墓石に彫る家紋について、どなたか教えて下さい。(古来、日本には奥ゆかしい伝統としてルーツを暗示する家紋があります。家紋については色々な思想的立場があるでしょうから、その存在の是非までは論じないで下さい。)
墓石に家紋を彫る場合、表紋、裏紋のどちらを彫るべきなのでしょうか。どちらでもよいのでしょうか。実はあまり家紋の表、裏の役割も知らないのでこの点も教えて下さい。また、例外的な事だとは思いますが、母方の家紋を彫ってもよいものでしょうか。夫婦別姓の時代ですから、何ら問題ないと考えていますが、慣例などからみて、異論があれば教えて下さい。曖昧、かつ、若干古色蒼然とした質問ですが、考えれば考えるほどわからなくなるので教えて下さい。実用的な答えを待っています。

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A 回答 (3件)

家紋は、元を質せば古来皆が勝手に作りしものです。

例えば、戦場で一族郎党を引き連れて出かけたときに、遠目からも「身内の陣地」が分かるようにするため作っています。ですから、何を大事にするのかにより家紋は決められたら良いと思いますよ。例えば、結婚後の家族を大事にし祖先を敬うなら、結婚した家の家紋でしょうし、母方の家族を敬い、母方の祖先を大事にするなら母が他の家紋でしょう。
因みに、私は、これから自分の一族を新しく作り、反映させたいとの思いから、自分で新しい自分の家紋を作り、全てに(例えば、着物など)その家紋を入れています。
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この回答へのお礼

合理的な解説、目が覚める思いでうかがいました。ありがとうございます。少し、型どおりの考え方に捕らわれすぎていたかもしれません。そして、家紋に対する貴方の意欲的な捉え方にエールを送りたいと思います。

お礼日時:2001/03/06 17:21

お墓でしたら表紋だと思いますが。



裏紋や女紋などは正式ではないと思います。
着物や提灯などにいれますよね。
迎え盆、送り盆の時に使う提灯に入れて使っていました。

着物だと、融通が利くものは替え紋とか洒落紋とか
覗き紋にしたりもします。
幸田文さんなどは、蔦だったそうですが、やさしすぎる?とかで
鬼蔦を入れていたそうです。
女紋というのは、母方(女性が嫁いだ場合のことでしょうけど)の紋で
母だけでなく、母の母(つまり祖母)の実家の紋も女紋といいます。
女性が嫁ぐことが当たり前であった時代の、女の実家の紋ですね。
#まあ言わなきゃわからないのでなんでもありかも。
着物は代々譲られることもあり、慣習的にOKになったのかもしれません。
刺繍などはいれてしまうととれませんし。
お墓については、「家」の紋ですが、別姓になるとどうなんでしょう。
shuhariさんの新たな家紋案は興味深いです。

法律で堅苦しく決まっているものでもないですしね。
地方だと割と家紋は若くても知っているような気がします。
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この回答へのお礼

丁寧なお答え、心から感謝いたします。ありがとうございました。紋の使用に関する慣習的・伝統的方法を教えていただいたと感謝しています。

正直に言うと、ここのところ、皆さんの意見を参考にしながら、紋のことを調べているのですが、副紋・裏紋・女紋の関係など、若干、混乱してきました。
(教えていただいたばかりなのに、ごめんなさい。)
おそらく、いわゆる名家の場合(差別意識ありません)、歴史の変遷から複数の紋を使う場合もあり、それが副紋なのであろうと了解しています。それは非常に例外的なのかもしれません。
裏紋はたいていどの家でも伝わっていて、着物に染めるなどに利用しているのかな・・。
それとも、やはり副紋イコール裏紋なのかな。このへんが明確に分かるとすっきりするのですが・・・。

裏紋はやはり姻戚関係の系譜を暗示していると思います。女紋とは、それを指して言うのか、あるいは、女性らしい意匠の覗き紋などを言うのか・・。
まあ、混乱しながらも、このように整理しつつあるところです。間違っていたら、myauさん、また教えて下さい。

