良いと思います(文法的には間違っている様ですが)。

お礼日時:2008/06/11 04:55

シロウト考えを述べてみます。



1・漱石の文章は芥川より軽いか?
実際に文章を並べて比較してみましょう。引きあいに出す例文が適切かどうかという問題はありますが。

●うとうととして目がさめると女はいつのまにか、隣のじいさんと話を始めている。このじいさんはたしかに前の前の駅から乗ったいなか者である。発車まぎわに頓狂(とんきょう)な声を出して駆け込んで来て、いきなり肌(はだ)をぬいだと思ったら背中にお灸(きゅう)のあとがいっぱいあったので、三四郎(さんしろう)の記憶に残っている。じいさんが汗をふいて、肌を入れて、女の隣に腰をかけたまでよく注意して見ていたくらいである。
 女とは京都からの相乗りである。乗った時から三四郎の目についた。第一色が黒い。三四郎は九州から山陽線に移って、だんだん京大阪へ近づいて来るうちに、女の色が次第に白くなるのでいつのまにか故郷を遠のくような哀れを感じていた。それでこの女が車室にはいって来た時は、なんとなく異性の味方を得た心持ちがした。この女の色はじっさい九州色(きゅうしゅういろ)であった。
〔夏目漱石『三四郎』〕http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/794_1 …

●私は漸(ようや)くほっとした心もちになって、巻煙草(まきたばこ)に火をつけながら、始めて懶(ものう)い睚(まぶた)をあげて、前の席に腰を下していた小娘の顔を一瞥(べつ)した。
 それは油気のない髪をひっつめの銀杏返(いちょうがえ)しに結って、横なでの痕(あと)のある皸(ひび)だらけの両頬(ほお)を気持の悪い程赤く火照(ほて)らせた、如何(いか)にも田舎者(いなかもの)らしい娘だった。しかも垢(あか)じみた萌黄色(もえぎいろ)の毛糸の襟巻(えりまき)がだらりと垂れ下った膝(ひざ)の上には、大きな風呂敷包みがあった。その又包みを抱いた霜焼けの手の中には、三等の赤切符が大事そうにしっかり握られていた。
〔芥川龍之介『蜜柑』〕http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/43017 …

いずれも汽車での相乗り客の描写のところを選んでみました。
漱石の外面的で客観的な描写にひきかえ、芥川のほうは語り手の内面的で主観的な描写ということが言えるかと思います。もっともこれはそれぞれの小説のテーマの違いによるところ大であるので即断することはもちろん出来ません。
ただ、漱石のほうが今のわれわれの口語により近い文章だということは言えるかと思います。一方、芥川のほうは、この成果を踏まえたうえで、口語そのままでない文章語の独自性を打ち出している、とは見なせるのではないか。だから漱石の文章より込み入っています。

漱石の文章の近くでわれわれはしゃべっています。しかし、芥川の文章のようにはわれわれはしゃべらない。
これが質問者さんのおっしゃる「軽さ」でしょう。

こうしてみると、漱石は確かに、現代口語文の完成者だったと称揚した司馬遼太郎のことばがよみがえってきます(司馬は同じ理由で正岡子規の文も称揚してました)。井上ひさしが『坊っちゃん』を賛美する理由の一つもこれでしょう。文章が自然で、そして生き生きしている、ということでしょうか。

芥川はこれをいっそう工夫していった。そのための難解さもある、ということではないかと思います。

漱石の文章の魅力についてですが、これはとても一言ではいえないんじゃないでしょうか。
あまたあるところ、たとえばユニークなところでは、
 ・佐藤信夫『わざとらしさのレトリック』講談社学術文庫
は、レトリック(修辞法)という観点から、漱石の表現力の魅力について適切な箇所を引きつつ、なるほどなあということが一杯書いてあったと記憶しています。
もしよければそうしたものに当たってください。

蛇足というか、参考までに。
●十日ほど前、親友の加藤郁治(かとういくじ)と熊谷から歩いて帰ってくる途中で、文学のことやら将来のことやら恋のことやらを話した。二人は一少女に対するある友人の関係についてまず語った。
「そうしてみると、先生なかなかご執心(しゅうしん)なんだねえ」
「ご執心以上さ!」と郁治は笑った。
「この間まではそんな様子が少しもなかったから、なんでもないと思っていたのさ、現にこの間も、『おおいに悟った』ッて言うから、ラヴのために一身上の希望を捨ててはつまらないと思って、それであきらめたのかと思ったら、正反対(せいはんたい)だッたんだね」
「そうさ」
「不思議だねえ」
「この間、手紙をよこして、『余も卿等(けいら)の余のラヴのために力を貸せしを謝す。余は初めて恋の物うきを知れり。しかして今はこのラヴの進み進まんを願へり、Physical なしに……』なんて言ってきたよ」
〔田山花袋『田舎教師』〕http://www.aozora.gr.jp/cards/000214/files/1668_ …

