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所詮世の中こんなもんですよね


僕みたいな虐待やいじめや母親が自殺して高校行かせてもらえなかった人間は、就職活動も失敗して誰からも相手にされず無視されてそこに居ないものにされる

優しさや思いやりが大切とか言っておきながら実際はどうでもいい人間や興味のない人間は見てみぬ振りして相手にせず無視してそこにいないものにする。

多様性が大切とかいっておきながら、実際は異質なものは排除する。

それなのに、その組織は優しさや思いやりが大切とか風通しがいいとかいう。


嘘ばかり

所詮世の中こんなもんですね。

そんな世界、どう生きればいいですか?

A 回答 (6件)

普通のおじさんですが、少し考えてみました。


人の行動は、先ず本能的、次が好き嫌いで、最後が良し悪しだと思います。
生活に余裕ができて、社会にもまれて徳ができると、順番が変わってくるようです。
自分が人に求められる人間になろうとするならば、これに応える人間になることだと思います。
最初は自分の要求を満たすことから始まり、人に好かれる人間に、最後は人の役に立つ良い人間にということでしょう。
生い立ちや環境、素質や能力によって苦労は違うと思いますが、皆それぞれの運命の上で努力したりしなかったりして、それなりの人生を送っているのだと思います。
私もそれなりのハンディーは有りましたが、時に頑張り、時に諦め、しかし常に「何とかなる」と試練を乗り越えてきました。
そのエネルギーは、美しいもの、面白いことから少しずつ得て、人生を楽しもうとする気持ちから出ていると思います。
家族ができると妻や子供のことも考えるようにもなりました。
いまはもう人生も残り少ないので、もっと面白いことはないか一所懸命探しているところです。
そして少しは人の役に立てればとも考えています。
人生、気の持ち方が大切だと思います。
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世の中こんなもんだと断定しながらも、ここでこういう質問をするのは


どこかで「救い」を期待しているのだと思います。
孫正義氏は不遇な生い立ちでも現実の世界で「救い」を信じて夢に向かって努力されてこられたのだと思います。
「努力せよ」とは言いません。
現実とか世の中とは、一言で断定できるほど単純ではないということです。
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それは、仕方ないじゃないかな。


個人が実績を出さなければ、監督オーナーは切る。スポーツの分野ではことにきびしい。
努力だけやっても成果を見せないかぎり、応援しない。でも、成果を上げて注目を浴びるようになるとマスコミが持ち上げる。金が集まるところに人は群がる。これは社会のおきてではないかな。

だけど、社会でブレークした人のほとんどは、異質な存在だった。それが原動力でもあった。

生まれ育った悪い境遇から、ブレークした人は多い。自叙伝でも読んだら?
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所詮ほとんどの人間は、「みんな同じ」というレベルに安住したがるのです。



人それぞれ、その人特有の「思い込み」に支えられて生きているといっても過言ではありません。



しかしながら、「思い込み」と「事実」とはまったく違います。

事実を見ようとしない人間を「啓蒙」することなど、誰にもできません。



話がそれるかも知れませんが、「人の行く裏に道あり花の山」という相場格言があります。

事実を見ずにうわさやデマによって常に心理状態が揺れ動く大衆は、平凡な人生しか送ることができない。本当に自分が満足できる人生を送れる人は、いつの時代においても事実を見る目を持っているごく少数なのです。



少数派の「幸福感に満たされた人々」になりましょう。そうすると、ご質問者様の人生観も、また変わってくるかも知れません。
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他人に興味を持ってもらえる人間になればいいじゃないですか。



今、楽しくない毎日を過ごしているんだとしたら、悪いのは他人や社会じゃなくて、自分の努力不足でしょ?

努力している人と努力していない人が同等に扱われる社会だったら、努力する人が報われないし、世の中終わりですよね。

頑張れば頑張っただけのことはある、ちっとも悪い世の中じゃありませんよ。
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いやまったくその通りですね。

…と私は思います。
逆算して考えれば、興味のある人間は相手にするし、どうでもよくない人間なら大切にするって事ですよね。

どういう人間が相手にされるって言えば、容姿が良い人間、性格が良い人間、明るい人間
ってのが基本ですよね。

負の感情を起こさせるような人間とは一緒にいたくないし。
楽しくなったり、優しい気持ちになれるような人と一緒にいたいと思いますし。

そして、思い出と共にその人への気持ちが大きくなれば、多少の嫌な事があったとしても、すぐに見捨てたりはしない。
+の思い出が沢山心に残ってますからね。

まあ、仰る通りそんな世界ですね。
どう生きればいいって、順応して生きればいい。

表面上でも良いから明るく人当たり良く人と接して、その中から自分の信用出来る人ができる事があれば、少しずつ悩みでも話せばいいし。
いじめや虐待、母の自殺、高校に行けなかった。
そんな負の要素はおくびにも出さずに過ごせば良い。
他人にとって、自分語りほど面倒くさいものはない。
その分、ここでもどこでも良いし、はき出せばいいと思います。

そして、質問者さんと同じような境遇の人なら、質問者さんの苦しみも分かってくれると思いますから、
そういう人と付き合えばいいんじゃないかと。

まっとうに大学に進んで就職に苦労しなかった人が、高校に行くことができない人の気持ちなんて分かるはずがないし。

ただ、嘘ばかり、というけれど、
それは「嘘」なのではなくて「境界線」なんだと思います。
個人的にね。

自分と他人の境界線。
それが無くちゃ、苦しいばかりなんですよ。
誰も彼も相手にはしていられないんです。
おそらく質問者さんもそうだと思いますよ。
だから、その分、大切な人には優しくできるんですから。

そして、本当に困った時に自分を助けられるのは自分だけ。
家族も友達も誰も、本当の根っこの部分は助けてあげられない。

まずは、そのネガティブな考えを雰囲気に出さないようにする事です。
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