質問の内容とは少し、ずれますが、これだけ多種多様な紋が成立した背景には、きっと諸家の融合・分家などがあって、マークが合体したり、変形したりしていったのではないかと推測します。質問した動機は、きわめて実務的なことなのですが、調べているうちに家紋の世界に魅了されてきました。歴史学者の方なら、このへんのこともわかるのでしょうか、・・・myauさんのお礼の箇所に余計なことを書いてすみませんでした。
繰り返しますが、心から感謝しています。

お礼日時:2001/03/08 19:42

替え紋(裏紋)が現代でも生きているとは思いません。

単なる知識として雑学博士、物知り博士とか呼ばれる人が口にすることはあるでしょうが・・

家紋は葬儀の時と墓石を注文する時に聞かれるだけで、若い人で家紋を知っている人は少ないでしょう。墓石には定紋(本紋)を彫るべきでしょう。何故なら一家にひとつ(或いは本人だけの)の公式な墓石ですから。裏紋については知りませんが、一種の略章として非公式な場で使われたのではないでしょうか。全ての家が二つの紋を使い分けていたとも考えられません。因みに我家は抱き茗荷ですが、紋を刻んだものは何も持っていません。自分の墓石を作るまでお預けです。
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この回答へのお礼

ありがとうごぞいました。定紋と替え紋のちがいを教えていただきました。一つずつ解決していく気がしております。貴重なご意見として、今後、実際的な場面で、参考にさせていただきます。

お礼日時:2001/03/06 11:19

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添付画像の人物が着ている紋付の家紋名を調べています。
画像があまり鮮明でないのですが・・・

一覧表、家紋辞典などもみてみたのですが、ぴったりのものが見当たりません。
絵の人物名などもわかりません。
ご存知の方がいらっしゃたら教えて頂ければと思います。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

当局(OKWave)の勧めで此方に再投稿致します。

外の回答者さんも書いて居ますが、少なくとも絵の人物像が判らないのは変ですよぉ.........。出自=出処(どころ)位、提示出来ない様では、ひょっとして、「貴方の創作......?」と、考えられなくもない、すいません、単なる「想像」です。私もANo.4さんと同じペ~ジ見てましたよ、在りませんよ。

人物に就いては、唯の昔の大名御爺さんかなぁ.....と。
因みに、先程、「創作」と書きましたが、出鱈目に書いた訳では在りません、日本の「名字や名」の多さは、御存知ですよね ?
其れと同じ様に、所謂、家紋の世界でも五万と存在する世界なのです、特に近世以降、各家家、各個人個人で自分好みの「創作家紋」を作成される方は本当に増えて居ますね。以前、私が回答したQが在りますので参考にしてみて下さい。
http://okwave.jp/qa/q7638509.html

特に、戦国時代 ? の様な時代に在っては、群雄割拠、皆其々が挙(こぞ)って、「我こそは....」、写真の御仁、好きな家紋を付け捲(まく)った中の一人なのかも知れませんよね、.........................何しろ歴史の世界ですから。

扨(さ)て、紋所の同定ですが、
>家紋の名称を教えて下さい !

[ (左)蛇の目に縦(=竪)算木 ] でしょう。
※算木=三木 、縦は竪でも同じ事です
此の場合、引き両紋は違います。

参考
1. http://www.otomiya.com/kamon/kibutsu/sangi.htm
2. http://www.harimaya.com/o_kamon1/yurai/a_yurai/pack2/hikiryou.html
3.

当局(OKWave)の勧めで此方に再投稿致します。

外の回答者さんも書いて居ますが、少なくとも絵の人物像が判らないのは変ですよぉ.........。出自=出処(どころ)位、提示出来ない様では、ひょっとして、「貴方の創作......?」と、考えられなくもない、すいません、単なる「想像」です。私もANo.4さんと同じペ~ジ見てましたよ、在りませんよ。

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Q日本古来

今まで日本古来として知ってきたものの元をたどると中国から伝わりとか朝鮮民族から由来したなどが殆どでありました。天皇家でさえ最近は昔から韓国と交流が深くと言っています。元々日本から生れて日本独自で日本に残っている伝統というものを知りたいのです。
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 また,比較文化論は,文化のもつ多様性と普遍性を探求する学問で,多様性(オリジナリティーと言い換えてもいいかもしれません)を否定すると,この学問は成り立ちません。