明治の後期にあって、しかも書生の仲間内でも、少なくとも男の手紙の文章はこんなに固かったんですね。それでいて花袋の文章そのものはすぐれて口語的です。これは当時、すこぶる新しい文章だったと思います。
そうした多くの先人たちの努力と、試行錯誤の末に、今われわれは現代日本語の文章を綴っているのでしょう。

  ※

2・安部公房の評価
あまり多くを知りませんが、これについては丸谷才一、鹿島茂、三浦雅士という、文学に関する該博な知識と教養を持つ、個性的で手だれの本読ミストたちの鼎談、『文学全集を立ち上げる』での安部公房評をご紹介しましょう。(2006年、文芸春秋社刊 P.294~P.297)

「近代文学の流れで言えば、安部公房さんをどうしますか?」という司会者の問いに、
鹿島氏は「安部公房は生前は評価が高かったけど、その後、どんどん落っこちて、また最近上がってきてますね」と概説し、「とにかく、読んでも感じるものがない」
丸谷氏も「僕はよくわからないんだよ。棄権に近いな」とこのお二人はにべもありません。

ひとり評価するのは三浦氏ですが、それも『終わりし道の標べに』『砂の女』、特に『榎本武揚』です。
あとはせいぜい『他人の顔』『第四間氷期』『飢餓同盟』『燃えつきた地図』あたりまで。
『箱男』『密会』『方舟さくら丸』などは題名さえあがっていません(あとの二つは私もがっかりでしたが)。
私は高校生のとき『壁』を読んでビックリ仰天、おもしろーっと思ったクチなんですが、これもあがっていません。『人魚伝』も『人間そっくり』も戯曲『奴隷狩り』も。最先端と思われていたものはたちまち古びるもののようです。

人によってまたまったく違う評価もあるでしょう。ご参考まで。

  ※

3・現代の文学は文学ではないか?
まあ、文学以前の段階であるというご友人の意見でしょう。

現代の作家はどうも驚くほど他人のテキストを読んでいないみたいです。
自分の感性にまかせきってばりばり書く。そして中にはそれなりに面白いものが書ける人も結構あるみたいです。けれどもある段階で行き詰ると、それ以上の展開ができなくてポシャる。(私があまり多くを読んでいないのでこのあたり憶測です)

自己の表現上の困難にぶち当たったとき、どのように切り抜けるか。
その答えの一つは他者の文章を読む、ということだと思います。なぜなら他者もその課題にどこかで直面しどこかで切り抜けているからです。それぞれの解答もヒントも新たな課題も、他者の文章の中にすべて書き込まれている、と考えることが出来るからです。

多くを読む人が必ずしも多くを書く人ではないけれども、かつては多くを書く人は必ず多くを読んでいる人でした。
永井荷風が亡くなった報に接したとき石川淳は「それは一老人が死んだということにすぎない」という意味のことを言いました。これは文学者が文学者を糾弾する仮借ない一文で、戦後の荷風は文学者としてはとっくの昔に死んでいた、書くものはどれも愚痴で文学の魅力はどこにもなかった、この要因は荷風がもはや新しい読書をしなくなっていたからだと喝破しました。(石川淳『敗荷落日』)

この伝でいくと、現代の作家の多くは、恐ろしく表層の薄い土壌の上でものを書いている、と言えなくはないと思います。
前掲の『文学全集を立ち上げる』の初めのほうで丸谷氏が文学的キャノン(正典)ということに触れ、
「人間の文化は言葉が基本になって形成されていますが、その言葉の高度なものの核心部にあるのが古典なんです。その古典を精選したリストがキャノンでしょう」と規定し、「そういうものがないと文明の拠り所がない。文明がグラグラ、グズグズになって、社会がうまくまともに機能しない」と言っています。(同書P.9)

同意するしないは別にして、示唆に富む言説と私などには思えます。
これは古いものの遵奉というスタンスでは決してなく、
真に新しいものは古いものの上にしか花開かないという真理が述べてあるのだと思います。
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この回答へのお礼

