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課題として長編小説を読むことになったのですがどのくらいの量のものが長編小説なのか全然分かりません(≧。≦)「○ページ以上あるのが長編!!」とか決まっているのでしょうか?教えて下さい!お願いします。

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A 回答 (4件)

 


「長編小説」とか「短編小説」とは、どういう風に定義されるかというと、一般に合意された定義はありません。以下に述べますが、アメリカの大衆小説のマーケットでは、SFがそうなのですが、独特な「語数」による分類基準があります。しかし、ロシアの小説では、日本では「長編」と呼ぶものが、「中編」になり、日本で、「大河小説」とも云えるような、2000枚ぐらいを越える小説が、「長編」だという話もあります。

レフ・トルストイの「戦争と平和」は、翻訳で何枚あるのか知りませんが、2000枚は軽く越えています。(おそらく3千枚ぐらいだと思います。……もしかすると、4千枚越えているかも)。

アメリカのSFは、独特な定義があります(参考URL)。次のように、「語数」に応じて、小説の類を決めます。短いものから長い順に:

1)ショート・ストーリ(短編):7500語未満
2)ノヴェレット(中編):7500語―1万7500語
3)ノヴェラ(中長編):1万7500語―4万語
4)ノヴェル(長編):4万語以上

註)「語数」というのは、「単語の数」です。He looked at that cat. は、「5語」で構成されます。短いのは、a, in, at, on, I, me, ……なども一語で、extraordinally など長い単語も、一語と数えます。

アメリカでは、小説は、「何語」かで、大きさが決まります。ある意味、非常に合理的だとも云えます。日本の400字詰め原稿用紙だと、改行を多くするか、あまりしないかで、同じ原稿用紙100枚と云っても、含まれる字数に違いが出てきます。改行ばかりの小説……例えば、一つの文章で、読点で改行していると、原稿用紙400枚と云っても、ぎっしりと書かれている小説に比べ、実質文字数は4分の1というような場合があります(これは極端な場合です)。

しかし、4万語の小説(ノヴェラ)とは、一体どれぐらいの長さの作品かという疑問が起こるでしょう。

アメリカのペーパーバックで考えると、ページの組み方にもよりますが、普通、一行に、10語ぐらい入っています。1ページは30行もあると多い方です。1ページが300語の組版の場合、これは翻訳すると、大体、原稿用紙3枚前後になります。ただし、これは、ぎっしりと文字が詰まっている場合で、普通は、会話の部分で改行したり、読みやすくするため、多数改行するので、1ページ、300語というような詰まり方ではありません。

現代の大衆向け小説だと、会話や改行によって、大体、ページが1.5倍から2倍になります。ぎっしり詰まっている場合は、300語1ページで、100ページで3万語、翻訳して、大体、原稿用紙300枚ですが、改行による増加があり、これはページの組み方によっても違いが出てきますが、3万語の小説は、日本語だと、原稿用紙450枚から600枚に相当します。450枚ぐらいが妥当な数字です。

4万語のノヴェラは、原稿用紙400枚で、改行による増加で、600枚を越えます。ノヴェラ(中長編)の長い場合は、日本語では、400枚から600枚ぐらいになります。これが、ノヴェラが、「中長編」と訳される理由です。

つまり、日本の大衆小説の基準では、原稿用紙400から600枚が、「長編」になるのです。日本の文学賞の「長編部門」の応募規定は、大体、500枚ぐらいが上限の目安になり、400枚ぐらいを標準に考えています。応募規定で、200枚-400枚とあっても、400枚に近い作品が、大体選ばれます。

日本でいう「長編小説」は、アメリカでいうノヴェラ(中長編)の長いものだということになります。アメリカのノヴェル(長編)の4万語以上という基準は、日本だと、600枚以上ということになりますが、西欧語の小説だと、大体、この基準で合います。欧米の長編小説というと、大体、千枚ぐらいのものが想定されるのです。

この千枚ぐらいの欧米の長編を、日本で翻訳して文庫本にすると、普通、二巻本になります。欧米の長編は、日本の長編よりページ数が1.5倍ぐらい多い、一巻本か、または二巻本になるのが普通です。文庫本で、250から300ページぐらいのものは、欧米では、長編ではなく、中編の長いもので、アメリカでいうノヴェラの標準の長さです。

文庫本で、250ページから300ページぐらいのものが、日本では、標準的な長編小説です。ハードカバーの場合、組み方によって違いがあり、一段しかなく、文字が大きいと、ページ数が400ページあっても、案外、中身は少ないことがあります。

ある本が、原稿用紙にぎっしり詰めた場合、何枚かは、ページを見てみて、大体、1ページに何文字ぐらいか、原稿用紙換算で何枚ぐらいか勘定して、全体のページ数をかけると出てきます。

とはいえ、よほど文字が大きく、組版がゆとりのある児童向け図書等でない限り、250ページから300ページあれば、「日本の長編小説」です。(この長さは、欧米の「長い中編小説」になります)。

なお、長さが2千枚を越えていても、一人の主人公を中心にした話は、「(非常に)長い長編小説」ですが、主人公が特定人物とは限らず、複数の焦点があって、並行して話が展開し、何十年というような時間の経過が描かれるものは、「大河小説」と云います。