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Aベストアンサー

まず江戸時代300藩とは言いますが、分家や一族も別々に数えて300藩ですから、同じ家紋を持つ藩が有っても当然です。
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江戸時代では士農工商の身分制度で、武士以外は苗字を名乗るのは公式には禁じられていましたが、
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 鎌倉彫の朱漆はわりと黒っぽいような気がしますが何か混ぜているんでしょうか?輪島などは真っ赤ですし、不思議です。

Aベストアンサー

漆は、そのままだと溜色と言われる透明な茶褐色です。朱漆を作るには、漆に顔料と言われる鉱物を混ぜます。混ぜるのは、たいていの場合、ベンガラと言われる鉄を含んだ鉱物です。ご存知の通り、鉄は錆びる(酸化)すると赤くなりますが、酸化の状態により、発色が異なります。そこで、同じベンガラと言っても様々な色ができるわけです。
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ですので、色をかえるために何かを混ぜている、というよりは、朱漆を作る時の顔料の色が違う、ということだと思います。

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私達夫婦はお墓を建てることになり、家紋について色々と調べた結果新たに自分達の家の家紋を作ることにしました。
主人の話では、主人の実家には家紋がないとのことでした。
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家紋を選ぶのはかなり大変なことで、どんな選び方をしたら良いかわかりません。
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家紋の選び方と稲穂の絵柄の家紋について何か参考になりますご意見をよろしくお願いします。

Aベストアンサー

稲の家紋はここを見てください。
http://www.otomiya.com/kamon/plant/ine.htm

選び方なのですが、稲の家紋は他の家紋に比べて複雑です。
墓石に掘るときや着物に紋入れをするときに、業者にできるか否かを確認してください。
料金が高くなる程度なら良いのですが、紋を間違えたり、勝手に簡略化されたりします。

あまり複雑な家紋を選ばれたりしない方が良いと思います。

Q祭神が応神天皇である神社の神紋とは?

私の住んでいるところは、近所には

・八幡神社

と言う神社があります。

この神社の祭神は”応神天皇”です。
ですが、
この神社の神紋は「下り藤紋」
なのです。

私のにわか神社知識ですが、応神天皇をご祭神とする神社の神紋は、

三つ巴紋”

では?と思うのですが、特にこういうのって決まっていないのでしょうか?
祭神が同じなのに神紋が異なるなんておかしいのでは? と思っているのですが、
こういうことは、よくあることなのでしょうか?

因みに、この八幡神社は、一時隣町にある春日神社に合祀されていたことがあるそうです。(現在は分社されています)

これが関係しているとは思われるのですが・・・だからって紋て変わるものなのでしょうか?

小さめで神主さんもいない神社ですし、神社役員の方もなんか頼りない・・・

一般的と言う言い方はおかしいのかな?とも思うのですが、
応神天皇を御祭神とする神社の紋は、なんなのでしょうか?
また、ご祭神が同じでも、神紋がちがう、変わるなんてことは、よくあることなのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、日本で一番多い神社は「八幡神社」です。
その数は2万ほどと言われています。
これは、武家の総領である源氏の氏神であることで、武家社会の江戸時代に各地に勧請(分祀)されたからです。

八幡社の総本宮は大分県の宇佐神宮で、そこから京都の石清水八幡宮が分祀され、さらにそこから鎌倉の鶴岡八幡宮が分祀されました。
各地の八幡社はその三つから分祀されたものが多く、さらに分祀の分祀が繰り返されています。

八幡社の祭神は応神天皇(誉田別命)を主神として、比売神、神功皇后(息長帯比売命)を含めて八幡三神として祀られていることが多いです。
八幡を名乗っていなくても、八幡三神を祀っている例があったり、八幡を名乗りながらも別の神を祀っている例があったりして歴史の中で混沌となっているのが現実です。

神紋に関しても多伎にわたっており、総本宮の宇佐神宮でも、巴紋の他の紋も使用していますし、石清水八幡宮も同様です、また、鶴岡八幡宮は鶴丸紋が使用されています。
藤紋は藤原氏の代表的な紋で藤原氏の氏神である春日社に多く見られるのも事実です。
しかし、藤紋は春日社以外でも用いられる例があり、八幡であるから、藤紋がおかしいとは一概に言えません。
ご推察のように、春日社に合祀されたからとも言えますし、そうでないからかも知れません。