 夏目漱石の『硝子戸の(題名忘れましたが)』を読んでいて思ったのですが、夏目漱石は第三者の目線から書いている感じがします。
第三者の目線の意味として、映像を見ている感じですね。
 その物語の人物の性格を(芥川龍之介と比較しても)、書いていない気がします(内向的でないと言いますか)。
夏目漱石の書籍は、自分は好きではないので、全くと言って良いほど、読んでいませんので、夏目漱石の小説はどういうものかは分からないと言えます。
 ただ、自分が読んできた夏目漱石の小説は、どれも軽い。
軽いというのは、「人物の性格判断をすること」を読者に委〔ゆだ〕ね過ぎている気がします。

 確かに、今の作家は他人の小説を読むという基礎的な行為を怠っている気がします(村上春樹は違うみたいですが)。
 その基礎を怠ると、ある時点から、才能任せに書いているので、其処で停止してしまうと思います(自分の価値観が増えないから)。
 他者のものを観ることによって、自分の価値と照らし合わせ、何かしらの価値観を得るという気がします(それを怠れば、当然の結果だと思いますね)。

 安部公房とは、もう少し付き合っていこうと思います、苦笑。

お礼日時:2008/06/11 05:07

文章の軽重は特徴であって評価とは無関係です。

何か誤解をしているのではないでしょうか?

文体論については門外漢なので3についてのみ答えます。

おそらく、「現代の文学は文学ではない」という意見は、古典的な文学を基準にしたものだと思います。新しい文学とは既存の文学を壊し、その上に構築していくものなので、文学もまた絶えず変化していきます。現代の文学が古典的な文学と違っているのは当然のことです。変化を止めてしまったら、それは文学の衰退を意味します。時代の変化を受け入れられない、保守的な人が現代の文学を否定し、「古典的な文学だけが文学である」と考えることで、自分を納得させているのではないでしょうか。こういう人は、どのような分野にもいます。
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この回答へのお礼

>文章の軽重は特徴であって評価とは無関係です。
何か誤解をしているのではないでしょうか?

 語彙力の問題などを意味しています。
又、特徴も評価に含まれていると考えます(小林秀雄の評論などを読んでいると)。

>古典的な文学を基準にしたものだと思います。

 友人も、自分も保守的な立場ですね。
其処には気が付きませんでした。
 しかし、保守的な立場であろうと、現代文学には本質が描けていないと考えます。
現代文学は、破壊、破壊の連続で、最終的には「無」に到達して、結局は保守的な立場から書いた様な文章が生き残ると思います。
 回答有難う御座います。

お礼日時:2008/06/08 09:40

1・夏目漱石の文章は芥川龍之介の文章と比較すると、軽い文体(今でいう村上春樹の文体)な気がします。


★龍之介の方が軽快ですよ。漱石の方がリズムに欠ける。

何故、夏目漱石の文章は良い評価を得ているのでしょうか
★漱石と同格の評価を得ている小説家はたくさんいますよ。

2・大江健三郎が、安部公房が生きていたらノーベル文学賞を受賞出来たと言った様ですが、(安部公房の文章も)芥川龍之介と比較しても、軽い気がします
★そんなことありません。安部の文章はグダグダしたものもかなりあります。もちろん効果を狙って計算してのことですが。

安部公房の文壇での評価は如何なのでしょうか?
★最高に高いと言えるでしょう。

3・現代の文学は文学ではないと
★そんな日本語はありません。
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この回答へのお礼

 質問の仕方が悪かったですね。
「軽さ」の意味を明確に書くべきでした。

>龍之介の方が軽快ですよ。
漱石の方がリズムに欠ける。

 分かります。

>漱石と同格の評価を得ている小説家はたくさんいますよ。

 夏目漱石の小説は、何故高い評価を受けているのか?ということを聞きたかったです。

>最高に高いと言えるでしょう。

 具体的に、誰がそう評価しているか分かると有難いです。

>そんな日本語はありません。

 日本語文法的に間違っていますか?

お礼日時:2008/06/08 09:34

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漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄にて、全体を窺ふ事かたく候得共(そうらえども)、当世の文人中にては先づ一角ある者と存居(ぞんじおり)候ひし、試みに彼が作を評し候はんに、結構を泰西に得、思想を其学問に得、行文(こうぶん)は漢文に胚胎して和俗を混淆したる者と存候。右等の諸分子相聚(あつま)つて、小子の目には一種沈鬱奇雅の特色ある様に思はれ候。(八月二十三日付け:引用は江藤淳『漱石とその時代』第一部から)
--------