トルストイの「戦争と平和」がその典型で、この小説は、ロストフ伯爵家、ボルコンスキー公爵家、ベズーホフ伯爵家という三つのロシアの貴族の家庭内の話や人間関係を一つの軸に、もう一つの軸に、ナポレオンのロシア侵攻という大政治・軍事ドラマがあり、両者が絡み合って、膨大な数の登場人物と、エピソードで構成される「大河小説」の典型です(三つの家から、ナターシャ・ロストワ、アンドレイ・ボルコンスキー、ピエール・ベズーホフという三人の主要人物が描かれ、戦争の軸では、ロシア軍総司令官クトゥーゾフ公爵対フランス皇帝ナポレオンという対比になります)。

>参考URL>WSFS規約
http://www.nippon2007.org/jpn/nani/j_kiyaku.html
 

参考URL:http://www.nippon2007.org/jpn/nani/j_kiyaku.html
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この回答へのお礼

皆さん、回答ありがとうございますヽ(^◇^*)/ これで
すっきりすることができました!!色々考えた結果、
読みたいと思う小説が見つかりましたv(^ー^)v380pく
らいのものです。頑張っていいレポート書きます!!
では、失礼します★

お礼日時:2003/09/09 20:41

特に基準はありませんが、一般の賞の募集要項などでは長編を原稿用紙400枚以上とか600枚以上、短編を原稿用紙100枚までと区別しているところが多いですね。

しかし、一般的に実際私達が聞くところの長編小説とは原稿用紙1000枚や2000枚以上の壮大なストーリーを備えた小説のことを指しているのではないかと思います。新聞の連載小説や週刊誌の連載小説のようなものを長編ものと呼ぶのではないでしょうか。

とはいえ、いきなり数千枚の作品を読めというのは課題としては厳しすぎますから、先生としては1冊本を何か読みなさいという意味で仰ったと考えるのが自然でしょうね。
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特に長さによる違いはないと思いますが、ひとつの目安として通常の小説は300~400ページはあるので、長編小説はそれ以上になるでしょう。



長編小説と短編小説の違いは主人公が遭遇する出来事と時代背景にあります。ハリーポッターは何巻も発行されていますが、通常長編小説とは呼ばれないでしょう。何故なら主人公の人生におけるある時期(短い)と限られた環境で物語が進行するからです。長編小説になるためにはハリーポッターが生まれた時のイギリスの社会や事件等が描かれ、その後の流動する社会で彼の人生が描かれなければなりません。主人公にまつわるある出来事をいくら長く書いても、それだけでは長編小説とは見なされない訳です。

しかし、課題を与えた先生が長編小説をどのように認識しているかによって変わって来ますので、先生に例えばどんな小説か例示してもらうのが無難でしょう。
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何ページからって決まっているのかどうかはわかりませんが、大体、1冊の本が、一つの物語で占められているのなら、その物語は長編です。


たくさんの話が1冊の中に集められているのは短編集です。

一つの話で300ページくらい以上だと、長編って言えるんではないでしょうか。
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Q「~していく」と「~してゆく」。どちらが正しい?

たとえば、「これからがんばっていきたいと思います」などと書くとき
「がんばっていきたい」か、「がんばってゆきたい」か、
どちらが正しいのでしょう。

Aベストアンサー

どちらもでもいいですよ。

でも、「正しいのはどちらか一方だろう、あえて言ってくれ!」 といわれたら、発音はどうであれ標準語の書き方は「ゆきたい」が正しい(本来である)、というのが答えです。
「いく」は「ゆく」の口語的な音便とみるのが妥当でしょう。

行く(往く、逝く)は、本来は「ゆく」です。「いく」という発音も上代からあるとものの本にも書いてありますが、それは一部のことです。

熟語で考えても、「行方」「行く末」「行く手」「行き当たりばったり」「行き交う」「行き来」「行きずり」など、「ゆ」と発音し「ゆ」と書くのがばかりです。
ただし、「行き先」「行き違い」など「い」と読んだり書いたりする例もふえてきました。

口語の音便なので、特に文語体が好まれる詩(詞)や小説には、今でもはっきりと「ゆ」と書かれることが多いようです。
「君を迎えにゆくよ」吉田拓郎
「今夜君を迎えにゆくよ」ゆず
「翼を広げ 飛んでゆきたい」赤い鳥
「いま、会いにゆきます」市川拓司

ただし、「て」「た」「たら」には、行って、行った、行ったらと「い」がつきます。

参考URL:http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%82%86%E3%81%8F&dtype=0&dname=0na&stype=0&pagenum=1&index=18764400

どちらもでもいいですよ。

でも、「正しいのはどちらか一方だろう、あえて言ってくれ!」 といわれたら、発音はどうであれ標準語の書き方は「ゆきたい」が正しい(本来である)、というのが答えです。
「いく」は「ゆく」の口語的な音便とみるのが妥当でしょう。

行く(往く、逝く)は、本来は「ゆく」です。「いく」という発音も上代からあるとものの本にも書いてありますが、それは一部のことです。

熟語で考えても、「行方」「行く末」「行く手」「行き当たりばったり」「行き交う」「行き来」「行きずり...続きを読む


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