私は全国の神社を巡り、いろんなことを見聞しています。
どこの神社も正統だということは言えないことが分かっていますし、変だ疑問だと思うことも数多く遭遇します。
それらを調べることや興味を持たれることは歴史を知る上でもとてもいいことだと思います。
これを機に、お近くの他の神社も調べてみたらいかがでしょう。
もっと面白いことや不思議に出会えるかも知れません。
ちなみに、私事ですが今年に入って6月までで230社の神社を訪問しました。
特に、今年は震災復興の祈願も兼ねていますので、拍車がかかっています。

まず、日本で一番多い神社は「八幡神社」です。
その数は2万ほどと言われています。
これは、武家の総領である源氏の氏神であることで、武家社会の江戸時代に各地に勧請(分祀)されたからです。

八幡社の総本宮は大分県の宇佐神宮で、そこから京都の石清水八幡宮が分祀され、さらにそこから鎌倉の鶴岡八幡宮が分祀されました。
各地の八幡社はその三つから分祀されたものが多く、さらに分祀の分祀が繰り返されています。

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Q【蕎麦屋の家紋】そば屋が同じ家紋の理由を教えてください。そばぼうろも同じ家紋です

【蕎麦屋の家紋】そば屋が同じ家紋の理由を教えてください。

そばぼうろも同じ家紋です

Aベストアンサー

いやいや、なにか勘違いしていませんか?
そもそも蕎麦ぼうろといってもメーカーが違うし、家紋???
蕎麦屋だって藪と更科で違うし、ほかもバラバラ。

たまたま貴方のご覧になった所がのれんわけか何かで家紋も譲られたと言うだけかもしれないです。
家紋って代々受け継ぐわけではなく、けっこうやり取りしたり造ったりしていますからね。
我が家の家紋も叔母から授けられたものです(叔母は私の家系の本来の家紋だと言っていましたが)

Q小母方さん

マスコミは、小母方さんを叩きすぎだと思いませんか?ある程度のコピペなんて、誰でもするでしょうに。掌を返すってほんと、このこと。

Aベストアンサー

私は結構多数の論文を書いてきた人間ですが、まるで政治家を叩くのと同じレベルで(とくにマスコミが)学者を叩くのはいかがなものかと感じます。サギまがいの事例とは少し違うわけで、論文の書き方を (マスコミが) 細部にわたって批評するなどもっての他です。研究所の偉い人の発言も(文部省の顔色でも見ているみたいで)いささか政治的ですね。

論文の内容はその道の専門家しか議論してはいけないことだと思います。湯川博士が中間子理論の論文を出したいと言った時にその道の権威に軽蔑されて引っ込めさせられそうになった事例を思い出します。新しい内容の研究ほど真偽はきわどいわけで、その位に論文の評価は難しいのだと思います。

論文というものは二人の審査をパスして公開された後は、あとから修正したければその道の専門家なら誰でも追加の論文やノートを(これも二人の審査を経て)公表出来るのであって、仮に理論や実験が間違いを含んでも「取り下げ」はしないのが原則です。ダメ論文はそのまま無視すればよいのです。実際ダメ論文なんて山のようにあるのですから。

論文を引っ込めさせたあとで実は間違っていなかったなどとわかったら誰がどう責任を取りますか? 人の人生をかき回した後で、あのときはやむを得なかったなどの言い訳は通りません。

私は結構多数の論文を書いてきた人間ですが、まるで政治家を叩くのと同じレベルで(とくにマスコミが)学者を叩くのはいかがなものかと感じます。サギまがいの事例とは少し違うわけで、論文の書き方を (マスコミが) 細部にわたって批評するなどもっての他です。研究所の偉い人の発言も(文部省の顔色でも見ているみたいで)いささか政治的ですね。

論文の内容はその道の専門家しか議論してはいけないことだと思います。湯川博士が中間子理論の論文を出したいと言った時にその道の権威に軽蔑されて引っ込めさせ...続きを読む


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