鴎外は明治二十三年一月、『舞姫』を、同年八月『うたかたの記』、明治二十四年一月に『文づかひ』を発表しています。

後の漱石、当時はまだ金之助であった彼が読んだ「二短篇」がなんであったかは明らかではありませんが、この冒頭から、二作品を読んで高く評価した漱石に対して、子規が、それはおかしい、と反論した背景があったことがうかがえます。

江藤淳は『漱石とその時代(第一部)』(新潮全書)のなかで、鴎外の作品は、前年に帝大の英文科に入学してからの漱石の状況を考えながら、この手紙を以下のように解釈しています。

-----(p.202から引用)-----
「洋書に心酔」し、しかもそれを意志的・知的に理解しようと努力するうちに、いつの間にか虐待されつづけていた金之助の感受性を覚醒させずにはおかないものであった。つまり鴎外の小説の「結構は泰西」に仰がれていたが、そこにはまごうかたなき旧い日本――金之助が英文学専攻を決意して以来置き去りにして来た「日本」があったのである。

……『舞姫』に描かれた才子佳人の恋は、舞台こそ独都ベルリンに求められていたが、ほかならぬ晋唐小説の伝統を「文明開化」の時代に復活させた恋である。金之助が鴎外の「二短篇」に見たものは、いわば崩壊しつつある旧い世界像の残照であった。その光を浴びた彼の衝撃がいかに深かったかということは、のちに金之助が英国留学から帰国して発表した小説、『幻影の盾』と『薤露行』に痕跡をとどめている。この二短篇の雅文体の背後には、ほぼ確実に『舞姫』や『文づかひ』の鴎外がいる
------

つまり、漱石が英文学の研究から執筆活動へと移っていったのも、鴎外の存在があったことが、理由の一つであったと考えることができます。


後年、両者はそれぞれに、当時の文壇から離れた場所で、それぞれに仕事をするようになります。

このことを中村光夫はこのように指摘しています(『中村光夫全集』第三巻)。ここで「彼等」というのは、漱石と鴎外の両者を指しています。

-----「鴎外と漱石」p.160-----
おそらく彼等が表面冷やかな無関心を装ひながら内心激しい憤怒に燃えてゐたのは当時の文壇といふやうな狭い世界ではなく、むしろこの文壇をひとつの象徴とする或る社会風潮であつた。いはば彼等の誇り高い教養と抜群の見識とは、当時の我国民が無意識のうちに徐々に陥つて行つた或る根深い精神の頽廃を鋭く直観した。そしてこの抗ひ難い社会の風潮に対して勝つ見込のない敵意を燃やしてゐた。…

では彼等がここで生涯を賭して闘つた敵は何かと云へば、それは一口に云つて、近代欧米文明の一面的な輸入の結果たる所謂文明開化の時潮であったと僕は信じてゐる。…明治大正を通じて我国が存立の必要から強ひられて来た欧州文明の物質的側面の急激な輸入と、その結果として我国民の精神の深所に徐々に食ひ入つた或る微妙な歪みを指すのである。
-------

当時のふたりがなぜ交友をもたなかったのかは、さまざまな事情があったことと思います。

なによりも、漱石が専業作家として活動したのは、わずか十年であったことを忘れてはなりません。成熟するまでに時間がかかり、一人前になってからわずかな時間しか与えられなかった漱石は、自分の生命を削り取って作品に結実させていった、といっても過言ではありません。

二葉亭四迷没後、一時期は同じ職場に籍を置きながら、実質的には交遊がなかった二葉亭に対して、『長谷川君と余』(『思い出す事など』所収 岩波文庫)のように、実に心情にあふれた追悼文を残した漱石ですから、たとえば鴎外が自分より先に亡くなってでもいたら、間違いなく、何らかの追悼文を残したでしょう。

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漱石の弟子宛ての書簡にも、鴎外の名は散見されます。
ともに意識のうちにあったのは、日本や日本の文化の行く末であったことを考えると、互いに深い敬意を抱いていたと理解してかまわないかと思います。

まず、漱石と鴎外では、実際の年齢に五歳、差があります。
しかも、漱石が執筆活動に入った時期、鴎外はすでに押しも押されもせぬ大家の位置にあったことを、まず押さえておくべきでしょう。

漱石は明治二十四年、帝大の学生だった当時、正岡子規宛に以下のような内容の手紙を書いています。
--------
鴎外の作ほめ候とて図らずも大兄の怒りを惹き、申訳も無之(これなく)、是(これ)も小子嗜好の下等な故と只管慚愧致居候(ひたすらざんきいたしをりそうろう)。元来同人の作は僅かに二短篇を見たる迄に...続きを読む

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漱石がイギリス留学中の話です。

「主婦で兼業作家」という人物の事を知り、
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すっかり魅了されてしまい、
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と、そんな話を学生時代に聴いた記憶があるのですが、詳細を御存知の方、おりますか?

もしかしたら漱石じゃなかったかも知れません。

Aベストアンサー

まったく自信はないのですが、おそらくジョージ・エリオットではないでしょうか。漱石も女性作家の中で彼女の作品は認めていた、というような話を聞いたことがあります。

Q漱石全集と夏目漱石全集

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興味が出てきて、漱石日記、私の個人主義を(これも文庫本)読んでいます。
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Aベストアンサー

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの(第1巻が1993年)か、ひとつ前のもの(第1巻が1984年)がいいと思います。

 それからですね、
 集英社『漱石文学全集』の別巻『漱石研究年表』は、漱石の行動を、一日単位で年表にしたすごい本です。
 また、
 ほるぷ『初版本漱石文学館』は、初版本を、装丁まで忠実に復元したものです。
 また、漱石の小説は、ほとんど朝日新聞に掲載されたんですが、当時の新聞を、挿絵ごと、そのまま写真版で復元したものもあります。ゆまに書房『漱石新聞小説復刻全集』です。

 漱石のひととなりを知るには、『書簡』がお勧めです。漱石は書簡の名手で、素晴らしい手紙を数多く残しています。岩波文庫の、抜粋の『漱石書簡集』から入ってみてもいいかもしれません。

 漱石の全集は、たくさん出ていて、その歴史は、日本の全集の歴史を象徴してるといわれているんです。これを書くのに、青英舎『漱石全集物語』を参考にしましたが、そんな本が出るほどなんです。

 復刻版は、かなり大きな図書館でないとないかもしれません。最初は、岩波版『漱石全集』か、岩波文庫の漱石作品がいいと思います。

 ご参考になれば。

 こんばんは。

 仰る「ちくま」が、ちくま文庫版と仮定して回答します。

岩波:正字。旧かな。文字通りの「全集」。

ちくま:新字。新かな。難しい漢字などはひらがなにしてある。文学と評論のみ。

 『漱石日記』は岩波文庫版でしょうか。これは、新字、新かな、難しい漢字はひらがなに直してありますね。
 『私の個人主義』は、講談社文庫版かな。

 漱石の時代の雰囲気を知り、あわせて全部を見たいのであれば、#1さんの仰る通り、やはり岩波の『漱石全集』でしょう。いちばん新しいもの...続きを読む

Q芥川龍之介の死後に出た本に、芥川の印が押してありました。誰が押したのでしょう?

先日物置を整理していたらかなり古い本がたくさん出てきて、
芥川龍之介の羅生門がありました。

昭和27年に発行された本で、初版でした。
本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所に、
小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました。

芥川龍之介は昭和元年に亡くなっているそうなのですが、
この印は誰が押したものと考えられるのでしょうか。

Aベストアンサー

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと、印税の関係です。検印の数分だけ印税を出版社が支払と云う訳です。又、「検」印ですから著者に無断で発行したものではないと云う証にもなります。

さて、著者が物故してしまうとどうなるのでしょう。著者が没後も一定期間(当時は30年だったはず、現在は50年)印税を貰えます。これは著者の遺産ですから、相続をした人(遺族)が貰えます。この貰える人を著作権継承者と云います。継承者は著者の遺産を相続した訳なので、出版をしても良いとか、無断で出版しているものを法的に差し止める権利があります。
長くなりましたが、検印は多分、著作権継承者かその指示で出版社が捺したのでしょう。昭和27年と云えば、昭和2年元旦を起点として(物故の翌年の元旦を起点とする)26年ですから未だ著作権は残存していたと思われます。

尚、最近は印刷部数が膨大になりとても一つ一つ判子を捺していられない所為もあり、検印を行う例は珍しくなりました。

話が煩雑になるので、版権を著者が譲渡した場合などは省略してあります。
又、著作権継承者は作品毎ではなく、纏めてなようです。

まず、「本の一番最後のページ、発行年や会社名が書いてある所」を奥付(おくづけ)と云います。
「小さな正方形の紙に「芥川」の印が押され、貼られていました」これは、検印紙に「芥川」の検印がありました云います。

さて、検印ですが、生前の場合は普通は本人が捺しましたが、中には出版社の社員に捺させたり、弟子や家族が捺させていたケイスも珍しくありません。江戸川乱歩など家族総出でも間に合わなくて出版社の応援迄頼んだようです。(子息の思い出話)

何のためにこの「検印」を行うかと云うと...続きを読む


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